血の婚礼事件の終結

 ダニエル達が打って出るかを相談している間にも、敵軍は次々と増援されてくる。


「続々と衛士が送られてくるぞ。もう100人以上はいるな。衛士ごときといえど隊長は騎士クラスで、戦場経験者も多い。


 歯ごたえもあるし、騎士キルスコアを稼ぐチャンスだ。サッサと出撃しようぜ。」


狩りの獲物を競うかのようなオカダの言葉に、バースの冷静な声が返される。


「こちらの兵は戦える者が40名ほど。しかも、今来たヘブラリー兵10名を除けば、疲労しています。


 対して相手はざっと3倍で、大部分は新鋭の兵です。いくらオカダ様やカケフ様が強くとも勝つのは難しいでしょう。

 遅れてますが騎士団が来るまで守備に徹する持久戦をすべきと考えます。」


「そうは言っても、騎士団が本当に来るかわからんぞ。

 これだけ遅いということは、宮廷で宰相がクーデターでも起こし、その対処に忙殺されていて、こちらまで手が回らないのではないか。」

 カケフも突撃に賛成のような意見だった。 


 騎士団のモットーは見敵必殺、敵を見つければ戦いに行けと徹底して教育された為、この思考はやむを得ない。


3人の議論は纏まらず、ダニエルに決断が委ねられる。


バリスタが撃ち込まれはじめた。ウォーワゴンの鉄板は相当厚いので、まだ大丈夫だが、破城槌で尖った丸太をぶつけられては保たないだろう。


ダニエルは周りの従士や兵を見る。

皆がダニエルの決断を待っている。


(司令官がこんなに辛いとは・・・

オレの決断でコイツらの生死が決まるのか。


せっかく鍛え上げたこいつらを死傷させたくはない。

派手に散るより少しでも生き残れる策を採ろう!)


「オレは騎士団長が来ることを信じる。ファランクスを組んで援軍を待つ。


バース、軍型の弱点の最右翼を任せる。

テーラー、最左翼に位置し、なるべく相手を倒してくれ。


カケフ、オカダ、お前たちにはヘブラリー兵を5名ずつ付けるので、両翼に位置して相手の包囲を防ぎ、可能ならば敵陣を崩せ。


相手の破城槌が突っ込んで来るのに合わせて出るぞ。

傷ついたら交代しろ。皆、死ぬな!」


オーと喚声を上げ、兵は盾と槍を持ち、密集陣を作る。


カケフとオカダには隠しておいた馬車の馬を与え、騎馬とし、その機動力と破壊力に期待する。


見張りが、「破城槌、動き出しました。もう来ます!」と呼びかける。


ドーンと破城槌が衝突し、ウォーワゴンが壊されると同時に、カケフ隊とオカダ隊が出撃して、破城槌を引いていた敵兵に斬りかかり、殲滅する。


 並行して、ダニエル達が横6名と縦5列のファランクスの陣形を現す。ダニエルは前列で戦いたかったが、当然のように最後列に入れられる。


 衛士達は破城槌による破壊後に攻撃をするべく待ち構えていたが、そこにファランクスが現れ、驚く。


 衛士は隊長の号令で剣や槍で攻撃を始めるが、密集し互いに盾で守っているダニエル軍に殆どダメージを与えられない。


 ミラー男爵は、ようやく砦から引き摺り出したと思えば、ファランクスという守備陣形をとられ、苛立ちを露わにする。


「あのダニエルという男、砦に閉じ籠もり、ようやく出てきたと思えば兵に自分を守らせ、なんという卑怯者か!

 如何なる手を使っても構わない。こちらは3倍もいるのだ。早く奴を倒せ!」


 思った以上に宰相が頑張っているのか、まだ騎士団の姿は見えないが、いつ姿を見せてもおかしくない。


 焦りを深めるミラー男爵の指令に従い、衛士隊は猛然と攻撃するが、守備に徹するタニエル軍は崩れない。


「弱点の最右翼をつけ!」


 ファランクスでは、兵士は左手に盾を持ち、自身の左半身と同僚の右半身を守るため、最右翼の人間は右半身が守られていない。

 その為、最右翼のバースを集中的に攻撃するが、バースは巧みに躱し、反撃する。

 逆に最左翼のテーラーは守る相手が居らず身軽な分、自在に武器を操り、次々と前方の敵を倒していく。


「数はこちらが圧倒的に多い。包囲して攻撃しろ!」


 包囲すべく迂回しようとすると、両翼のカケフ・オカダ隊がすかさず前に出て、中央のダニエル隊を守りつつ、衛士隊を削っていく。


 カケフ・オカダは馬上で大剣や槍を使い、周りの敵兵を殺戮する為、返り血で真っ赤な姿である。


「鬼がいるぞ!」

「近寄るな。一瞬で殺される!」

それを見たダニエル隊は一層士気が上がる。


 応援に来た衛士達は当初、王都内で貴族を攻撃することに躊躇っていたが、いいようにあしらわれ、本格的な攻撃を決意する。


 そもそも騎士団と衛士は、国外と国内と対象は違えど、お互い国の武力集団なのだが、近親憎悪か仲が悪い。


「本当の戦いを知らない内弁慶が」という騎士団に、「口ばかりで、いつものらくらと酒を呑んで、俺らの手を焼かせるデクノボーが」と衛士が返すのはよく王都で見られる風景である。


騎士団は衛士をバカにするが、ダニエルは彼らを侮ってはいない。

衛士の指揮官は殆どが騎士出身で、戦場にも行っている。


(流石にもう少し策を考えるだろうが、こちらは耐えるのみ。

兵の士気と体力が持つかどうかが問題だ。)


衛士隊は一旦下がり、隊長達は相談する。

ミラー男爵は狂ったかのように早く攻めろと急き立てる。


衛士隊の名誉もある。

何度も追い払っているが、広場の周りは見物人で一杯である。

騎士を相手に良いところなく負ければ、王都中で嘲笑されるだろう。


多数を頼み、車懸かりという波状攻撃をかけることにする。

その後の衛士の攻撃は激しいものになった。


 カケフ・オカダ隊にはそれぞれ3倍以上の兵で取り囲み、弓で牽制し拘束する。そして、本命のダニエル隊に対して何度も部隊を変え、突撃する。


 死傷者が続出するが構わない。

 堅陣を維持しながら必死で守るが、流石にダニエル隊の兵は疲弊し、前列の交代の頻度が上がる中、隙が出てくる。


 特に、最初から全力で戦い、ファランクスでも最前列で戦い続けていたテーラー従士長は体力の限界にきていた。


「貴様、死ね!」

弱ったと見たのか、ここぞとばかり、衛士隊の隊長の一人が襲いかかる。

テーラーはその剣は跳ね返すが、次に斬りつけられた時は耐えられなかった。


「ここが限界か。しかし、ただでは死なん。

ラインバック、オレはここで抜けるが穴を埋めろ!」


 言い残すと、盾を捨て、斬りつけた相手に抱きつくと、背中から抜いた短剣で敵の首を斬るとともに、自分も崩れ落ちる。


「従士長!」

ジューン領から一緒に来た従士や兵が悲鳴をあけるが、バースの一喝で落ち着く。

「悲しむのは後にしろ!目の前の敵兵が仇だ!」


ダニエルはテーラーが倒れるのを見ると、最後列の兵を連れ、自ら駆け出し、隊の後方に連れて行く。


「テーラー、しっかりしろ!

お前にはジューン領で従士長をやってもらう約束だろう!」


「ダニエル様に認めてもらい、こんな大舞台で暴れられて満足です。

後は妻と子供をよろしくお願いします。


それと、オカダ様に、私も騎士キルスコア一つですと伝えて下さい。

冥土の土産ができました。」

テーラーはやり切ったという顔で息を引き取った。


 ダニエルがジューン領を貰うに当たっては、バレンタインと並びテーラーが後押ししてくれたお陰が大きい。ダニエルにとって恩人であった。


「テーラー、オレが野心を持たなければ、ジャニアリー家でノンビリ生きていただろうに・・・」


感慨にふける間もなく、衛士は更に押し寄せていた。

ダニエルの周囲の兵も何度も最前列で戦っては交代し、荒い息遣いで血を流している。


「よく頑張った。もうオレも出る!」


 兵達の犠牲を見て、我慢の限界に来たダニエルは、周囲の止めるのを聞かず、最前線に入り、槍を繰り出す。

 衛士達も余力は無さそうだが、ダニエルを最前線に引っ張り出して、もう一息と士気が上がる。


その時、突然大声が響く。


「ダニエル様、遅れて申し訳ございません。

侍従のクリスが、騎士団の援軍を案内して参りました!」


ミラー男爵をはじめ、敵軍に聞かせるような言い方である。


そして甲冑姿の重装騎馬兵が数騎現れ、騎馬兵らしき者が続く。多数の馬の足音に喚声が聞こえる。


「もうダメだ!」

ミラー男爵はクリスの声が聞こえた瞬間に逃走を始めた。


 衛士は訳がわからないまま、到着した騎士と向かい合うが、ミラーの言う王命が真っ赤な嘘とわかり、投降する。


 衛士を拘束し、ダニエル達は救援に来てくれた騎士と向かい合うが、騎士団長か副団長かと思いきや、オカダの頼んだ3人が顔を現した。


「お前らか!遅いぞ!」

「すまん。一杯だけと思ったんだが、酒屋に居過ぎたな。」

オカダと彼らのやり取りを余所に、ダニエルは思わぬ人と会う。


「レイチェルさんに、アランくん。どうしてこんなところに?」


「勿論、ダニエルさんを助けるためです。

このままでは危ないかと思い、余計なことかもしれませんが、クリスさんと騎士の方に助けてもらい、騎士団の救援を装いました。ご迷惑だったでしょうか?」


「いえ、とんでもない。お陰で命拾いしましたよ。」


横から騎士が口を出す。

「ダニエル、お前、いつも騎士団の中で、彼女のいる奴にリア充死ねと言ってたよな。それで自分はしっかり彼女を作っているってどういうことだ(笑)」


「このお嬢様はしっかりし過ぎてるわ。俺らをいいように使ってくれた。

お前も見放されないように頑張れよ!」


ダニエルが何か言い返そうとするが、バースが口を出す。

「雑談もいいですが、後始末と宮廷への報告を急がないといけません。」


「それはそうだ。

カケフ、逃げ出したミラーを捕えてくれ。


オカダは来てくれた3人と一緒に、宮廷の指示があるまで衛士を拘束するとともに、他に武装した奴らがいないか警戒してくれ。


ラインバックはテーラーの代理として兵をまとめ、クロマティと一緒に死傷者の手当てをしろ。金はかかっていいので、いい医者を連れてきて、良い物を食わせろ。


オレはクリスとバースを連れて、宮廷に報告に行く。


レイチェルさん、アランくん、本当にありがとう。

後日、改めてお礼に伺うが、何かオレにできることがあれば何でもしよう。」


「では、以前もお話ししたように、ジューン領に赴く時には私も同行させてください。約束ですよ。」

レイチェルはにっこり笑って言う。


「イヤ、まだ何もない所なので。

貴族のお嬢さんが来ても大丈夫になれば勿論お呼びしよう。」


ダニエルの言葉に、微笑みを深めながらレイチェルは言葉を返す。


「そういう所だからこそ女手が必要でしょう。

所領に向かわれる時には、(声を大きくして)必ず同行させて下さいね。」


 顔は笑っているが、(命を張って助けに来たのに何をグズグズ言ってるの!!)と言わんばかりの迫力を感じ、ダニエルは思わず頷く。


「まさか騎士に二言は無いと思いますが、念の為、皆さんが証人ですからね。」


 周りを見ると、要領のいいカケフやバース、クリスは自分の仕事に取り掛かって離れており、オカダと騎士三人組が捕まって承諾させられていた。


(これはちょっとオレの理想とは違うな~)

 ダニエルがボンヤリしていると、アランが拝むようにコチラに手を合わせている。


どういう意味だと思いながら、

「ダニエル様、準備ができました。」というクリスの声に気がつき、レイチェル姉弟に別れを告げて、宮廷に向かおうとする。


 ダニエルが馬に乗り、広場を見渡すと、血を出し動かない者、呻きながら助けを呼ぶ者などが至るところに溢れている。

 特にウォーワゴンからの弓矢による死傷が多いようだ。


 ダニエルの部下の死傷者は既に医者に連れて行かれているので、これらの死傷者は衛士と傭兵だけだが、それが百人ほどもいる。


 騎士になってから、数え切れないほど戦場の悲惨な場面を見てきているが、自分の指揮によるこんな結果を見るのは初めてだ。


(ウォーワゴンは金をかけた効果があったな、今後どう使うか。)など騎士らしい考えとともに、この悍ましい景色を、自分の指揮で生み出したことについて思う。


 (オレの指示による血と死で溢れているわ。

 諸侯というのはこんなことが当たり前になるのか。

言われたことをどう実行するかだけ考えてた下っ端の方が良かったな・・・)


 そんなダニエルの姿を見た見物人はヒソヒソと小声で話す。


「あれが大将か。

見ろよ。偉そうに馬に乗って、広場を見下ろして戦果を確認しているぞ。


幾ら敵でもこんなに殺さなくてもいいだろうに。

騎士とか貴族というのは、味方でも敵でも幾ら死んでも平気な顔をしてやがる。」


「婚礼行列を見に来たのが戦争見物になったねえ。

これじゃ血の洗礼を受けた婚礼だ。」


 この言葉が自然と広がり、以後この兵乱は通称「血の婚礼事件」と呼ばれることとなる。










 

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