長すぎた一日の終わり

 ダニエルが渋々迎撃を引き受け、父のジャニアリー伯爵と引き揚げるのを見届け、王は真顔になる。


「ヘンリー、連戦になるが、ダニエルは疲れてないか?」


「鉄は熱いうちに打てと申します。

 今日の戦闘でも学んだと思いますが、メイ侯爵との戦争を経験するのは奴にとっていい経験になるでしょう。


 疲れなど若いうちは一晩寝ればなくなります。」


「誰もが、超人であるお前と同じと思うなよ。

余がお前の部下ならとうに逃げ出しているわ。」


「私も陛下が部下ならすぐに解雇してますね。」

主従は声を合わせて笑う。


「ところで、陛下、まだ宰相の陰謀の全容がわかっていませんが、私が近くで護衛せずに不安ありませんか。」


「これ以上の大規模な軍事行動はあるまい。

個々の暗殺等は、リバー検非違使長がいれば問題あるまい。

そもそもお前が太鼓判を押して、連れてきた男だろう。」


 リバー・ウォリントンは、スラム街でボスとなって暴れ回り、衛士の手に負えないため、騎士団長が直々に出動し、生け捕りにした男である。


 法務部は官憲を翻弄した彼を処刑しようとしたが、その才能を惜しんだ騎士団長が騎士団で従士として使い、その能力を鍛え上げた。


 その後、彼が個人戦闘能力だけでなく、部下を使うことにも長けていることを知るとともに、貴族出身でないために騎士団では出世できないことから、王に推薦し、秘密調査部隊である検非違使に入れ、今やその長となっている。


 国内外の秘密活動にその能力を遺憾なく発揮するとともに、暗殺など闇での対人戦でも不敗を誇る。自らを人類最強と名乗り、騎士最強とされる騎士団長との再戦を望むが、団長は相手にしていない。


「あやつは今度大功を立てたら、騎士団長との一騎打ちを望むそうだぞ。」


「騎士の試合方式なら私の勝ちですが、何でもありなら負けますよ。

奴が何をしても相手にならなかった昔とは違います。」


「まあいい。

 そういう訳で、リバーが付いているから安心して、ダニエルを指導してこい。

 ただ、メイ侯爵家はキャンサーとの国境の守りに必要だ。お仕置はほどほどにしておいてくれ。」


「また難しいことを。私の騎士たちは戦を見たら止まらないですからな。

では、私も準備があるので退席します。」


 騎士団長を見送り、座を見ると流れ解散になり、バラバラと人が帰っている中に、三悪諸侯がでんと腰を据えて呑んでいる。


(コイツラが集まって、またろくでもないことを企んでいるのだろう。

一つ牽制しておくか。)

王は三悪党に近づく。


「お前達、宰相はいなくなった。

これからは勝手なことをして、賄賂で誤魔化すのは認められんからな。

心しておけ!」


「何を仰っしゃるやら。」

北の虎ことセプテンバー辺境伯が言う。


「他の二人はともかく、私は国と陛下のために誠心誠意尽くしています。」


王は、他の二人も何か弁明しようとするのを手で抑え、


「お前達が口が立つのはわかっておる。行動で示してくれれば良い。

騎士団だけでなく、ダニエルという手駒もできた。


あんまり目につくことをするとお灸をすえるぞ。」

と言い残し、立ち去る。


「やれやれ、お前達とつるんでいると評判が落ちるわ。」

 セプテンバー辺境伯がボヤくが、残る二人は、よく言うよとばかりに相手にしない。


独眼竜オクトーバー伯爵が言う。

「蝮のオッサン、王はダニエルをテコに我々を牽制してきたぞ。

まずはヘブラリーにさんざん嫌がらせをしていたアンタが狙われるだろうな。」


「あんな小童に何ができる。

まあ、一度会って見定めてやるわ。」


「領地の離れているオレには直ぐには関わりなさそうだが、アイツは注意しておいたほうが良いな。騎士団と密接な関係なのが面倒だ。」


最年長のセプテンバー辺境伯が纏める。


「いくら王のお気に入りでも、諸侯になれば、その道が安楽なものでないことを思い知るだろう。


 戦争に強いことは当たり前。勝てば勝ったで、内政や宮廷の要求は増え、家臣の期待は高まり、金繰りも大変になる。


 そして、勝つことでしか矛盾は解消しない。その挙げ句に、周辺から警戒され、国中から悪漢と言われる。


 勝ち組と言われる我らとて終わりのない自転車操業よ。

無論、負ければ食い物にされるだけだしな。


 まして、これほど派手にデビューすればどうなるか。

ダニエルの苦労を高みの見物と行こう。」


「そして躓けば喰らってしまうわけだな。」

蝮ことエイプリル侯爵が付け加え、ゾッとする笑みを浮かべる。


三人はそれ以上話さず、席を立った。


 その頃、マーチ侯爵は、披露宴の後に、集まった宮廷の重臣や諸侯諸卿の間を支持固めに奔走していた。


 王は、近日中に諮問を行った上で人事を決定すると見られるため、それまでに多数派を形成することにより、後任の宰相の座に着き、参議やその他のポストに自派閥を捩じ込む算段だ。


 しかし、思ったほどの支持は集まらない。


 国務会議の模様が知れ渡っているようだが、世評は、奮戦したダニエルは別として、最後にリスクを取って決断した王、機を見て叛旗を翻したバーマストン卿を高く評価し、マーチ侯爵は吠えるだけと低く見ているようだった。


 特に、孫の結婚式への武力攻撃に対して、身を張っても宰相と対決するという姿勢がなかったことが、『頼りにならぬお人』という印象を与えたことは否めない。


 更に、最も株を上げたダニエルの隣に、花嫁の孫娘はおらず、国政を語る前に家族の教育から始めれば如何かと、根回しの際に嫌味まで言われている。


 マーチ侯爵も状況の不利を承知し、宰相派への譲歩を大きくするなど妥協案を図るが、今のところ、マーチ侯爵派へ加わる者は多くはない。


(宰相が失脚すれば儂の天下だと思ったが、バーマストンめ、上手く宰相派を引き留めている。

 ジーナもこんな大事なときに愚行をしおって!


 儂がこの時をどれほど待ったか。

この数日間で私財を空にしてでも支持を集め、宰相となってやる!)


 マーチ侯爵邸では派閥の幹部が集合し、深夜まで、ポストの配分案、重要度に応じた重臣たちへの根回し、ばら撒く工作費を相談する。


 さて、ダニエルは、父や家臣とジャニアリー領の防衛作戦を打ち合わせし、ようやくヘブラリー屋敷の離れに戻れた。


 早朝に起きてから、濃密な長すぎる一日だったと思う。


 ずっと緊張して空腹も感じなかったが、朝から何も食べていないことに気づくと急に何でもいいので口に入れたくなる。


 そこにクリスがやってきて、有り合わせですがと言いながら、食事と軽い酒を持ってくる。


「クリス、グッドタイミング。ちょうど何か食べたかったところだ。

お前が女なら愛人に誘っているところだぞ。」

と笑っていると、


「ダニエル様、いえヘブラリー伯爵様

私の旦那様を誘惑しないでもらえますか?」


とイザベラが料理を持って入ってきた。


「彼女が、ダニエル様は空腹ではないですかと料理してくれたのですよ。」

クリスが付け加える。


「ありがとう、イザベラ。気が利くなあ。

ジーナの代わりにオレの妻にならないか?」


「誠に有り難いお話ですが、既に将来を誓った婚約者がおりまして。」

ダニエルの冗談にイザベラが澄まして答えると、三人はどっと笑った。


暫く雑談を交わしながら、ダニエルはガツガツと貪り食う。


腹が満たされると、ダニエルはジーナの様子を聞いた。


「お嬢様は、目覚められた後、こんな結婚式は無効よ!と大暴れされたため、見かねた前伯爵様に当身をされ、御屋敷に戻されました。

その後、お疲れになったのか、お休みになっています。


 ところで、私は、あの時よくも後ろから止めたわね、お前の顔など見たくないとお嬢様から侍女長をクビになりました。


 そのため、旦那様と奥様に、ジーナお嬢様の側にはいられないこと、ついてはダニエル様の近くにお仕えし、ヘブラリー家との橋渡しをしたいと申し出たところ、快く認めていただきました。


 今後は、ジューン子爵家の侍女兼クリス様の婚約者として、よろしくお願い致します。」


(コイツは本当に要領がいい。このあと、ジーナの侍女長などろくな目にあわないことは確実だから、上手く逃げたな。

 まあ、クリスの嫁なら身内になるし、この頭の良さは使える。)

とダニエルは思いながら、答える。


「ジューン家はこれから立ち上げだ。こちらこそ世話になる。

一段落したらクリスとの結婚式を盛大に挙げてやるからな。

オレみたいにならないよう、仲良くやってくれ。


 そういえば、今夜は本来なら初夜。

今頃、新郎新婦は照れながらベッドを共にしているはずなのに、何でオレは部下のカップルとこんな話をしている?


 こんな結婚式の夜を迎える新郎など聞いたこともないだろう。」


 最初は笑顔で礼を言ってた二人も、ダニエルの寂しすぎる自嘲に顔が引き攣ってくる。


 ダニエルの愚痴に慣れているクリスが、まぁまぁと酒を勧めているうちに、疲れているダニエルは暫くすると眠気を催す。


「愚痴につきあわせて済まなかったな。

ぐっすり寝て、明日から出陣だ。

しかし、クリスよ。いつになったらゆっくりできるのかねえ。」


答えも聞かずにダニエルはよろよろとベッドに向かう。


クリスとイザベラは頭を下げて、就寝の挨拶をする。


「ダニエル様、お休みなさい。

せめてベッドの中ではゆっくりと休息してください。

明日は早朝から出立の準備がありますので。」


ダニエルは溜息をついて、後ろ手を上げて挨拶した。


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