ヘブラリー家の内情とダニエルの奔走
翌日、予告通り早朝に起こされたダニエルはまだ疲れが残っていたが、やむを得ないと諦め、腹ごしらえに取り掛かる。
クリスから、祝い客や面会希望者が多数いることを聞くが、リストを見ると付き合いのなかった遠い親戚や知人の知人などであり、ダニエルが取り立てられたことを知り、縁を求めてきたようだ。
「出陣の準備で忙しいと言って断れ。
クリスはオレの交友関係を知っているだろう。
今後は会わせる必要がないと思えばその場で断われ。」
「わかりました。
前伯爵様が面会されたいそうですが、如何しますか?」
「無論、お会いする。本宅に伺う。
ところで、昨日の戦闘後、負傷兵の手当て、無事だった兵の飲食や休養は十分できているな?
後で、死んだ者の弔いと負傷兵の見舞いに行くぞ。」
「亡くなった者には司祭に告解をしてもらい、丁寧に棺に納めています。
負傷者はいい医者に見てもらい手当てを、また他の兵には、従士長に多額の金を渡し、好きなものを食べるよう言ってあります。
先程、見てきましたが、十分飲み食べ、死んだように寝ています。」
「それは良かった。飲んで食って寝てるとは羨ましいことだ。
カケフ、オカダ、バースと出兵の相談をするので呼んでおいてくれ。」
「オカダ様は何処かで呑み潰れているのか、姿が見えませんが。」
「放っておけ。酔いが冷めからそのうち帰ってくるだろう。」
ヘブラリー前伯爵は、本宅の自室で待っていた。
「ダニエル殿、いや御当主殿。
本来なら本宅に住んでもらうところだが、ジーナがあんな状況なので済まない。
話というのは、なるべく早くヘブラリー領に行き、顔見せをしてほしいということだ。
領主の家族は今、庶子の女子であるノーマしか国元におらず、みな不安に思っておる。
新領主の顔を見せて、落ち着かせたい。」
「そのことですが、メイ侯爵が実家のジャニアリー領に攻めているとの情報が来て、陛下から、軍を率いて侵攻を撃退するように命じられました。」
「二点、疑問がある。
何故陛下の指示が出る。王政府への叛乱でなければ、まずは当事者間で争うものだろう。
また、その撃退に何故ダニエル殿が向かうのか。
攻められているのは実家とは言え別家。ジャニアリー伯爵か世子が率いるのが筋。
まして、ダニエル殿はもはやヘブラリー家の当主、貴方もそう軽々しく筋の通らぬ話を受けるものではない!」
ダニエルは、何でオレが怒られるのかと思いながらも弁明する。
「お怒りは御尤も。
一点目は、陛下はメイ侯爵の動きは宰相と通じたものであり、王都まで攻めてくるものと思っているようです。
二点目は、私はジャニアリー家から分与されたジューン家の当主でもあり、分家の当主としてなら軍を率いることも可能かと考えております。
しかしながら、ヘブラリー家としては何ら関係ないことであり、申し訳なく思っております。」
前伯爵は不機嫌そうに、やむを得まいと頷くが、続けて
「こんなことなら、ジャニアリー伯爵から持参金代わりの領土や爵位などもらうんじゃなかったな。」と言う。
続けて
「では、メイ侯爵との紛争が終わり次第、ヘブラリー領に来てもらいたい。
早く家臣との顔合わせを行いたい。いいですな?」
と念を押す。
しかし、ダニエルにも都合がある。
「待ってください。
メイ侯爵との紛争が終わっても、その後始末や、父に分与されたジューン家の整備をしなければなりません。
ヘブラリー家は、お義父さん達が戻り政務を見れば落ち着くでしょう。
そもそも昨日お話したように、私は三年でヘブラリー家当主を譲ります。
無論、その間、軍事は承りますが、ジューン子爵としての活動に重点を置かざるを得ないことはご理解いただきたい。」
暫く押し問答が続くが、そこでダニエルが理解したのは、ヘブラリー家は一門の力が強く、別家が当主を取って代わられることを前伯爵は恐れていることだった。
前伯爵は溜息をつきながら話す。
「既に当主になったのだから、知っておいてもいいだろう。
ヘブラリー家は本家であるノリッジ家と分家のルートンがある。ルートンらは隙きあらば当主の座を狙っており、代替わりには家督紛争が多々起きる。
嫡男が生きていたときは静かだったが、死んでからはまた騒ぎ始めているようだ。ジーナの婿にルートンの子息という話もあった。
幸い、ダニエル君には王の後ろ盾、諸侯の息子という血統、更に高い武名がある。これなら奴らも黙るしかあるまい。」
「三年後にはジーナさんの子供を形の上で当主とし、そのルートン家子息とジーナさんか庶子の娘さんを婚姻させて、後継人にすれば丸く収まるのではないですか?」
前伯爵は鼻で嗤う。
「儂が目の黒いうちはアイツラに陽の目は見せん!
嫡男が死んだのはルートンの企みではないかと思っている。
ジーナもノーマもアイツラを嫌っている。」
(ヘブラリーも面倒くさい家だな。これは早く離れるのが吉。
最低限の義理を果たして手を切ろう。)
ダニエルは心の中で考える。
「お義父さん、わかりました。
とにかく、可能な限り早めにヘブラリー家に顔見せして、そのルートン家とやらを黙らせます。
その代わり、ジーナさんに代わりの婿を早く見つけてくださいよ。
それから思い出しましたが、エイプリル侯爵から、ヘブラリー家に来たら正徳寺で面会しようと言われてます。」
前伯爵の顔が微妙になる。
「ジーナの件は前も言った通り、本人の改心に努力するが、婿探しも考えておく。
エイプリル侯爵の件はわかった。まさか逃げるわけにはいかんが、あやつは陰謀、暗殺が十八番の男。我が領内も散々荒し回り、山賊のせいにしている。陰謀を切り抜け、舐められないようにしてくれ。
儂からも頼みがある。
メイ侯爵との紛争にヘブラリー兵を連れていき、今度の王都での名誉挽回に名を挙げさせてくれ。
この婚礼に呼んだ100名、好きに使ってくれて構わない。」
(それって当主になったオレの決めることじゃないか?)
とは思うが、前伯爵がまだ当主のつもりでいてくれる方が助かる。
その話を受けて、ダニエルが出ていくと、前伯爵は地下牢に向かう。
そこには、婚礼襲撃時に酒を呑んで役に立たなかった従士長のトマソンが入っていた。
「トマソン、お前に死に場所を用意してやった。
本来なら主家に大恥をかかせたお前は斬首、妻子も処刑だが、ダニエルの指揮のもと、ヘブラリーの名を挙げれば妻子は許し、家を継がせてやる。
見事に死んでこい!」
「ありがとうございます。
このトマソン、必ずやヘブラリーの武名を揚げ、死んでまいります。」
トマソンは嬉し涙を流し、前伯爵に感謝する。
ダニエルが、カケフたちに会うため急いでいると、クリスが話しかけてきた。
「先程お話に出た、三年後に当主を譲るというのはどういうことですか?」
「前に言っていた、オレにもジーナにも良い案というやつだ。
三年後に兄貴とジーナの子にヘブラリー家を譲れば、オレはジューン子爵として安楽な生活ができるわけだ。
向こうも子供は婚外子にはならないし、ジーナは大嫌いなオレと別れて落ち着くので、マーチ侯爵や両親も一安心だろう。」
「その話、陛下の了解はとってますか?」
「いや、当人と家が合意すれば、王政府には殆ど認められるだろう。」
「甘すぎますよ。ダニエル様の両爵や官職は陛下の肝いりですよ。
両家の力を併せて、色々と使うつもりに決まってます。
そんな引退みたいなことが認められる時は、ダニエル様は失敗して追放されてますよ。」
そこまで言われてダニエルは不安になってきたが、他に良い案があるわけもない。
「うるさい!
もっと優秀な奴が現れ、御役御免になるかもしれないだろう。」
そこで待ち合わせの部屋に着く。
三人組はかなり呑んだのか、まだ酒臭い。
オカダに至っては、大いびきをかいている。
「お前ら、いいご身分だな。
こっちは昨日からろくに飯も食わずに走り回っているのに。」
「仕方ないだろう。お前は諸侯様なんだから。
偉い人ほど働くんだ。」とカケフが宣う。
「それで昨日の今日で早速呼び出したのは、何用ですか?」
生真面目なバースが話を戻してくれる。
「連戦で済まんが、メイ侯爵がジャニアリー領に攻めてきた。
騎士団と一緒に撃退せよとのことだ。
使えるのは、ジューン家で150、ジャニアリーから400で、ヘブラリーから100名使ってくれと言ってきた。
メイ侯爵は1000人くらいだろう。」
「騎士団は何人出す?」
「300~500かな?
あんまり来ると、面倒を見るジャニアリーの支出が大きくなって困る。
しかし、陛下は王都を守るためだと言ってたから、金は王政府に請求できるかな?」
守銭奴のダニエルは考えるが、戦と聞いて目を覚ましたオカダが叫ぶ。
「また戦いか!ダニエルに着いてきて良かったよ。
おまけに騎士団と一緒に戦うのか。
俺たちで全部手柄を上げて、副団長に目にもの見せてやるぞ!」
「いや、団長が来て、俺らの戦争を指導するらしい。」
「それは気合を入れなきゃな。」
それまで黙っていたカケフも言い始めた。
団長といえば、騎士団員の父みたいなもの。
目の前でいいところを見せて褒めてもらいたいという思いは皆持っている。
「じゃあ作戦を頼むぞ。
ジャニアリー兵は弱いからな。それも考慮に入れてくれ。」
戦闘関係は彼らに任して、ダニエルは死者に弔慰を捧げ、負傷者や兵達を見舞う。
ダニエルは、彼らを次の戦闘には置いていくつもりだった。
「よく働いてくれた。褒美は期待しておけ。
金はたんまりあるから飲んで食って休め。」
婚礼襲撃への準備で金はもうスッカラカンだが、自分のために命を張ってくれた兵には最大限のことをしてやりたかった。
(また借金が増える。王の保証で借りられるが、利息だけでもエライことになっている。これで王に使われると債務奴隷の気分だ。)
それからジャニアリー屋敷に行き、父や家臣と打ち合わせる。
ジャニアリー家の家臣は、ダニエルのことを冷や飯食いの次男と見下していたが、昨日の戦いと叙爵で見直したのか、見る目が違っていた。
国元からの情報では、今のところ、メイ侯爵はジャニアリーの居城に向かっているようだ。
速度重視で騎兵や軽装歩兵が多い。
「前に言ったように、進軍予定地に食糧は残してないですね。」
「全て城に運び、住民も避難している。
長くは保たん。短期に片付けてくれ。」
「当てにしていた食糧のない向こうの方が困ってますよ。
とにかく、オレに任す以上、ジャニアリーの家臣は絶対服従。
命令違反の生殺与奪も持ちますからね。」
「わかっている。既に国元には使者を出した。」
心労からか疲れが目立つ父から了解を得て、指揮権を得る。
(スペアと馬鹿にされていたオレが全権を持つのか。)
という感慨もあるが、それ以上に忙しい。
ジャニアリー家臣に出陣の準備の指示をすると、次はジュライ家に向かう。
レイチェルとアランに改めて、襲撃事件に助けに来てくれたことの礼を言う。
「妻たるもの、当然のことですわ。」
レイチェルの言葉に圧を感じる。
「そのことですが、昨日、マーチ侯爵とヘブラリー前伯爵夫妻とお話しして、レイチェルさんをジューン子爵の妻として迎えることの了解を得ました。
公式に教会で結婚はできませんが、領内は勿論、王都でもある程度は妻として振る舞っていただけます。」
レイチェルとアランにとっては望外な嬉しい知らせである。
「ありがとうございます!」
(多分裏で色々とあったのだろう。そのうちに聞き出さないと。)
聡いレイチェルはそんなことを思うが、ダニエルが自分の為に頑張ってもぎ取ってきてくれたことは素直に嬉しかった。
(やっぱり私の見込み通り、こっちが誠意を見せればそれ以上に返してくれる人よ。)
「それで今後のことですが、私は明日にでもジャニアリー領に赴き、侵攻してきたメイ侯爵の軍と戦うこととなりました。
騎士団も一緒なので心配はいりませんが、戦争や後始末をしてからジューン領に入ります。
そこでレイチェルさんを迎える用意ができたら王都に参りますので、それから領地に向かいましょう。」
「お邪魔でなければ私もジャニアリー領に同行させて頂きたいのですが。」
「軍の行進ですので、女性が付いてくるのは無理です。
暫く王都でお待ち下さい。」
そこまで言われればレイチェルも仕方ない。
「ご武運を。お早いお迎えをお待ちしています。」
最後に騎士団に回り、出発の打ち合わせを終えると、ダニエルはクタクタになった。
クリスが、何処かで飲んでいきますかと誘うが、お前もイザベラと会わないといかんだろうと断り、クリスを帰す。
そのまま一人、騎士団時代に通った安酒場にフラフラ入り、何も知らない女将に、
「ダニエルさん、久しぶり。何処に行ってたの?」と言われたり、
職人や小商いの商人と適当に話を合わせ、安酒を呑む。
ここにいる彼らに王都の噂は届かない。
昨日、西の広場で騎士と衛士の戦争があったらしいなと話す彼らに
(オレがその当事者で、伯爵と子爵になったと言ったらびっくりするだろうな。)
とダニエルは一人クスクス笑う。
その晩、深酒したダニエルは、心配していたクリスとイザベラに叱責されるが、気分は晴れやかだった。
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