王の密談
王が政務の間に入ると、騎士団副団長が控えていた。
「サミュエル、待たせたな。ヘンリーとダニエルは出発したか。」
「昨日に出ました。軍勢はダニエルが700、騎士団が200です。
メイ侯爵は約1000と聞いてますから、まあ兵数は互角でしょう。」
「騎士団をもっと連れていけばよかろう。」
「戦費をどちらが持つのかでダニエルと王政府で揉めたそうです。
結局、王の命であり7割は王政府で持ちますが、領土防衛でもあるので3割はジャニアリー家で出すことに。
財務部からは騎士団はなるべく減らすよう言われ、最低限にしたと聞いてます。」
「度し難いな、小役人どもは。目先のことしか見えてない。
ここで圧勝してこそ、宰相から王への権力の移行を示せるのに。
まあ、ヘンリーがいれば上手くやるだろう。」
そこに検非違使長リバーがやってくる。
彼はスラム出身であり、言葉使いが汚いが、王は許容している。
「陛下、血の婚礼事件の背後を洗ったぞ。
報告するので、そこの青瓢箪をどこかにやってくれ。」
リバーと副団長のサミュエル・シュートは犬猿の仲である。
どちらも冷酷非情で仕事熱心なのだが、同族嫌悪なのか顔を見るとケンカを始める。一方、二人とも騎士団長には飼い犬のような態度である。
「リバー、そう言うな。
サミュエルにも知恵を出してもらうので、聞かせてやれ。」
「チッ。じゃあ黙って聞いていろよ。
まず、宰相によるクーデターという企みは無かったというのが結論だ。」
「なんだと⁉」
王は叫ぶ。
「あれだけ状況証拠が有ったのにか?」
「徹底的に調べたぞ。主犯のミラーは全部吐いた。周りからも証言を取った。 確かに宰相の陰謀が根本にあるが、あそこまで大事件になったのはミラーの暴走に、衛士の不満分子が乗っかったものだ。
そもそもはジャニアリーのボンクラ長男とヘブラリーのバカ娘の駆け落ち話をミラーと宰相が唆した。
ダニエルを殺し、長男長女の身柄を保護することを契機にし、自身の宮廷での勢力回復、併せてジャニアリーの当主交代と自派閥入り、縁戚のメイ侯爵の領地拡大と一石で何鳥も狙ったようだ。
それが予想外のダニエルの反攻で、実行犯のミラーが焦り、傭兵に加えて衛士どもを投入しようとし、衛士も騎士への反感もあってそれに乗っかった。
誰もこんな大騒ぎにする気はなかったのが、どんどん騒ぎが広がっていったというのが真相だ。」
「ダニエルの準備が良すぎたと思うが、知ってたのか?」
「ミラーの執事を捕まえた。そいつから全部聞いていたらしい。おまけに証拠の手紙まで抑えてやがる。
ただ、戦闘の経緯を見ると、傭兵まではともかく衛士を投入するとは思わなかったようだな。
あいつも情報は秘匿し、上手く立ち回ろうとしたのだろうが、誤算があったな。
それでどうする?真相を公表するか。」
「折角、上手く宰相を追い込めたのに、何故そんなことをする?
リバー、その話、誰か知っているか?」
「オレしか知らん。」
「では、このままのシナリオでいい。
ミラーにも不要なことを言わせるな。」
「そう言うと思って、その線でミラーから供述書もとってある。
アイツは公開処刑でいいか。」
「メイ侯爵への派遣軍の戦勝帰還に合わせて、王に逆らった者の末路の見本となってもらうか。
しかし、この事件は全部一人で対処したダニエルの独り勝ちか。
オレも結果として受益者だが、借りを作ったからな。
騎士団も間に合わず、評価を下げただろう。」
サミュエルは面目なさそうに頭を下げる。
リバーが付け加える。
「そういえば、ダニエルの上をいく奴がいたぞ。
最後の騎士団に見せかけた救援はジュライ家の娘が企てたらしい。
騎士団の三人は出汁に使われたようだ。」
「ジュライ家の娘というとレイチェルと言ったか。
確か余に政策提言をしてきた娘だ。
財務の業務改革案に加えて、世の中の半分は女なのに、女を公職につけないとは人材を無駄にしている、女も登用すべしと書いてあった。
面白い女だ、宮廷で使ってやろうと思っていたが、ダニエルと縁ができたのか。」
「女の方から積極的に売り込んだようだ。事件後すぐに騎士を証人に立て、ジューン子爵の内妻にと迫ったと聞いている。
ダニエルも内妻にすることを承諾し、早速ヘブラリー家に断りを入れたようだがな。」
ハッハッハと王は大笑いした。
「それは大したタマだ。男だったら大臣くらいに就任させたのに惜しい。
その駿馬か暴れ馬、ダニエルに手綱をとれるかな。
メイ侯爵戦が終わったら結婚祝いを贈ってやるか。
王が祝ったら公認の愛人になれる。ダニエルに恩も売れるし、マーチ侯爵やヘブラリーの枷が取れたほうがダニエルを使いやすい。」
リバーは話を続ける。
「あともう二つ。
一つは、この陰謀を煽っていた宰相家の執事が消えた。
足跡を追っていくとパーマストンとの繋がりが見える。
最近の宰相の失点には執事が絡んでいるという噂だが、その背後にはパーマストンがいた可能性がある。」
「パーマストンか。
無能で名誉欲だけ強い貴族が、宰相に賄賂を贈り参議まで出世したという評判だったが、裏では宰相を貶め、取って代わることを考えていたとは、とんだ狸だ。
しかし、事態がこんなに急展開するとは予期してなかっただろう。
土壇場まで裏切るのを躊躇していたぞ。」
「ボディブロウをもうしばらく打ち続けてからダウンさせるつもりが、自分でいきなり滑ってノックダウンするのだから慌てもするだろう。
もう一つは、法務部の動きだが、ミラーに乗せられ、大臣以下フラフラと流れに流される中、一人だけこの動きはおかしい、王に伺いを立てるべきだと主張し、衛士の出動に反対した男がいる。」
「誰だ?使えそうな男か?」
「トム・プレザンスという男だ。
下級騎士から金持ちの寡婦と結婚し、准男爵になり、その後、賄賂と弁舌、風采の良さで宰相に気に入られ、法務官まで昇進した。
美男で金払いもいいので宮廷でも貴族や民衆からも評判が良い。」
「知っているぞ。40歳ぐらいのイケメンの男だ。
侍女達が騒いでいると王妃に聞いた。八方美人で女誑しのゴマスリと思っていたが?」
「派手な外見に惑わされるが、能力はある。よく情勢を見ていて、大勢に流されて判断を誤ることはないようだ。弁論は上手く、対人折衝でも使える。
問題はそれが全て自己の栄達のためということだ。
毒物だが、王に権力がある間は、手足となって思うように働くだろう。法務部にいたからあそこの大掃除をさせるなら適任だ。
だが、使うなら忠誠は期待するな。」
「それくらい使えなくて王が務まるか。今欲しいのは才ある部下だ。
そもそもお前たちも毒物と言われているからな。
一度会って人物を確める。
使えそうなら法務大臣にして、宰相派を一掃する改革をやらせる。
いや、一足飛びに参議にしてもいいか。
裏切らないように、サミュエルを総監察官にするのでよく見張れ。」
サミュエルは
「副騎士団長はやめていいのですか?」と聞くと、
「両方に決まっている。そのくらいできるだろう。」
使える者を酷使するのは陛下の悪い癖ですなといいながら、サミュエルが話を変える。
「以前、指示があった、レオ共和国のことです。
多分リバーも聞いていた方がいいでしょう。」
「タイミングがいい。そろそろ必要になってくる。」
「我がエーリス国に南接するレオ共和国は、小国だが、海に面した貿易都市を持ち、豊かな国家です。政治の実権は商人貴族の参事会が握っています。
ご注文のあった、彼の国を領有していたと言いがかりをつける根拠ですが、100年ほど前にレオに救援に赴いた王が、儀礼上ですが、エーリス及びレオの王という名乗りを参事会に認められています。」
「それで十分。参事会の中から我が国に通じそうな奴もいたか?」
「利権にありつけない奴らはすぐに尻尾を振ってきます。
では、そのあやふやな根拠で侵攻し、内通者に呼応させますか。
団長は反対すると思いますが。」
騎士団長の名を聞き、王は顔を顰める。
「ヘンリーはこういう手段は嫌うからなぁ。
アイツは王道を歩めというが、この上から下まで争乱の時代に綺麗事だけではすまん。
オレは王道と覇道の両方を歩むつもりだ。
ヘンリーには王道を助けてもらう。お前達は覇道の補助をしろ。
そうだ!
ようやく宰相を引退させ、権力を握れそうになってきたこのときに、オレの肚のうちを明かしておく。
今の我が国を見ろ。
確かに宰相は長年平和を保っていたが、それは各国が強く出られれば引き下がる、事なかれ主義でもあった。
国内は大諸侯が小領主を併呑し、好きに振る舞う。豊かな騎士は身内で財産を争い、貧しい者は土地や先祖伝来の剣鎧を質に入れ、裁判は縁故と賄賂次第。
王や政府の権威や信頼などありはしない。
オレはこんな状態が我慢できん。
騎士団を王の直轄軍として強化し、政府の官僚制度を整え、王の命令を確実に執行させる。諸侯に好き勝手はさせない。対外的には、周辺諸国を圧倒し、この地域の覇者となるつもりだ。
そのためには汚い手段も辞さない。お前達頼むぞ。」
王の演説を聞き、サミュエル副騎士団長は感動したようだったが、リバーはしらっとしている。
「リバー、なんだその態度は?」
サミュエルに食いつかれるが、平然と言い返す。
「ノブリス・オブリージュっていうのか。
王様らしいお言葉だと思うが、スラム出のオレには縁遠いわ。
まぁ、言われたことが納得いけばやらせてもらいますよ。」
リバーはそのまま去っていく。
王も興が醒めたようだったが、「まぁアイツはその場その場で役立てばいい。」と収める。
「サミュエル、数日後に諸侯諸卿の代表が集まれば、十人委員会を開き、今後の国政方針と人事を議論する。そこが今後の権力を誰が握るかの鍵だ。
現在の王政府は宰相に参議ニ名で意志決定し、実行機関として六部を置いている。
今王党派は六部の中の兵部大臣(騎士団長)だけだ。兵権を持つことは最も重要だが、余りに勢力として弱い。
今回できれば、参議一つと宮内、財務、法務、内務、外務のうちの一つは抑えたい。」
「王党派はその程度しかポストをとれませんか?」
「貴族の力は強い。それを割れさせて、なんとか王の力を強化しなければならない。
主流の宰相派はパーマストンが受け継ぐだろうが、盟主を失い混乱しているし、少数派のマーチと連携をとり、主導権を握る。
諸侯・領主にも除々に騎士団出身者を増やしている。奴らはヘンリーを通じて王党派シンパだ。
特に、ダニエルは領地規模や能力、ヘンリーとの近さからいって王党派諸侯の尖兵となってもらわねばならん。」
そこで王は反省したように頭を振り、声を低くして言う。
「少し先走りすぎたな。
即位してから、ずっと待ち望んでいた権力が見えてきたことで熱くなりすぎた。宰相の失敗を他山の石とし、一歩一歩堅実に行こう。
まずはメイ侯爵への紛争に勝ち、諸侯に威を示す。
同時に、十人委員会で人事闘争に勝ち、これまでの路線を変更する。
今はそこからだ。」
「陛下の目指す国の在り方の為、サミュエル、全力を尽くします。」
「王党派はまだ少ない。頼むぞ。」
その頃の王政府財務部の執務室。
「アラン、浮かない顔をしてどうした?
血の婚礼事件では、鎧兜を着けて叛徒との戦いに赴き、文官に有るまじき勇者と名を挙げて、婚姻の申込みが殺到しているらしいじゃないか。
誰を選ぼうかと嬉しい悲鳴か?」
アラン・ジュライに同僚が話し掛ける。
アランは苦笑して答える。
「行っただけで何もしてないんだけどね。
そんな虚名で結婚しても後で失望されるだけだよ。
そんなことより、メイ侯爵戦の戦費のことで悩んでいてね。」
「いつも物静かなアランが、血相変えて大臣に抗議して原案を直させたと聞いたぞ。何が不満だ。」
「実はね、我が家とダニエル卿は縁があってね、姉からも極力ダニエル様の負担を減らすよう言われているんだ。最低でも8割は王政府の負担とするようにと。
それが頑張っても7割にしかならず、家で怒られそうなので憂鬱なのさ。」
「おいおい、本当なら5割がいいところだというのが部内の噂だったぞ。
7割は、勇者アランの戦功あってのものだぜ。
大殊勲だと思うが、あの、病中の御父上の代わりに書類をチェックして、あまりに峻烈な指摘に、財務部中を御父上の平癒祈願に行かせたという伝説の賢女のレイチェルさんなら8割取れるかもしれないな。
まあ、頑張れ。
叱られたら、いい遊び女のいる店を見つけたからそこに憂さ晴らしに行こうぜ。」
「人の姉を魔女のように言うのは止めてよ。
あと、遠回しの夜遊びの誘いをありがとう。」(苦笑)
アランは、帰宅後、案の定レイチェルから詰めが甘いと大目玉を食らい、それから姉弟で財務部規則を読み込み、抜け穴を探し出した。
明け方までかかり、騎士団とダニエル軍の総経費のうち、王政府が7割負担という解釈を、騎士団分は全額負担(王命なので、ダニエルは依頼しておらず出費を求める根拠はない)、ダニエル軍の経費の7割も負担(王命が主だから)ということで整理し、しらっと上に断らず支出することにした。
後ほど問題となるも、規定上はその解釈もありうることから、アランにお咎めはなかったが、レイチェルが財務部内で更にその名を轟かせたのは言うまでもない。
ダニエルは後に、「あれっ。ドケチの財務部が計算間違えて、随分たくさん送金してくれた!!」と大喜びしていたが、アランから実情を聞かされ、戦慄することになる。
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