十人委員会

 時間を取り、王はトム・プレザンスと面会する。


 一見ただの洒落者の中年男だが、話しているうちに、コイツは侮れないと見直す。

 その弁舌や柔らかな人当たり、それなりの見識もあるが、何より上昇志向の強さは、宮廷人の中でも類をみない。


 プレザンスとしては、宰相派ということで、自身は衛士の行動に反対したものの、処分や降格もありうると覚悟していたところに、王から口頭試問のような面談である。


 救いの蜘蛛の糸が降りてきたかのように、必死になって王の一言一言に対応する。


 面談の終わりに、王から宣告される。

「貴様を法務大臣にしてやれば、宰相派を一掃し、余の為の組織に改革するか?」


「誓って、陛下のために全身全霊で働きます。」


「よかろう。

 では、まず自分を法務大臣に推薦するようにパーマストンに働きかけろ。


 宰相派の人間を余が推薦するのは、貴様が寝返ったと言うのと同じだからな。

 パーマストン派として法務部に入り、その上で余のために働け。」


 プレザンスが了承し、退出しようとするところを呼び止める。


「大臣に就任したら、部内の粛正とともに、血の婚礼事件について、王都の中で好き勝手な推測が流れているのを糺せ。


 関係者と調整し、問題のない姿として吟遊詩人に唄わせ、それを非公然の王政府の見解として周知させろ。

 お前の初仕事だ。」


 王の命令に、法務部の地に堕ちた名誉の回復と、王や王政府など関係者に都合の良い情報誘導をしろということだなと理解する。


 法務部内で聴き取りし、かなりの程度真実に近づいていたプレザンスは、関係者の多さと調整の難しさに頭を抱えたくなるが、否応ない立場であり、承る。


 プレザンスを返すと、王は十人委員会に向けての対策を考える。


 十人委員会は、王を議長とし、宰相と参議2名の宮廷・法衣貴族の代表、諸侯からは公爵を別として、侯爵以下の各爵位と地域の組み合わせ(西部の○○伯爵であれば伯爵位と西方地域を代表する)による代表者が5名、それに騎士の代表を加えて、計10名で構成される。


 国事行為については、通常、国務会議で処理されるが、重大案件については諸侯諸卿の総意を聴くため、十人委員会が招集される。

 なお、全ての貴族から意見を聴取するときは貴族会が招集されるが、多数に及ぶため、滅多に開催されることはない。


 王が、今回、選定されたメンバーのリストを見ながら、会議の進め方を考えていると、案内もなく私室に入ってくる者がいる。


「誰だ? 今、考え事をしている。後にせよ。」


「フォフォフォ、これは失礼。陛下が子供の頃を思い出し、つい昔のように振る舞ってしまいましたわ。」


「これはグラッドストン公爵、いつ来られましたか。」


 グラッドストン公爵は、もう80歳になる老人だが、先々代の王に協力してエーリス国の中興を担った大貴族であり、王妃の祖父でもある。

 未だに政界の元老であり、王にとって後ろ盾であるとともに、煙たい存在でもあった。


 「お祖父様、お久しぶりです!」

その後ろから入ってきた王妃の弾んだ声もする。


「ルイーゼ、もう王妃なのだから、もっと落ち着きなさい。」

 

 祖父と孫娘の交流後、王の方に向き直った公爵は、少しよろしいですかと話を始める。


「何やら最近の王都は騒がしいようですな。騎士と衛士が大喧嘩するやら、グレイが宰相を辞任したとか。アイツには晩節を汚すなと常々言っていたのですが、残念です。


 このジジイも冥土に行く前に、王と孫娘の顔を見に行こうと思いましてな。ちょうど十人委員会もあるというので、今回は息子に代わって出席することにしましてな。」


 王は内心嫌な気がするが、この義理の祖父にして大長老に何も言えるわけもない。

「老が来てくれて嬉しく思う。明日はよろしく頼む。」


「今更、老人が口を出すのもどうかと思いますが、王の祖父に頼まれてますからな。僭越ですがこの国の一端は微力ながら私の力もあったかと思っており、目が黒いうちは言いたいことを言わせてもらいます。」


「もちろんだ。よろしく頼む。」


 では、曾孫の顔を見てきますかとグラッドストン公爵は王妃に連れられ、奥に向かう。


(もう年相応に大人しくしてくれればいいものを。オレに釘を差しに来たか。しかし、国政の転換にはいずれにせよこの爺さんを納得させることは必須。)

 王は溜息をつき、その他の上京してきた面々との面会に向かう。


 翌日、宮廷にて十人委員会が開催される。


 今回のメンバーは、王、マーチ参議、パーマストン参議、グラッドストン公爵(公爵代表)、セプテンバー辺境伯(侯爵及び北部代表)、オクトーバー伯爵(伯爵及び東部代表)、アレンビー子爵(子爵及び南部代表)、ノベンバー男爵(男爵及び西部代表)、ディッセンバー騎士(騎士代表)であり、宰相が欠員で計9名である。


 冒頭、議長である王が発言する。


「今回の議題は、先日のグレイ宰相一派のクーデター事件を受け、宰相以下の人事の刷新を行うことだが、併せて国政の転換を提案したい。


 我が国は、先の戦争・内乱後、長年の平和を保ってきたが、その成果とともに弊害も大きくなってきた。

 国の礎である中小領主や騎士の困窮、一部諸侯の横行、諸外国からの紛争、王政府の賄賂の横行、大商人どもの驕り、これらを一掃し、国を建て直さねばならん。」


 我関せずと無関心の大諸侯と熱心に頷く男爵や騎士代表とが対象的である。

パーマストン参議が反論する。


「前宰相は最後に問題を起こしましたが、その政治路線は間違ってなかったと考えております。

 昔は王都でも飢えた民があちこちで死んでいましたが、いまやその姿はなく、華やいだ店が軒を連ね、女衆は着飾っています。」


「その一方、貧困の余りに、武器は勿論、領地も手放す騎士が多数出てきている。売買を禁止しても商人の息子を養子にし、抜け穴を作っている。


 王はそのような状況を心配されている。

 国内に富は増えたが、一部の者が豊かになるだけ。騎士は貧しく、また力を持て余し、先のミラーのようにいらぬことをしでかす。

 いまや外に打って出て、国威を高め、騎士に富を分配すべきときだ。」

 マーチ侯爵が言い放つ。


 諸侯達は外に出るというところに聞き耳を立てる。


 本音としては、王や王政府には自家のことに干渉してほしくない、だが敵が攻めてきたときだけは助けに来いと思っているが、対外戦は領地獲得のチャンスである反面、出撃作戦地に自領を使われたり、王の指揮に従うのが嫌だという二律背反的な気持ちである。


「攻めるなら何処に行くのだ?」

北の虎、セプテンバー辺境伯が尋ねる。


「今の状態から見れば、南ではないか。」

マーチ侯爵の答えに、やはりなという空気が広がる。


 南部地域は大諸侯は存在せず、中小領主と王直轄領が主であるが、規模的に大きなジャニアリー伯爵家は今紛争の真っ只中である。


 その答えで、セプテンバー辺境伯とオクトーバー伯爵は関心を失う。

出兵のスキを突かれ、他国に侵攻されないように釘を差し、沈黙する。


「南部代表のアレンビー子爵いかが思うか?」


マーチ侯爵の問いかけに、アレンビーは答えを迷う。


(十人委員会がこんな貧乏籤とは。若者に経験とか言われて出席したけど、子爵が発言するような場所じゃないよね。

 子爵会からも軍役や金に関係なければ黙っておけと言われているのに。)


「南部の領主としては、陛下の命に従いたいところですが、軍役の期間や戦費、褒賞のことがどうなるかを教えていただき、検討したいと思います。」


 諸侯・領主は約束した期間の軍役以外は兵を出す義務はない。

ただし、戦費や褒賞があれば任意に出兵するのことはある。

金銭を王が出してくれるか次第ということだ。


 肝心の南部代表の煮えきらない言葉に王は歯噛みする。

コイツは騎士団出身者だから、王に柔順かと工作して代表とさせたが、その甲斐がなかった。


 代わって、ノベンバー男爵とディッセンバー騎士が声を上げる。

「儂は西部代表ですが、男爵会は陛下の政策を支持します。

是非我らを動員し、褒賞をお願い申し上げます。」


「騎士も同様です。いつでも陛下の命に従い、戦地に赴きます。」


(しかし、貧乏貴族と騎士だけではどうにもならん。やはり、騎士団とダニエルを使うしかないか。)


 王が考えているとき、ずっとニコニコしながら話を聞いていたグラッドストン公爵が口を出す。


「なかなか面白い話だったな。今の参議はそんなことを考えているのか。

陛下も即位して3年ですか。早く成果をという気持ちはわかりますが、もうしばらく落ち着いて政治を学ぶことが必要ですな。


 リオは南部諸侯の重要な取引先。軽々に攻めると領主や庶民の暮らしに影響しますぞ。

 仮に攻めるにせよ、周辺国への手当てと大義名分が必要。じっくりと機を見られては如何か。」


「しかし、騎士は窮乏しております。一刻も早い助けが必要です。

さもなければ、国の盾となる騎士が、貧困の中に埋没し、いなくなります。」


「そういえば、以前の王で騎士の困窮をいたく同情され、借金棒引きの徳政令を出されたことがありましたな。そちらのほうが即効性があるのではないですか?」


徳政令と、ノベンバー男爵とディッセンバー騎士の眼が輝く。

「それはいい。陛下、参議、是非にお願いします。」


 話が外征から逸らされ、徳政令などという変なものに移り、王は、この妖怪爺がと歯噛みする。


 そこは、老練なパーマストン参議がなんとか収めるが、それ以上の議論にならず、当面は現状路線を継続することになる。


 次に人事に話題が移るが、まず宰相のポストは、パーマストンとマーチの自薦と集めた諸侯諸卿の推薦人を勘案し、パーマストンに軍配が上がる。


 パーマストンは多数派の宰相派の多くを受け継ぐとともに、既得権益組であり、いきなり戦争など変なことはするまいという諸侯の賛成を得た。


 一方、マーチ侯爵は、血の婚礼事件での傍観ぶり、しばしば吐く好戦的な態度が敬遠され、推薦人が少数だったことが大きい。


 続いて、もう一人の参議の人選である。

 王、パーマストン、マーチが自派閥を推薦するが、グラッドストン公爵は、全然予想外の男を持ち出す。


 かつて大臣を歴任し、参議まで務めた大物、ヒュー・ヨークである。

 頭は鋭く、硬骨漢で一言居士。最後は、賄賂の横行に憤慨し、グレイ宰相と口論の挙げ句、馬乗りになって殴りつけ、辞表を出したことは王都中に広まった。その成果か、その後、公然とした賄賂は目につかなくなる。


「ヨーク卿は既に政界を引退したはずではないか?」

王が聞く。


「屋敷に顔を見に行くと、剣など振り回していたので、この老人が働いておるのに、貴様も働けと叱責しておきましたわ。」

グラッドストン公爵は元気に答える。


 王、パーマストン、マーチとも、グラッドストン公爵がお目付け役を送り込んできたと思ったが、ヨーク卿は実績・人気とも十分であり、承知せざるを得なかった。


 その後は各大臣の人事である。

宰相派の一掃を基本とし、各派が自派閥を押し込める。


 結局、宰相派4、マーチ派1、王1(騎士団長)がパーマストン派3、マーチ派2、王1となるが、しっかりと法務大臣にプレザンスの名前があるのを見て、王は自分で言ったものの、良く推薦させたものだと感心する。


「パーマストン宰相、法務部は改革しなければならん。

このプレザンスという男は使えるのか。」


「コイツは、法務部で唯一、今回の衛士の出動に反対しており、頭も切れる男です。自ら売り込んできましたが、法務部の改革に最善と判断しました。」


「よかろう。」

(今回の十人委員会、思ったように行かなかったが、プレザンスの登用は成果だな。どこまで使える男か見極めねば。


 間もなく来るはずの、ヘンリーとダニエルの勝利を基に、また次の手を考えるか。)



 さて、夜には十人委員会メンバーと重臣の懇親会である。


 宰相の内定を受けたパーマストン卿は得意顔で、王に近い最上位の座席に座る。

(遂に、宮廷最上位の宰相まで登り詰めたわい。)


 得意満面で座っているところに、誰かが席を掻き分け、パーマストンも超えて上位の席に座る。


(私より上位といえば、王かグラッドストン公爵しかいないはずだが?)

見ると、検非違使長のリバーである。


パーマストンは、この怪しげな成り上がり者が大嫌いである。

と言って、座席くらいで衆目の中、叱り飛ばすのも大人気ない。

(嫌味を言う程度に留めるか。)


「スラムの犬は寝床を知らぬな。」


リバーは表情も変えずに返す。

「パーマストンの犬は恩人を喰らうぞ。」


引き立てた恩人のグレイを土壇場で裏切ったことを痛烈に皮肉る。


あちこちでクスクス嘲笑する声が聞こえる。

あの裏切りは、表立っては言われずとも皆快くは思っていない。


 王も口を押さえて笑いを堪え、セプテンバー辺境伯やオクトーバー伯爵に至っては、「詰まらない会議だったが最後に面白い寸劇を見られたな。」などと哄笑している。


 赤っ恥を晒したパーマストン卿は、最後、グラッドストン公爵に

「言うのを忘れておったが、パーマストン、あんなに工夫のない寝返りはつまらんな。人を陥れるならもっと上手く、できれば相手に感謝してもらうくらいにやるものだ。宰相になったら工夫しろ。」

と説教され、宴の早々に引き揚げた。






 

 


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