メイ侯爵戦役(行軍・滞陣)

 メイ侯爵とその軍、約1000人はジャニアリー領を領都目掛けて進軍するが、途中の村々には当てにしていた食糧などの物資はなく、村人の姿もみない。


 やむなく兵糧を商人から買い付けたり、自領から運んでくるため、想定以上に行進に時間を要している。


 侯爵と従士長は馬に乗りながら話をする。


「侵攻の機会を活かし、なるべく多くの兵を連れ、途中食糧を掠奪して腹一杯食べさせるつもりが、兵糧を運んでくる羽目になるとは。」


「侯爵様、これはこちらの動きが見破られているのでしょう。戻りませんか?」


「ここまで兵を動員して、手ぶらで帰れるか!多少でも領土の割譲を得なければならん。宰相からも中止の連絡は来ておらん。」


「でも、これはおかしいですぜ。注意してかからないといけません。」


「これまでもジャニアリーとの小競り合いでは勝ってきている。

 幸い我々には宰相が王政府で味方してくれる。

 ボンクラ嫡男の擁立に失敗しても、戦場で勝てばなんとかなる。」


「まあ、そう言われるなら努力はしますが・・・」



 一方、ダニエルは、とりあえず王都にいたジューン兵、預けられたヘブラリー兵を連れ出発し、ジャニアリー領に入ったところで、従士長率いるジャニアリー兵及びジューン兵と合流する。

 そこで、血の婚礼事件で戦闘した兵は帰るように命じるが、皆、付いていくと言ってきかない。


 オカダは、連れて行ってやりゃいいじゃないかと気軽に言うが、領主としてはそういう訳にいかない。


 亡くなったテーラーに代わり、従士長に昇任したラインバックに命じる。

「戦場に向かいたいという希望者は、戦場で戦えるかをチェックして、少しでも動きに不自由がある奴は帰せ。」


 横で見ている騎士団長は、「ダニエルも立派に領主やってるなあ。」と感心している。

 ちなみに騎士団では少しでも動ければ戦場行きである。


「甘いと思われますか?」

「騎士でなければ戦場なんて行かないに越したことはない。

領民にはそれでいいと思うぞ。」


 とにかくジャニアリーから400名、ジューン兵を200、ヘブラリー兵を100、合計700名を揃え、武具を整え、偵察にバースと数名の従士を出す。


 その時間に騎士団の騎士に教官となってもらい、三家からの兵をまとめる為の合同訓練を行う。


オカダが尋ねる。

「こんなのんびりしていて良いのか?領都が落ちるんじゃないか。」


「大丈夫だ。時間はこちらの味方だからな。

でも、お前らウォーモンガーは待ちきれないようだな。偵察隊が帰ってきたら動き出すか。」


 そのうち、バースが戻って来て、報告する。


 メイ侯爵軍は、想定よりかなり遅く、ようやく領都に着き、降伏宣告をしたものの、ジャニアリー家側から理由のない侵攻を罵倒され、包囲態勢に入ったようだ。


「その軍勢を見ると、食糧に乏しいようで、兵に元気がないように見えました。」


「そうだろうな。

 ジャニアリー領の食糧は早々に買い込み、城に保管しているので現地調達は無理だ。村人にも食べ物を持って避難するように言ってある。

 また、ジューン領のバレンタイン家老に命じて、メイ領からの食糧輸送を襲わせてもいる。

 あんまりにも食糧がないと帰還するかもしれないので、最低限は高値で商人を介して売りつけてやっているが。」


「ではここで時間稼ぎをしていたのは?」

クリスが尋ねる。


「そんな飢えの一歩手前の状態で、騎士団もいる軍と会ったら逃げ帰るかも知れないだろう。罠は奥まで掛かれば取り外せない。簡単に帰れないところまで進軍するのを待っていた。


 領都の包囲までやれば、十分掛かった。

 おまけに、千人を食べさすのは随分金がいる。こちらは一日ごとにガッポガッポと懐が潤う。やめられないな。」


「領都がさっさと囲まれて、落城したらどうするんですか!」


「いや、奴らは攻城兵器持ってきてないし、危なくなったら狼煙上げろと言ってあるから大丈夫だ。

 でも、オカダだけでなく、カケフも騎士団もイライラしてきてるから限界か。そろそろ戦うか。」


「余裕ぶるのもいいですが、前のミラーの時は、読み間違えて死にそうになったのを忘れないでください。」


 メイ侯爵は、領都を包囲したところで、苛立っていた。


「宰相からの使者が何故来ない!

こちらから王都に行かせた使者も帰ってこない!


 計画では、もう王政府から、ジャニアリー家の当主がポールに代わったとの連絡が来て、ジャニアリー家のポール支持者と手を結び、領都に無血入場しているはず。それを見越して、運搬が大変な攻城兵器は持ってきていない。


 王都では何が起こっている!?」


 ダニエルは、王都とジャニアリー領の間の通行を徹底的に封鎖し、情報遮断をしている。

 そのため、メイ侯爵には、宰相の計画の失敗や失脚などの情報は一切入ってこない。


 メイ侯爵は、次善の策として、深夜密かに城内に密偵を送り、内通者と聞いていた者と連絡を取る。

 次の日の夜、手筈では内通者が正門と裏門の閂を開けておくこととなっていたので、メイ侯爵軍は門の前に集結し、門を押そうとするが、固く閉じられ、しかも上からは石や矢が雨のように飛んできた。


「敵の罠だ。退却しろ!」

指揮官の声で退却しようとするが、混雑で進めず、矢で死傷する兵が増加する。


「お土産だ!」

ボドッと上から落とされたものは内通者の首である。


 ダニエルからの指示で、現状の不満分子を洗い出し、目を光らせていたところ、見事に罠に掛かった。


 メイ侯爵は、内通者の策が潰れた今、飢餓寸前の軍を抱え、このまま包囲を続けるか、退却するか迷い、幹部を集め会議を開く。


指揮官達からは悲鳴のような声が上がる。


「食糧はなく、井戸も巧妙に隠され水を得るのも一苦労です。

領都まで行けば食べ物があり、略奪もできると言って兵を引っ張ってきましたが、昨晩の夜襲の失敗でみな心が折れています。早々に撤退を。」


主計官からも悲鳴が出る。


「食糧は現地調達の計画だったので、戦費は少額しか計上していないところ、国元からの輸送、足元を見た商人の暴利などで既に大出費です。

 また、国元からの輸送は野盗の餌食になっており、輸送距離の延伸に従い、損害が大きくなっています。


 早期に勝利又は撤退しないと金庫の金は底を突き、御用商人も用立てしてくれなくなります。」


 これらの悲観論者の意見を聞き、侯爵は機嫌が悪くなる。

一方、侯爵の気持ちを忖度する側近からは積極論が出される。


「そんな負け犬根性でどうする!

 ここまで進軍しておめおめ撤退するのでは宮廷や諸侯の笑い者。


 なにかの都合で遅れているが、明日にでも宰相様からの使者が来れば、正当性はこちらにでき、逆転できる。」


「そのとおり。ここまで来た以上、たとえ宰相様が失敗していても、領都を陥し、ジャニアリー領を占拠すれば、宮廷は追認せざるを得ない。


 ジャニアリー伯爵がいないのも好機。

まだ時間はある。攻城兵器も運ばせて、城攻めをするべし!」


 景気の良い言葉にメイ侯爵は気を良くする。


「よくぞ申した!

 こうなれば、王都の政治工作に頼らず、領都を陥落させ、ジャニアリー領を取ってしまおう!」


 侯爵の決断で、城攻めをすべく陣を配置する。

その時、王都の方向に出していた斥候が青い顔で駆け込んでくる。


「どうした?宰相からの使者が見えたのか。」

喜ぶ侯爵に、斥候は告げる。


「敵の軍勢が来ました。凡そ1000。

ジャニアリーが主ですが、それ以外の部隊も参加しているようです。

特に、騎士団の赤色の旗が大きくたなびいておりました。」


「速すぎる!

 侵攻が聞こえてから軍を準備するならまだ一週間はかかるはず。

 おまけに騎士団が出馬したということは、王政府はジャニアリーの味方か?宰相はしくじったか!」


「侯爵様、原因追及はあとです。

直ちに陣を野戦向けに敷き直す必要があります。」


「くそっ。なぜこんなことになる!

配置転換は任せる。この国最強の騎士団には真っ向から当たるな。

弱兵のジャニアリー兵を痛めつけ、勝ちという名目を取れたら直ぐに引くぞ。」







 




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