メイ侯爵戦役(布陣)

 メイ侯爵軍が大急ぎで陣を立て直し、野戦向けに布陣しようとするのに合わせて、ダニエル軍は、自領で地形に詳しいことを活用し、敵軍を原野に誘導する。


 ダニエルは、布陣に当たり、騎兵200で構成される騎士団の配置を左翼にすることを騎士団長に頼むが、意外な言葉を聞く。


「騎士団は戦わないからな。お前だけで打ち勝ってこい。」

「は?」

 では何のために来たと口から出かかる。


「いや、騎士団は、国外の敵と王への叛乱者と戦うためにあるわけだ。

だが、メイ侯爵はもう王都まで進軍する元気も無さそうだしな。

こうなると、ジャニアリーとメイの私戦みたいなものだし、あとは、お前が頑張ればいいだろう。」


(そんな、後は任せたみたいなことを涼しげに言われても・・・)


「いや、陛下は騎士団も一緒と言ってましたし、共闘しましょうよ!」


 騎士団を当てにして、楽をするつもりだったダニエルは思わぬ言葉に涙目になる。


「陛下には、ダニエルが頑張ったので騎士団の出る幕が無かったと言ってやる。

 だいたい、あんな弱った敵と戦うのは、弱い者いじめのようでつまらん。」


(それが本音かよ!)

せっかくダニエルが楽して勝とうと知恵を絞ったのが裏目に出た。

どうも敵軍を弱らせたことが、騎士団長の戦闘意欲を削いだらしい。


 団長は少し小高い丘を指し、「騎士団は、あそこからお前達の戦いぶりを観ておいてやるからな。」と言って、カラカラと笑って去ってしまった。


 残されたダニエルはやむを得ず、本陣に戻り、カケフ達と相談する。


「いやー、今度は騎士団に美味しいところを持っていかれるかと心配していたが、さすが団長、オレたちの気持ちをよくわかっている!

 これで手柄は全部オレたちが頂きだ!

騎士団の奴ら、悔しがるぞ!」


開口一番、オカダが全く方向違いのことを言う。


「お前の頭の中が羨ましいよ。」

ダニエルの呟きに、カケフが言う。


「で、どうする?

 メイ侯爵軍は騎兵500、歩兵500だが、こっちは騎士団を当てにして、騎兵は200しかいないぞ。おまけに全軍でも700と劣勢だ。


 奴らは腹が減っていてもまだ一戦くらいは動ける。

ボヤボヤしていると、騎兵に追いまくられて大敗しかねんぞ。」


「そうなれば騎士団が助けてくれるでしょうが、我々は笑いものにされますね。」


 バースの一言で、皆に火が点く。

(団長や元同僚の前で無様を晒すなら、死んだほうがマシだ!)


 本気になり、急ぎ布陣の組み直し、戦術と役割分担を決める。


 さて、現在、ダニエル軍の兵は、各家に別れて従士長が率いている。


 ヘブラリー兵は、クロマティが従士長に昇格し率いているが、その中にはトマソン以下婚礼事件で寝過ごした40名の兵が含まれている。


 クロマティは、前任の従士長が付いてくるのを嫌がったが、前伯爵の命令とあっては断れない。


 ダニエルも「アイツラは帰せ!」と言ったが、トマソンと会い、命令に絶対服従することを条件に渋々認める。


 トマソンは、前伯爵に言われた通り、死に場所を求めていたが、それがヘブラリー家の名誉を回復するような目覚ましいものとなると容易ではない。


(とにかく最前線に出ることだ。

 一番槍か、突破口を開くか、生命は捨てているが、目立つように手柄を上げなければ、伯爵様の期待に応えられない!)


 トマソンの気持ちが乗り移ったか、酔い潰れていた40名の兵も決死の形相である。あの後、ヘブラリー家中で散々に罵倒され、今回は死ぬ気で戦ってこいと送られている。


 ダニエルも進軍中にトマソン等の気持ちに気づき、

「悪いが、今度の戦はお前等が死ななきゃ勝てないほどのものにならん。

もっと他に死に場所を探せ。」

と釘を差している。


 ダニエルとしては、借り物の兵を無闇に殺すなど自分の指揮能力が問われるし、死にたいなら自領で死ねと言いたかった。


 さて、ダニエル達は相談がまとまると、各家の従士長を呼び、布陣を命じる。

 ヘブラリー兵のすべてとジューン兵の半分が、虎の子の200名の騎兵であり、纏めてオカダに託す。


(楽勝の筈だったが、ひょっとすると、あの死にたがり共に死んでもらわざるを得ないかも知れないな。オレにもっと軍才があればな・・)


 ダニエルは、古今の名将が少数で、多数の敵を撃ち破った話を散々聞いてきたが、自分にそんな真似ができるとは思っていない。


 名将たらんとして失敗した指揮官は腐るほどいる。ダニエルは、愚直に少しでも勝てそうな策を考え、部下を信じるだけしかできないと、自分の才能を見切っている。


 残る500の兵のうち、カケフには100の弓兵を、バースに400の歩兵を指揮させる。

 この歩兵は弱兵と言われるジャニアリー兵であり、長年、境界の小競り合いでメイ侯爵軍の騎兵に蹴散らされている。ダニエルの見るところ、この歩兵が耐えられるかが勝負の分かれ目であった。


 布陣の最中に、騎士や従士達が30名ほどやってくる。

「誰だ?」との誰何に答える声が聞こえる。


「以前にダニエル様の寄り子と認めてもらったブリーデンやその周辺の寄り子です。」


(そういえば、以前にジューン領を見に行ったときに寄り子の押し売りをしてきた奴らか。今回は急いだので、招集しなかったな。)


 寄り子は寄り親に保護してもらう代わりに規定の従軍義務がある。

 ただし、今回は速戦即決のため、ダニエルが招集していなかったので、従軍する義務はなかったが、ブリーデン達は情勢を見極め、ダニエルの勝算が高いと見て、進んで従軍してきた。


「ダニエル様も水臭い。

御領主様の初仕事に我らは喜んで馳せ参じますぞ。」


(コイツら、騎士団もいて今回は勝ちと踏んだか?

騎士団が戦わないといえばどんな顔することか。)


とは言え、貴重な戦力を逃がすわけに行かない。


「今回は、騎士団長まで来てもらい、寄り子の皆さんの手を借りるまでもないと思ったが、わざわざ来てもらって帰すのも礼を失する。

 戦見物のつもりで、歩兵の最前列に入ってくだされ。」


見たところ、実力はありそうだ。

逃げられない最前列で踏ん張ってもらおうと誘導する。


ダニエル軍は布陣を終えた。


 メイ侯爵から見た彼らの陣は、やや小高い丘に左翼の騎士団、そして中央にジャニアリー歩兵、右翼に見知らぬ騎兵である。


 メイ侯爵は、従士長と戦さの進め方を相談する。


「左翼の騎士団には、我軍で最も精強な騎兵200を当てろ。こちらからは仕掛けるな。向こうが攻めてきても真っ向から当たらず守勢で時間を稼げ。


 騎士団を食い止めている間に、残る騎兵300と歩兵200で中央のジャニアリー兵を殲滅する。」


「侯爵様、右翼の騎兵はどうしますか。あの半分は旗から見るとヘブラリー家ですぜ。あとはジャニアリーみたいだが。

ヘブラリーめ、ジャニアリーと縁戚になったので援軍したのでしょう。」


「ヘブラリーといえば、それなりに戦い慣れていると聞く。

しかし、たかが100。あとは弱兵ジャニアリーだ。

歩兵を300やるのでそれで防げ。」


 右翼には侯爵の弟を指揮官とし、中央は自ら指揮をとり、左翼は従士長に任せる。


「とにかく、中央を迅速に蹂躪し、敵の大将を打ち取るか捕虜にすれば勝ちだ。それまで両翼は耐えよ。

 勝てば、敵の食糧も手に入る。今こそ武勇を見せよ!」


 メイ侯爵の号令に一度は士気が低下していた兵士もやる気を出す。

ここで勝てば腹いっぱいに食える、領都で略奪もできるという欲望が彼らを駆り立てる。


 一方、丘の上の騎士団長は楽しんでいた。


「ダニエル、やりおるな。

 騎士団はここで戦見物するだけなのに、さも左翼から襲いかかるように見えているだろうな。そうすると警戒する部隊を置かざるを得ない。

上手く見せ金に仕立てたか。なるほど。」


「我等ならそんな小細工無しで蹴散らしますがね。

団長、一言やって来いと仰ってくれませんか。

オレなら200であいつらを殲滅してみせます。」


 こんなことを言うのは、騎士団一番組隊長のウィリアム・レズリー。

騎士団の中でも最精鋭の一番組を纏めるとともに、本人も剣の速さでは並ぶ者なく、戦場での修羅振りは有名である。


「まぁ、そう言うな。騎士団は国全体のの守護神だ。

 次回は、メイ侯爵を救援に来るかも知れない。ここで戦うと上手く連携できまい。


 メイ侯爵もあの様子では、王都まで進軍する気もなかったようだ。

ここで模様眺めしながら、いることでダニエルを支援するくらいでいいんだ。」


「それじゃ、何のためにこんな所まで来たんですか⁉」

周囲の騎士からもブーイングが起きる。


「俺は、お前達が王都の訓練所で暇そうにしていたから、遠くまで遠乗りに行くかといっただけだ。戦争するとか言ってないだろう。」


「「団長、汚いよ!」」


「もういい。」

レズリーが吠えた。


「ただし、団長、相手がかかってきたら、戦ってもいいですね。

まさか、騎士団が相手から逃げ出す訳にはいかないでしょう。」


「そりゃあ、仕方ない。襲ってきたら謹んでお相手してやれ。」


「よっしゃ~。お前ら、敵軍を徹底的に挑発するぞ。

怒り狂って襲ってくるようなことを考えろ!」


「「おー!」」

大合唱が響く。


 メイ軍から見ると、騎士団の戦闘意欲が溢れているようにしか見えない。

騎士団前に配置された騎兵は、死刑宣告されたような気分だった。





 


 


 

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