メイ侯爵戦役(戦闘)

 ダニエル軍は布陣した後、動かない。

が、メイ侯爵は、腹を空かせた兵が動けるうちに戦う必要があり、戦端を開くことを決意する。


「太鼓を叩け、攻めるぞ!

中央の部隊、騎兵から進め、歩兵は続け。

ジャニアリー兵などいつものように一揉みだ!」


ダニエルにも敵軍が動き出すのが見える。


「来たぞ。オカダとカケフに合図の太鼓を叩け。バース、歩兵に槍を構えさせろ。」


 合図の太鼓が聞こえると、騎兵が動き出すが、オカダはいつもと違い、先頭ではなく、後ろから号令をかけている。


(あれ、アイツ、何をカッコつけてるんだ。

いつものように猪の如く駆け出せばいいものを。)


 ダニエルは嫌な予感がするが、彼らが相手の部隊を早く粉砕してくれることを望みつつ、自軍の相手を見ると、敵騎兵は計画通り真ん中の湿地帯に足を取られている。


「撃て!」

カケフの号令で矢が放たれる。

矢は豊富にあるので、惜しむことなく使えと言ってある。

ここでどれだけ削れるかが重要だ。


さほどの距離でなく、動けない的なのだが、思ったほど当たっていない。


(ここ暫く猛訓練させたが、まだまだ訓練が不足しているな。

それに戦で興奮してか狙いがついていない。落ち着かさなければ。)


と思っていると、指揮官のカケフが叫んでいる。


「落ち着け!あれだけ訓練しただろう。

一回深呼吸しろ。そしてよく見て狙え!

オレが見本を見せてやる。」


そうして放った矢は、敵の小隊長らしき騎士に命中する。


それを見た兵に落ち着きが戻り、ようやく敵兵に当たり始める。


「当たったぞ!」

「オレもだ!メイの奴らを倒せるぞ!」


雨のように矢が放たれ、次々と騎兵が倒れていくのを見て、侯爵が指示を出す。


「下馬しろ!馬を捨て歩兵となって前進しろ!」


 その声を聞き、メイの騎兵は馬を降り、歩兵となって前進するが、泥の中のため、ゆっくりしか近づけず、その間、矢や投槍、投石により兵が倒れる。


(100以上は削ったか? もっと倒さねばこの後が苦しいぞ。)


 しかし、後ろから盾を持った歩兵がやって来て、先に立ち盾を使い身を隠すと、ジャニアリー兵の技量ではなかなか矢が当たらなくなる。


 そろそろ接近戦の距離になってきた。カケフが弓兵を後退させる。


 ようやく矢が飛ばなくなり、いよいよ蹂躪してやると意気込んだメイ侯爵の目に映ったのは、杭と逆茂木の障壁である。


「小癪な。こんなもの、踏み潰せ!

幸い、まだ騎士団は動いていない。急げ!」


 これまでのジャニアリーとの戦いでは、お互いにぶつかり合い、そのまま練度の高いメイ軍が圧倒してきた。


 ジャニアリーが障壁物を作るなど経験したことがなかったが、敵地で食糧もない中、このまま攻め続けるしか手段はない。


 メイ軍が障害物を突破しようとする間に、バースは長槍で相手を叩かせる。素人に槍を突かせるのは難しいが、上から叩くのは簡単だ。

 3mの長さで戦えば、剣は届かず、弱兵のジャニアリー兵も落ち着いて戦える。


 それても突破してくる敵兵には従士や寄子の騎士が対処する。


「ダニエル様、話が違いますぞ。我らは戦見物というお話でしたが?

 騎士団も動いていないようです。どうなっていますか?」


 ブリーデンが何人目かの相手に堪り兼ねたのか問いかけてくる。


「はて、騎士団長も多少は我らが働くべきと思われたのですかな。

 寄子の皆さまもせっかく来られて観戦もつまらんでしょう。日頃の鍛錬の成果を見せてください。」


ダニエルは涼しい顔で答えるが、突破してくる敵兵が増えるなか、内心はジリジリしている。


(このまま白兵戦が続けば、うちに分が悪い。

オカダめ、何をぐずぐずしている!)


ついに逆茂木が抜き取られ、メイ軍が全面的に押してくる。


 この間に相当斃したため、数ではジャニアリー軍が圧倒するが、これまでジャニアリー兵に勝ち続けた自信と、ここで勝たなければ後がないという切迫感があるメイ軍の必死の攻勢にジャニアリー兵は崩れる寸前である。


「もう一押しだ。こいつらを破れば、飯も女も金も取り放題だ!」

メイ侯爵の号令を聞き、ダニエルも叫ぶ。


「お前たち、聞いたか?

ここで踏ん張らなければ、お前たちの妻や娘は慰み者だ!

お前たちの家財産は奴等にくれてやるのか!

 そうじゃないという奴は俺に続け!」


 ダニエルはそういうと、最前列に突っ込み、剣を振るい、瞬く間に二人を倒す。


 流石にこんな檄を飛ばされ、指揮官が前に出て戦うのを見た兵の士気は上がった。

 同時に、弓を置き、剣に持ち替えた弓兵を率いてカケフが側面を突く。


 メイ軍は勢いに押され、後退するが、ここで負ければ死ぬか捕虜しかない。


「押せ!相手の大将は冷や飯食いの次男だ。あいつを打ち取れば勝利だ。!」


 メイ侯爵の声が響きわたる。

侯爵は自分の数名の護衛にも前に出て、ダニエルを討ち取って来いと命じる。


 ダニエルを目掛けて敵軍が殺到する。

メイ軍は具体的な目標が見えて、また兵の気力が戻る。


 クリスが、ダニエルに後ろに下がるように勧めるが、ここで引けばジャニアリー兵はそのまま崩れるだろうとダニエルは前に立ち続ける。


情勢は激戦のまま拮抗する。


(オカダ、なにをしてる⁈

お前達が背後から突けば勝ちだ!)


 その頃、オカダは騎兵を指揮するのに苦労していた。慣れていた騎士団の練度より遥かにレベルが低い。


 いつもなら先頭を切り開き、後ろについて来させるのだが、行軍中の野営で騎士団の連中と飲んでいた時に、レズリー隊長から「お前も一軍の将になりたいなら、先頭でなく、後ろで戦況を見ながら指揮することも覚えろよ。」と言われたことに反発し、慣れない後方で指揮を執る。


 おまけに、死に場所を求めるトマソンを筆頭に、預けられたヘブラリー兵が無闇と逸りたち、上手く歩兵を機動させるメイ軍に翻弄される。


(これなら侯爵様が突破するまで持ち堪えられるか。)とメイ軍の従士長は希望を持つ。


 一方、左翼に位置する騎士団員は、対面する敵兵に執拗に挑発行為を行なっていた

 臆病者、弱兵、田舎者などはもちろん、メイ侯爵領のあらゆることを罵るが、メイ軍はピクリとも動かない。


 これは指揮官の侯爵弟が必死になって抑えていたこともあるが、騎士団に恐れ慄いていたことが大きい。


 虎が兎の前で何をしようと、兎は震えて立ち去ることを祈るばかりである。

 騎士団の言葉も行為もメイ軍の兵の目にも耳にも入っていなかった。


 余りにも動かないことに耐えかねた騎士団の一人の騎士が、下着に剣一本だけでメイ軍の前に立ち、「お前たちにはこれで十分だ。これでも来ないのか。」というも、誰一人動かず、呆れて、自分の尻をめくって叩き、「チキンども、これでも喰らえ!」と言って戻る。


 騎士団は大爆笑である。


 侯爵弟は、

「何を言われても動くな。

 恐らく奴らは自分達からは攻めないという条件で出陣してきたのだろう。

宰相様が頑張って条件をつけてくれたのではないか。

 こちらから手を出さねば、相手は動けないのだ。虎を怒らせるな。」

と兵に言い聞かせる。


 騎士団では、レズリー隊長がメイ軍を挑発するのに飽き、状況を観戦するとダニエル軍が押されている。


「不細工な戦だねえ。オレなら単騎で敵将の首を刎ねて終わりだ。

凡才は泥臭いな~。


 オカダはどうしている?飲んだ時は一人で十分だと大口を叩いていたが?

苦戦してやがる。何やってるんだ、アイツならあれぐらいの兵をすぐに斬り伏せられるだろう。」


レズリーは酔って自分の言ったことをすっかりと忘れて、大声で叫ぶ。


「オカダ~、何やってる!

 サッサとダニエルを助けに行かないと負けるぞ!

後ろでチマチマやらずに、先頭に立て。

臆病風に吹かれたか!」


 それを聞いたオカダは、あの野郎、全然言ってることが違ってるじゃねえかと思いつつ、見るとダニエルが危ない。


 流石に顔色を変え、グズグズするなと兵を怒鳴りつけ、先頭に立って敵陣に斬り込む。

 今まで歩兵を上手く動かし、騎兵の攻撃を躱してきた従士長だったが、疲労もあり、オカダの馬上からの一閃で首が飛ぶ。


「オレに続け!」

 オカダと率いる騎兵は敵歩兵をようやく突破し、ダニエル軍を攻めるメイ侯爵軍の背後を突く。


「大丈夫だ。あそこは湿地帯。馬では通れない。」

 メイ侯爵は背後から迫る音が聞こえるが、自分たち同様進めまいと思い、それに構わず、攻め続ける。


 しかし、オカダ達はメイ軍の湿地で倒れた死傷者を馬で踏みつけ、湿地を乗り越える。


「何故だ?」

 メイ侯爵の疑問に答えるものもなく、メイ軍は背後から騎兵に斬りつけられ、大混乱に陥る。


「侯爵様、もはや勝敗は決着しました。

ここはいったん自領に戻り、再起を図りましょう。」


侯爵は、部下の勧めにやむを得ず頷く。

メイ軍は挟撃されながら、主君を守りつつ必死で退却する。


「今だ。長年の恨みを晴らせ!侯爵は身代金を取るから捕虜にしろ。

あとは好きにしろ。」

ダニエルの声が戦場に響く。


 その頃、騎士団と対峙するメイ軍の精鋭騎兵は、本軍の敗退を見て、撤退を決めた。


「兄の侯爵が危ない。救援しつつ、自領に撤退する。

みな急げ!」


「目の前の騎士団は襲ってきませんか?」


「誇り高い騎士団が、勝敗が決まってから追い剥ぎのようなことはすまい。

襲ってきたら嗤ってやって死ぬだけだ。」


 そして、陣を組み直し、敗軍の侯爵とそれを追撃するダニエル軍を追う。


 その途中、ダニエルのいる本陣に近づいたとき、侯爵弟は、隣りにいる補佐役の騎士に「後の指揮は頼んだ。」と命じ、周りの十名程度の騎士に、「お前達、付いて来い!」というと、方向を変え、ダニエルに突進する。


「侯爵弟様、何をなされる?」と尋ねる騎士に答える。


「このままでは、兄のメイ侯爵は侵略に行って負けただけの笑い者だ。

せめて敵将を討ち取って面目を施す。


今見たら、多くの敵軍が追撃に行く中、敵将は負傷者の見舞いをしていた。

ろくに護衛もいない。チャンスだ。

お前たちには済まないが、オレと一緒に兄のため死んでくれ。」


「畏まりました。

 今日は散々バカにされ、腹の中が煮えくり返っております。

我らが臆病者か騎士団に見せてやりましょう!」


 侯爵弟は、先代の侯爵が侍女に手を付け産ませた子である。

 当主になってから、厄介払いのように修道院に入れられていた弟を引き取り、領主に任じてくれた兄メイ侯爵に、侯爵弟は大きな恩義を感じていた。


 十騎の騎士がダニエル目掛けて疾走してくる。

 ダニエル軍は勝利が決まったとばかりに一息つき、元気な者は追撃に行き、負傷者や疲労困憊の者は手当や休息をしていた。


 ダニエルも最前線で向かってくる多数の兵と戦ったため、あちこちに負傷し、追撃に加わるのをクリスに止められ、負傷者を見舞っていた。


「ダニエル様、向こうから敵らしい騎士が駆けてきます!」


 見ると、撤退すると思っていたメイ軍の騎兵の一部がこちらにやって来る。


 自分の周りは負傷者ばかりで、逃げる暇もなさそうだ。

「クリス、剣を寄越せ。もう一戦だ!」


周りも気づき、負傷兵達が寄ってくる。

敵兵の襲撃を見つけ、遠くからオカダが先頭を切り、騎兵も戻ってくる。


「敵兵が来るぞ!ダニエル様を守れ!」


(あの遠さでは、オカダ以外の騎兵は間に合わんな。

勝ちを手中にしたと思ったが、油断した。生き残れるか。)

ダニエルは冷静に考える。


侯爵弟は、背後から聞こえる蹄の音で、ダニエル軍の一騎の戻る速さに驚く。

「アイツはオカダと言ったか。

先程、槍で血飛沫を上げていた狂戦士のような騎士。

3騎残り、アイツを止めろ」


残りの7騎でダニエル軍の兵が群がる陣に騎馬のまま突っ込む。

ダニエルまで200メートル。

「退け!目指すは敵将のみ。命が惜しいやつは去れ!」


侯爵弟は怒鳴りながら剣を振るい、手当り次第に斬る。

負傷兵ばかりたが、必死になって喰らいつかれなかなか進めない。

足にしがみつく奴を蹴飛ばし、馬を進める。


2騎が前方の兵を片付けようとするが、すぐに周囲の敵に馬から引きずり降ろされ、敵兵の中に消える。


残る5騎がその間に進む。あと100メートル。


また2騎が前方で敵と揉み合い、馬から落とされるが、その間に進む。


彼らを犠牲に残る3騎は、ダニエルの前に遂にたどり着く。

まだ侍従らしき騎士が横におり、一騎がそちらを足止めする間に、二騎でダニエルに襲いかかる。


先頭で斬りつけた騎士は跳ね返され、そのまま斬りつけられる。

しかし、斬った勢いの余り、ダニエルが背後を見せる。

「もらった!」


 侯爵弟が必殺の気合いで放った斬撃だったが、突然騎馬で背後から騎士が現れ、ダニエルとの間に身を入れる。

「うっ!」

その騎士には袈裟斬りが決まるが、ダニエルに届かない。


力を込めた一撃でバランスを崩したところに、そのままダニエルに斬りつけられ、侯爵弟は事切れる。

「兄上、無念・・・」


「ダニエル様、ご無事ですか?!」

相手の騎士を倒したクリスが駆け寄る。

三人を斃したオカダもやって来る。


「コイツが身を挺して庇ってくれたお陰だな。」

 ダニエルの前には、切断されたところから血が溢れているトマソンがいた。

 侯爵弟が負傷兵の抵抗で思った以上に前進するのに時間がかかったため、騎乗に優れたトマソンが間に合ったのだ。


瀕死のトマソンが何か口を動かしている。

ダニエルが耳を寄せる。


「ダニエル様、この戦いでオレは手柄を立てたよな?

ダニエル様を助けたのだから、ヘブラリー家の名を挙げたと伯爵様に胸を張って言えるよな?」


「ああ、お前の手柄は一番だ。なんと言っても大将の命を救ったんだ!

オレが伯爵様やヘブラリー家中に言っておいてやる!」


「嗚呼、良かった、約束を守れた・・・」

そのまま、トマソンの眼から光が無くなる。


 ダニエルが顔を上げると、彼を庇うために身を挺した負傷兵が騎馬に蹴散らされ、剣で斬られた跡を残し、死屍累々となっていた。


 それでも生き残った者は、「ダニエル様、ご無事で良かった!」とダニエルの安否を気遣っている。


(ちっ、オレが油断しなければコイツらは死ななくても無かったのに・・・)


勝利を祝う周囲と裏腹に、ダニエルは自責の念を強く感じた。




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