メイ侯爵家の戦後処置

 ダニエルへの襲撃があり、一時混乱したものの、暫時してダニエル軍は追撃を再開する。将兵は疲弊しているが、勝利後の追撃戦のため、士気は高く、疲れを忘れ、メイ軍の後続に襲いかかる。


 疲れと飢えのため、メイ軍の兵士は続々と白旗を掲げる。

その収容にも手間取り、遂にメイ侯爵を捕捉することはできなかった。


「くそっ。ジャニアリーの次男坊に負けるとは!

あと少し従士長が粘ってくれれば、アイツの首を取れたものを。

そういえば、お前達を指揮していた弟はどうした?」


 メイ侯爵は必死の逃走から、ようやく自領に入り一息つくと、護衛する騎兵に尋ねる。


「侯爵弟様は、兄の面目を守るためと敵将に突撃され、その後、行方知らずです。成果は不明ですが、敵の追撃が弱まったのはその為かと。

また、従士長は戦死しています。騎兵を相手に十分粘ったと思います。」


「なに⁉ 弟も従士長も死んだのか!

ジャニアリーめ、許さん!

兵を集めて、もう一戦して雪辱を果たす。

騎士団が向こうにつくなら、このエーリス国を離れ、隣国のキャンサーに付くぞ。」


興奮して話すうちに領都マーキュリーに入る。


居城では妻子と家老が待っていた。

「予期に反し、苦戦されたようですな。」

家老が話しかける。


「宰相から何か言ってきたか?

 王宮から当主交代の使者も来ず、内通者も失敗、敵軍は予想より遥かに早く出現と、悉く宰相の話は外れていたぞ。」


「そのことですが、宰相様からは連絡ありませんが、奥方様の実家より連絡がありました。

 宰相様は王への陰謀の疑いで失脚され、当家の侵攻もその陰謀の一環と疑われているそうです。」


「俺は王への陰謀など企んでおらんぞ!

これは我が家を嵌める陰謀だ!

奴らは事前に知っていたから、あれほど手際よく軍を進めたのか!」


「そうかも知れませんが、後ろ盾の宰相さまが失脚した今、当家の主張を聞いてくれるとは思えません。」


「ならば力で押し通すまで。兵を集めよ!

ここでジャニアリーも騎士団も打ち破り、我が家を守ってみせる!

場合によってはキャンサーに寝返るぞ。使者の用意もしておけ。」


 そう言い放つと、メイ侯爵は、「疲れたので、飯を食って寝る。愛妾を寝室に呼べ。」と言いながら、自室に向かう。


 家老は、溜息を吐き、侯爵夫人や世子と善後策の相談を始めた。


 その間、ダニエル軍と騎士団は、メイ侯爵を追って、メイ領内に侵入し、侯爵に半日遅れて、領都マーキュリーを包囲する。


 追撃の休憩中、団長が何やら忙しげに書き物をし使者に渡していたが、一段落したところで、レズリー隊長が話しかける。


「団長、さっきの戦い、如何でしたか。

田舎領主同士らしい泥臭い戦い方だと思いませんか。

ダニエルも騎士団出身ならもっと華麗に勝ってほしいものだ。」


レズリーの言葉に団長は返す。


「地方領主の軍は騎士団とは違う。騎士はこれまでにしごかれ、出来の悪いのは脱落した粒揃いの精鋭だ。

 領主の兵は農兵が主だ。戦意も練度も低い彼らをどう使うかが領主の腕の見せ所だ。


 ダニエルは、オカダが何かよく分からん指揮をしたのと、最後に気を抜いたのは不味いが、なんとか合格点だ。一介の騎士なら空きを見て気を抜けるが、司令官が戦場で気を抜くなど許されない。よく身に沁みただろう。

 だいたいアイツラはみんな第一隊の所属だろう。隊長の教育が悪かったのではないか?」


 ダニエルもカケフ、オカダも第一隊でレズリーの配下であり、バースは同じく第一隊の下士官長であった。


レズリーもそれを言われると痛い。

 オレは教育しましたよと言うが、天才肌のこの男が教育に向いていないことは団長も承知しているので、からかったまでだ。


 団長は話を続ける。


「オレは、それよりもダニエルが乱杭や逆茂木など砦での守り方を野戦に持ち込んだことが面白い。これまでの野戦は真っ向から騎士を先頭に立てぶつかり合うのが当然と考えてきた。


 奴め、王都の戦闘で学んだか、簡易でも防護壁を作り、あれに弓矢などの投射兵器や長槍を使えばアウトレンジから攻撃可能だ。大軍の農兵にあんな形で囲まれれば、いくら鍛え抜いた騎士でも討ち取られるぞ。」


「団長は過大評価ですよ。ダニエルが子供の頃から団長に仕えていたので甘いのではないですか?

 メイなら通用しても、我等騎士団ならあんな小細工、即座に踏み潰し、相手を蹂躪しますよ。

 弱兵をなんとかしようと考えたことのでしょうが、所詮は弱者の知恵です。


 ところで、俺たちはどこまで付き合うのですか?

もう戦わせてもらえないなら王都に帰りたいのですが。」


「もう少し付き合え。まだお前たちにしてもらいたいことがある。」


 まだ何かあるのかと訝しがりながら、騎士たちは団長の後に続く。


 マーキュリーを包囲する際、騎士団の旗を目立つところに掲げろという団長の指示で、正門の前に騎士団の旗を立てるが、ダニエル軍の兵からは、騎士団と威張るが、戦いでは案山子じゃねえかという声も上がる。


(レズリー隊長に聞こえたら、血の雨が降る)

ダニエル達騎士団出身者は必死になって宥めて回る。


 野営の準備をすると、貧しい内容だが食事をとる。

 その後、半分交代で休憩しながら、大きな篝火を焚き、火矢を散発的に放ち、鬨の声を上げて、神経戦を仕掛ける。


 ダニエルも、カケフを副将として、交代で休息をとるが、司令官という緊張からか眠れずに、結局、自軍内の様子を見て回る。


 ダニエルが来ると、兵士から歓声が起こる。

「ダニエル様、明日はマーキュリーに攻め込んで侯爵の首を獲ってやりますよ。」

「メイの奴らめ。これまでの仕返しに城の財宝を奪ってやる!」


 とりわけ、ジューン兵は自分たちこそがダニエルの本隊だと思い、一段と士気が高く、ダニエルも表に出さないが最も落ち着ける部隊である。


 実際、侯爵弟の突撃のときに盾となって戦ったのはまずジューン兵、次いでヘブラリー兵であり、ジャニアリー兵は呆然としていた。


(三家の兵を纏めて戦うのは一苦労だな。

 それでもまだオレに指揮権があるからマシだが、各家の当主が率いる連合軍を指揮する王や騎士団長などどんなに大変か。


 まあオレはこの戦が終われば、ジューンとヘブラリーの兵だけ考えればいいし、縁のないことだ。

 落ち着けばジューン兵とヘブラリー兵の演習を徹底的にやらないとな。)

 

 次にやるべきことを考えながら、一巡し、野営地に戻ると、流石に疲労が限界まで来て眠くなる。隣ではクリスがぐっすり眠っている。


(オレが護衛はいいから寝てろとは言ったが、熟睡しやがって。

あぁ、騎士の頃は悩むこともなく、直ぐに寝られたのだがな。

夜明けまで少しでも寝るか。)

 

 夜が明け、城内では、眠れなかったのか目を擦りながら、メイ侯爵が起きてくる。


「攻城兵器も持たず、攻められないくせに五月蝿い奴らだ。

騎士団の旗が麗々しくたなびいておるわ。

メイ侯爵家は叛逆者に仕立て上げられたか。


家老よ。兵を集める手筈は整えたか?

キャンサーに出す手紙の文案も見せろ。」


「侯爵様、お話をよろしいですか。

 そもそも我らが西南にあるジャニアリー領を攻め、その富を奪おうとしたのは、東から圧迫するキャンサーと、同じ国内でありながら侵略を仕掛ける北の独眼竜ことオクトーバー伯爵と対峙するためです。


 それを今からキャンサーに寝返るなど、彼の国でも冷遇され、またオクトーバー伯爵が大義名分を得てここぞとばかりに大侵攻してくることは確実。

 およしなされ。」


「王が我々を叛乱者として処遇する以上、致し方あるまい。

貴様に良い知恵があるのか?」


「恐れながらお家のためでございます。」

というと、家老は後ろの衛兵隊長に目ばくせをする。


すると衛兵が寄ってきて、侯爵を縛り上げる。


「何をする!謀反か!?」


すると侯爵夫人と世子が現れた。


「やはり王に刃向かうと言われましたか。

では手筈の通りに進めてください。」

夫人の言葉に家老が頷く。


「侯爵様、宰相様と共謀し、陰謀を企んだのは侯爵様のみで、メイ侯爵家の知るところではありません。

 侯爵家のため、当主の座を世子様にお譲りください。」


「ふざけるな!!

何を勝手なことをしておる!

お前達も黙ってずに縄を解け!」


しかし、周囲の家臣は沈黙し、動くものはいない。


「父上、残念ですが、母上のご実家からの情報を考えると、もはやこうするしか我が家には生き残る道はないようです。お許しください。」


 世子の一言で、暴れていた侯爵も諦める。

「何故だ?オレは家と領民が豊かになるために働いてきたのに・・・」


家老が申し訳無さげに言う。

「相手が一枚上手だったのです。

しかし、侯爵家は奥様や世子様と家臣でお守りいたします。」


夫人と世子は部屋から出る。

「くそっ。こんなことで死ねるか!

オレを引き渡しても家が大丈夫かわからんだろう!」


叫ぶ侯爵に家老が言う。

「騎士団長様から書簡が来ております。

 抵抗せずに侯爵様を引き渡し、降伏すれば世子に家を継がせることを保証すると。あの約束を守ると名高い騎士団長様の保証です。ご安心ください。」


「せめて亡命させろ。そこから戦ってやるわ!」


 叫ぶ侯爵に、家老はやむを得ませんなと呟き、「ご主君は乱心された。我らで正気に戻してあげねばならん。」と合図する。


 すると、衛兵がよってたかって侯爵の手足を拘束し、無理やりに手に短刀をもたせ、首を刺させる。


 血を噴き出し、崩れ落ちる侯爵を見ながら、家老は命じる。


「侯爵様の亡骸を地下室に丁寧に運べ。

そしてこの書状を騎士団長に届けろ。

間違えるな。

我らは王国に従うのであって、ジャニアリーごときに屈するのではないぞ。」


 その後、使者を案内とし、騎士団長以下の騎士団が居城に入る。


 侯爵の亡骸を確認した後、団長はメイ侯爵家の降伏を認めるが、その条件は王が決めることとして、暫定的に騎士団が侯爵領を支配下に置くことを宣言する。


「団長、俺達を連れてきたのはこの為かよ?

俺達に統治なんてできないぜ。」

レズリーがぼやく。


「仕事はこれまで通りにメイ侯爵家にさせろ。それを見張っていればいい。

そのうちに王政府から役人がやって来る。


 陛下は直轄領を増やすつもりらしい。

 お前達もいずれは代官や領主になるかもしれん。いい練習だと思え。

 

 領民の叛乱があったり、キャンサーやオクトーバーが攻めてきたら、好きに戦っていいからな。

 兎に角、陛下の決定がある迄、侯爵家と協力して治めておけ。」


「騎士団長様、侯爵家の領地は保全されるのでは?」

家老の問に団長は答える。


「家の存続はオレの名誉にかけて保証するが、待遇は陛下が決定される。

宰相家は降格、家禄も大幅に減らされた。覚悟されよ。」


続けて、団長は事態の展開についていけない世子に言う。


「世子殿、家臣には気をつけられよ。彼らは家は大事だが、主君には替えがあると思っている。御父上の二の舞いになりたくなければ、王政府と家臣の間のバランスをよく取ることだ。」


「領地の削減などあれば謀反を起こす家臣が出ます!」

なおも言い募る家老に、団長は冷たく言い渡す。


「それを収めるのが貴様の仕事だ。

 なお、世子の妹御と家老の息子、背きそうな重臣から人質を出してもらうからな。


 悪いことばかりではない。

 北のオクトーバー伯爵は流石に騎士団に攻めてこないだろう。そこの兵は減らしていいぞ。」


 団長の言葉に、世子も家老も辛うじて頷いた。


 一方、包囲を続けるダニエル軍はメイ侯爵家の降伏の蚊帳の外に置かれた。

これまでの経緯から、ジャニアリー家は関わらないほうが円滑に進むと騎士団長が判断した。


 騎士団長に呼ばれ、ダニエルが城内に入ると、敵意に満ちた目であちこちから見られる。

「よくも仲間を殺したな!」と小声で囁く声も聞こえる。


(くそっ。テメエらから攻めてきたのだろうが!)

憤然としながら団長のいる部屋に入ると、団長が話し始める。


「ダニエル、戦は終わった。侯爵は自裁し、家は降伏した。

あとは騎士団が管理するから、お前たちは帰っていいぞ。」


そんなことを言われても、このまま帰るわけにはいかない。


「団長、そういう訳にはいきませんよ。部下は勝った証を求めています。

 おまけに、戦で戦ったのはオレたちで見ていた騎士団がいいとこを持っていくのは納得いきません。団長はお前達領主間の争いだろうと言ってたじゃないですか。」


「オレに逆らうとは、お前も一人前になったなあ。

 騎士団が間に入らなけりゃ、攻城兵器もないお前達は食糧もなくなり、スゴスゴ帰るだけだろう。

 まあいい、じゃあどうして欲しいんだ?」


「勝った証にマーキュリーの中を行進して、メイ侯爵の首を見せてください。それと、うちの領地を荒らした騎士や兵の首を刎ねさせてください。

あとは賠償金をたんまりと貰いたいです。」


「侯爵は責任を取って自裁したのだ。名誉を守らなければならん。

ここは暫く騎士団が治めるのに、領民が反発することはできない。


金は幾らか出してやる。奪われた村も返してやるからいいだろう。

オレの裁量ではそこまでだ。あとは陛下が報償をくださるだろう。」


 団長とダニエルは交渉を続けた。

 結局、団長の示した条件は、

・ダニエル軍は領都に入れず、兵の処刑もしない、

・金は賠償金でなく(メイ家はジャニアリーに負けたのではないと言うため)、捕虜の身代金としてジューン領の二年分の収入相当を渡す、

・奪われた村の他に係争地の炭鉱もジューン領とすることだった。


 ダニエルとしては、自軍が勝ったことを内外に示したかったし、兵達に知らしめないと納まらないと思ったが、最後は団長に一喝される。


「ダニエル、オレの提案にイエスかノーか!」

「イェッサー」


 どんな無理無体なことを言われてもイェッサーという訓練を死ぬほど受けたため、上官に怒鳴られると、反射的にイェッサーと言ってしまう自分が悲しくなる。


「よし、上手く兵を収めて、引き揚げろ。

兵に文句を言わせないことも一廉の武将の条件だぞ。」


(そりゃあ、団長、アンタはカリスマがあるから言えるんだよ。

オレは当主になったばかりで、おまけに半分は借り物の兵だぞ。)


 ダニエルは、散々働かされ、美味しいところは自分の古巣に持っていかれたことを、どう兵達に説明するか、胃が痛くなる思いだった。


(なんと言ったら上手く納得させられるか。

こんなことなら城攻めしてた方がマシだ!)


 さて、残されたメイ侯爵家では夫人と世子、家老が協議していた。

「侯爵様の自裁で収めてくれると思いましたが、陛下は思ったより強硬ですな。」


「私の実家にも頼ってみるけど、宰相派だったので、どこまで頼りになるか。」


「新宰相となったパーマストン卿と新参議、大臣達に賄賂を送っておきましょう。しかし、マーチ侯爵は敵軍のダニエル卿の縁戚であり、駄目でしょう。」


世子が口を出す。

「騎士団長は陛下の腹心と聞く。彼にこそ贈り物をすればどうか?」


「騎士団長は金銭にも女にも関心ないことは有名です。清廉潔白で王と騎士団のためにだけ動きます。下手なことをすると怒りを買うでしょう。

 陛下の裁可が降りるまでに手を尽くし、処分を和らげてもらいましょう。」


 もはや騎士団が城にいる以上、軍事的に逆らうことはできないが、家老はせめてできる政治工作はすべて行うつもりであった。




 

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