ジャニアリー領への帰還と報奨問題

 ダニエルは、騎士団長との話を終え、陣営に戻ろうと急ぐが、途中の部屋で飲んでいるレズリー隊長に捕まる。


「ダニエル、ちょうどいいところに来た。ちょっとこっちに来い。」


急いでいると言っても、飲んでいる元上司に通じる訳はない。

無理やり非番の騎士が飲んでいる部屋に連れてこられ、座らされる。


「何だあの戦いぶりは?

 オレは迅速に相手の指揮官の首を取れ、斬首作戦こそ素早く、犠牲も少ない美しい勝ち方だと教えてやっただろう。


 それをグダグダとみっともない戦い方をしやがって。おまけに最後には油断して、自分が斬首されそうになってどうする?

 団長にどんな教育をしてたのかと嫌味を言われちまっただろう。


 お前も騎士団にいた頃は実践していたのに、領主になって腰が退けたのか!」


 ダニエルにも山ほど言いたいことはあったが、反論すれば更に説教が長引くことを知っている。


「はあはあ。そうですね。」

と受け流していると、酒に弱いレズリー隊長は、お前もカケフやオカダも再教育してやると言いながら、酔い潰れる。


 周りの騎士たちは、いつものことと隊長を運び、ダニエルに話しかける。


「ダニエル、気にするな。隊長はせっかく勢い込んでやって来て、観戦だけだったので八つ当たりしてるのさ。」


「そうそう。勝って良かったな。俺達も誇らしいぞ。」


元同僚の励ましに、ダニエルは嬉しくなる。

「また、第一隊の仲間で王都で飲もう!」


 遅れたが、ようやく自陣に戻り、メイ侯爵家が降伏し、戦いが終了したことを伝え、戦闘態勢を解除させる。


 「「やった〜!!オレたちの勝利だ!」」


 各部隊とも歓びを爆発させ、大歓声が挙がる。


「ダニエル様、明日はマーキュリーに雪崩れ込んで略奪してもいいですか?」


「バカ、騎士団がいるところで略奪は御法度だ。

だが、うちの領内を荒らした奴らは取っ捕まえて殺しても良いですね。」


「御褒美を貰って家に帰れるぞ!」


みな口々に好きなことを言う。


 ダニエルは、まずは兵士を発散させることだと思い、騎士団に頼んで酒や食べ物を城から運ばせる。

 城の物品を管理する騎士団の主計官からは、後で経費を請求すると言われるが、今を乗り切ることが重要だ。


「見ろ、勝った証に城内の酒や食糧を食べ放題だ。これまでの苦労の代償に好きなだけ飲んで喰え!」


「「おー! ダニエル様バンザイ」」

 敵の食料を食い尽くしてやるとばかりに兵達は呑んで喰う。


(お前ら、どこまで喰うんだ。オレの金なんだが・・・)


「ダニエル、オレにも飲ませてくれ・・」

オカダが泣きついてくる。


 コイツには苦戦の戦犯として、次に手柄を上げるまでの禁酒と、当面の間、本来兵卒が行う歩哨をやらせることとしている。


「お前は今日、見張り番だろう。

隠れて呑んでたら騎士団副団長の下に追いやるぞ。」


 オカダが渋々歩哨に戻ると、ダニエルも飯を食おうと席に着く。

 するとカケフ、バース、従士長をはじめ兵が次々と祝いを言いながら、酒を注ぎにくる。


 今日は流石に酔っ払ってもいいかと思ったダニエルに、クリスが言う。

「ダニエル様、明日の朝、引き揚げるなら行程予定を立て、その先触れを出しておく必要があります。ご自分でするのか誰かに命じるのか指示をお願いします。」


 これくらいは地元ジャニアリーの従士長にやらせるかと思ったが、彼は別の軍の状況を知らない上に、自分の部下でなく気心が知れないので命じにくい。


 結局、ダニエルが作るしかないので、酒はそこそこにして野営の宿舎で事務作業を行う。

 酔っ払った兵士がドンチャン騒ぎをしているのが聞こえる。

(くそっ、今日も夜なべ仕事かよ。)


 他が楽しんでいると一層寂しい気持ちになるが、クリスに手伝わせてなんとか行程表を作り上げ、床に着く。


 翌朝、兵を集めて、引き上げることを大声で伝えるとジャニアリーの一部兵士から文句が出る。


「勝ったなら勝利の証にマーキュリーに入らせろ!」

「メイ侯爵の首も見てないし、うちを侵略してきた他の奴らも殺させろ!」

「メイの奴らに復讐させろ!」


 ダニエルが抑えようとする前に、ジューン兵とヘブラリー兵が血相を変えて怒鳴りつける。

「お前たち、ダニエル様の言うことに逆らうのか!」

「貴様たち、ぶち殺すぞ!」


(あれ、オレっていつの間にか、兵に慕われているのか?)


 兵が付いていくのは何より勝たせてくれる司令官である。

王都での戦闘に加えて、メイ侯爵にも勝ったことでダニエルは兵からついて行くに値する司令官と認識されていた。


 戦い慣れているジューン兵達に恫喝され、騒いでいた兵は大人しくなる。

ジャニアリー家の従士長のシピンが詫びに来る。


「ダニエル様、ご下知に不満を洩らすものがおり、申し訳ありません。

きつく申し付け、二度とこのようなことがないようにしますので、お許しください。」


(随分低姿勢だな。

コイツは親父に評価されて最近従士長に昇格したはず。

これまでの怨恨もないし、適当に付き合えばいいだろう。)


 ダニエルはそんなことを思っていたが、シピンやジャニアリー兵は、先の王都の戦いで屍の山を築いた噂に加え、メイ侯爵戦で最前線に立って剣を振るい、見事に敵を打ち破ったダニエルに恐れと頼り甲斐を感じていた。


 これまで境界紛争で負け続けていたメイ侯爵を相手に、騎士団を引っ張り出して牽制させ、手柄を独占するために自分の軍だけで戦い勝ったという誤解もその気持ちを強める。


 さて、ダニエルは異論の声が大きくなかったことに安堵し、そのままジャニアリー領都のビーナスを目指すよう命じる。


 ジャニアリー家と交渉して、ジューンとヘブラリーに援軍の謝礼を貰うとともに、自分の指揮で働いたジャニアリー兵への報奨を、ダニエルの評価に基づいて出す約束をして貰わねばならない。


(騎士団の分は払わずともいいそうだし、ジューンとヘブラリーへの謝礼ぐらい直ぐに払うだらう。まして兵への報奨は領主として言うまでもないこと。)とダニエルは楽観する。


 ビーナスに到着すると日が暮れていたが、先触れを走らせていたため、直ぐに門を通ることができる。


 中に入ると、民衆からは大歓声で迎えられる。

 メイ侯爵軍に包囲されどうなるかと心配していたところに、救援に駆けつけて敵軍を打ち破ってくれたことで、ダニエルとその軍は大歓迎される。


 歓声を受けながら居城前まで行進し、ダニエルはそこで軍を解散させるが、その前に軍功を記録させるため、兵の自己申告と同僚の証人を従士長に行わせ、それを指揮官のカケフ、オカダ、バースにチェックするよう指示する。


 それが終われば、ジャニアリー兵は自宅に帰り、ジューン兵とヘブラリー兵は割り当てられた宿舎に泊まる。


 ダニエルは居城に入り、家老に対し謝礼と兵への報奨について掛け合った。

楽観的なダニエルの見方に反して、ジャニアリー家の家老は支払いを渋った。


 父の伯爵からダニエルに任されたのは兵の指揮のみであり、謝礼の支払いや兵への報奨については伯爵の指示を受ける必要があると言い張る。


(理屈はそうだが、自分のものでもないジャニアリー領を助けたんだぞ。

ちょっとは融通を効かせろ。)


 ダニエルは軍事活動後の諸々も含めて自分が処理するので協力するよう頼むが、家老は折れずに、既にダニエルに頼んだ仕事は終わり、あとは伯爵の指示を受けジャニアリー家で処理すると言い、逆にメイ家からの賠償の一部はジャニアリー家に渡すように求める。


 更に、領土の3割を分割してジューン子爵を立てたことについて、家臣の相応は分けられたが、城内の侍女や使用人も相当数を引き取って貰いたいとの要望まで出してきた。


「この石頭が!話にならん!」

 使用人はこれから雇うので検討の余地はあるが、相手の主張にはゼロ回答で要求だけするのでは交渉にならない。


 主家の利益や主君である伯爵の指示を頑なに守ろうとするところは忠臣かもしれないが、留守を預かる家老としてあの杓子定規は不適格でないかと、家老との話し合いが決裂したダニエルは不満に思う。


(誰か代理か参謀とかがいてこういう交渉をしてくれないと過労死するぞ。

団長なんか全部副団長に任せてるもんなあ。オレも丸投げできる相手が欲しい。)


 クリスが秘書として助けてくれるが、丸投げはできず、カケフやオカダには軍編成と戦闘を頼むと言って来てもらったので頼めない。バースはやってくれるかもしれないが、貴族でないため交渉には不適格である。


 言うなれば、ダニエルは創業間もない個人商店の社長のようなものであり、しかも、まずは組織作りから始めるところを急スピードで事業が展開しているため、人も金も足らずに社長が走り回っている状態である。


 ブツブツ言いながら、居城で食事を頼む。今晩は客としてここに泊まってくれと家老に頼まれている。


 このあと、手柄に応じた兵への報奨を決めなければならない。


 ジューンとヘブラリーの兵には当然だが、交渉が決裂した以上、立場上、変だが、自分に命を預けてくれたジャニアリー兵には納得した報奨を渡してやりたい。

 ジャニアリー家がどんな報奨を出すかわからない以上、身銭を切っても自分がすべきだろうとダニエルは判断する。


 軍功の評価は、今、クリスがカケフ達指揮官や従士長から聞き取りしてまとめているはずだ。


 色々考えながら食堂で待っていると、出てきた食事は冷めきった粗末なものである。


 今日は野戦食でないまともなものが食べられると思っていたダニエルは、空腹と交渉の苛立ちもあり、いつもなら我慢するのだが、つい

「これは何だ!オレは客だろう。こんなものしか出さないのか!

家老を呼べ!」

と怒鳴りつけた。


 慌てた給仕が外に出て、暫くすると侍女長がやってきた。

 彼女はダニエルの母のお気に入りであり、子供の頃から母や妹に同調してダニエルをいびり続けた女である。


「あら、冷や飯食いに相応しい食事をと私が申し付けましたが、ご不満でしたか?いつも騎士団から帰省されると同じ物を出してましたので、これがお好みだと思いましたが。」

 侍女長は、昔と同様にニヤニヤしながら嫌味を言ってきた。


 こうやってことあるごとに幼い頃からダニエルを虐め続け、泣きべそをかかせては、母と一緒に、それでも貴族の男子か、だから次男は、とポールと比べ貶し続けてきた。


 しかし、もはや立場が異なる。

ダニエルは、昔の自分への仕打ちを思い出し、怒りを堪えつつ冷静に言う。


「侍女長、オレが伯爵兼子爵で五位下の官位を貰ったことを知らないのか?

 お前は、他所の貴族に向かってこんな食事を出すのが、ジャニアリー家のやり方だと言っているのだぞ。

 オレは王相談役にも就いている。このことは王にも宮廷にも言っておく。」


 ダニエルの立場の変化に気づかなかったのか、その言葉を聞いた侍女長は驚いたようだった。まさか王に話をできるとは思わなかったのかも知れない。


 客に供された食事について宮廷で笑われるということは、奥を預かる夫人が笑いものになるということである。

 そんなことが貴族の女性の間で広まれば侍女長は間違いなく処罰される。


「お待ち下さい!これはなにかの手違いです。

直ちにお取替えいたします!」


 叫ぶ侍女長に見向きもせず、ダニエルは歩きながら呟く。

「この分では、寝室も以前同様、物置部屋のようなところに泊めるんだろう。」


 廊下にいた侍女に寝室への案内を頼むと、やはりそうであった。

「オレは頼まれてここを救援に来た客なんだが、ここに泊まれと言うんだな。」

 念を押すと、その侍女は、そのように聞いておりますと平然という。


 キッチンでは、料理人が食事を作り直そうと騒ぎになっている。

騒ぎを聞きつけ、家老が駆けつけた。


「ダニエル様、何事ですか?」と尋ねる家老にダニエルは答える。


「冷や飯食いの次男に相応しい食事と寝床を提供するというから、真っ平御免と言っていたのさ。

 ところで、さっき頼まれた城内の侍女や使用人だが、一人もいらん。

 窮地を助けに来た客人に、こんなもてなしをする者はオレの城には置きたくない。」


 家老は開けられた寝室の様子を見て、察したようだった。

「申し訳ございません。ダニエル様とその兵には丁寧におもてなしするよう言っておいたのですが。」


 家老が土下座するのを見て、侍女や駆けつけた侍女長、料理人は青褪める。


「もういい。この城にはいたくない。

その方がお前達もいいんだろう。」


 ダニエルは、引き留める家老たちを振り払い、城を出て、乳母だったクリスの両親の家に向かう。


「まぁダニエル様!よくいらっしゃいました。」


 乳母夫婦は突然の来訪に驚きながら、心から歓迎してくれる。

質素ながらも、乳母の懐かしい味に舌鼓を打ちながら、ダニエルは束の間、安らいだ。


 尤も、その後にヘトヘトになって帰ってきたクリスから、「人を働かせておいて、ご自分は人の家で人のご飯を食べるとはいいご身分ですね!!」

と散々に嫌味を言われるが。

(ダニエルに出された食事は帰るはずのクリスの分だったらしい・・・)


 その後は残り物を食べ、機嫌の悪いクリスを相手に、明け方までかかって、将兵の軍功を検討し、報奨を決定し、もはや小さいが懐かしいベットで暫し寝る。久しぶりにぐっすりと休み、疲れが取れた気がする。


 乳母の用意してくれた朝食を食べ、乳母夫婦に別れを告げ、待ち合わせの広場に向かう。


「クリス、よければお前の両親にジューン領に来て、仕えてくれないか聞いてみてくれ。乳母孝行をしたいし、イチから立ち上げる家で少しでも信頼できる家臣が欲しい。」


「そうですね。私から聞いてみますが、実の息子よりダニエル様が好きですからね。きっと来ると言うでしょう。」

クリスはまだ少し機嫌が悪そうだ。


 広場では、三家に分かれて兵が整列していた。

 ダニエルは、兵を一人ずつ戦功を称え、報奨を渡していく。幸い、メイ侯爵家から分捕ってきた身代金があるので、それを原資とする。


 生者が終わった後は死者である。こちらは可能な限り遺族を集め、一人ひとり遺族に戦功を称え、報奨を渡す。遺族が居なければ従士長から教会に渡される。


 すべてが終わると、兵と遺族、そして見物していた民衆から「ダニエル様バンザイ、ダニエル軍バンザイ」との声が上がる。


 そして同時に、「この大事な時に伯爵様や世子様は何をしているんだ。」という声が密かに流れる。


 ポールはお洒落な美男子として、街の女性の憧れの的であったが、命のかかったときに姿も見せず、幻滅されたようだった。


 ダニエルは意図しなかったが、ジャニアリー家の兵と民衆には、危機のときに頼るべき主君が誰かを強烈に印象づけることになった。


 本来、兵の指揮は委任しても、褒美はジャニアリー伯爵から与え、主君を確認させるべきだった。


 しかし、文官上がりの家老にはわからず、権限を言い募るあまり、ダニエルに押し付けてしまう。このことにより、ジャニアリー兵は、自分達を勝利に導き、働きに応じた褒美を与えたダニエルを、自らの主君と思うようになる。


 ダニエルは報奨を渡すと、そのままジャニアリー兵に別れを告げ、ジューン領に出発するが、その間際まで、ジャニアリー兵は別れを惜しみ、従士長のシピンは、いつでもお呼びいただければ馳せ参じますと言う。


 ダニエルは、もうジャニアリーとは縁がないようにしたいと思いつつ、「次に会うときには、ジューン兵やヘブラリー兵に劣らないよう鍛錬しろよ。」とお愛想に言っておく。


 一方、家老を始めとする文官はお義理ばかりの見送りに出てきたが、侍女や奥向きの者達に至っては全く見送りにも出ず、対照的な光景を示す。

 彼らにとってダニエルはやむを得ず呼んだ用心棒であり、サッサとお帰り願いたかった。

 

 しかし、この戦役により、ダニエルは望まぬままにジャニアリー伯爵の後継者としての立場を示したように受け取られ、歓迎と警戒で領内は二分される。






 


 


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