ジューン領への行進と途中の出来事

 ダニエルは、ジューン兵とヘブラリー兵を率いて、街道に沿ってジューン領に向かう。

「ダニエル様、領内の整備は進んでますかね。」

クリスが尋ねる。


「留守を預かるバレンタインとは手紙でやり取りしていたが、正式に子爵家が認められるまでは大々的に動くなとジャニアリー家から横槍が入り、あまり進んではいないらしい。


 領地が分割されるのが面白くないのだろうが、親父も認めているのに、見えないところで嫌がらせをしてくる奴らだ。」


「では、領都の整備や、我々の居城もできてないのですか?」


「おそらくは。流石に、泊まれるように長屋くらいは建てていると信じたいな。」


 そんなやりとりをしながら、のんびり行軍していると、斥候に出した騎士から伝令が来る。


「ダニエル様、先程、藪陰に潜んでいた者から矢を射掛けられました。

そのまま逃げ出しましたが、おそらくはこの辺りに巣食う山賊かと思われます。」


「メイ侯爵軍の残党かも知れん。10人ほどで追撃しろ。

この辺りはジャニアリーの領都ビーナスと我が領地を繋ぐ街道だ。

人々が安心して通れるよう徹底的に掃討しておけ。」


「任せろ!」

使いの返事の前にオカダが飛び出す。

手柄を立てなければ禁酒が続くため、必死である。


「あとに続け。」

従士と兵が続く。


「従士長になったばかりのラインバックに経験を積ませようと思ったが、まあいいか。」


 ダニエルはこの件をオカダに任せる。


 ダニエルはダニエルでやることがあった。

 メイ侯爵との戦いに勝ったことを聞きつけ、周囲の小領主達がお祝いと寄子にしてくれとの要望を持って集まっており、その相手に追われていた。


 彼らは、複数の町や村を持つ男爵から、村持ち領主や自分の家族と郎党のみの騎士まで大小様々である。

 本来、王直属の立場だが、王政府の保護が行き届かず、諸侯が小領主を呑み込み勢力を拡大していく中、自立できずに何れかの諸侯に庇護を求める者が増えている。王の苛立ちの一つでもある。


 彼らには、メイ侯爵の侵略を撃ち破る武力を持ち、王や騎士団への太いパイプがあり、かつまだ経験の浅いダニエルは絶好の庇護者の相手に見える。


(寄親になるということは、彼らの後ろ盾になり、下手をすると紛争に介入しなければならない。

 もちろんオレのために手足になってくれるが、周囲を攻めに行く気も、中央政界に出ていく気もないから、面倒だけ増えるな。)


 ダニエルは何とか断ろうとするが、先方も粘る。

結局、行軍中を理由に、後ほど領都で相談することにする。


「後送りしただけですね。」

「あいつらが領都に本当に来れば、家老に断らせよう。」

 ダニエルは、そのうち自分の高評価が剥がれ落ち、寄子の依頼も来なくなると考えていた。


 更に領内に入ると、新領主様の初領内入り、しかも戦勝後ということで、村から是非立ち寄ってくれと言われる。


 何れ領内は見て回るが、今は領都に急ぎたい。

村長とそんなやり取りをしていると、オカダから急使が来た。


「ダニエル様、山賊を捜索しながら前進し、数名を見つけ、追いかけたところ、突如50名余りの賊に囲まれました。

 オカダ様が先頭に立ち、包囲網を破って逃げ出しましたが、負傷者が出ています。今、オカダ様以下で相手と睨み合っています。」


「50名も隠れていたのか!」


「相手の首領は騎士崩れらしく、オカダ様と互角に渡り合っていました。

騎士や従士崩れが核になり、更にメイ侯爵軍の落伍者などが合流したのかと思われます。」


「カケフ、従士長のラインバックとジューン兵を連れて行け。

ジューン領のことだ。ヘブラリー兵の手を借りずにカタをつけろ。」


 ダニエルは、これ以上ヘブラリー家に借りを作りたくないので、ジューン兵のみに、たかが山賊、いい練習台と70名で行かせる。


 そして、村人が楽しみに待っていると言い張る村長に根負けし、ダニエルと兵は村に立ち寄り、多少の饗しを受けた後、山賊との戦いを確認に行く。


「ダニエル様、オレたちヘブラリー兵も使ってくださいよ。幾度も戦い実力を見せたでしょう。水臭いなぁ。」


「ここまで無事だったものを、他所の家の都合で戦死でもされたら遺族に会わす顔がない。我慢しろ。」


 従士長のクロマティがダニエルに参戦を願ってくるが、ダニエルは相手にしない。


 さて、もうとっくに山賊退治は終わっていると思ったが、まだ剣の音がする。


「オカダめ。手柄を大きく見せるために手を抜いて長引かせているのか?」

訝しがりながらダニエルは急ぐ。


 すると見えてきたのは、山中の木々を防壁にして戦い続ける山賊の騎士崩れ達と、足元が悪く、相手に苦戦しているジューン兵である。


「ちっ。仕方ない。全軍で包囲しろ。

オレが降伏勧告をする。」 


取り囲まれた山賊は、ダニエルの命は保証するという言葉に降伏した。


ダニエルは、全員を捕縛させ、その頭領に尋問する。


 その結果、頭領は隣国ジェミナイの諸侯の子で、父亡き後、一度は当主となるも、他所の支援を受けた兄弟とのお家争いに破れ、自分の一味郎党を連れてエーリス国まで流れてきたとのこと。

 ジューン領に来たのは、諸侯間の紛争で劣勢と聞き、この辺りの村を略奪しようとしていたらしい。


 話をすると、なかなかの切れ者であり、負けた後も配下が付いてきたことからも人望もある。オカダやカケフと渡り合ったことから指揮や武力も一流だろう。ダニエルよりも年上でいかにも貴族らしい風貌であり、交渉役にも使えそうだ。

 何よりこの国で頼るものがおらず、ダニエルに忠誠を尽くすしかないという立場が素晴らしい。

 幸いジューン家はこれから立ち上げる家。門閥やら序列を言い立てる古手の家臣もいない。


(コイツは買いだ!)

聞くと、部下と一緒ならダニエルに仕えることに異議はないという。

名はと聞くと、捨てたというので、名をつけてやることにする。


「ジョン・ネルソンでどうだ。」


「ありがとうございます。

どうも私には諸侯になる器量がなかったようです。

一度は捨てた命ですが、行き場所のない私と部下を拾って貰った御礼に、ダニエル様のために命を捧げましょう。」


 ダニエル軍は新たな部隊を吸収し、領都に向かい出発する。


 オカダが馬を寄せてくる。

「ダニエル、オレは手柄立てたよな。今晩から飲んでいいよな。」


「お前はネルソンと引き分けだったのだろう。

手柄とは言えないんじゃないか。」


「わかった。今からアイツをぶっ倒してくる!」

「待て待て!」


 笑いながら、オカダを引き留め、禁酒を解禁してやる。

(今晩は、オカダの久しぶりの酒と、新しい仲間の歓迎で派手にやるかな。)


ダニエルは、気のおけない仲間に囲まれ、自然と笑みが浮かぶ。






 

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