新領都アース

 ダニエルとその軍が進むと、手を振る人影が見える。

「ダニエル様〜」


 留守を任せていた家老のバレンタインと、マーチ侯爵の紹介でやってきた補佐官のゲールである。


「お久しぶりです。御戦勝おめでとうございます。

ところで、何やら見慣れない将兵がおりますが、何者ですか?」


「途中で降伏させた山賊だ。隣国の元貴族とその配下という。まだ領内の略奪も行っておらず、使えそうなので部下にした。今後、よろしく頼む。

 ところで、領都の建設はどうだ?」


「まあ、領都を見ながらお話ししましょう。」


 暫くバレンタインを先導に進むと、平地の中に建設中の建物が並んでいるのが見えてきた。


「あれが領都です。」

とバレンタインに言われ、ダニエル達は驚いた。


「おい、こんな平地の、しかも何の城壁もないところを領都にするのか?

どこかに攻められたらひとたまりもないぞ。」

カケフが疑問を呈する。


ダニエルも同意見だ。

普通、領主の居城は防備を最優先とし、要害の地に高い城壁を構える。


何を考えてこんなところを領都とするのか不思議である。


「これは王政府で内務部の官僚だったゲールの意見ですが、要害の地にあるということは交通・統治に不便な場所です。

 他国では防備が薄くなっても交通の要衝に都市を築いて繁栄させているところがあるようです。


 新たな都市を造るのであればそちらを取るべきと考えました。

 幸い我が領土は王都と隣国の都市国家リオを結ぶ南方街道が通り、国を東西に流れるバン川が流れています。

 その交差する場所を領都といたしました。」


「そういう場所は攻められやすいんだ!

土壁すら無い所をどうやって防衛するんだ!」

オカダが吠えた。


バレンタインは動じない。

「勇将と名の響いたダニエル様なら大丈夫ですよ。

勿論、人手も来たので堀と土塁位は早急に作ります。

 ダニエル様が間に合ったので良かったですが、大規模な山賊が来たと言って皆怯えておりました」


「その人手というのは誰のことだ?」

オカダが嫌な予感がしたのか訊ねる。


「言うまでもなく皆さんのことです。明日からは剣をスコップに持ち帰って働いてもらいますから。

 戦争してない時に軍が土木工事するのは古代ロームでも行っていたことです。皆さんの働きに期待しています。」


 明日からゆっくり休養するつもりだった兵がガッカリする中、ヘブラリーの従士長のクロマティはダニエルに近づいてきた。


「ダニエル様、ここで休息させて欲しいと言ってましたが、お忙しそうなので早々にヘブラリーに帰ります。」


(こいつ、土木工事にこき使われると思って逃げようとしているな。)


「いやいや、ヘブラリー兵も使ってくれと言っていたよな。水臭いと言われないよう、ジューン兵と同じくらい働いてもらおうか。

 心配するな。義父にはちゃんと手紙を書いて、志願して頑張ってくれていると言っておくから。」


ダニエルが笑顔で答えると、ヘブラリー兵の顔が強張る。


 バレンタインが耳元で囁く。

「ダニエル様、さすがです。これで人夫の賃金が随分浮かせられます。」


「しかし、多少土壁を作っても野盗を防ぐぐらいしか出来ないぞ。

どこかの諸侯が大軍で攻めてくれば、この平地では守りきれまい。

そんな領都でいいのか?」

やはりカケフが疑問を呈する。


「セプテンバー辺境伯は、人は城、人は石垣、人は堀と言って、城壁に頼らず、常に打って出られています。

 ダニエル様も早速人材を発掘されたようですし、領都が攻撃される前に敵を撃破していただきたい。

 更に、根本的には新興の我らには金が無いのです。」


 バレンタインはダニエルを煽てるところから入るが、最後は無い袖は振れないということだった。


「王の保証で、銀行が無制限に貸してくれるはずだぞ。」


「ダニエル様、陛下は保証はしていただけますが、破産しない限り、返すのはダニエル様です。

 借金が大きくなればその利息も大きくなります。陛下の傭兵となる覚悟があるなら構いませんが。」


(もう似たような立場だが、命令されたメイ侯爵との戦いで少しは返済したはず。これ以上借りを作るのは得策では無いだろうな。)

ダニエルは考える。


「わかった。

 皆、暫くは籠城戦は出来ないということだ。

攻めてこられれば相手がいくら大軍でも野戦で戦うしかないぞ。」


 カケフやオカダ、ネルソン達の指揮官に話す。


「それでは作戦の幅が狭くなるぞ。2方面から来られるとどうするんだ。」

「神速で行動し、各個撃破するしか無いな。」

「最悪の場合、領都を放棄することも考えておくべきだ。」


軍事となると思考が早い。

その前提で侵攻された場合を議論し始める。


「議論もいいですが、領都に入って荷物を下ろせばいかがですか?」


そこで、バレンタインは思い出したかのように言う。


「ダニエル様、とても重要なことを忘れていました。

新領主の初仕事として、この都市に名前をつけていただきたいのです。」


 突然の願いにダニエルは困惑するが、名前をつけないと領都に入れないようだ。


「うーん・・・アースにしよう。ここを大地として根を張っていこう!」

「なるほど。あちこちから追い出された根無し草の我々に相応しい名前ですな。」

バレンタインが微笑む。


兵にも伝わる。

「これから我々が住む街はアースという名前だそうだ。」


自然と声が上がる。

「ダニエル様万歳、アース万歳」


 歓声を上げ、歩調を合わせながら、あちこちで建物を普請している都市に入る。


 中心に周りの建物よりは一段立派な館と簡素な宿舎が建っている。


「なんとか領主館と兵舎は間に合うように特急で作りました。簡素なもので申し訳ありません。」


 ゲールが謝罪するが、ダニエルはついにできた自分の家に胸がいっぱいになる。


「いや、上出来だ。短期間で資金も限られる中、よくやってくれた。

 大工達にも礼を言いたいが、彼らは何処から集めてきたのだ?」


「領都の建設に関わる者を部屋に集めてありますので、お会いいただければと思います。」


「勿論だ。

 よし、カケフ、お前はオカダとバースを使ってここの防衛計画を頼む。差し当たっては見張り台の設置と哨戒兵の配置だな。当番兵を決めればその他はここで解散だ。


 ジューン兵は家に帰っていいぞ。土産を持って家族を喜ばせてやれ。

 ゲール、ヘブラリー兵を宿舎に案内して、オレの金で好きなだけ飲み食いさせてやれ。


 ラインバック従士長、すまんが戦死者の家を回り、弔慰金を渡し、戦死の状況とオレが感謝していると伝えてくれ。後で教会で葬儀をやってもらうよう手配もな。

 バレンタイン、遺族が暮らしに困ることのないよう、必要なら子爵家で雇え。

 では、各自持ち場にかかれ!」


 みな、一斉に言われた仕事に取りかかる。


クリスがダニエルに言う。

「ダニエル様、領主ぶりが板についてきましたが、元山賊のグループを忘れてますよ。」


 見ると、ネルソンをはじめとする一団だけが残っている。


「忘れている訳が無いだろう。奴らには頼む仕事がある。」

ダニエルは照れ隠しに大声で言う。


 新たに入ってきた者との交流を図るには、仕事と飲み会だ。

 諸侯としての経験を活用するため、ネルソンには領都建設の打ち合わせに参加させ、その配下の兵には哨戒兵に加わるように指示する。


 そうしてあいつらも飲み会では入れてやるよう、従士長に言っておく。

これでとりあえずの指示を終え、次は領都建設の打ち合わせだ。


 ダニエルとクリス、ネルソンがバレンタインに案内され、領主館に入ると、様々な服装の人間が多数控えていた。


「領都の建設に携わる設計士や大工、石工などと、近隣の村々の名主、この都市で商売をしたいという商人や手工業者などが集まっています。

 順次、お話をしていきたいと思います。」


そして、人々に向き直り、ダニエルを紹介する。


「皆の者、こちらが新領主のダニエル・ヘブラリー伯爵様だ。

五位下の位階と騎士団参事兼王陛下の相談役に叙せられている。

こちらではジューン子爵として、この地を治められる。

挨拶をせよ。」


一斉に深く頭を下げ、

「ダニエル様初めてお目にかかります。

今後、よろしくお願い申し上げます。」

と挨拶を述べる。


ダニエルの領主としての仕事が始まった。









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