新米領主の初仕事
さて、集まったのは、これから治める領土の有力者達である。
初めて会う新領主がどんな人物なのか興味と不安を持っている。
(最初が肝心だ。)
ダニエルは大広間の中ほどに進み、はっきりした声で話し始める。
「皆、頭を上げてくれ。
私がダニエル・ヘブラリーだ。
元はジャニアリー家の次男だが、幼い頃から騎士団に行っていたので知るものも少ないだろう。
故あってジューン子爵を叙爵し、この地を治めることになった。
武力には自信があるが、政は始めてだ。
皆の助けを受けながら、この地の民の安全を守り、繁栄に導いていきたい。
よろしく頼むぞ。」
武名高い騎士と聞いていたので、猛々しい領主かと恐れていたが、丁寧な挨拶に聴衆から、意外という顔が見られる。
御しやすいと思われるのを嫌ってか、バレンタインが付け加える。
「ダニエル様は、自分に従う者には穏やかだが、敵には恐ろしいお方だぞ。
王都では襲撃してきた叛逆者を殲滅して屍の山を築き、つい先日にはジャニアリー家が負け続けていたメイ侯爵を打ち破られ、侯爵は自裁された。
皆、心してお仕えせよ。」
(そんなに脅さなくてよかろう)とダニエルは思うが、集まっている彼らは新領主の武勇を恐れるよりも頼りに思ったようだ。
「あのメイ侯爵の兵に勝ったのか。」
「戦に強い御領主なら安心して暮らせるぞ。」
ヒソヒソ話しているのが聞こえる。
褒められることに慣れないダニエルは気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに言う。
「オレがいる限り敵から守ってやる。安心して自分の生業に精を出せ。」
その言葉を受け、まず恰幅のいい男たちが出てくる。
「我らはジューン領の村々の村長や名主でございます。
これまで度々、収穫期になるとメイ侯爵の軍勢に略奪され、領都ビーナスの伯爵様に訴えてもなんともしていただけませんでした。
その相手を打ち負かし、我々の安全な暮らしを保証いただけるとは、ダニエル様にはいくら感謝してもしきれません。
立派な御領主に来ていただき有り難い限りです。
早速ですが、御領主様にお願いがあります。
これまでよりも少しでも税を下げてもらえば領民も喜び活気がでます。是非お願いいたします。」
税については、早々から兵を徴集した新領主としては少しでも下げて人気取りをしたいところだが、領内の財政を考えてみなければならない。
「お前たちのの感謝を受け取ろう。
これからも領主としての責務を果たしていく所存だ。お前たちにも領民としての義務を果たしてもらいたい。
願いの税の軽減についてはできれば願いを叶えてやりたいが、財布を見ながら家老とよく相談してみたい。」
バレンタインは、安請け合いするなとこっちを睨んでいる。
村長達も即断は期待していなかったのか早々に引き下がる。
どの程度期待していたのか、なかなか腹が読めないが、ダニエルとしては、今後も兵の徴集に応じてもらうためにも、財政が許せば人心掌握としてなるべく農家の要望には応えておきたいところだ。
次に商人や手工業者、職人達の代表との話し合いである。
こちらはギルドの設立が絡んで面倒なことになっていた。
ギルドは都市や領土ごとに設置される。
今度、ジューン子爵家ができたことにより、新たなギルドの創設が可能となり、目ざとい商人や職人が各地から紹介状を持ってやって来た。
話を聞いていると、彼らの出身は主にジャニアリー領(元々の既得権益者)、ヘブラリー領(ヘブラリー家の認識は婿の持参金代わりの領地であり、子爵領は同家も権益)、王都(最も競争が激しく技術も高い)から来ているようだ。
バレンタインは、巧みに競争を煽り、この館や兵舎の建設を早く安く仕上げていた。
ダニエルはとりあえず各人から挨拶を受け、後ほど詳しく聞こうと帰らせるが、一つだけ注文をつける。
「鍛冶屋はいるか?」
「こちらにおります。」
数人が前に出る。
「自分で作った矢か剣か鎧があるだろう。
それを試してみたい。渾身の力作をもってこい。」
「畏まりました!」
これまでの武器は王都で調達していたが、これからはここアースで作らせねばならない。少しでも出来のいいものを作ってもらわねば兵の生命や勝敗に関わる。
武人の経験しかないダニエルには今のところ、商工業についてそれくらいしかこだわりはない。
次は、都市計画である。
設計士が都市のコンセプトとして、平地で交通の要衝に置くことによるメリットを述べる。
確かに都市の繁栄を考えれば利便の良いところがいいに決まっている。
(しかし、美味しい餌があるところには獣がやってくる。俺が退治できるかが問題だ。)
他の領主のように防衛第一でやれば手堅いが、それでは後発組のジューン領は通過されるだけの田舎で終わってしまう。
(せっかく得た自分の居場所だ。他に類のない都市を作ってみたい!)
ダニエルはその若さゆえの思い切りも手伝い、この国初めての平地での
開放都市を作ってみることにした。
固唾を飲んで見守るバレンタインとゲールに言う。
「このプラン、やってみろ。
防備はオレがなんとかする。
民の利便を第一にして、この国の南部で一番の都市を作ってみろ!」
バレンタイン以下の役人や設計士、技師たちは満面に喜色を浮かべる。
いつも武官偏重のこの国で、都市作りという大問題に文官の意見が通ることは珍しい。
「オレたちを認めてくれた御領主のために頑張らなくては。」
士気も上がっているようだ。
ダニエルが回りを見ると、興味深げにネルソンが見ていた。
「諸侯の先輩としてどう思うか?」
「新規の領主というのは大変ですが、やり甲斐があって羨ましい。
私は当主となりましたが、全て前例を基に重臣が決めていました。そのうち自分の意見を通すとお家騒動で追い出されました。
ダニエル様の行く道は、実りも多そうですがリスクも大きそうですな。一度死んだ身としては波乱万丈は大歓迎です。」
(コイツも事有れかし、物事は荒れた方がいいというタイプか。安全第一というタイプの部下が欲しいものだ。)
ダニエルの溜息を他所に、カケフ達武官組も戻ってくる。
「ダニエル様、とりあえず要所に歩哨を立たせておいた。
定期的に交代させる。
まずは見張り台と兵舎を何箇所か作り、侵入された時の連携態勢をつくるか。
重要な箇所には柵を作って、当面はそれで都市の防壁とするのがいいところだろう。」
カケフは人目のあるところなので、一応様付けで話す。
言っていることは、暫くはいつもの野戦築城のスタイルで守備をするしかないということだ。
「わかった。明日から作ろう。
いっそ金のかかる石造りの防壁は止め、兵の駐屯地を配置し、見張り台と連携させて機動防御するか。
その場合、練度の高い常備兵が必要だが、そちらにも金がかかる。
どうすべきか・・・」
悩んでいるダニエルに、ようやく酒を解禁されるオカダが肩を叩いて、喚いた。
「ダニエル・・様
せっかくの初領地入りだ。辛気臭い顔をするな。
皆、酒と料理を待っているぞ!」
確かに周りには、宴会をするのだろうとばかりに、兵も文官も村長や商工業者も待っていた。
(仕方ないな。)
ダニエルは考えるのをやめ、大声で叫ぶ。
「今日は当番を除き、凱旋式代わりにパーっとやろう。
バレンタイン、酒と食い物を大量に出せ。
領主の初の国入りだ。
地元の人間も呼んで、派手に飲み食いさせてやれ。」
既に手まわしよく手配していたようで、直ぐに領主館の前の広場を使い、地元の農家から買い上げた酒や、農民の妻や娘の作った料理を大量に並べる。
将兵や文官、今日集まった有力者に地元の住民も呼び集めて、大宴会を開始する。
ダニエルの乾杯の音頭の後、家老のバレンタイン、カケフ、オカダ、従士長と順番に挨拶していく。
余所者だからと遠慮するヘブラリー兵や帰順したばかりのネルソン達も紹介する。
御領主様からの振舞い酒だと喜び騒ぐ部下と領民を見て、ダニエルは出費はかかるが、家臣の融和や領地に慣れるための必要経費と考える。
酔ってきた領民達が話しかける。
「王都で鳴らした騎士だと聞いたので、どんな怖ろしい方かと思いましたぞ。」
「ダニエル様、オレの息子も従軍してさっき帰ってきたようだ。報奨金も貰って喜んでいた。また動員があれば、出陣して稼いでくると張り切っていたよ。」
「次男や三男は実家で兄貴にこき使われるより、腹いっぱいになって報奨金くれるから、兵隊になるのもいいもんだ。」
(なるほど、家で余っている次男以下の希望を募って常備軍にしてもいいか、しかしその給金をどうするか。)
ダニエルの思考は、急に飛び込んできた嬌声によって中断される。
領主と軍の帰還を聞きつけ、早速この地に商売をしにきた遊女の一団を誰かが呼んだようだ。
「兵のあるところ、娼婦ありですな。
戦の後は女を欲しくなりますからな。」
ネルソンが呟く。
ダニエルのところには遠慮したのか来なかったが、クリスはその美男子ぶりからか何人もの女が寄り付き、クリスも満更ではなさそうだ。
ダニエルが、コイツめとムカついていると、そこに突然、聞いたことのある女の冷たい声が響いた。
「クリス様、心配していた新婚の妻を放っておいて遊女と戯れるとは、早速お見限りですか?」
そちらを見ると、声とは裏腹ににっこりと笑顔のイザベラが、何人かの若く美しい女を連れて立っていた。
その笑顔が怒った顔よりも怖ろしい。
ダニエルでも怖気立ったのだから、クリスは言うまでもない。
慌てて言い訳するクリスの口を押さえて、イザベラは言う。
「ダニエル様、ご戦勝おめでとうございます。
後ろにいる侍女は、新家の立ち上げで女手がなくて不自由だろうと前伯爵様から付けていただきました。
良ければ閨のお相手も大丈夫ですので、お申し付けください。
それと前伯爵様からの言伝を預かっておりますので明日お話させてください。
それでは、私は、夫に話がありますので、夫ともども失礼させていただきます。」
クリスの目が助けを求めていたが、有無を言わさぬ口調のイザベラにダニエルが何も言えるわけもない。
そして、目の前の実例を見ていると、いくら美女が据え膳に載っていても、レイチェルの顔がちらつき、ベッドに誘うこともできない。
ダニエルは、チラホラと遊女とともに姿を消す将兵を見ながら、ひたすら酒を飲んでいた。
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