ヘブラリー家の思惑

 ヘブラリー前伯爵は、娘のジーナの結婚式後、ジーナのやらかしたことが明らかとなり、頭を抱える。


「ジャニアリー家のバカ長男と駆け落ちすることを考えていたとは・・。

 おまけに宰相がそのシナリオを書いていたなど最悪だ。」


 ジーナの母方の祖父であるマーチ侯爵に相談するが、侯爵も既に知っており、善後策を考えていた。


「既に陛下もご存知に違いない。

それを黙っているのは我々の出方を見ているのであろう。

素直に謝るしかあるまい。


 当主をダニエルに譲ってあることが幸いだったな。前当主に処罰はされまい。

 後は、外にどう取り繕うかとダニエルにどう対処するかだ。」


「しかし、隠そうにも、当日の行列の供や見物人は、襲撃に際してジーナが逃げ出そうとしたことやダニエルを刺したことなどを目撃しております。

 また、侍女や兵の死傷者に対して何ら見舞うこともなく、王都屋敷の家臣は勿論、話を聞いた国元でも顰蹙や反感を買っているようです。」


「そこまで周囲に目がいかないとは。恋は盲目とは言ったものだ。

自分のことしか見ていないのであろう。今はどうしている?」


嘆息したマーチ侯爵は、最近のジーナの様子を聞く。


「館の一室に閉じ込めています。

 駆け落ちが失敗し、ダニエルと婚姻したことになったのがショックだったらしく食事も摂らずに寝込んでいましたが、ポールとの子供のためと最近は食事もとるようになりました。」


「いっそそのまま死んでくれれば、王やダニエル、家中にも言い訳がたつものを。」


 マーチ侯爵は念願の宰相になれなかった一因がジーナにあることから、酷く冷たい言い方をする。


「今後どうするのか?

ダニエルは3年後には離縁すると言っているが、それで行けるのか?」


「ジーナの行いは朧気にでも、既に貴族の間で知られているでしょう。まして子のいる再婚ではろくな男は来ないと思います。

 また、ダニエルが今度のメイ侯爵との戦いで勝てば更に名を上げます。そんな男を当主から外すなど家中が納得しないでしょう。」


「それならばどうやってダニエルを繋ぎ止めるのだ。

さすがにジーナを改心させるなど言うなよ。」


「いっそジーナは離縁させて、庶子ですがノーマをダニエルの妻としようかと思います。それでどうでしょうか?」


 ヘブラリー前伯爵はおそるおそる尋ねる。

 ジーナはマーチ侯爵の娘から生まれた孫だが、母親が違うノーマは侯爵とは縁がない。この案では、侯爵とヘブラリー家との縁は切れてしまう。


「もう儂の支援はいらないと言うのだな。」

マーチ侯爵は前伯爵を睨みつける。


 ヘブラリー家としては、これまでは隣国や隣接領主からの侵攻に対して、中央からの支援を貰うため、マーチ侯爵に頼ってきたが、ダニエルが王や騎士団長とのパイプを持っている以上、その必要性は低くなった。


 しかし、まだ重臣である参議の侯爵に逆らい、あえて波風を立てる必要もない。


「いやいや、そんなことはありません。

侯爵様の力添えは重要です。

ダニエルとノーマの子には侯爵様の曾孫を婚約者としましょう。」


 そんな先のことなどどう成るかわかるはずもないが、この場しのぎに前伯爵は提案する。


 その心中を察し、侯爵は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「そんな先のことなどどうでも良い。

母親が陪臣の庶子では、貴族に身内もおらず宮廷で肩身が狭い。

マーチ家にいる儂の孫娘を養子としてダニエルの妻とすればどうだ。

姪であり、娘(前伯爵夫人)は賛成だろう。

マーチ家の一門はこぞってバックアップするぞ。」


 前伯爵は、いくら名門貴族でもヘブラリー家の血筋が無いものを入れる気はなかった。


 結局、話は纏まらず、まだ時間はあると様子を見ることとする。


 その後、前伯爵は、王に面会し、娘の件で謝罪する。

貴族派に権力闘争を仕掛け、王政府の実権を握りつつある王は、機嫌良く謝罪を受けたが、こう付け加える。


「当主がダニエルで良かったな。そうでなければ大事だったぞ。

 ヘブラリー家が全面的にダニエルに従うことを条件として今回の件は不問とする。

 ただし、二度はないことを肝に銘じ、家中を引き締めることだ。」


 王がダニエルをここまで買っている以上、ヘブラリー家としても彼を手放す訳にはいかない。逆にマーチ侯爵との距離を置くべきかと前伯爵は頭を巡らせる。


 王への謝罪を終えた後、妻やジーナを伴い、前伯爵はヘブラリー領に引き上げる。


 ヘブラリー領都マーズの居城で重臣を集め会議を行なっているときに、急使がやってくる。

 見れば、ダニエル軍に付かせた偵察役の部下である。戦闘の勝敗がつき次第に至急報告するように指示を出していた。


「大殿様、ご報告致します!

ダニエル様、野戦にてメイ侯爵を打ち破り、只今追撃中です。」


「やはりな。

 勝つことはわかっていたが、どのような勝ち方だ。

騎士団が主力だったのか?」


「いや、ダニエル様は、騎士団長閣下に、我が家の領地を犯された戦いで、他人の手を借りるのは不本意、我らの軍のみで戦ってみせるので、そこで御覧あれと大見えを切り、騎士団には傍観させたまま、ご自分の軍勢のみで見事に勝利されたそうです。


 しかも、最後には副将の侯爵弟を自ら一騎打ちで討ち取られ、勝利に華を添えたと。」


 これは、王政府や各諸侯向けに、クリスが大急ぎでつくったプロパガンダである。


 自分の売込みや誇大宣伝の嫌いなダニエルは承知しないだろうと知らせていないが、騎士団長の了解は得ている。


 ダニエルをよく知る団長は、こんなに盛った内容では、アイツが知ったら怒るぞと言いながら、笑って許してくれた。


 そんなこととは露知らず、ヘブラリー家一同は大騒ぎである。


「それほどの大見得を切って、立派に結果を出すとは、騎士の鏡。

我が家の当主に相応しいお方。大殿は見る目がありましたな。」


「それでヘブラリーから出した兵はどうした?活躍できたのか?」


次々と重臣たちが発言する。


「激闘の最後に、敵の本軍の背後を強襲して勝利をもたらしたのはヘブラリー騎兵でございます。


 また、トマソンは、背後から襲う敵からダニエル様を守って戦死し、戦功一番と言われたと聞いております。」


使者の答えに、うぉーと雄叫びが上がる。


「大殿様、これは一刻も早くダニエル様にヘブラリー家に来て、我軍を率いて一戦していただきましょう。

 嫌がらせや挑発してくる、隣接のエイプリル侯爵や隣国ジェミナイに目に物見せるいい機会です。」


そうだ!と一斉に声が上がる。


 前伯爵は、あまりにダニエルが褒め囃されるのを聞き、自分が頼りにならずに悪かったなと拗ねる気持ちを持ちつつも、この勝利でますますダニエルを離せなくなったと考える。


 会議後、イザベラを部屋に呼び、ジューン領へ向かうよう命を下す。


「イザベラ、クリスとの結婚を許可するので、ジューン領へ向かい、そこでダニエル君にヘブラリーに早く来るように伝えてくれ。


 奴の気持ちを掴むため、家中の次女三女から見目麗しいのを連れて行くと良かろう。彼女らをダニエルのお手付きとして、泥棒猫のジュライ家の娘を追い出せ。お手つきにならずとも有力家臣に嫁げば良い。


 できればジューン領もヘブラリーの傘下としたいが、難しければジューン領は返還してもダニエル君はヘブラリー家で確保しろ。」

 

「関心ないかもしれませんが、側女を置くことは正妻のジーナ様はよろしいのですか。」


「ここだけの話だが、ジーナは離縁して、ノーマをダニエルと結婚させることも考えている。その場合、ジーナは好きあっているポールのところに収まればよかろう。」


前伯爵の勝手な考えを聞き、イザベラは呆れる。


「あれほど嫌がるジーナ様を引き離して、無理やり結婚させて、うまく行かないと元サヤにとはどうでしょうか?」


「お前の言いたいことはわかる。

 しかし、あの時は、嫡子から当主という貴族のルールやマーチ侯爵への配慮などからジーナを持ってこなければ仕方なかったのだ。ダニエルも海の物とも山の物ともつかなかったしな。


 ノーマに婿を貰って継がせるなどと言えば、ならば我々が継ぐのが筋だと分家のルートン家が騒いだに違いない。


 しかし、ダニエルの名声がこれだけ上がれば、庶子のノーマが妻でも文句を言うものはおらぬ。


 後はジーナの身の処し方が問題だ。こんな悪評が立てばポールと結びつけるしかあるまい。

 マーチ侯爵は死ねばいいなどと言うが、わしにとっては愚かでもかわいい我が子だ。幸せにしてやりたい。

 陛下や宮廷への言い訳は難しいが、陛下からの動員をこなし、金をばら撒けばなんとかなろう。」


(そううまくいくのかしら?)とイザベラは思ったが、とにかくクリスとの結婚と移動の許可も貰ったので、早急に会いに行きたかった。


「承知いたしました。」


 上手くいこうがいくまいが、私はヘブラリー家を離れるからと気楽に考えていると、前伯爵の脅しが聞こえた。


「イザベラ、クリスはダニエル君の最側近。彼を通じてうまくヘブラリー家の有利になるように計らえ。


 お前は本来ならジーナの侍女長として、今回の件では自裁させてもいいくらいのところ、こんな厚遇をしているのだ。心して我が家のために働け。

さもなければ実家もただでは済まないぞ。」


「ハイ!」


 神経の太いイザベラも、歴戦の諸侯の脅しは堪えた。

 慌てて深く頭を下げ、急いで才色兼備の若い女を家中から人選し、またヘブラリー家からの戦勝祝いを準備する。


 家中の二女たちからは申込みが殺到した。二女以下になると良くて実家以下の格の家、悪ければ後妻や平民の妻である。うまくすれば玉の輿、そうでなくとも子爵家とは言え、躍進中と聞く家中の騎士の妻になれるのは魅力的であった。

 

 イザベラは、多数の中から、ヘブラリー家の名誉もあり、美貌、気立て、健康などの面を見て、侍女長などの助けも借りつつ選抜する。

 様々な働きかけもある中、落選した者には、後ほどジューン領から呼び寄せると希望をもたせ、なんとか宥める。


 このようにイザベラが胃の痛い思いをしながら大急ぎで準備を整え、警護を付けてもらい(噂の若き名将を見たいと家中の騎士が殺到した)、前伯爵の企てをどう上手く実現するか悩みつつ、一方、久しぶりのクリスとの逢瀬に胸を弾ませ向かったところに、遊女にデレデレするクリスを発見した。


 クリスは様々に弁解するが、イザベラにとっては、薄情な夫の躾のため、一晩中正座させて説教するぐらいは当然の権利だと思われた。


 次の日の朝、クリスに会ったダニエルは、散々に見捨てたことへの恨み言を聞かされる羽目になる。


 更にダニエルは、その後にイザベラからも仲を取り持ったダニエル様がいながら、遊女と遊ばせるなんてと嫌味と泣き言を言われる。


 辟易としながら、陰謀を報告してくれた借りもあり、ヘブラリーとの繋ぎ役でもある彼女を宥めるため、ダニエルは、なぜオレが部下の夫婦喧嘩の仲裁をするのかと思いながら、イザベラのために長文の手紙を書くことになる。


「イザベラはクリスには勿体ない良妻であり、奴はイザベラと結婚でき感謝すべき。浮気など以ての外。云々」


 イザベラはこの主君が書いてくれた手紙を大切に秘蔵し、ここぞという時の最終兵器とする。

 この一件でクリス・イザベラの夫婦の上下関係は決まった。

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