統治方針と女たちの動向

 暫くダニエルは、領都アースにおいて忙しい日々を過ごす。


 日中は領地の視察、領民からの陳情対応、商人や職人のギルドの問題、領都建設の打ち合わせ、日が暮れると、統治システムと防衛態勢の構築検討、更に部下と懇親を深める飲み会もある。


 それでも自分の都市だと思えると忙しいのも苦にならない。

 領地を見て、領民と話すと、自分のものであるこの地の一木一草まで大切にしなければという気になってくる。


 今日は武官達と鍛冶屋の腕前を見ていた。

鎧はなかったが、持参した剣や槍、矢を試してみる。


「カケフ、どうだ?」

剣を持って試し切りしたカケフに聞いてみる。


「騎士団御用達には劣るが悪くない。十分に使えそうだ。」


「ありがとうございます!」


 王都で修行してきたという若い鍛冶屋が頭を下げる。


 腕は良いのだが、親からの免許の相続もなく、ギルドに納める金も無かったため、下働きとしていいように親方にこき使われていたところを、新たな都市ができると聞き、駆けつけてきたらしい。


 他にも同じように、能力はあってもギルドから締め出されていた商人や職人達が、新興領主の噂を聞きつけ、一旗揚げようと集まっている。


(ギルドを作らせて上納金を貰うのが常識だが、それではコイツらは救えないな。

 ギルドなしで自由に商売させてやると不味いのか?)


 これまで政治に関わってこなかったダニエルには、領主達が当たり前として疑ってこなかったことも疑問に思える。


「バレンタイン、ギルドは作らないとダメなのか?」


「ギルドは同業者に法を周知し、違反者を取り締まり、税を徴収してくれます。彼らなしで、法を守らせ、内部秩序を保ち、税金をとるのは大変です。

 ギルドのない領地など聞いたことがありません。」


 物を知らない子供に諭すようにバレンタインは言うが、ネルソンが口を挟む。


「しかし、私の経験ではギルトによる寡占や圧力などの弊害も酷いものでした。

 ギルド幹部の中間搾取も目立ってました。私はそれに手をつけようとしたら、ギルドは敵方に付きましたが。」


 二人の意見を聞き、ダニエルは考える。


(オレも家に入れられない余り者だった。

自分の領地では、余り者でもチャレンジする気のある者にチャンスをやりたい!)


「ギルドは作らないことでやってみよう。

 やる気と能力のある者に自由にやらせてやれ。それで問題があれば、それからギルドを作れば良かろう。


 前例にないことをやることで、お前たちにはその分苦労をかけるが、オレのわがままに付き合ってくれないか。」


 こう主君に頼まれると、バレンタインは何か言いたげであったが、これ以上反対はしなかった。


 街の中心の広場に大きな立札を立てる。

「ジューン子爵領においては、法に違反しない限り、全ての者は自由に物を作り、自由に売買することを許す。      ダニエル・ジューン子爵」


 広場で集まっていた群衆に役人が読み聞かせる。

最初は意味がわからなかった者もやがて理解すると、大喜びする。

こんな開発中の都市に来るのは、故郷でうまく行っていない者たちである。

 ギルドという既得権益者のための組織には搾取され、迫害されてきた。それがなくなることは枷が外れた思いである。


 この後、ジューン領における商工業者の自由な活動は、他領に噂が広がり、各地から優れた商人や職人を呼び集め、ダニエルに大きな利益をもたらす。


 さて、統治については方向を決めて、細かいところは文官に任せるが、ダニエルが決めるべき最も大きな問題は防衛態勢と交通路の整備である。

 金食い虫であり、相反するこの問題は統治初心者のダニエルの頭を悩ませていた。


 夜に仲間たちと飲みながら、悩みを語ると、オカダが笑い飛ばす。


「おいおい、騎士団上がりの俺たちが都市を守るなど似合わないだろう。騎士団のモットーは見敵必殺。襲ってくる奴らをぶっ殺せばいいんだろう。


 ダニエル、お前は領主になろうとしすぎて文官に毒されているんじゃないか。

 いっそ誰でも襲ってきてみろと素っ裸でいれば、逆に恐れて来ないものだ。」


(それも一案か。うちの領地を襲う奴らは、兵を鍛えて全部撃退してやる。騎士団上がりのオレたちができるのはそういうことか。)


 そう割り切るとスッキリした。


 領都には最低限の柵と掘だけをお守りがわりにして、更に農村の余った男たちの希望者を兵に雇い、バースや従士長に徹底的に鍛えさせた。

 カケフとオカダは周辺の山賊や兵崩れのゴロツキなどを、兵の訓練を兼ね掃討させる。


 見張り台と巡回兵を多く備え、奇襲に備えるとともに、利便性を高めるため、領土を通る南方街道を拡張・整備し、河川には堤防を築き、荷揚げできる船着場と船橋を設けることとする。


 この構想を話すと、バレンタインからは、素っ裸どころか大金を見せびらかせて襲ってくれと言っているようなものと評されるが、まあダニエル様の無茶には慣れましたからと諦めた表情で言われる。


「それよりも資金が問題です。軍の維持や道路や河川の整備にどれだけ金がかかると思ってます?

 乏しいジューン領の収入では難しいですよ。ギルドの上納金も期待できませんし。」


「メイ侯爵から取ってきた金はどうした?」


「兵への報償、戦死者の弔慰金、武具の修理や備蓄、館や兵舎、防備柵構築の費用などで、幾らかの非常用資金を残して相当使っています。」


「弱ったな。陛下から紹介された銀行にまた借りるか?」


「借金を知られることは家の内情を知られているということです。王政府に知られていいことはひとつもありませんよ。」


「領民に増税することは避けたい。できれば少しでも減税してやりたいくらいだ。

 やむを得ないな。陛下や騎士団長、他の領主に山賊退治や反乱の討伐など有れば回してもらって、報奨金をもらおうか。」


(金のために戦闘するとは、まるで傭兵だなぁ)と思うが、背に腹は変えられない。


 さて、ダニエルが政務に頭を痛めている頃、奥向きでは女の戦いが勃発していた。

 

 イザベラが来た後、彼女とヘブラリーの女性たちは当然のように奥向きを仕切っていた。ダニエル以下の家中も助かるとそれを黙認していたが、そこに、ダニエルの乳母にしてクリスの母であるバーバラ・マクベイがやってきた。


 イザベラ達がヘブラリー流で子爵家の奥を仕切っていることに、バーバラは憤慨し、「元々ここはジャニアリー領であり、ジャニアリー家のやり方でやってもらう。」と宣言。

 更に、なぜ他家の女性が侍女のように振舞うのか、ジャニアリー家の分家である以上、ジャニアリー家から侍女を呼ぶと主張し、イザベラと激しく口論する。


 末っ子のクリスを可愛がっていたバーバラは、息子の嫁を選ぶことを楽しみにしていたが、他家から嫁が突然現れたことにも憤る。

 クリスは母と嫁の間に挟まれ、どちらの味方をするわけにも行かず困り果てていた。


「ダニエル様、なんとかしてください!!(泣)」


ダニエルも乳母と最側近の妻との対立に胃が痛い。


(でも、バーバラはしっかりしているが、それほど我を通そうとする性格では無かったはず。どうかしたのか?)


バーバラを部屋に呼ぶ。

「バーバラ、イザベラと争っているそうだな。クリスが困っているぞ。

なにか事情があるのか?」


 実はと、バーバラは話し始めた。

 ダニエルが去った後、ジャニアリー家は大騒動になったらしい。

 まず、ダニエルへの非礼を聞いた従士長以下、ダニエルに心酔した従軍した従士や兵が憤り、激しい抗議が行われた。


 また、ジューン領の分与に伴い、城の雇人の3割が削減されるが、そのままジューン家へ移籍する予定が、ダニエルへの非礼のため、その話はなくなり失業することとなった。

 当然、その件は問題となり、責任を問われ、侍女長と担当侍女、料理長は暫く自宅謹慎、伯爵帰領後に裁判にかけられることとなった。

 家老も辞任不可避という噂が飛んでいる。


 その渦中に、バーバラがダニエルから招聘された話が広がり、失業した侍女や雇人達、またダニエルの武名を聞きつけ、その下で働きたいという希望者などが、つてを辿りマクベイ家に殺到した。

 家老や重臣もマクベイ家に来て、ダニエルへの執り成しを懇願する。


「そういう訳で、ダニエル様の活躍のおかげで、我が家は大変な迷惑を蒙りましたことよ。

 まあ、今まで、外に出る次男などとダニエル様を目にも入れなかったものを、掌を返したように私にもペコペコするのはいい気味でしたがね。

 もう一つ言いたいことがあります。私が楽しみにしていたクリスの嫁もダニエル様が斡旋したそうですね。」


 ニコニコしている乳母の顔を見て、これはかなり怒っているとダニエルはビビった。子供の頃に酷いイタズラをしたときはたいていニコニコして、油断させた後に、きつくお灸を据えられた。


「大人になったダニエル様にお灸を据えるわけにもいきませんが、お屋敷で雇う侍女や雇人は本家から連れて行ってください。

 ダニエル様をバカにした者は私も良く知っていますので、彼らは除いていますから。」


 母代わりの乳母に頼まれ、ダニエルは弱った。

正直、ジャニアリー家とは綺麗サッパリ縁を切り、自分のやり方でやっていきたが、乳母に泣かれるのも辛い。


(乳母孝行と思って呼んだが、こんなオマケがついてくるとはなあ。)


 困ったダニエルはひとまず後送りすることとした。


「バーバラ、実はオレの妻がまもなくこちらに来ることとなっている。

奥向のことは彼女と相談しないことには決められないのだ。」


「ヘブラリー家の奥様とは、お仲がよろしくないという噂でしたが、仲直りされたので?」


「イヤ、お前だから言うが、ヘブラリー家のジーナとは形だけの夫婦だ。これは向こうも承知している。

 レイチェルというが、表に立てなくとも、ここジューン領に来て、オレの妻になってくれるという女性がいたので、彼女が実質の奥方となる。」


「それはよろしゅうございました。夫婦は心が通い合うことが大切。

 いくらいいところのお嬢様でも、美貌のお方でもダニエル様のことを好いてなければ妻にしてはなりません。


 ダニエル様は朴念仁ですからね。人となりを知れば、照れ屋で優しいお人とわかるのですが。


 しかし、表に立てなくとも妻になりたいとは、よほどダニエル様の良さをわかっておられる、優しいお方でしょう。

 クリスの妻があんなに気の強い女性だったには驚きましたが、ダニエル様の奥様にお会いするのが楽しみです。」


 ダニエルは、まさかその褒められている妻が、武装して助けに来てくれたとか、領地経営したくて押しかけてきたとは言えない。

 冷や汗をかきながら、バーバラの作ってくれたご飯が美味かったと話を逸らしつつ、レイチェルを迎えに行くのはなるべく後にしたほうが良さそうだと考えていた。


 この上、妻が女の戦争に加わったら胃が保つまい。


 その頃のジュライ家には、ダニエルから戦勝を知らせる手紙が届いていた。


「レイチェル・ジュライさま


 メイ侯爵との野戦に勝利し、そのまま相手の領都マーキュリーまで侵攻、騎士団とともに侯爵家を降伏させました。

 これからジューン領に戻り、領地の統治機構を最低限整えるとともに、まだ手つかずの領都を住めるくらいにしてから、お迎えに上がります。


                             ダニエル」


 いかにも軍人らしい、報告と今後の予定のみの簡潔な内容であり、宮廷の若い貴族なら必ず手紙に入れる、愛しているだの女性の好みそうな言葉もない。


「何、これは!」

珍しくレイチェルが感情露わに叫ぶ。


 弟のアランは、余りにも味も素っ気もないこの手紙に、姉が怒ったのかと思ったが、レイチェルの怒った理由は全く違っていた。


「領地の統治機構を創るとか一番面白いところじゃない!

メイ侯爵からの賠償金や獲った領地はどのくらいなの?

私がいれば最大限分捕ったのに。」


(この姉も普通の令嬢じゃないしな。ある意味お似合いかも。)

アランの胸に、割れ鍋に綴じ蓋という失礼なことを思い浮かべた。


すると、こちらを見たレイチェルが弟に命令する。

「アラン、何をボーとしているの?

早く出立の用意をしなさい。」


「姉さん、何を言ってるの?」


「ジューン領に行くのに決まっているでしょう。

夫が戦勝して帰っているのに妻がいないなんておかしいでしょう。」


「えー。ダニエルさんが迎えに来るまで待とうよ。

準備に時間がかかる上、王都の外は山賊がいるから、護衛も必要だよ。」


「なんとかしなさい。

私の身一つでもいいわ。政に慣れていないダニエル様が困っているのを助けてあげなきゃ。」


(それに、この戦勝でまた武名を上げたダニエル様を、ヘブラリー家が諦めるとも思えない。泥棒猫が来る前に追い払わないと。)


 レイチェルはブツブツ言う弟の尻を叩き、旅の支度を急がせた。















 






 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る