戦役後の王と騎士団長の話し合い

 メイ侯爵領の統治に部下を残し、騎士団長は王都に戻り、自分の屋敷にも帰らず、そのまま王に会いに行く。


「ハッハッハ!」


 団長の報告を聞き、王は大笑いした。


「使者から第一報は聞いたが、ダニエルに騎士団の参戦を断る気概があったとはと耳を疑ったぞ。

 それほど自分の名誉欲を持つ男なら我が目の不明を恥じ、今後は遠ざけねばならんと思ったわ。

 お前から本当の出来事を聞き安心した。そのくらいの小心者が使いやすい。」


「そうは言われますが、寡兵で敵軍に対することを避けるよう騎士団では教育しています。

 更に泣き言を言いながらも奴が立派に自軍のみで敵軍を破ったのは事実。

 そうバカにしたしたものではありません。」


 手塩にかけた部下がバカにされたように感じ、団長が反論する。


「いやいや、使いやすい良い臣下だと褒めているつもりなのだがな。なまじ野心がある奴は油断ができない。


 さて、今回の戦いでは、宰相派の有力諸侯のメイ侯爵を降伏させ、討伐を命じた余の権威は上がり、直轄領を増やした。

 騎士団は無傷な上、ダニエルは経験を積み武名も上がり、更に使えるようになったと得るところが大きかった。

 

 ダニエルは、今回の戦いでは、ヘブラリーやジャニアリーの兵も交えたということだが、諸侯や小領主、傭兵を集めた連合軍の指揮も任せられそうか?」


「かなり苦戦はしましたが、小規模とはいえ、3つの軍を束ねて戦ったようなものでしたから、そこそこの規模の連合軍なら統率できるでしょう。

 また、アイツを使うつもりですか?

 そろそろ騎士団が動かないと存在意義を問われます。」


「北の雲行きが怪しい。セプテンバーの奴が隣国トーラスとの国境周辺の中小領主の併呑を進めたため、それらの領主に泣きつかれたレスター公爵が動くとの噂がある。

 そうなると、いつもは余の言うことなど聞かぬくせに、その時にはセプテンバーから応援依頼が来るだろうから、騎士団を派遣することになる。軍神の強兵に対抗できるのは騎士団しかいないだろう。」


 トーラス国のレスター公爵といえば、北の隣国で勇猛で鳴らした武将であり、軍神と言われている。もとは伯爵であったが、前公爵を救援した功績で、公爵位を継いだ。

 戦勝のために生涯不犯を誓うほどのウォーモンガーであり、実際、戦争では負けたことがない。


「それは戦うに不足ない相手。腕が鳴ります。

 早速、騎士団員に猛訓練を課し、武器も揃えねば。

メイ侯爵戦では見てるだけで、ストレスか溜まりましたからな。

いい機会を頂き、有難い。」


 今にも走り出しそうな騎士団長を王は慌てて止める。


「そうではない。

 そんなことになったら、軍神とセプテンバーを食い合わさせろ。疲れたところに介入して漁夫の利を得るのだ。

 おそらくセプテンバーも同じ狙いだろう。

乗せられるなよ。」


 王はそう言いながら、目を輝かせている団長にはあまり効果はないと思い、副団長によく言っておくこととする。


「ダニエルについては、騎士団が動員されている時の要員とする。

 すぐではないが、王都近辺で王政府に従わない領主や大商人、坊主どもを押さえつけることもやらねばならん。

 外征はまだ時期尚早なようだ。

王都近辺の掌握、諸侯の討伐を進め、まずは足元を固めていく。」


 王の言葉を聞き、団長は言うべきことを思い出す。


「それならばメイ侯爵との戦いの報奨をちゃんとダニエルにしてやらないとなりません。最低限は現地で与えましたが、十分な餌を与えないと猟犬は走りませんよ。」


「ヘンリーが褒美を与えたと聞いたので、あとは余のものかと思っていたのだが。

 その前にメイ侯爵家だが、王に逆らった罪は重いが、本人が自裁し、抵抗せずに城を明け渡したことから、子爵に降格、領地は三分の一とするというところでどうだ?」


「慣例なら降参半分の法で、降格も伯爵として領地半減でしょう。

やりすぎは諸侯の反発を招きます。国務会議も通りますまい。」


「いや、メイ侯爵家が、処分に手心を加えてもらうため、パーマストン宰相やヨーク参議に賄賂を送ってきた。

 余の統治開始時に綱紀粛正、賄賂厳禁と通達したのにな。

その罪も含め、領地の3分の2を削減だ。」


 王は決定権者のように言うが、前宰相時代はこのような諸侯諸卿の身分に関わることはすべて宰相が案を作り、王には国務会議で形式的に承認を求めるだけだった。


 今は貴族が纏まらない。

 現宰相のパーマストンは貴族や宮廷内の多数派を作れず、国務会議は宰相になれなかった恨みを持つマーチ侯爵の妨害により機能していなかった。

そのため政局の主導権は王が握っていた。


「メイ侯爵家はそれで良いとして、ダニエルには報奨金をもう少しくれてやれはいいか。」


「実際に戦ったのはダニエルです。少なくとも獲得した領土の半分は渡すべきでしょう。」


「いや、ダニエルには悪いが、早く直轄地を増やして、軍を増強したい。

戦費も大部分を王政府で出しているし、ダニエルには報奨金や役職で報いよう。」


 一所懸命と言う言葉が示すように、諸侯や騎士は命にかえても領地に拘る。


 王はその気持ちがわかっていないのか、名声を上げたダニエルに領地を与えるのを警戒しているのか、騎士団長は溜息をつき、せめて褒美の金は戦功に見合ったものとするように頼んだ。


「わかった、わかった。

 それよりこれを見ろ。血の婚礼事件を英雄詩にして吟遊詩人に歌わせているのだが、どうだ。」


 団長が、王から渡された紙を見ると、こんな内容だった。


「ジャニアリー家のダニエルは、精鋭揃いの騎士団でもその武勇は群を抜く。輝かしい美貌を持つヘブラリー家の娘、ジーナは彼を見初め、是非にと彼との結婚を祖父や父母に願う。


 願いかなって二人の婚約が整い、ダニエルがヘブラリー家を継ぐと決まりし時、父のジャニアリー伯爵と兄の世子はそれを喜び、領地と爵位を贈り物として、彼を祝う。


 皆が祝う中、その喜びを妬む者あり。

 衛士府のミラー男爵は、ダニエルを妬み、彼を害してその地位を奪い、美姫と領地を狙う。


 危うしダニエル。

しかし、ここにダニエルを助ける騎士団の友あり。

婚礼に出立するダニエルを守らんと彼を警護したまう。

・・・」


 「これはなんですか?」

うんざりしたように団長は尋ねる。


「お前はそんな反応だと思ったよ。

法務大臣にしてやったプレザンスの力作だ。

関係者と協議し、どこも問題ないように仕上げた。

続きを話そうか。


 襲撃されて危ないダニエルを、ジーナと兄のポールが助けに行き負傷する。

 ダニエルはそれを見て奮起し、ミラーに雇われた傭兵どもを斬りまくり大活躍するが、ミラーと傭兵が卑怯にも衛士を騙し加勢させる。


 ダニエルのピンチを察した王が救援を命じ、騎士団が危機一髪間に合って悪漢を倒し、大団円というストーリーだ。

 これを吟遊詩人や歌い女にあちこちで唄わせている。大評判らしいぞ。」


「それで、本来なら大問題となる子供たちのやったことを世間から隠蔽でき、両伯爵は安心。王と騎士団も見過ごしていたことを隠せる。衛士も間抜けてはいるが、叛意は無かったと。

 悪者はミラーだけですか?グレイ前宰相はいいのですか?

いずれにしても、こんな話を作る奴とは友になれませんな。」

 

「前宰相については、失脚した奴を叩いても、これ以上利益はないからな。

それよりグレイ家に貸しを作ったほうがいい。


 プレザンスについては、政治にはこういう奴がいるのだ。勿論気は許せないし、しっかり見張らないといけないがな。」


王はそう言いながら、ぽんと手を打つ。


「そういえば、貸しで思い出した。

 ジュライ家姉弟の活躍を全部消したので、了解を取りに行かせたら、あそこの娘は、いかようにされても結構です、ただ、近いうちに陛下から夫婦で招待頂ければ有り難く存じますと言ってたそうだ。


 これは借りを返せということだろう。

 しかし、公式行事に招待すれば、単なる愛妾ではなく、実質的に夫婦の関係だと王が公認するようなもの。


 ヘブラリーやマーチが怒るのは勿論だが、式を執り行った教会も噛み付いてくる。おまけに王妃が愛妾を持つことを嫌っているので、余が妾を公認したなどと聞いたらどうなるか。

 金で済ませてくれればいいものを。弱った。」


「陛下もあちこち貸しを作ったでしょうから、これくらいは骨を折っても罰は当たりますまい。

 困った顔をされても、私は面識もなく、お役に立てません。悪しからず。」


 騎士団長は、王の上をいくダニエルの嫁の話を聞き、大したものだと感心するとともに、ダニエルの結婚生活の安らかならんことを祈る。


 なお、団長は、一身を王と騎士団に捧げるためと称して独身を通しており、巨額の俸給や恩賞は、騎士団員の遺族の福祉や騎士団の強化に費やしている。


 後日になるが、王妃が愛妾など呼ひたくないと言っているとして、祝い金で済まそうとした王に、レイチェルは王妃様にはご面識を頂いており、私の名前を出して頂ければ大丈夫ですと宣った。


 王が半信半疑、王妃に聞くと、『貴族女性の会』で王妃が会長、レイチェルが事務局長の間柄で親しい仲とのこと。


「レイチェルさんは、ダニエルさんのために日陰の立場でもいいと、身を犠牲にして領地に行かれるそうですね。

 それに比べて、他の男の子を妊みながら、ダニエルさんを婿にもらうとは、ヘブラリー家の娘の恥知らずなこと!」


 王妃は事情をよく承知し、ヘブラリー家におかんむりであった。

貴族女性では周知のことらしい。


 ついでに王妃は、レイチェルから聞いたのか、有能な女性に活躍の場を与えるように王に要請し、王から善処するとの答えを引き出す。


(女の噂の速さは怖ろしいものだ。

あの作らせた唄も笑いものになっているかもな。

おまけに宿題まで貰った。プレザンスにやらせるか。)


王は冷や汗をかく。


 ダニエルとレイチェルの招待は、勿論王妃の承諾は得られたが、その後、王はマーチ・ヘブラリー両家と教会への言い訳に大汗をかくことになる。

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