突撃狂いの令嬢とよかにせ(若武者)
翌日、ダニエルは大慌てでヘブラリー家への土産を持ってこさせる。
イザベラの話では、男は酒、女は甘い物というので、山のようなエールやワイン、砂糖や菓子、それに大量の穀物と塩を持っていく。
「イザベラ、本当にこんなものでいいのか?
酒も甘味も量はあるが、高価なものでもないぞ。それに穀物と塩などどこでもあるだろう」
「ダニエル様、ヘブラリー領はそういうところです。
父もこれを見て、よくわかっておられると言ってました」
首を傾げながら、ダニエル一行は延々と山道を登り下りして進んでいく。
この登山道を重い荷を担いで行くのは軍事訓練そのものだ。
山また山を歩いていく。
南部のような平野な耕地はなく、山間地に狭い畑と放牧地、それに木材の伐採場があるのみ。
側にいたロバートが言う。
「ダニエル様、これがヘブラリー領です。
山ばかりで土地は痩せ、芋やソバしかできません。
豊かな南部ではわからないでしょうが、我らはイモを主食に他で食べない虫まで食し、イモ騎士などと言われながら戦ってきたのです。
塩などの必需品もここまで運べば高くなりますが、こればかりは欠かすことはできないもの。
穀物や塩を運んできたのはそういう領民の心を掴んで頂きたいためです」
ダニエルはヘブラリー兵の強さの源を知った気がした。
10日ほど経ち、ヘブラリー領までまもなくというところで、一行は休息をとる。
陽射しが強く、汗が滴り落ち、一同が水をごくごく飲んでいる中、突然ダニエルの付近に矢が飛んてくる。
クリスがすぐにダニエルの前に出て盾となり、オカダが各員に指示をする。
「誰だ!
バース、ダニエルを警護しろ。
ヒデヨシ、お前は側面を探れ。
ネルソン、お前は後方を警戒しろ。
小姓ども、俺と前方に突っ込むぞ」
言い終わる前に、数十騎が馬で突っ込んで来た。
無言でダニエル軍に襲いかかり、白兵戦となる。
ダニエルの周囲に敵か群がったところを、後方から単騎の騎兵が突撃してきた。
「ダニエル殿とお見受けするぞ。いざ尋常に勝負を!」
(女の声か!)
ダニエルは驚く暇もなく、身体が反応する。
突いてきた槍を躱しながら、刀で馬上の騎士の足を掬い、落馬させる。
落ちた相手に馬乗りとなり、小刀で首を切ろうとするところを、ロバートが慌てて止めに来る。
「ダニエル様、こちらはノーマ様です!刀を納めてください。
ノーマ様、悪ふざけが過ぎますぞ!
ダニエル軍の皆さん!かかってきた相手はヘブラリー兵です。
刃は鈍っています。殺傷しないよう手加減下さい!」
ダニエルが相手の身体から離れると、相手も起き上がり、兜を脱ぐ。
短い金髪の髪が舞い上がる。やや小柄だが筋肉質の身体に、ツリ目気味の大きな蒼い瞳、真っ直ぐ通った鼻筋、気が強そうな美人だ。
「流石は噂に違わぬ実力がよ。一蹴されたが。
今度、アタイの上に乗るときはベッドにしてもらうが」
ぬけぬけとこちらを睨みながらこんなことを言う女に、ダニエルはため息をつく。
(これが諸侯の娘か。どういう教育をしている?)
ダニエルの心がわかったのか、ロバートが口を出す。
「ノーマ様の祖父は家中随一の騎士、その血を受け継いだのか、ノーマ様も武芸を好み、自ら戦にも出られます」
「ハッ、騎士のキルスコアは3だがよ。アンタには及ばないが、並の騎士なら打ち倒せるぞ。
兄貴が死んでから親父っどんが戻るまで軍を預かっていたのはアタイだがよ。
襲ってきたエイプリル侯爵もジェミナイもアタイが撃退したぞい」
そして言葉を切って、ダニエルをじっと見つめて話す。
「顔は並みだが、根性がありそうじゃ。
アタイの婿となってもろうて、強い子供の子種を貰おうかの」
そして、周囲に「女騎ども、帰るばい!」と呼びかけ、馬に乗って去っていく。
「嵐のような女だな。レイチェルとは全く方向は違うが、突き抜けているぞ」
呟くダニエルにオカダがニタニタして近づく。
「ダニエル、モテモテだな。
変な女を呼び込むオーラを出しているんじゃないか」
ダニエルは、無言でその顎にストレートを叩き込んだ。
まもなくヘブラリー領都マーズに到着する。
開門すると人だかりであった。
「どれがダニエルさぁだ?」
「あのいかにも武人らしい御方に決まっておろうが。
よか兵児でごわす」
「あのエールの樽の山に穀物に塩。
女どもには甘味もあるがよ。
ダニエルさぁは我らの暮らしをよくわかっちょるとね」
王都では、側にいるクリスの方がイケメンともてはやされていたが、流石は尚武の土地というだけあり、ダニエルやオカダ、バースが賞賛される。
(いいところじゃないか)
一部の女性にしかもてないダニエルは気を良くする。
その晩は居城で宴会が開かれる。
ダニエルは一番上座に座らされ、御当主様と呼ばれ、次々と重臣が挨拶に来る。
サッサと当主を辞めたいダニエルには有難迷惑である。
皆が席についたところで、ヘブラリー前伯爵が挨拶をする。
「ようやく婿のダニエルが来てくれた。これからはダニエルを当主として支えてくれ。
知っての通り、武勇にかけては並ぶ者のない実績を持っておる。
これで敵国ジェミナイからも隣のエイプリル侯爵からも侮られることはあるまい。
ダニエル、頼りにしているぞ。
乾杯!」
居並ぶ家臣団から歓声が起こる。
「ダニエルさぁ、万歳」
「ヘブラリー家、万歳」
「「チェスト!」」
ロバートが、ダニエルの道中と土産を紹介し、巧みに自分が連れてきたことをアピールする。
家臣はその話よりも、大量のエールに歓声が起こり、我先にと飲みに行く。
飲んだら、ダニエルのところにやってきて手柄話をせがんでいるようだが、いかんせん訛が強くてわかりにくい。
周囲で、ダニエルさぁ、まっこち、まっこちとお国言葉が飛び交う中、突然周囲が静かになる。
何かと振り向くダニエルの肩に、女の手がかかる。
「あなた、お久しぶりです。
なかなか来られなくて寂しい思いをしましたわ」
ジーナの品をつくった声に、ダニエルはゾゾゾとする。
「ほら見てください。この子もこんなに大きくなりました。
あなたの後継ぎのジョンですよ」
とジーナは赤ん坊を見せる。
ダニエルの目に入ったのは、幼い頃にダニエルを虐めていた兄ポールにそっくりの顔をした赤ん坊だった。
ダニエルは、咄嗟に刀を探すも置いてきたことを思い出し、素手で絞め殺してやろうと手を伸ばしたところで、隣のクリスに「ダニエル様、お言葉を」と呼びかけられ、正気に戻った。
「ジーナ殿、子供が健やかに育って祝着至極。
大事に育てられよ」
一同が見る中、あくまで他人の子として扱い、言質はとらせない。
このダニエルの態度を見て、ヘブラリー家臣の中には、やはりダニエル様の子ではないという噂は本当だったのかと頷く輩も多くいた。
ジーナはダニエルの態度を予想していたのか動揺もせず、家臣団に向かって言う。
「当主ダニエルもこの子を大事にせよと言いました。
この子が次のヘブラリー伯爵です!」
ダニエルが何か言う前に、女の声が飛んだ。
「誰もそんなことは言うておらんが。
勝手に決めるんじゃなか!
そもそも
ちょっとも似ておらんが」
そう言いながらノーマが現れた。
「庶子の田舎娘が、引っ込みなさい!」
「田舎者じゃが、じゃっどんアタイは夫にしか股は開かんがよ」
ここで聞いていられなくなったのか
「いい加減にしろ!
今日は婿殿の歓迎会。場を弁えろ!」
一喝され、二人の娘は引っ込むが、場は白け、家臣達も三々五々引き揚げる。
その中で「お疲れでしょう。夫婦の寝室に参りましょう」と話しかけるジーナと離れるため、ダニエルは前を歩く同年代らしき男の肩を叩き、「君、一緒に飲まないか」と話しかける。
この男に声をかけたのに理由はない。
年配の重臣の中に若い男がいたから誘いやすかったのだ。
周囲が息を呑むように感じたが、理由がわからずダニエルは首をひねる。
「オイでよろしかか?」
振り返ったのは、水も滴るいい男とはこういう男かと思わせる美男子だった。
(男色の気があると思われたか)とダニエルは勘ぐったが、気にせずに、オレの部屋に来いと誘う。
ダニエルの後ろを歩く男にはゾロゾロと他の家臣が付いてきた。
(コイツ、人気者だな。オレに襲われると思って心配してるのか)
与えられた部屋に着くと、持ってきた酒やツマミを出し、ダニエルの配下も呼んで宴会を始める。
「今更だが、名を教えてくれないか」
ダニエルの問いかけに男は答えた。
「オイはリュー・ルートン・ヘブラリーでごわす」
(おいおい、ルートンと言えば義父殿が目の敵にしてた一族じゃないか。
そいつにオレが声をかけて飲みに誘うとなれば、周囲も何事かと思うわな。
付いてきたのは非主流派のルートン派か。まあ誘った以上飲むしかない)
「ルートン殿、王都から上等の酒や食い物も持ってきた。
大いに飲んでくれ」
どんな男かと警戒していたが、ルートンはさっぱりしたいい男だった。
彼の話では、惣領家を譲って以来、ルートン家はジェミナイやエイプリル侯爵との国境に配置され、彼らの侵入の度に出動し戦ってきたとの言う。
「世子は国境の戦で戦死したと聞いたが?」
ダニエルは、前伯爵が
「大殿は世子が我らに殺されたと言っているようでごわんど、あれは世子が少数で深追いしたためじゃが。
ジェミナイは歴戦の名将ソーテキ・アサクラの指揮でもした。
そう易易と崩れるはずがなかと止めたのが、じゃっどん血気に逸られ・・・」
「なるほどな。ソーテキ相手では分が悪い」
騎士団も何度か苦渋を舐めさせられた相手。ダニエルは納得した。
「世子亡き後、義父殿が戻るまでノーマが軍権を持っていたと言っていたが?」
ダニエルは道中、ノーマに襲撃されたことと彼女の言ってたことを話す。
「ハッハッハ、それはおかしか。
ダニエルさぁにはご迷惑をおかけしたが。
ノーマさぁは昔からこれという相手を見るとかかってくるでごわす。
確かに大殿不在の間は、形の上ではノーマさぁの指揮下にありもすが、じゃっどん、軍の作戦は重臣が合議で決めておりもす。
ノーマさぁに任せっと、全軍で全力突撃しますからの」
ルートンは楽しげに笑ったが、その笑みの背後には、領内の最要所を守り抜いている自信がある。
(これはしっかりした男だ。
コイツに領主の地位を渡せないか)
ダニエルはルートンの器量を見て、ヘブラリー領主を円滑に譲れないかを考え始めた。
一方、前伯爵の部屋には腹心が集まり、前伯爵と協議していた。
「ダニエルは何を考えてルートンなど誘ったのだ!」
家老のジョンソンが答える。
「おそらくは今後当主の仕事を始めるに当たって、非主流派のルートン派を起用する姿勢を見せ、我ら現執政の言うとおりにはならないと牽制されているのでしょう。
婚礼前に私が教えたときは無垢なお人でしたが、ジューン領を統治され、立派な諸侯に成長されましたな」
「それでは困る。奴には外敵との戦いは任せるが、ルートンの起用などもってのほか。
誰がルートンとの手引きをしたのだ。
時間のない中、あまりにも卒がない遣り口だ」
従士長のクロマティが口を出す。
「ジーナ様と部屋に行きたくないんで、適当に声をかけたのではなかか」
「阿呆か、てげなことを言うな!
ダニエルさぁは、おはんじゃなか」
しかし、瞬時に周囲から罵声を浴びせられる。
そこに女の声がする。
ノーマが柱により掛かりエールを飲みながら立っていた。
「クロマティの言うとおりじゃ。
あの女がうっとおしかったのじゃろう」
「ノーマ、姉に何を言う」
前伯爵が叱責するが、ノーマは聞かない。
「親父っどん、あの馬鹿女と子供を始末しないとダニエルさぁは嫌気をさして逃げ出すぞ。
あの男ならアタイの婿にしても良かよ。
はよ話ばしないと、あのレイチェルというおなごが取り返しに来るがよ」
ジーナが、レイチェルから『ダニエルの妻は自分がなる』という手紙を受け取り、そのままにしておいたため、レイチェルはヘブラリー家も黙認していると王宮や貴族社会に触れ回っており、ヘブラリー家は面と向かってレイチェルの存在を否定しにくくなっていた。
「そうは言うが、ジーナとジョンはワシの娘と孫。
ジーナが謝れば、ひょっとしたらダニエルもその気になるかもしれん。
お前が結婚する気になったのは嬉しいが、その話はジーナの可能性がなくなってからだ」
今まで自分が認めた男としか結婚しないと言っていたノーマがその気になったのは良かったが、前伯爵は複雑な思いであった。
「そんならそれでもよかが、多分時間のムダぞ」
ノーマは言い捨てて、訓練場に向かい、前伯爵は深いため息をつく。
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