ジャニアリー家の継承とヘブラリー家の状況

 ダニエルは、王都に戻るとすぐに父に会いに行った。ジャニアリー家を継ぐと決めた以上、早急に状況を把握し、必要な対処をしなければならない。


 王都の屋敷に父は居たが、以前より歳を取り、ひどく疲れが目立つ顔をしていた。

「ダニエル、久しぶりだな。益々の活躍で何よりだ。

もう聞いただろうが、家督はお前に譲る。ジャニアリー家を頼む」


「父上、何故オレに家督を譲るんだ?

兄貴が世子と決めていただろう。兄貴はどうするんだ。

領内に残すなら、オレはアイツの顔を見たら殺すかもしれないぞ。

また、母や家臣は納得しているのか?」


ジャニアリー伯爵は苦しそうな顔をして言う。


「ジーナ殿との婚礼事件の後、ポールが無様な姿を晒したことが家中や貴族社会で広がった。一方、お前はメイ侯爵に打ち勝ち、その後も王陛下に重用されて、譲った領地も大発展している。

この状況では諸侯としてはお前に家督を継がせるしかあるまい。


ポールの処遇だが、何度も諭したが、お前に痛めつけられたことをすっと恨みに思い、屋敷に塞ぎ込んでいた。

もう致し方ない。


多額の持参金を持たせて北東の男爵家に婿養子に出すこととした。レイチェル殿が相手を探してくれた。豊かではないが、しっかり者の娘という。お前に迷惑をかけないように、そこで大人しく暮らすように強く言いつけた」


「それで兄貴は納得したのか?」


そこでジャニアリー伯爵は少し顔を歪めて苦々しげに言葉を吐いた。


「実は、ヘブラリー家からポールとジーナ殿を一緒にさせないかという話があった。今更だが、今からでもその方が収まりが良かろうと、両家で金を出し、夫婦養子を受け入れてくれる下級貴族を搜したが、最後にヘブラリー家が断ってきた。


ジーナ殿は、ポールがジャニアリー家を継がないのであれば一緒になりたくないとのことだ。

あれだけの騒ぎを起こした一番の責任はポールにあるが、ジーナ殿も責任はあるだろう。真実の愛だの言っておいて、最後は当主で無ければ嫌とはどういうことだ!

ポールはそれを聞いて、鬱々とし、何度も手紙を書いていたようだが、結局諦めて、養子となることを承諾した。今は悄然としている」


ジャニアリー伯爵は言葉を切って、興奮を静めてから話す。

「ダニエル、あの女ジーナに気を許すな。できれば追い出してくれ。

お前はいいきみと思うだろうが、儂にはポールも我が子であり、見捨てられたあやつが哀れでならん」


ダニエルは、勿論ポールのことは自業自得と思ったが、それ以上にジーナのことを不気味に思う。


(あれだけ兄貴のことを愛していると言いながら、何なのか。

まさかと思うが、オレにすり寄ってくるのではないだろうな。

女はわからん)


伯爵は、一段落したところでジャニアリー伯爵の当主を正式にダニエルに譲り、母と王都で隠居すると言う。


母は、さすがにダニエルと暮らすことはバツが悪いようで、長男ポールが遠方に行く中、王都でアリスや親族の側で暮らしたいと望むため、王都での居住先や必要な金銭の援助は行うことを、既にレイチェルと約束済みとのことだ。


「お前に家督を譲る前に、反対していた家臣どもは一掃する。軍はもう掌握しているようだが、好きに使え。

お前を不当に取り扱っていた侍女長以下の奥向きについては、お前の乳母のバーバラに選別させて、総入れ替えする。家中は大騒ぎだろうが、お前のやりやすい環境を作ってから引き渡すつもりだ。」


「父上。ありがとうございます」

兄への配慮が過ぎる気もするが、全体として家を考えて、父は冷徹な判断をしているとダニエルは感じた。


「それと余計なことかもしれないが、レイチェル殿はできた嫁だな。既にジャニアリー領の勉強をしに城にも訪れて、家臣を手懐けているようだ。もうすぐ子もできるそうだな。大事にしろ」


(オレの親まで懐柔しているとは。

オレには過ぎた妻だが、レイチェルの夫をするのも大変なんだが)


父にはよく礼をいい、屋敷に帰ると、クリスの妻イザベラが待っていた。

「ダニエル様、父が参っております」


イザベラの父といえば、ヘブラリー家譜代の有力な重臣のはず。

「何事か?」

「ダニエル様がなかなか来ないので、その催促と、内々に領内の情勢を伝えにきたようです」


ダニエルが部屋に入ると、篤実そうな中年の男が座り、クリスと親しげに話していた。


「これはダニエル様。初めてお目にかかります。ロバート・ガルベスと申します。

娘のイザベラがお世話になっております。


この度、参りましたのは前伯爵様の大殿からダニエル様に他の用が入らぬうちに迎えにいけとのことで、早急に私とともにヘブラリー領へ来ていただきたく存じます」


温厚で丁寧だが、有無を言わさぬ迫力があった。

ダニエルは頷かざるを得ない。


「勿論、準備でき次第向かわせてもらう。戻ってそう伝えてくれ。

もう暫くあれば出発できるだろう、なあクリス。

ロバートと言ったか、オレの乳兄弟の義父であれば身内だ。

堅苦しくせず、酒でも飲みながらざっくばらんに話をしよう」


正直なところ、ジーナや前伯爵と会うのは面倒であり、何か行かなくていい理由がないかと考えてはいたので、口上も逃げ腰となる。


「明日ですな」

ロバートが眦を決して言う。


「明日、オイとともに出発いただきます。

なんの用意もいりもはん。必要なものは全てヘブラリー家にて用意致すので、ダニエル様には身一つでおいでいただけば良い。

出られないと言うなら、この場で自害致す所存」

と土下座する。


イザベラも出てきて、お願いいたしますと父の横で土下座する。


ダニエルは、困った顔でクリスを見ると、「義父と妻の願いです。ダニエル様、私からもお願いします」と頭を下げられ、退路を絶たれる。


明日の出発と決まり、屋敷は大騒ぎになるが、ダニエルはロバートからヘブラリー領の情勢を聞く。


「まずダニエル様に知っておいてほしいのは、ヘブラリー家が同族内て激しい紛争を繰り広げてきたことです。一族18家あったのが、血で血を洗う戦の結果、今はノリッジ家とルートン家を残すのみ。先々代で和睦し、ノリッジ家が本家となったものの、ルートン家を支持する者もまだ多く、また長年の争いで怨恨も堆積しています。


 前伯爵様が中央貴族から妻を迎えたのも王政府の威光で家中を抑えるため。

 ようやく落ち着いたところへ、世子の死亡です。本家のノリッジ家は娘が二人だが、ルートン家は立派な世継ぎがいます。

 結婚と同時にダニエル様に当主の座を譲ったのは、王政府や他国の諸侯の力をバックに、ルートン家に当主を譲るべしという声を無くすためです」


そこでロバートは酒をぐいと飲む。

この男はさっきからグビグビと飲むが、酔った素振りは欠片もないが、お国言葉が出始める。


「大殿様の思惑は一つは当たり、一つは外れたがよ。

ダニエルさぁが予想以上に活躍され、名を轟かせたことは良かったのですが、ジーナさぁとの仲が険悪であることは家臣にも知れ渡っています」


「それでヘブラリー家はオレに何を期待するんだ?」

ダニエルはイライラし始めて聞く。

思っていたより遥かに面倒な立場に立たされているようだ。


「落ち着いてたもし。

私の娘イライザはクリス殿の妻であり、オイはダニエル様の味方がよ。


今、ヘブラリー家は後継を巡り三派に別れていもす。

ジーナ様とそのお子のジョン様の派閥、庶子ノーマ様、そしてルートン家の子息、リュー様でもす。


しかし、その実、誰もがダニエル様が誰を推すかを見ているがよ。

ジーナ様と夫婦でいるのか、別れてノーマ様と一緒になるのか、それともルートン家と結ぶのか。

今やダニエル様の存在はそれだけ重くなっており、その行動によってヘブラリー家は左右されもす」


そんなことを言われ、ダニエルは驚愕する。

(ヘブラリー家とは、ジーナと縁を切るが、兵の貸し借りをする同盟関係ぐらいにしたいのだが。そんな家の内情まで足を突っ込みたくない)


悩むダニエルは、ロバートに尋ねる。

「前伯爵の意向と家臣の輿論はどうだ?」


「大殿は一時ジーナ様を蟄居させ、ノーマ様をダニエル様の妻にと考えていたようでもすが、最近ジーナ様が真面目に政務に取り組み、ダニエル様とよりを戻したいというなど、その様子が変わり、悩まれているとです。


ヘブラリー家の家臣は主君に求めるのは戦で勝利し、所領を守ってくれること。妻が誰でもダニエルさぁが居てくれればと思ていもすが、ジーナさぁは王都育ちで馴染みがない上、先日の婚礼事件で不評でもす」


ダニエルはそこで手を叩く。


「そうだ!

そのジーナだが、兄ポールと一緒になる話を断ったと聞く。その真意は何だ?

あのバカ女が今更改心するとは信じられん」


ロバートは言いにくそうだったが、意を決したかのように口を開く。


「ジーナさぉは妻が乳母で、娘が乳姉妹で侍女長でしたので、オイもよく存じているが。あの方は一度執着すると諦めない方。それがポールさぁとの別れを選ばれたということは恐らくそれより大事なものができたのじゃんそ。


おそらくはお子のジョン様を世継ぎとしたいということではなかか。

ジョン様を溺愛していると聞くとよ」


「なるほどそれならば納得できる。

その子を世継ぎとして、オレに後見させればいいと思っているのだろうが、そうはいかん」


その後、ロバートは、ノーマと結婚し、ヘブラリー家を継いでもらえば、家中を挙げて支援するとしきりに勧める。


ダニエルは適当にあしらい、ロバートを部屋に案内させると、クリスと相談する。


「クリス、ロバートは何故あんなにノーマとの結婚を勧めるんだ。アイツはジーナの乳母夫だろう。ジーナをとりなす立場ではないか」


「それですが、ジーナ様の失態で教育してきた乳母夫婦の責任を問われたのと、イザベラが侍女長を辞めてジューン家に来たためジーナ派から裏切り者と見做されているようです。


 その名誉挽回と今更ジーナ派にも戻れないため、ダニエル様をノーマ様とくっつけて当主とし、その側近に収まるつもりでしょう」


「なるほど、オレの乳兄弟のお前が婿だしな。

篤実そうな顔をして、計算高いな。さすがイザベラの父だ」


二人で話しているところにイザベラが顔を出して、泣きながら懇願する。

旦那様クリス、ダニエル様を説得してくれましたか。

ダニエル様に当主になってもらわないと、我が家は潰されてしまいます。

ダニエル様、是非にお願いいたします」


あの気の強いイザベラが涙ながらに頼むとは、よほど家中での立場が苦しいのかとダニエルは驚いた。


「イザベラ、当主として務めるかはヘブラリー家を見てからだが、ジーナとは絶対に縁を切るし、子供も認めん!」


ダニエルの強い口調に押されたのか、イザベラは悄然として言う。


「乳姉妹としてはジーナ様に幸せになってもらいたいですが、もう致し方ありません。


我が家もジーナ様から縁を切られました。ジーナ様の側にいるのは王都から着いてきた側近のみで、ダニエル様が縁を切れば誰も有力者は付いてこないでしょう。


ノーマ様と一緒になり、当主として統治いただければ、我が家はダニエル様を連れてきた功で今の重臣の地位を保てます。

ダニエル様、何卒よろしくお願いします」


クリスもイザベラに睨まれて、慌てて頭を下げる。

(クリスも尻に敷かれているなあ。娶せたのはオレだし、夫婦仲を悪くさせるわけにはいかん。まずはヘブラリー家に行き様子を見よう)


ダニエルは、ヘブラリー領でジーナとその子供とどう対処するのか、ノーマという娘とどう付き合うのかを思って気が重くなった。


(いっそ戦争でも起こってくれれば、状況が変わってお役御免になるかもしれない)

考えるのも嫌になり、いつもながらの戦任せの望みを抱く。


その頃、まもなくダニエル様が来られるようだと沸き立つヘブラリー領の居城の一室で、ジーナが赤ん坊に話しかける。


「ジョン、あなたは伯爵嫡男と長女の子。なんとしても伯爵家を継がせてあげるからね。

 お父さんポールが伯爵家を継げれば良かったけれど、いくら一家揃ってでも田舎の男爵なんかに堕ちるなんてありえないわ。

あの野蛮人ダニエルなんかを夫と呼んで、抱かれるのは鳥肌が立つけれど、かわいいあなたのためなら我慢するわ」


そう言うと、ポールがいるだろう北東の空を見て、手を合わせて語りかける。

「ポール様から一緒に暮らそうと手紙が来たときにどんなに迷ったか。

でもこの子を伯爵とする為には、ここでアイツの妻を演じるしかない!

ポール様、本当の愛はあなたにだけ捧げます。

だから、私の本心をわかってください。


ダニエル!

この子の為には、お前に抱かれてやろう。子も産んでやろう。

だが、全てはポール様との間のこの子のためだ。

役割を終えたら、サッサと引導を渡してやる!」


一方、広場では武装した女が武闘訓練を激しく行っていた。

「ノーマ様、ダニエル様が王都を出られ、こちらに向かわれるようです」


「英雄ダニエル、勇将ダニエルと噂ばかりだったから、本人に会うのが楽しみがよ。

噂通りの実力があり、我がヘブラリー家の役に立つのか、よく見定めもす」


女は兜を取り汗を拭いながら、側近に話す。

「ジーナ様が何か企んでおられるようですが・・・」


「あんなバカ女に何ができる?

婚礼前に男に股を開くような売女に何も言う資格はないとよ。

そのくせ、アタイら国元の者を田舎者と馬鹿にして。その田舎者のお陰で今まで王都で贅沢しっきたんじゃねの」

ノーマは吐き捨てるように言う。


「親父殿も踏ん切りが悪か。あの母子をサッサと処分して、返す刀で、世子が亡くなり蠢動するルートンどもを粛清し、その英雄殿を迎めればよか。

そうすれあアタイが英雄殿の妻になって、領内を守ってやれるが!」


側近が恐る恐る「ノーマ様、誰が聞いているかわかりません。あまり過激なことを言わないように」と注意するも、聞く耳を持たない。


「アタイの言うことに文句があればかかってくればよか。

返り討ちにしてやるが。

ハッハッハ」


女は髪をかきあげ、挑むような眼をして、ダニエルが来るであろう王都の方向を見つめた。






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