レイチェルに欠けるものと男達の語らい

ダニエルは次の日に領内視察に赴く。

ゆっくりしてる時間もないが、自分で手塩にかけた領内は見ておきたい。


領都アースは更に人口が増え、繁栄しているようだ。


レイチェルの話では、ジューン領では、メイ侯爵から勝ち取った炭鉱からの石炭と南部の農産物の加工品をリオ共和国や王都に輸出し、加えてリオからの貿易中継で儲けているが、工芸品や高級品は全て輸入と言う。


そのためレイチェルは、一次産品だけでなく、さらなる産業振興が必要というが、人材・ノウハウともなかなか入手は難しいようだ。


一方、交易場所としては、アースは水陸の交通の要所にあり、関所がなく、治安も良い、こんな場所はなかなか無いと評判が高い。


(しかし、交通が良すぎて、防衛が難しいな。

あと、人口の割に盛り場らしきものが少ない気がする。

安全な王都の貴族育ちのレイチェルには気づきにくいか)

とダニエルは考える。


街中で説法するフランシスに会う。

信者は順調に増えているようだ。

「フランシス、イオ教団は弱体化した。王都で布教しても大丈夫だぞ」


「いえ、活気あふれるジューン領での布教にやりがいを感じています。

ここに来る賤民やスラム街など差別されていた方はもとより、一般市民もダニエル殿が信徒と聞き、私の教えを受け入れ始めてくれてます。だんだん南部地方にも布教が広まってきています」


そこで言葉を切ったフランシスはダニエルの近くによってきて小声で話す。

「王都周辺などでは、イオ教団が弱ったため、民衆に布教してきたガニメデ宗が勢いを強めています。


その中でも左派は、民衆の国を地上に作る、王や諸侯に従えと神は言っていないという説法をしているようです。

まだ大きな力にはなっていませんが、収奪が強まり生活が苦しくなればどうなるかわかりません。


民と寄り添いながら、統御する。その力を侮らず、怖れすぎず。

ダニエル、気をつけなさい」


フランシスの言葉を考えながら、彷徨くと、学校に着く。

錬金術士パラケルススと占星術師ケプラーの教えている場所だ。


「先生方、お元気ですか?」

ダニエルが入っていくと、


「何やら活躍しているらしいな。少し資金援助してくれんか?」

パラケルススが早速金をせびる。


「先生が金を発明すればいいでしょう。そのための錬金術ではないですか」

軽口を叩いていると、一人の眼光鋭い男が現れた。


「そうじゃ。お前へ仕官希望者だ」


「ヴィンチ村から来たレオナルドです。科学・芸術から土木工事、築城、攻城兵器などに自信があります。既成概念に囚われる王家や大諸侯では使ってもらえませんが、ダニエル様ならとこちらに参りました」


レオナルドの自己紹介は自信に満ちている。

パラケルススやケプラーも彼の才能に惚れ込んでいるようだ。


ダニエルは、気になっていたアース防衛のための築城をやらせてみることとした。

地図で場所を示す。

「この場所に堅城を作れ。万の軍が来ても一年は保つものにしてくれ。

金に糸目はつけない。城の名前はムーンとしよう」


横にいたクリスが「ダニエル様、ここは!」と驚く。

南方街道を王都に向かった先のその場所は、露骨に王都からの侵攻を警戒するものである。


「いいんだ。もう体裁に構ってる必要はない。

王政府が築城の意図を聞いてきたら、リオ共和国から王都に攻めてくるのを守備しますと言っておけ」

貿易立国の小国リオが攻めてくるなどありえないが、ダニエルは強弁する。


去ろうとするダニエルに、パラケルスス達が声をかける。

「ダニエル、今度ヘブラリーに行くのだろう。ワシらもついて行って、西部地方を見学するぞ」


(耳の早い爺さんだ)

「ヘブラリーで金になりそうなものがないのかよく見てくださいよ」


次にダニエルを待っていたのは、騎士団仲間にして縁戚かつ盟友のアレクサンダー・アレンビー子爵である。

彼には南方守護代を任せており、ダニエルの副将格である。


今日はダニエルの帰郷に合わせて、若手諸侯を連れてきている。

南部では、ダニエルの威勢が高まり、その傘下に入ってくる者も増えているが、新奇な施策を嫌う者、成り上がりと侮る者もまだ多い。


ここにはアレンビーが声をかけ、エーザンで一緒に戦った者、初めて見る者など10人足らずが来ているようだ。


「アレク、久しぶりだな。

お前の妹のエリーゼはアランをしっかり尻に敷いているぞ」


「ハッハッハ、ダニエルが奥方の尻に敷かれているのと同じようにか。

それはいいことだが、今日は頼みがある」


「南部の治安維持に協力してもらっているお前の頼みなら何なりと」


「奥方の進める南部地域の富裕化や一体化に異存はない。

我が家も親族として恩恵に預かっているからな。


更に交通を便利にし、地域の一体化を進め、傘下の諸侯を増やしていく。

そういった政策とともに、もっとゆとりが欲しいという不満が出ている。

『レイチェルの清き流れに棲みかねて』という風刺が流行っていると聞くぞ」


「具体的にはなんだ」

「アースはしょぼい飲み屋しかなく、夜が寂しい。

コントロールできる範囲で悪所を作れ。娼館や遊廓、接客場など女が相手をしてくれるところや各種の賭場などが王都にはあり、我らも楽しんだだろう。


そういうものがないと若い男が発散できないだろうし、裏の経済で食っていく奴らも多いんだ」


うーんとダニエルは考える。


確かに新興都市アースには兵士・作業員から一攫千金を夢見る連雀商人まで若い男が多い。

その欲求に応える必要があるのと、踊り子や遊び女など夜の蝶をやっていた女達が仕事に困っているという話は、賤民頭のサムソンから聞いていた。


「娼館はシンシアが作っていたはずだが。

それに悪所の設立や運営などをやれる人材がいるか?

秩序なく作らせると治安が悪くなるぞ」


そこでアレンビーはニヤリとする。

「シンシアの娼館は小金持ちや商用のものよ。

若い、金のない男達にも必要だろう。


人材だが、売り込みに来たカーク・ターナーという男がいる。口入屋や荷受け、土木業をやって、急速に財を成したが、なかなかの男だ。

そいつがこんなものを持ってきた」


ダニエルが見ると、『南部地方改造論』とある。

その内容は、南部地方を積極的に土木工事を行い、道路や運河を作って交通の便を良くする。

同時に、アースにおいて、娯楽・観光を振興し、金を落とさせる。そのために賭博・カジノ・剣闘士やロマなどの芸能や見世物小屋、屋台、女と遊べる風俗街などのアイデアが並んでいる。


「面白そうじゃないか。会ってみよう」


すると、諸侯の後ろに立っていた家臣の列から人がやってくる。

見るからにエネルギッシュで油断ならない顔をした濁声の男だ。


「カーク・ターナーでございます。よろしくお願いします」


「お前の提言は読んだ。面白い。レイチェルには言わなかったのか」


口籠るターナーの代わりにアレンビーが言う。


「奥方に持っていったら、風俗街が引っかかったのと、こいつの手段を選ばぬ金儲けのやり方と女遊びがお気に召さなかったようだ」


ターナーも苦笑して言う。 

「レイチェル様からは家族で楽しめるものはいいが、悪所などアースに不要。男達は夜は早く家に帰り、妻を手伝い家族団欒するのが一番、貴方のような怪しげな金で儲けて、あちこちで女を囲う闇将軍は使いませんと言われました」


「闇将軍というのはターナーの渾名だ。

コイツは、表の仕事以外に、闇で小規模に賭博や売春業を行っているが、そのやり方は節度あるものなので大目に見られているようだ。本当に闇でやられると手がつけられない」


アレンビーはそう補足し、更に口を耳に寄せて小声で続きを話す。

「奥方は優秀だが、財務貴族の出身だけあり、あまりにも優等生的な施策だ。人はパンのみに生きるにあらず。娯楽や発散も必要だ。


奥方の思う通りには人は動かない。その欲望に応えなければ見えないところで増殖する。ダニエル、それはお前がやるしかない。そのためにターナーを使え。


 さらに、アイツならお前のために秘密裏に金も女も用意してくれるぞ。使途の言えない金もいるだろう」


(なるほど、潔癖症のレイチェルには合わないか。確かにコイツは掘り出し物。奇貨置くべし)

緊張しているのか扇子でパタパタ扇ぐターナーを見て、ダニエルは決断する。


「よしわかった。

ターナー、お前を開発官に任ずる。

この書いたことを実行しろ。

レイチェルはオレが説得する」


「よっしゃ、ありがたい!

では、これは手土産でございます」


早速、重そうな袋を渡そうとする。


(金が入っているのだろう。即物的な男だ)

ダニエルは苦笑して言う。


「金は欲しいが、部下からは貰わん。お前の働きによりその何百倍も入ってくるはずだ。


報酬は働きに応じて満足いくまで払うが、俺の部下になった以上、汚職は死罪だ。

お前には期待しているが、つまらん端金は貰うな。それは肝に銘じろ!」


一見茫洋とし、スキが多そうなダニエルを甘くみたターナーたったが、歴戦の声で喝を入れられ、(これは舐めてかかると不味いお人だ)と思う。


「畏まりました。仰せの通りしっかり働きを認めて頂き、その後ダニエル様が勘弁してくれと言うほど存分に頂きます」


「よし!その意気だ」


ダニエルはそのあと、若手諸侯と呑みに行く。

そこで出たのは、エーザン戦の話、世代交代、王政の不満、そしてレイチェルと妻たちの動きである。


「ダニエル殿、エーザン戦は痛快でしたな。

包囲後の正面攻撃で失敗したときはもう駄目かと思いましたが、あれはその後の抜け道からの奇襲のための陽動ですか。一撃で陥落しましたな」


「自ら聖騎士団長を討ち取り、そのまま敵を殲滅、容赦なく後も残さずに焼け野原。味方の我らもダニエル殿の敵にはなりたくないと思いました。


しかしその後の恩賞では自らの報償を削っても、従軍した我らに分配され、これで我が家は一息つけました」


従軍した者を、居残った者達が羨ましがる。

「俺も行きたかったのに、ダニエル殿の指揮下に入るのを危惧した父に止められた。

じっとしていても展望は開けず、ジリジリと貧しくなっていくのみ。

王家や秩序を気にしていては破産だ。父を引退させ、次は必ず俺も従軍します」


「王陛下は、この苦しい我ら中小諸侯に王宮建設の金を出すか手伝いに来いだと。雨漏りする我が家も直せていないのに。首をつるか反逆しろと言っているのか」


「おまけに酒の次は塩に税をかけるだと。酒がなければ楽しみはなく、毎日の肉体労働に多くの塩は不可欠。王都で座っているだけの者とは違うのだ。民衆が蜂起するぞ」


「所詮、王都の奴らに地方であくせく働く我らの気持ちなどわかるはずもない。誰が建設費など払うか!

取りに来た王政府の使者を捕まえて労役させてやる!」


そして話題は近頃の好景気になる。


「そういえば、近年南部産の品々が王都で売れているようで、景気が良くなって助かる。ダニエル殿のおかげと聞く。礼を言うぞ」


「農産物が値上がりして、うちの農民もホクホク顔で喜んで、増産している。我が家も潤い、久しぶりに馬や武具も買い替えられそうだ」


彼らの話を聞きながら、アレンビーが耳打ちする。

「エーザン攻めでの恩賞、経済的な恩恵、王への不満が重なり、南部諸侯の色分けも親ダニエル派と反対派にハッキリ分かれてきた。

奥方の兵糧攻めもいいが、時間がかかる。


世が乱れて、王政府の統制が効かなくなれば、名目をつけて一気に反対派の諸侯を潰し、その所領を味方に分配しよう。反対派の頭目はブリストル伯爵。お前の実家ジャニアリー家と同格で、お前を次男坊の成り上がりと見下している。奴とその配下を滅ぼせばその領地は我らのものだ。


エーザン戦は留守番だったから、今度は俺が先鋒に立って戦う。戦果を上げて領地を貰うぞ」


「わかった。

王との対立も深まってきた。足元の南部から本領を攻められては堪らない。

王と通じる恐れがある奴らは先に潰すしかあるまい。

オレが戻れなければ、オカダかバースを寄越すので、相談して攻撃してくれ」


(傘下に入らないだけで潰すとか、いったい何様だ!

オレが諸侯になれば薄汚い陰謀などしないと思っていたんだがな)

ダニエルは、いかにもお話に出てくる悪人諸侯のようだと自嘲する。


その頃、話はレイチェルのこととなっていた。


「ダニエル殿、奥方の施策は助かっているが、このあたりの諸侯の妻や娘を集めて、亭主操縦法を講義。そこでは妾は愚か、女遊びも厳禁すべきとは何事ですか」


「領地の経営や特産品、税の取り方、中央との付き合いなど役立つことも多いし、娘に宮廷作法の指導や頼めば縁組もしてもらえて有り難いが、我ら当主に楯突くことを勧めるのはやめてもらいたい」


アレンビーがとりなす。

「そうは言っても、我らが戦や王都への勤番でいないときは妻に統治を任せるしかない。しっかりしてもらい、また機嫌をとっていかねば、イザというときが怖い。奥方を蔑ろにして愛人を寵愛していたメイ侯爵は、土壇場で奥方と息子と家老に見捨てられ、自害することになったぞ」


彼らの愚痴に、ダニエルは苦笑いするしかない。

「私も妻に言われれば従うのみ。

皆さんとどう対処するのがいいのか相談しましょう」


「勇将ダニエル殿も奥方には勝てませんか!」

「緒戦から連敗ですよ。今や無条件降伏です」


「外での英雄も家では尻に敷かれるのみ。

皆さん、今日は山の神を忘れて、ストレスを解消しましょう

ターナー、頼むぞ」

アレンビーが呼びかける。


そこからはターナーが準備したらしい綺麗どころが入ってきたが、最後に来たのがシンシアだった。


「ダニエル様、すっかりお見限りですね。こちらの支店にも来てくださいよ。

奥方様は妊娠中なのに女の子と遊ぶのは厳禁では、溜まっているでしょう。

女よけの人形も渡されたんですって。


箱入り娘だから男がわかっていないのよ。

よし、アタシが男というものを教えてやりましょう!」


せっかくレイチェルの機嫌を取結んだところだ。おまけにこれからターナーの話もしなければならないのに、シンシアが飛び込んできたら大変だ。


「頼むから止めてくれ!」


「変な女に引っかかる前に、アタシが王都での現地妻になってあげると言ってくるわ」

シンシアは、妊娠してレイチェルの悋気も収まったと思ったようで、突撃する気まんまんだった。


その晩遅く、酒と脂粉の匂いをさせて帰ったダニエルに、レイチェルは機嫌を悪くしたが、更に翌日、ターナーの施策を採用し、彼を高官につけることを告げると、柳眉を逆立て、怒り始めた。


ダニエルは我慢強くその必要性を説き、風俗街に自分は足を踏み入れない約束をし、街中に、女性向きの劇場や服飾雑貨、甘味処を作ることを追加して了解を取り付ける。


なおも夜遅く帰ったことを怒るレイチェルは、近隣諸侯との付き合いの大事さを言うダニエルに、「大人はだめですね。お腹の子供の良い友人を作るためにも、諸侯の妻たちと相談して、子弟子女を集めた学校を作り教育しましょう」と呟く。


ある程度機嫌も直ったかと思ったダニエルは、王都に戻り、それからヘブラリー領に向かって、かの家と話しをするので暫く戻れないことを告げる。


レイチェルから、子供が産まれる時には帰ってきて欲しいと懇願され、「勿論。オレの初めての子供だ!」と答え、仲の良い夫婦の別れらしく、抱擁して出発しようとするときに、折悪しくシンシアがやってきた。


「レイチェル様、貴女は男というものがわかっていない。

ダニエル様が王都にいる時は、悪い女に引っかからないようアタシが面倒を見てあげる」

というシンシアの声を聞き、ダニエルは「クリス、三十六計逃げるに如かず。出発だ」というと、先頭を切って馬を走らせた。


後で、レイチェルから手紙でさんざん叱責が来るだろうが、貞操帯をされるよりは遥かにマシだ。



















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