ヘブラリー家の家臣と婚約者へのアプローチ

 この後、ヘブラリー家の家臣と顔合わせする。

「ジョンソンとクロマティか。よろしく頼む。」


ジョンソンが末席家老、ライトが従士と名乗る。ジョンソンは40代の落ち着いた風貌、クロマティは30歳くらいの巨漢である。


「では、早速ですが、ダニエル様の実力を見せてもらえますか。国元でもダニエル様の武名を聞き、皆手合わせをするのを楽しみにしています。婿殿でも、ヘブラリー軍はそれに見合う実力が無ければ指揮官とは認めません。」


挑発したように言い、クロマティが剣を持っての試合を望んできた。


(ヘブラリー家は辺境の武力集団からの成り上がりなんだよな。力がある奴が上に立つという思考が残っているんだ・・・・)


 ヘブラリー家の血筋にない自分が、この脳筋の家臣どもを御して行くためにはここで負ける訳にはいかない。ダニエルは内心必死だったが、これまでの騎士団の血が滲む努力を思い出して、顔には笑みを貼りつけ言った。


「オレの実力を知りたいのか。いいだろう、腹ごなしに相手をしてやる。田舎の従士と騎士団で磨いた腕の差を見せてやろう。」


家臣に舐められてたまるか!

あえて高圧的な物言いをし、ダニエルは屋敷の庭に立つ。


田舎従士と言われ、憤激したクロマティは巨体を揺らし、真っ赤な顔をしてかかってきた。


「その程度の悪口で頭に血が上るとは、それでもベテラン従士か!」

上手く挑発に引っかかったとほくそ笑みながら、一喝して、相手の大振りの剣を受け流し、体勢をかえて素早く頭を打つ。


クロマティはなんとかかわすものの、姿勢が崩れたところを、ダニエルが手首を打って刀を落とさせる。


「まだまだ」と今度は素手で組み付いてきたが、ダニエルにとって体術は最も得意なところであり、そのまま背負いから投げとばし、腕を極める。


「痛い!参った、いや参りました!」


「それまで。ダニエル様の勝ちですな。」

ジョンソンが冷静な声で言う。


周囲で見ていたヘブラリー家の家臣や侍女たちから歓声が起こる。


(やれやれ。一対一の試合なら騎士団の方がずっと上だな。戦場ではどうなるか分からんが・・・・)


「ダニエル様の実力はよくわかりました。これなら仕えるに値する主君。誠心誠意働かせていただきます。」


 クロマティはすっかり態度を改め、家臣として仕えることを誓った。また試合をお願いしたいと言うクロマティに、ダニエルはいつでも相手をしてやるので今日は下がれと言うと、大人しく下がっていった。


「噂に違わずお見事です。クロマティは従士の中でも最強の男。これなら従士達はダニエル様を認めるでしょう。

 しかし、文官は別です。ダニエル様は政務の経験はありませんね。これからしっかりと学んでいただきますので、覚悟ください。」


ジョンソンはニコリともせず、不気味なことを言い、別室に案内する。

そこには山のように積まれた書類があった。


「これがヘブラリー領の資料です。まずは 家臣団から説明していきましょう。」


ダニエルは慌ててクリスを呼び、道連れにする。

「これはオレの乳兄弟だ。コイツは侍従にするので一緒に聞くが良いな。」

「領の内々の話もしますが、聞く資格があると判断されるならどうぞ。」


ジョンソンと下僚が大量の書類を使いながら流れるように説明を始めた。


数時間経ち、午後のお茶の時間になる頃、ダニエルは重要なことを思い出した。

「ちょっとここで中断だ。」

「結婚まで時間がありません。今日のノルマは終わってませんが。」


「政務の勉強以上に大事な婚約者のご機嫌取りに行かねばならない。」

「それはそれは。噂には聞いております。主家のお姫様がご面倒をかけますが、よろしくお願いします。」


ジョンソンはそれまでの冷徹な表情を崩し、申し訳無さそうに頭を下げた。

一体どんな噂を聞いているのか問い詰めたかったが、そんな時間も惜しい。


ダニエルは慌てて部屋に戻り、外向きの服に着替えながら、クリスに聞く。

「プレゼントは何を買ってくれた?」


「イザベラさんに聞くと、悪阻が酷いということで、食べられそうな果物やお好きな花、お気に入りの小物を買ってあります。」


「ありがとう。助かる。

しかし、服代もプレゼント代も馬鹿にならんな。この忙しい時に、好きでもない女の機嫌取りに時間と金を使わなければならないというのも困ったものだ。少しはこちらの事情も察して欲しいよ。」


「そういう方だったから婿や当主の座につけたのですから文句を言ってはいけません。ジーナ様の前ではそんなことはおくびにも出さないように!」


「オレだってそんなことはわかっている。お前だけだから溢したまでだ。」


軽口を叩きながらテラスに行くと、ジーナと侍女たちが寛いでいた。


「これまでお話する時間もありませんでしたが、朝お話したように、これからは毎日少しでも交流を深め、名実とも婚約者となれるように努めさせていただきます。これはささやかなものですが、気に入って貰えれば幸いです。」


ダニエルは話しながら、持参したプレゼントを渡す。


ジーナはダニエルを見ると、寛いだ表情を引き締め、仮面のような無表情で答えた。

「ありがとうございます。しかし、ダニエル様もお忙しいと聞いています。無理して来られなくともよろしいかと存じます。また、頂いたプレゼントも体調が優れないので、部屋に持ち帰らせてもらいます。」


ろくに中も見ずに侍女にそのまま手渡すジーナに腹が立つものの、我慢我慢と言い聞かせて、対面に座る。


「せっかくお時間を頂いたので、お互いの好きなことなど話しませんか。と言っても私は専ら武芸ばかりでしたのであまり語れることもありませんが、ジーナさんから色々と教えてもらえれば有り難いです。」


小声で、あなたなんかと話したくないわ、との呟きが聞こえるが無視する。

しばらくの沈黙に耐えかねたか、助け舟を出すようにイザベラが口を開いた。


「そういえば、ダニエル様は先程中庭で従士と試合されていましたが、見事に勝たれましたね。騎士団での功名もお有りですし、先日のお手柄を立てられたお話を聞きとうございます。よろしいですね姫様。」


ジーナに話す暇を与えず、イザベラは話を進める。

周囲の侍女もそうですねと同調していた。


(こういっている侍女はこちらの味方か。半数程度はいるようだ。)

ダニエルは周囲を観察しつつ、前の戦の話をし始めた。何度も語っているので慣れたものである。


侍女たちは怖がったり感心したりして聞いてくれているが、ジーナは関心なさそうにしていた。話も終盤になったところでついにジーナは欠伸をし始め、それを隠そうともしない。


ダニエルは呆れて、

「ジーナさんはお疲れのようだ。今日はこれで引き揚げます。」

と言い、慌てて執り成す侍女たちを振り払って退席した。


自室に戻り、クリスと疲れた表情でお互いを見た。

「前途多難だな。」

「想像以上ですね。明日からもアプローチされますか。」


「お前がやれと言ったろう。やるしかあるまい。あの様子だとイザベラはこちらに立ってくれている。よく懐柔して相談しておいてくれ。」


話をしていると、コンコンとノックされた。

「ダニエル様、戻られたとお聞きしました。早速ですが、授業を再開しますのでお出でください。」

ジョンソンの声を聞き、ダニエルは呻きながら天を見上げた。



その頃、宮廷の王の部屋に騎士団長が呼ばれていた。

「ヘンリーよ。ジャニアリー伯爵から、領地の3割を分割してジューン子爵を立てたいとの願書が来た。ダニエルがヘブラリー家の娘と結婚し、ヘブラリー伯爵を継ぐのと合わせて認めてやっても良いかと思っているが、アイツはオレの駒として使える男か?」


「ダニエルは、騎士団の同世代で真っ先に隊長に昇任させましたが、武勇では十二分に使える奴です。将来の騎士団の幹部候補生として私の近くで事務仕事や調略にも使いましたが、そちらも人並み以上に行けるでしょう。」


「能力は十分ということだな。あとは王家への忠誠心が問題か。王家はともかく、騎士団には愛着を感じているだろうから、お前を通じて指示を出せばいいか。」


「それだけでは弱いでしょう。ヤツは利害得失にうるさいですが、一方で借りはキチンと返す男です。恩を着せておけば王に従うでしょう。」


「では、叙勲の際に今までのヘブラリー家の格から一つ上げて5位下をやろう。あとは使いやすいように騎士団参事くらいをやればどうだ。マーチ侯爵からも派閥と王とのパイプ役として宮廷に入れる役職とするよう依頼されている。」


「当初は私の寄り子くらいからと思いましたが、いきなり、王からの命を直接受け単独行動も出来る参事とは重いですな。異例の位階と言い、宰相が文句を言いませんか?」


「通常の伯爵と違い、子爵との両爵兼務だから一段上げたといえばよかろう。その代わり、アイツの兄がジャニアリー家を継ぐときは一段降格だな。

 ダニエルを使い、まずはマーチ侯爵派と結んで宰相を失脚させる。宰相は長期政権で周囲に驕りが目立つ。もう交代だな。


 マーチ侯爵に政権を委ねてみて上手く行かなければ変えよう。ダニエルとマーチの孫娘の仲は良くないと聞く。マーチ侯爵と政争になっても、こちらに付くかもしれない。」


「ダニエルは騎士団在席の時から、小さくとも一家を立て、愛する妻と子供と団欒するのが望みと言っていたので、こんな政争に巻き込むのは私としては不本意ですが・・・・」


「諸侯の世界に入ってきたのだからやむを得まい。そんな贅沢な望みなど我等の生きる世界にはないわ。ようこそ百鬼夜行の世界へ、と今度会ったら教えてやれ。」


王はそう言って、憮然とする騎士団長を尻目に、呵呵呵と大笑した。





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