多忙な日常事務

それから何日も同様の日が続く。


まず朝食を伯爵夫妻(ジーナは欠席が多い)と摂り、打ち合わせをする。

ジーナの素っ気ない対応の改善を頼んだが、私達も何度も言っているのだがと困った顔で言われると何を言っていいのかお互いに溜息をつく。


それから、ジョンソンによるヘブラリー領の説明と、気分転換にクロマティたちヘブラリー家の従士と稽古を重ねる。クロマティを始めとする従士はすっかりダニエルに心服し、忠誠を誓っている。


お茶の時間には、毎日ジーナのところに贈り物を持参して話をしに行くが、いくら行けど木で鼻をくくったような対応に変化は無かった。

今のダニエルにとって最大の心労である。


ある日の早朝、昨日遅くまでの勉強でまだ疲れて熟睡していたダニエルは、ジューン子爵家から使者が来たとクリスに叩き起こされる。


「こんな朝早くから何が起こった?」

使者は、子爵家の創設作業を命じてきたバレンタイン家老とテーラー従士長から送られてきた5名である。


「我等はこちらでダニエル子爵様にお仕えするよう指示を受けてきました。何なりとお申し付けください。」


確かに次期当主がいつまでもクリス一人を供にしている訳にもいかない。しかし、滞在費はダニエルが持たねばならない。


ダニエルはまだ公式上無職のただの貴族子弟である。これまでの貯金は既に底を突き、次期当主という信用でヘブラリー家御用達の商家から金を借りているが、段々と増えており、いい顔をされなくなっている。


どうも家付きの娘であるジーナから冷遇されていることを屋敷の使用人から聞き、本当に婿となれるのか不信を持っているようだった。


いずれにせよ、彼らの主として衣食住の面倒を見なければならない。

「お前の名と役職は?」

リーダーらしき人間に尋ねる。


「アルトマンです。近習を命じられております。兵4名とお仕えいたしますので、何なりと指示ください。こちらは本家の伯爵様とバレンタイン家老からそれぞれ書簡でございます。」


「わかった。クリス、彼らを飯屋に案内して食わせてやれ。そして、執事に話をして5名増えるので、宿泊と食事の用意を頼んできてくれ。」


クリスに指示すると、父の書簡から読む。

そこには、ジューン子爵家の創設の書類を宮廷に送ったので、王とマーチ侯爵に根回しに行くようにとの指示であった。


次にバレンタイン家老からのものを読む。


 ダニエルの指示に従い、家臣のリストラと新規募集、新たな館の選定、メイ家の動向など新子爵家の立ち上げの動きが記されていたが、本家から移籍を命じられた者達は実力主義に納得せず、本家ジャニアリー伯爵への陳情を重ねるとともに、強硬派は出仕もせずに砦に立て籠もり、反抗の態度を示していると言う。


(不要な者達を一掃できるチャンスだな。ただ親父と上手く調整しなければ。)

ダニエルはクックックと薄く笑った。


続けて、ジャニアリー本家の動きも書かれていた。


第一家老派は職を退き、処罰減俸となり、父の腹心が第二家老派とともに執行部を構成、伯爵の力が一気に大きくなったこと、世子である兄の側近も謹慎となり、兄は再教育を受けているらしい。


更に、費用について、当面の必要経費は本家から支給されているが、館の建設や軍の装備・訓練費は対象外なので、ジャニアリー家の御用達商家から借りることとしたいこと、主人がいなくて困っており早期の来訪を願う旨が最後に書かれていた。


「父と連絡しながら早く執政体制を確立しないとな。使えるところを見せないと領地を返納しろと言われかねん。あとは金だな。どこかに財源がないか?」


子爵になったとしても領地権を有するのはジャニアリー伯爵であり、父が引退するまでダニエルは預かっているに過ぎない。


返信を書き始めたところで、クリスが疲れた表情で帰ってきた。

「御苦労。執事は了解してくれたか?」


「最後は了解してくれましたが、何故うちが他所の家臣を世話しなければならないのかと散々ゴネられたところをイザベラさんに間に入ってもらい、加えて幾らか握らせて黙らせました。


 そもそもこんな話は両家の女主人になるジーナ様から実家に一言言えば済む話です。それをこちらでやるので、本当に婿になるのかと足元を見られるのです。」


 憤懣やるかたないようにクリスが語る。普段冷静な彼がそこまで怒るとはよほどの態度だったのだろう。


「それは大変だったな。金は色をつけて請求してくれ。イザベラにも何か奢ってやれ。それと手紙を書くので、あとでアルトマンにバレンタインまで持っていくように言っておいてくれ。」


それでクリスは釈放してやり、手紙を書き上げる。


父には、直ぐに根回しを行い、成果はまた連絡することとジューン子爵家の家臣となった者のうち、反抗する者には厳しく処分するので了解を求める。

また、ダメ元で資金のお願いをする。


バレンタイン家老には、

・反抗する者には一切妥協せず厳しく当たること、

・次三男の有能な奴を採用し、テーラー従士長にしごかせ、早々に戦闘できるようにすること、

・出仕しない者には数度の警告のあと財産を没収しそれを財源とすること、

・なるべく早くそちらに赴きその時に家臣団の整理と再編を決めること

を書く。


アルトマンに言って持って行かせると、どっと疲れるがまだ午前中だ。

侍女に頼んで軽食を持ってきてもらい、食事を済ませると伯爵を部屋に訪ね、父からの手紙で、これから宮廷に根回しに行くことを伝える。


「そうするとジャニアリー伯爵は、結婚と叙爵の時に合わせてダニエル君に子爵位も与えてもらう算段だな。それはいい。ヘブラリー家の力が増すことになる。」

ヘブラリー伯爵は上機嫌である。


領地に反抗する家臣がいるなど余計な事は言わない。順風満帆で、ヘブラリー家の婿とならなくても困ることなどないと虚勢を張る。


「子爵家の家臣から家の立ち上げには主人がいて欲しいと言われており、根回しが済めば一度戻りたいと思います。本来なら婚約者にも領地を見てほしいのですが・・・」


「慕われておるのだな。娘の件は済まない。代わりというとなんだが、立ち上げには金がかかるだろう。我が家も余裕があるわけではないが多少は支援しよう。」


思いがけない支援の申し出に、ありがたく頂戴することにする。


伯爵から暫くの自由行動の許可を貰うと、ジョンソンに政務の勉強に付き合えなくなったことを伝える。既に実際に政務を手伝うところまで行っていたので、鬼教官のジョンソンも特に問題ない、そちらが大事でしょうと言ってくれた。


次にジーナのところに寄る。

コイツは来れないといえば喜ぶだろうと思ったが、ちょうどジーナのところにクリスとイザベラがいて、ジーナが何かを激しく言い募っている。


「ジーナさん、どうかしましたか?」

「ダニエル様、お願いがあります。」


珍しいこともあるものだ、今まで話しかけるのも嫌そうだった女がどうした風の吹き回しか。

しかし横を見ると、クリスとイザベラが下を向いて首を振っている。

何をいいだすんだ??


「実は結婚式のことですが、王家や重臣の方も来られるとのことで、それに相応しい衣装にしたいのです。ところがこの二人に反対されていて困っているので、ダニエル様から言ってもらえますか。」


「何が問題なんだ、クリス?」

「伯爵様の指示で私とイザベラさんで式の次第を決めています。新婦のドレスをジーナ様に確認したところ、ご不満ということですが、希望のものは予算を遥かにオーバーするのです。」


「でもね、家の者に聞いたところ、ちょうどそれに見合う予算があるそうです。それはダニエル様の鎧に当てるそうなので、それを取り止めて私のドレスにしてもらえれば万事解決ですわよ。」


ダニエルは、伯爵から婿の祝いに鎧を渡すと言われていたのを思い出した。

「伯爵様からお祝いに頂けるとは聞いています。鎧は領主貴族の命を守るものであり、他への誇り、見栄でもあります。ジーナさんはそれをなしでいいと言いますか?」


「あなたは武功だけで婿になるんでしょう!ならば鎧がなくとも大丈夫でしょう。結婚式は女の晴れ舞台よ。まして好きでもない相手と上げるのに、ドレスぐらいいいものにさせてよ!ポール様も見るのよ!」

ヒステリックに叫ぶジーナは手のつけようがない。


「今の言葉は聞かなかったことにします。私は所用で暫くこちらに来ません。この結婚の意味や貴族の義務をよく考えてください。イザベラ、あとはよろしく。」


ダニエルはクリスを連れて、そのまま離れに向かい、宮廷に行く準備をした。









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