ジャニアリー家の家臣達の悲喜こもごも
マイケル・ラインバックはいつものように道場で剣を振っていたが、門弟があちこちで集まりガヤガヤして集中できない。
「どうしたんだ。」と周囲に聞くと、今日、主人のジャニアリー伯爵名で通達があり、全家臣が城に集められているとのことだ。
「で、余程のことが発表されるだろうと皆興味津々なのさ。」
「ポール様とヘブラリー家の御令嬢の婚約が破談になり、代わりにダニエル様が婿となられることになったそうだが、かなりゴタゴタしたという噂だったな。」
「わかったが、俺等次男以下の冷や飯食いには関係ないだろう。そんな暇があったら、剣を練習して婿入り先を探さないと。」
ラインバックは淡々と返して、稽古を続ける。
彼は、剣では目代を取得し、また、筆記計算も人並み以上の能力を持っている。
しかし、巡回使の次男であり、角張った顔に細目の地味な面貌で、かつ筋肉質の固太りであるため、女性受けせず、幼い頃からの婚約者に婚約を破棄され、その後も婿入り先に縁がないままである。
平和が続く中、婿として重視されるのは、文武の能力より家柄や外見、派閥の引きである。ラインバックの元の婚約者も、派閥の引きがある従士の子弟と婚約したと聞く。
こんな主家の風潮に愛想を尽かし、最近はいっそ傭兵にでもなるかと考えていた。
さて、剣の稽古を終え、自宅で筆記を勉強していると、父が帰ってきた。いつもは冷静な父が興奮した声で兄と自分を呼んでいる。
「二人とも来たか。今日、伯爵様とダニエル様から重要な発表があった。
さて何から話せばいいか。」
父から聞いた内容は驚天動地のものだった。
・ジャニアリー家の領地の3割を割き、次男のダニエルを当主とするジューン子爵家を創ること、
・ジューン子爵家に3割以上の家臣が移籍するとともに次三男からも家臣を募ること
・子爵家では、これまでの家職や家禄は白紙とし、実力で職や俸給を与えること
・ジャニアリー家の分割や混乱の責任を取り、第一家老と嫡男は処刑、その派閥は職を退くこと
・代わって伯爵の腹心と第二家老派が実権を掌握
どれを取っても今までの政治の大転換である。
ラインバック家はジャニアリー家に残ることとなった。
父から聞くと、子爵家への移籍組は、バレンタイン第三家老やテーラー副従士長の配下を除くと、高禄の無能や変わり者など評判が悪い者が多いようだ。
ラインバック家は今まで派閥に属さず、派閥に属する家柄だけの人間がどんどん出世するのを尻目に、巡回使の仕事である治安業務をしっかりとこなしてきた。父には昇進と引き換えに有力者の縁者の不正を見逃すような話がきたが、断るとずっと現職に据え置きだった。
これまで口には出さなかったが父にも思うところがあったのだろう、口調は随分と明るかった。
「執行部が変われば色々と変わってくるでしょう。これで我が家も実力相当に上がれるかも知れませんな。」
父に似て、実務タイプの兄も明るく話す。
「今まで以上に仕事に精を出さねばならないぞ。
ところでマイケルよ。お前が文武に励み、人並み以上の能力を身に着けてきたことはよく知っている。これまで我が家に力が無く、身の立つようにしてやれなかったが、今こそ子爵家に応募して、実力を見せて来い。」
父の激励にマイケルも奮起する。
「わかりました。存分に頑張ってきます。
ところでダニエル様とはどんな方ですか?」
主君となるかもしれないダニエルの人となりを、部屋住みのマイケルには知るすべもない。
「儂も知らん。同僚とはなしたが、随分前から騎士団に入られたため、皆知らないようだ。
しかし、噂では騎士団の若手では有数の武者と聞く。先の戦いでは大きな功名を立てられたしな。」
父の次に兄が話す。
「それよりも本家の世子のポール様が心配です。婚約を解消してから遊び歩くなどいい噂を聞きません。武芸が嫌いで、好きなものは遊興らしいですが、伯爵様の後、大丈夫でしょうか。」
「主家の心配をしても仕方がない。それより我らは仕事に励み、マイケルは仕官できるように腕を磨け。
それとマイケルに婚約の解消を申し入れてきたマクファーレン家も移籍組にいたぞ。目にもの見せてやれ!」
温厚な父がこれほど怒っているのは珍しい。
マクファーレンは父と同僚だったが、大きな失敗を父に助けてもらい、首が繋がったことを恩に着て、次男のマイケルを娘の婿にと望んできたのだが、父に昇進がないことを知ると掌を返し、派閥に属する従士の子弟を婿とすることにした。
婚約解消の申し入れに当たり、その娘が、マイケルに対して、こんな冴えない出世も見込めない人とは結婚したくないと罵ったことが未だに腹に据えかねているようだった。
「父上、お心遣いは有り難いですが、あそことは手が切れてホッとしてます。人のことより自分の実力を出すようにします。」
「お前がそれでいいならいいが、オレもマクファーレンには怒っている。何かあれば手を貸すぞ。」
兄も言ってくれる。
マイケルは家族の気持ちがありがたかった。
翌日、マイケルが大手門前の広場に行くと高札が貼られている。
3日後にジューン子爵家の採用試験を行うので、志願者は名前と特技、希望の職を書いた願書を出した上で、ここに集まれとのこと。移籍対象者も同じ試験を受け、職を決めるとある。
試験は、弓・剣の武芸と筆記算術が行われる。
マイケルの周囲の道場仲間は、腕が鳴る、今までの成果を見せてやるなどと意気が揚がっていた。
一方、少し離れたところにいる移籍組や嫡男達は、なぜ俺たちがこんな試験を受けなければならないと不満タラタラであった。そこにはマクファーレンの婿もいるようだ。マイケルを指差し、周りと嘲笑っている。
友人は怒っていたが、マイケルは、試験前に無用なトラブルは起こすものではないと相手にせず、さっさと自宅に帰り、願書を書く。
願書には、特技には剣で目録持ちであり、弓も自信があること、筆記算用も自信あり、職は従士を希望する旨を書き、剣の師匠の推薦書も付ける。
それをバレンタイン宅に届けると、当日までゆっくり過ごす。
3日後、広場は人集りがしていた。
高札には名前ごとに会場が示されていて、勝抜戦で技量を見るようだった。
周囲には観客が押し寄せ、身内の応援をしている者、野次を飛ばす者などで騒然としている。
順次試合が行われ、3人の審判が点数を付けつつ、判定を下していた。
マイケルは、会場で試合を見ているが、仕官志願者と元々の禄を持つ移籍組では意気込みが違っている。次三男は命を賭ける勢いで喰らいついていた。
(みな待ちに待っていた実力を見せるときだからなぁ。あと、当主や嫡男への恨みもあるからな。)
やがてマイケルも名を呼ばれる。相手は因縁のマクファーレンの婚約者であった。
(この組合せを組んだ奴は性格が悪い。絶対事情を知ってやってるな。)
マイケルも父や兄の前では冷静を装ったが、内心はずっと怒っていた。
それがこんな機会を与えられ、一層奮起していた。
試合場に立つと、相手は、いつものように顔立ちが整った華奢な体つきであるが、仲間がいなくて心細いのか、青ざめているようだった。
「頑張れ!見掛け倒しのラインバックなんて倒しちゃえ!」
元の婚約者の声がする。
一方、野次馬は
「こりゃ、話にならないな。賭けは成立しないか。」
「あの細いのがどれだけ保つかで賭けるか。」
などガヤガヤしていた。
「始め」の声で、マイケルは悠々と前に出るが、相手は泣くような声を上げて、剣を無闇に振り回している。
「お前は巡回使の上司の家だと随分威張っていたが、武芸はやってなかったのか?」
「そんなことは下の者がすればいい。私は指揮をするのが仕事なのに、こんなことを考えた奴は上士のことを何も分かっていない!」
言葉をかけるのもムダと見切り、マイケルは相手の剣を弾き飛ばしたあと、剣で思いっ切り頭を叩く。
兜の上を、刃つぶしがしてある剣で叩いたのでケガはないだろうが、打撃が大きく、そのまま気絶してしまった。
あまりの一方的な展開に観客から失笑と野次が飛ぶ。
元婚約者の声がした方を見ると、既に立ち去ったのか姿が見えなかった。
(少しは鬱憤が晴れたわ。)
マイケルはその後、準決勝まで勝ち進み、そこで敗退するが、更に弓矢の試験、筆記算術でも好成績を収めた。
結果は後ほど知らせると言われ、解散するが、その晩は道場仲間たちと前祝いと称して、食堂で宴会だった。
「嫡男どもの体たらくは酷かったな。殆どが一回戦で脱落しているぞ。」
「試験官も考えてくれたのか、試合は当主や嫡男と我々の対戦だったな。
これまで見下されていた鬱憤を晴らせたよ。」
「奴らは弓でも筆記でも酷い。地位に安住して文武とも怠けていたのだろう。」
「陪臣騎士や従士は試験を受けずにボイコットしたらしい。」
「おいおい、それは不味かろう。しかし、子爵様が本気で実力主義にするのか、この対応でわかるな。」
そんな調子でワイワイと深夜まで盛り上がる。
翌日、深酒してまだ寝ていたマイケルは兄に叩き起こされた。
「子爵家から呼び出しが来ているぞ。」
何かまずいことがあったか、マイケルは急いで呼ばれた場所に向かう。
20人ばかりが既に集まっていた。
「全員揃ったな。君たちには特別試験を受けてもらう。」
テーラー従士長が話す。
それから組み手、兵の指揮、儀礼作法、口頭でのシミュレーションなど多種多様な試験を受ける。
夕方、10名が残らされ、バレンタイン家老から、従士として子爵の側で仕えることを命じられる。
「ダニエル様は一からこの子爵家を創るとともに、ヘブラリー伯爵家も継がなければならない。恐ろしく多忙の中、側には乳兄弟のクリスしかいない。お前たちはダニエル様の手足となって働いてくれ。
まずはアルトマン、兵4名を率いて行け。あとは順次お側に行ってもらう。」
従士といえば主君の側近である。採用されるのはありがたい、ラインバックは感謝する。
「言うまでもないが、主君の指示には絶対従うこと。これから子爵家の創設から領地の執政までかなりの厳しいこともやってもらう。気を張って精励してくれ。」
テーラー従士長が、浮かれていた若者に水を差すように言い渡す。
マイケルは当然のことと受け止めていたが、微妙な顔の人間もいた。
翌日、ジューン子爵家の家臣の職が公表される。
それは、事前に言われていたとおり、これまでの家柄、ポストを全く配慮しないものであり、軽輩からの抜擢が多く見られる一方、重職から無役に編入されるものもいる。
更に一番下には、「下記の者、試験を無断欠席したため仕官の意思がないものとみなし、取り放ちとする」と書かれ、陪臣騎士や従士が列挙されていた。
従士が採用者を整列させた後、バレンタイン家老が立ち、話を始めた。
「ジューン子爵家へ採用おめでとう。それぞれの職は書かれたとおりだが、最終的にダニエル様が決めるため、これは暫定的なものだ。
とりあえず諸君には、①子爵家の領都の設計建設、②領地の検地と施政の準備、③メイ侯爵家への監視の3つの業務についてもらう。
特に領都や館の建設は急ぐぞ。ダニエル様の結婚と叙勲の3ヶ月後には引っ越せと伯爵様から言われているからな。全員が土木作業もやらなければならん。覚悟してくれ。」
マイケルは同僚とともに家老の指示を受け、子爵領に赴き、設計士と相談し、街や館の設計・作業管理に当たる。
時間が無いので、寝る間もなく働かなければならない。
3ヶ月間で仕上げないと、主君も家臣も野宿である。
(やり甲斐はあるが、部屋住みの時の有り余った時間が少しでもあれば・・・)
家老から一時引き揚げてこいとの手紙が来た。
少し休ませてくれるのかと喜んで戻ると、ボイコットや与えられた職に不満な家臣やその部下が砦に立て籠もっているので、直ぐに解散するとともに、もはや家臣でもない者は早々に領内から立ち退くよう勧告してこいとの指示が出され、念の為、完全武装で兵を連れ勧告に行く。
言われたとおりに勧告すると
「あれはラインバックのところの次男だぞ。どこの婿にも行けなかった冷や飯食いが何を抜かす。」
聞いたような声がする。マクファーレンの親父だ。
「死ね!」
次はマクファーレンの婚約者らしい声とともに矢が飛んできた。
矢を払い落とし、マイケルは話しにならないと早々に引き上げ、家老に報告した。
「わかった。もういいか。」
バレンタインの言葉にマイケルは尋ねる。
「何がですか?」
「ダニエル様から、勧告後も籠もり続けるならば財産を没収するように指示が来た。お前たちは兵を連れて彼らの屋敷に行き、財産を没収し、屋敷から追い出せ。」
「お待ち下さい!」
近習の一人が叫んだ。確か数少ない従士家の出身の男である。
「それは余りに過酷な処分です。男どもは砦に立て籠もり、屋敷にいるのは女子どものみです。それを追い出すのはいかがなものですか。」
「もう3度も勧告した。おまけに屋敷の家族どもが砦に食料を届けている。奴らも反逆者と見なすしかない。」
「私の親族も立て籠もっています。ご指示ですが従う訳には参りません。」
「最初に指示には絶対服従と言ったな。従えないのであれば、貴様は反逆者だ。誰かコイツを討ち取れ。」
マイケルは直ちに剣を抜き、斬りかかった。周囲も同調する。
その男は立ち向かうも多勢に無勢、まもなく息絶えた。
「よし。お前たちは手分けして反乱者の屋敷に向かえ。」
マイケルは兵とともに屋敷を回り、財産を取り上げ、家族を追い出す。
脅し文句を言われ、泣き喚かれるが、これまでの見下した姿を思い出すと気にならない。
やがて見慣れた屋敷が目に入る。マクファーレン家である。
「子爵様の命により、反逆者の財産を没収する。直ちにここを出て行かれたい。」
そう告げると、奥から元の婚約者が出てきた。
「無職の次男風情が何を言っているの。アンタの言う事なんか誰が聞くものか。」
マイケルは兵に、家財道具を運び出せと命じ、屋敷に入る。
勝手に入るなと叫ぶ女が掴みかかってくるが、軽く突き飛ばし、どんどん運び出させる。
表には商人が待っていて、直ぐに査定していく。
だいたい屋敷が空になると、マイケルは出ていこうとするが、元の婚約者が立ち塞がった。
「何でここまでするの?恨んでいるのはわかるけどやりすぎでしょう!」
あれから泣いていたのか真っ赤な目で睨んでくる。
「お前のことなどもう忘れたよ。これは子爵様の指示だ。
元婚約者として最後に忠告するが、早く国外に出た方がいいぞ。子爵様は厳しい方だ。」
そして旅費になるくらいの金をそっと握らせる。
そのまま屋敷を立ち去ると、背後から泣き声とともに、「私は何か間違えたかなぁ」と呟く声がした。
その日の割当を終え、家老に報告する。
バレンタイン家老とテーラー従士長はボソボソと言葉を交わす。
「これで奴等も下りられないだろう。こちらの手の者も入り込ませ、引かないように強硬論をぶち上げさせた効果があった。財政的にもこれで一息つけるし、邪魔者も排除できた。一石二鳥だ。」
「いや、更に、新しい従士達の初戦闘の練習台になってもらうから三鳥か。歯ごたえが少しはないと困る。それは指揮の練習も兼ね、ダニエル様が来られてからだな。」
マイケルはそんな言葉を聞き、まだ見ぬ主君のダニエルへの怖れと興味を持った。
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