庇護者への根回しと依頼ごと

 ダニエルは最初にマーチ侯爵を訪ねたところ、ちょうど在宅であった。

執事に部屋に案内されると、ちょうど貴族風の若い男女が侯爵に何事かを頼み込んでいるところであった。


「取り込み中なら待っていますが。」

「いや、もう話は終わった。こちらはジュライ財務官のお子さんだ。ジュライ殿、こちらは私の孫婿となるダニエル・ジャニアリーだ。まもなくヘブラリーになるがな。上手くするとあなた達の助けになるかもしれない。」


それを聞いて、2人はダニエルに深々と頭を下げる。

「どうぞよろしくお願いします。」


2人が退出すると、マーチ侯爵は話し始めた。

「今日来たのは子爵家の話だな。」

「そうです。また、お願いしていた結婚式の招待客の方も教えていただけますか?」


侯爵は机から紙を取り出し、ダニエルに渡す。

「苦労したが、ようやくまとまった。話が大きくなり、小規模でやるのは無理なので、宮廷の重臣や諸侯に一通り声をかけた。だから宰相の一派も来る。


皆、新たな諸侯になるお前に関心がある。ジーナのスキャンダルはさておき、失態をしないように気をつけてくれ。宰相は仕掛けてくると思っておけ。」


「それと子爵家の件は、ジャニアリー伯爵から手紙をもらった。宰相はイチャモンをつけたが、王にも話して内諾をもらっている。あとで王のところに御礼に行け。」


「ありがとうございます。侯爵には何と感謝すればいいのか。」

難題が二つ片付き、ダニエルはホッとする。


「これは貸しだ。その一部を早速返してもらう。

先程のジュライ家だが、先代の財務官で病死し、跡を巡って先代の弟と嫡男が争っている。嫡男は既に14歳で、跡を継ぐのが順当なところを叔父が横槍を入れた感じだ。


 無理押しする叔父の背後には宰相がいる。もともとジュライ家は中立だったものが、宰相派になることを条件に叔父を当主にするつもりだ。

困った嫡男は儂に頼ってきた。これは儂が財務部に力を伸ばす絶好の機会だ。」


「もう一人の女性は誰ですか?」


「あれは姉だ。大人しそうだがしっかりした女だ。

 病気がちの父親を補佐して職に支障を来たせず、弟に跡を継がせようとしている。儂を頼ってきたのも姉が主張したらしい。

 ジーナもあれくらいしっかりしてくれたらいいのだがな。」


最後は苦々しい口調だった。ヘブラリー伯爵夫人から話を聞いているようだ。


「それで私に何をお望みですか?」

「叔父のやり方がだんだんと荒っぽくなってきて、ならず者を雇って叙勲を辞退するよう脅してきているそうだ。巡回使に言っても、宰相の手が回って放置されているらしい。お前は私兵がいるだろう。彼ら姉弟を保護してくれ。」


「わかりました。相手はどのくらいの数ですかね。」

「二十人くらいはいるようだ。家臣が防いでいるが、家に押し入られそうだと言っていた。今晩から対応してくれ。」


「早速向かいますが、一つお願いがあります。

子爵家に人材がいないので、政務に長けた人間を貰えませんか。

その方が侯爵のお役にも立てると思います。」


侯爵は、頭の中で人材のリストを思い出しつつ、引っこ抜く手間、売れる恩を計算し答えた。

「よかろう。王政府で能力はあるが、宰相派に逆らい、干されているのがいる。そいつを向かわせる。」

「ありがとうございます。また何なりとお申し付けください。」


マーチ侯爵の元を去ると、ダニエルは宮廷に向かう前に、古巣の騎士団に顔を出した。


長年在籍していただけあり、「ダニエル、久しぶりだな。元気にしてるか。」とあちこちから声がかかる。


(やっぱり古巣はいいなあ。)

 皆に挨拶をしながら、騎士団長の部屋に行くと入れと声がした。


騎士団長は書きものをしていたが、こちらに向き直ると、まあ座れとイスを勧めた。


「貴族・諸侯になるのはどうだ。みな、お前を羨んでいるぞ。」

「外から見ればいい身分ですが、騎士団の頃が懐かしくなるときがありますよ。諸侯を務めるというのは大変なようです。」


「まだならないうちから愚痴を言うな。或人は、諸侯になったからは百鬼夜行の世界を生きると思えと言っていたぞ。」


「もう人外の世界ですか。そんな言葉を言う人も酷いですね。あまりお近づきになりたくないものだ。」


溜息をつきながらボヤくダニエルに、まさか王だとも言えずに騎士団長は笑って誤魔化した。


「それで今日はどうした?忙しいのだろう。」

「実はお願いがありまして。親父から子爵家を立てさせて貰ったのですが、人材が居ないんです。特に軍は相当鍛えたいので、何人か使えるのを頂けませんか?」


(王の話では相当ダニエルを使おうという肚のようだったからな。騎士団とのパイプもあった方が良かろう。)


騎士団長はダニエルに首肯いた。

「良かろう。中で相談して良いのを送ってやる。

それより王が待っていたぞ。ジャニアリー伯爵から手紙が来てたそうだ。

ちょうど王に会う用件があるので、一緒に行ってやろう。」


「ちょうど、この後接見を頼もうと思っていたのです。お願いします。」


ダニエルは騎士団長と連れ立って、四方山話をしながら宮廷に向う。

騎士団長と同行なので、面倒な門番などの誰何もなく、そのまま王の部屋に向う。


王は接見中であったが、中断してダニエルに会ってくれた。


「お忙しいところ、急な接見を賜り、恐縮至極です。」

「面倒な陳情の相手だったからな。ちょうど抜け出せて良かったわ。」


王は、一見したところ上機嫌であった。


「今日はお願いがあって参上いたしました。既に父から願書が来ていると思いますが、この度、ジューン子爵家を創設したいと考えております。

何卒、ご認可を頂きたく、お願い致します。」


マーチ侯爵から内諾を得ていると聞いてはいたが、ダニエルは、緊張しながら頭を下げる。

王の了解を得なければこれまでの努力も水泡と帰す。


なかなか返答がこない。ダニエルは言葉が足りなかったかと焦れ始めた。


そこへ騎士団長が横から口を出してくれた。

「王よ。ダニエルは、私が弟のように可愛かっている男です。彼に力を与えることは王の為にもなることです。どうか子爵家の創設を認めてやってください。」


ようやく王が口を開く。

「今の騎士団長の言葉は真か?お前に子爵家を継がせることでオレにどんなメリットがある?」


「誓って王の手足となって働きましょう。」


「皆、当主となる前はそう言うのよ。まぁいい。お前がオレに忠実である限り、オレもお前を保護してやる。


 ダニエル、お前は子爵家とヘブラリー伯爵家の両家の当主となるのだが、どちらの地位も本来の嫡子や家付き娘がいて、お前の地位は脆い。


 しかし、王の後ろ盾があれば容易く廃嫡されることもない。そのことをよく心得、我が命に従え。

ヘンリー、貴様が証人だ。」


「「承知いたしました。」」


ダニエルと騎士団長の二人の声を聞き、王はニヤリと笑った。


「ダニエルよ。これから領地の整備にかかるのだろうが、あまり時間はやれん。幸いジューン子爵領は王都に急げば一日もかからず着く。配下の根拠地として絶好の場所だ。

お前は早急に軍を編成し、王都周辺の紛争処理に当たってもらう。」


「そのために騎士団がいるのでは?」

「そうなのだが、騎士団は規模が大きく、動かすのに重臣の了解が必要だ。小回りが効く部隊が欲しい。無論騎士団に協力させる。


役に立てば、お前にも褒賞を渡すぞ。手付けとして、5位下の位階と騎士団参事の職を与えよう。」


ダニエルは、正直なところ、既に両家の当主だけでも能力をオーバーしており、王の話は迷惑以外の何物でもなかったが、自分の庇護者になってくれるのであれば否応もない。

しかし、条件をつけることにした。


「有難き幸せ。このダニエル、粉骨砕身して王の為に働きます。


 ただ、そのためには領地の統治と軍の整備が必要ですが、今の私には必要な人材と金がありません。人はマーチ侯爵と騎士団長にお願いしていますが、費用の方をお願いできないでしょうか。」


「こちらも色々言ったからな。なんとかしてやろう。

しかし、王政府から贈与するわけにはいかん。オレの歳費から幾ばくか下賜する。あとは俺の使っている商家を紹介するからそこから借りろ。」


そう言うと、王は近習を呼び、あとはコイツと話をしろと言って、ダニエルを解放した。


ミラーと名乗った近習は、今後、王とのパイプとして何かあればダニエルの取次になってくれることとなり、まずは資金援助をよくよく頼んでおいた。


控室のクリスと合流し、宮廷を出て、ダニエルはどっと疲れ果て、

「どこかで一杯やっていくか。」と言うも、


クリスから冷たく「マーチ侯爵の依頼の件、今晩から始めるのにそんな暇はないでしょう。」と返され、泣く泣く断念し、屋敷に帰還した。



その頃、ジュライ家では、レイチェルとアランの姉弟が話し合っていた。


「姉さん、本当にマーチ侯爵に頼って良かったのかな。父さんは財務部の貴族たるもの、一党に与するものではないと言い続けていたけど。」


「何を言っているの!宰相が叔父さんに付いてから、いくら頼んでも上役も同僚のみなさんも途端に見て見ぬ振りをしていたじゃない。


 私とアランの婚約者の家でさえ、暫く様子を見ようとか言って。

結局助力してくれたのはお母様の実家だけ。もうマーチ侯爵しか頼るところはないわ。」


「それはそうだけど・・・

宰相は、叔父さんに渡すのは一時で、僕が一人前になれば職は返してやると言ってたけど、それに縋ったらダメかな。」


「一旦渡してしまえば、どうするかは相手次第よ。何でウチの職を渡さなければならないの。アランももう一人前で通用するわよ。」


煮え切らない弟にレイチェルは噛んで含めるように諭す。


「それより侯爵がどれだけ支援してくれるかが問題だわ。我が家と母の実家は上級職だから、それが侯爵派になるのは魅力があると思うのだけど。」


「侯爵家で会った人は、先日の戦いで武名を上げたダニエル卿でしょう。彼が助けに来てくれるといいけどなぁ。」


「いずれにしても、だんだんあのならず者達の攻撃が激しくなっているわ。今晩に備えて、家の補強をして、家人に番をしっかりするように言っておかないと。」


日が沈む頃、あちこちから武装した怪しげな男たちがジュライ家の周りに集まってきた。





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