依頼案件の処理(やりすぎ)と出会い
ダニエルが、ヘブラリー家の離れに帰ると、ジューン領から使いが来ていた。
「ラインバックと申します。バレンタイン家老の命で、4名の兵を連れてアルトマンとの交代要員として参りました。こちらが家老からの手紙です。」
憧れと畏怖の主君に会い、非常に緊張した面持ちのラインバックを見て、コイツは何を緊張しているのかとダニエルは疑問を持つが、それはさておき、手紙を読む。
その中では、上士を中心とする反対者を砦に上手く追い込んだが、最後の詰めにダニエルに出馬してほしいとあった。
「なるほど、ラインバック、国元の情勢を話してみろ。」
ラインバックから聞き出した状況は概ね考えたとおりに進んでいるようだった。
「反乱者どもは本家の親族や知人と連絡してるだろうな。親父が抑えているだろうが、外から介入されないうちに決着しなければ。
しかし、その前に片付けることがある。ラインバック、お前が来てちょうど良かった。来たばかりのところすまんが、飯を食ったあとアルトマンとともに少し働いてくれ。」
その後、ヘブラリー伯爵に会い、マーチ侯爵に渡された結婚式の招待客のリストを見せる。
「随分、客の人数が増えたな。大物も多い。ウチで上手く仕切れるか不安だ。」
「そこは侯爵家が手伝ってくれます。それよりこれをジーナさんに見せ、準備を整えるようにお話しください。喧嘩してから私では口も効いてくれないので。」
「わかった。あの娘には手が焼けるが、これは家の名誉に関わること。しっかりやってもらわないとな。」
それに加えてマーチ侯爵に依頼された件で、ヘブラリー家臣を借りたいことを頼む。
伯爵は義理の父のことであり、快諾したので、ダニエルはクロマティに10人の兵を率いて今晩働いてくれと指示する。
ダニエルは軽く食事を済ませた後、クリスに同席させ、アルトマン・ラインバック・クロマティの隊長格を呼んで、今晩の仕事を話す。
若い姉弟をならず者から守ることと聞き、3人は張り切った。
「これがダニエル様の部下になっての初仕事ですね。ヘブラリー兵の強さをよく見てもらいます。」
クロマティは子爵家から来た二人にライバル心を剥き出しにしている。
「我らも負けるつもりはない。」
アルトマンも応じる。
競争するのは望むところだが、それでバラバラに動いて失敗しては目も当てられない。
「闘争心はいいが、オレかクリスの指示には絶対に従え。勝手なことをすると帰ってもらうぞ。
相手は20人と聞いているが、所詮はゴロツキ。お前たち正規兵の敵ではあるまい。街中の騒動は長引くと官憲が来る。迅速に片付けるぞ。」
もう日も沈み、暗くなっている。
ダニエルとクリスは20名の兵を連れてジュライ邸に向かう。
教えられた場所に着くと、ガラの悪い男たちが30人ほどもウロウロして通行人を排除している。
聞いていたより多い。今晩、決めにきているのかもしれないとダニエルは推測する。
「ここは通行禁止だ。あっちに行け。」
近辺から人を排除していることから、どうやら既に邸内に入り込んでいるようだ。
ダニエルは物陰にクリスと3人を呼び、小声で指示する。
「クロマティとアルトマンは15人で外にいる奴らを追い払え。手荒くして構わん。クリスとラインバックたちはこの塀を乗り越えて中に入るぞ。
直ちにかかれ!」
ダニエルは、真っ先に塀を乗り越える。
手遅れになったら大変だ。
屋敷の中が騒がしく、女の泣き声も聞こえる。
足音を忍ばせて近づき様子を窺うと、10人ぐらいの男が、貴族風の若い男女を中心とした数名を取り囲んで、大声で脅している。
近くに何人かの従僕は血を出して倒れているようだ。
耳を澄ませると言葉が聞こえてくる。
「この書類にサインしてくれ。早くしないとあんたらの家臣が痛い目にあうよ。」
「頭、この女なんか美味しそうですね。皆で楽しんでいいですか?」
手下が侍女の服を破り、悲鳴が響く。
「それはあとにしろ。お前達姉弟以外は好きにしていいと言われているんだよ。さっさと書かないとこのジジイとババアから殺すぞ。」
「乳母達に手を出さないで!こんな、当主を辞退して叔父に譲るなんて書類にサインする訳ないでしょう。もうすぐ官憲が来るわ。あんたらも叔父も処罰してもらうから!」
「官憲は来ないぞ。宰相様が手を回しているからな。いい加減黙らないと、お前も事故だと言えばどうにでもなるんだ。お前の叔父さんも許してくれるだろう。」
「姉さん、もういいよ。わかった。サインするから誰にも手を出すな。」
「アラン、駄目よ。貴族を殺したらコイツらもただで済まないわ。頑張りなさい!」
「お姉さんは口を出さないで欲しいなあ。」
頭と呼ばれた男は姉の身体を拘束し、口を抑えた。
「アランさんよ。じゃあここにサインしてくれ。」
アランは諦めたように頷きサインした。
「よし、お前らこの姉弟を縛って、後は好きにしろ。」
「約束が違うぞ。」
アランは立ち上がって男に殴りかかるが容易く蹴り飛ばされる。
それを見たレイチェルが噛みつくが、
「痛い。」と男に平手打ちされ、倒れ伏す。
「あんたらは約束通り命は助けるよ。ただし、軟禁されてほとぼりが冷めたらジジババと結婚させられるらしいがな。」
ここまで見て、ダニエルは全員が揃ったことを確認し、踏み込むこととした。
「行くぞ!」
窓を破り、室内に入ると同時に、手近な一人の首に斬りつける。
次に、侍女を押し倒し、上から伸し掛かっている男の股間を思い切り蹴りつける。
そこで周りを見ると、部下が賊と戦っているが、奇襲の効果があって皆優勢なようだ。
頭と呼ばれた男が呆然と立ち、「お前らは誰だ!こっちは宰相様がバックにいるんだぞ。」と叫んでいる。
「我らは通りがかりの者だが、強盗を見過ごす訳にいかず助けに入った。宰相様の名を借りるなど盗っ人猛々しいわ!」
ダニエルは適当に士気を高めそうな言葉を吐き、頭に斬りかかる。
ケンカでは鳴らしたかもしれないが、所詮はゴロツキ。手もなく捻り上げる。
部下たちも倒し終わったようだ。
外からもクロマティの部下が片付け終わったと報告に来る。
「賊は縛り上げて物置にでも放り込んでおけ。手分けして、ジュライ家の方々を介抱しろ。」
ダニエルは姉弟の側に行き、大丈夫か尋ねる。
どちらもケガをしているものの、元気そうだった。
「ダニエル・ジャニアリーです。マーチ侯爵に依頼されて助けに来ました。
遅れて申し訳ございません。」
「いえ、ありがとうございます。おかげで命拾いしました。
ところで、あれらはどうされるのですか?」
姉の方が尋ねる。
「頭は縛って置いていくので、これを証人にして、叔父を訴えれば有罪になるでしょう。後は巡回使にでも渡しますかね。」
「いえ、法務部には宰相様の手が入っていて、とても安心できません。
彼らを処分し、かつ叔父も二度とこんな事を企まないようにしてもらえませんか。」
先程まで脅迫暴行を受けていながら、動揺もなく、直ぐに交渉を始める彼女に感心して、ダニエルは思わず間近で相手を見つめた。
白い肌に細い垂れ目気味の眼、小さめの鼻、ぽっちゃりした唇、全体に優しげな顔つきに、艷やかな黒髪を伸ばしている。今は頬が打たれて真っ赤になっているのが痛々しい。
貴族の中では美人とは言われないかもしれないが、さっき見せた気丈さや女らしい体つきと相まって、ダニエルはとても気に入った。
(いい女だなあ。今の流行りは痩せぎすでツリ目気味の女と聞く。ジーナがまさにそれにピッタリだが、レイチェルの方が遥かに好ましい。)
暫し見惚れて、ぼーとしていると、レイチェルから
「どうされましたか。お疲れですか?」と心配される。
「イヤ、先程の御依頼だが、マーチ侯爵からはあなた達の保護を言われただけなので、それ以上となると侯爵の指示が必要だ。暫く待ってくれないか。」
レイチェルは少し考え、「ダニエル様、こちらにおいでいただけますか。」と別室に誘った。
少人数でということで、アランとクリスだけが入る。
「単刀直入に言いましょう。叔父が元気でいる限り、また今日のようなことが起きると思います。叔父を何とかして下さい。
その代わり、我が家ができる限り、王政府からの支援金の融通を効かせたり、財務部に入った情報について、ダニエル様に提供します。諸侯となられる方には、マーチ侯爵の手が入らない情報があった方がいいのではありませんか?」
「それは魅力的だが、マーチ侯爵の了解がなく動くと、何か問題が生じたときにアンタたちもオレも誰も助けてくれないというリスクがある。
気持ちはわかるが、コイツら生き証人を持ってマーチ侯爵に頼んだ方が安心ではないか?」
「マーチ侯爵も油断ならない方と聞いています。状況が変われば私達は見捨てられるでしょう。それよりも今武力を持つ貴方にお縋りしたい。
魅力は無いかもしれませんが、私を好きにしても構いません。何とかお願いできないでしょうか。」
涙ながらに懇願され、ダニエルは決意した。
「分かった。やってやる。
その代わり、時間ができたら王都で貴族が遊びそうなところを案内してくれ。騎士団の訓練場と酒屋しか知らないから、一度くらい綺麗な女の子とデートしてみたかったんだ。」
クリスが「ダニエル様、ダメです。ここ暫くが大事なところです。危ないことは止めてください。」と言い募るが、取り合わない。
「クリス、お前の言うとおりだが、この婿の話が来てからずっとオレは我慢してきた。もう限界だ。少し発散させてくれ。」
そして部屋を出ると、クロマティ以下の三人の隊長を呼び、もう一働きして欲しいがいいかと聞くと、みな喜んで働きたいと言う。
ダニエルは、賊の頭のところに行き、剣で脅しながら尋問し、叔父の家の模様、今日の予定を聞き出す。
その後、クロマティに、賊を全員連れ出し、ヘブラリー家の離れに放りこめと指示すると、ラインバックとアルトマンを連れて、叔父の家の襲撃に向かう。
ご武運をお祈りしますと言うレイチェルに
「今まで女性に武運を祈ってもらったことなかったな。
叔父は始末してきてやる。後はマーチ侯爵と上手くやってくれ。
じゃあデートを楽しみにしているぞ。」
と言い残し、進発する。
叔父の家はしばらく先の中級住宅街の一角であった。
見張りがいたが、賊の服を剥がして着込んでいたので、そのまま通される。
「遅かったな。何かあったかと思ったぞ。それでアランにサインさせたか?」
上擦ったように尋ねる中年の男に、ダニエルは
「ここにあります。」と懐に手を入れながら、そのまま短刀を出し、素早く心臓を突く。
崩れ落ちる男と同時に、部下が周囲の男たちに一斉に襲いかかった。
碌に警戒をしていなかったため、直ぐに決着はついた。
「顔を見られた奴はいないな。強盗と見えるよう金目の物を漁れ。直ぐに引き揚げるぞ。」
ダニエルの指示で、適当に荒らすと一団は引き揚げた。
ラインバックとアルトマンに兵とともに離れに戻るように指示すると、自分はそのままクリスを連れて重臣宅の方に向かう。
「ダニエル様、どちらに行かれるのですか?」
「マーチ侯爵に報告に行く。勝手なことをしたからな。怒るかもしれんが、早く直接言ったほうが良かろう。」
ダニエルは、騎士団の教育で、悪い報告ほど早く報告すべしと徹底されている。
それでも相手が怒りそうな報告は嫌なものだ。
「好みの女に頼まれたからと言って、サービスし過ぎたか?」
「やっぱりそうですか。いくらジーナ様に冷たくされても婿ですから浮気は厳禁です。」
「クリスは、イザベラに好かれていいよな。」
少しでも気持ちを明るくするために、主従は軽口を叩きながらマーチ侯爵邸に向かう。
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