新家の立ち上げと婚家への説明
翌日早朝から父や重臣と共に王都からジャニアリー領に移動する。
ジャニアリー領は王都から馬で飛ばせば半日で着く。
城に到着すると、昨晩早馬で知らせたため、既に大広間にはすべての家臣が集まっていた。
「皆の者に知らせることがある。」
伯爵の言葉を皮切りに、第二家老から今後のジャニアリー領と家臣の行末について説明がある。
領地の分割とジューン子爵家の創設、家臣の異動など重大な内容ばかりだが、加えて筆頭家老の処罰に話が至り、大声で叫ぶ者が出てきた。
(筆頭家老の派閥か。それに対してほくそ笑んでいるのは第二家老派と反家老派か。)
これまで家臣の大部分から冷遇されてきたダニエルはこの騒ぎを冷やかに眺める。
騒ぐ者は追い出され、説明が一段落すると、ダニエルに話すよう伯爵が命じた。
「知らない者もいるだろうが伯爵家の次男ダニエルだ。此の度、故あってジューン子爵家を興すこととなった。
我が家に移籍する家臣に言っておく。ジャニアリー家での功績や家禄はすべて白紙である。今一度各人の能力を見定めて職と俸給を定める。それは嫡男も次三男も同じである。我が能力に自信あらばジューン家に来るが良い。先祖の手柄で食べていた輩は我が家には不要である。」
今度こそ大騒ぎになった。
特に、移籍の通告を受けた上士は第二家老たちの執行部に噛みつかんばかりの様子だ。
ダニエルはそれを見ながら、父に挨拶し退出する。
家臣団をどう納得させるかはジャニアリー家の責任である。
ダニエルはバレンタイン家老とテーラー従士長を呼び、新家臣の選抜、子爵領の館の場所の選定、メイ侯爵家の監視を指示する。
特にテーラーには、ジューン子爵家の軍はヘブラリー家と共同出兵することが予想されるので、同水準まで練度を高めるよう命じる。
渋面の従士長からは、できるだけやりましょうという頼りない答えしか返ってこなかった。
彼らとの打ち合わせを終えると、面会希望者か殺到していた。
母や妹がお祝いでも言いに来たかと思ったが家族は誰も来ない。
これまで蔑視していた次男が貴族になっても、顔も見たくないようだ。
新規採用や加増のチャンスとばかり群がってきた多数の者たちには、バレンタインとテーラーのところに行けと言い、涙を流して喜んでくれる乳母夫妻だったクリスの父母とだけ話をするとダニエルは直ぐに王都に向かった。
「クリス、新領地と軍はいつ頃から機能するかな?」
「早くて半年後、それも無理矢理ですかね。」
「頭脳となる管理職が少なすぎる。本家もリストラするだろうから有能な奴は引き抜けないだろうし、騎士団長とマーチ侯爵に頼んでみるか。」
夜遅く、ヘブラリー家の離れに到着する。
ダニエルはあちこちでドタバタして頭が混乱してきた。クリスを相手に現状を分析してみることにした。
「これでオレも子爵様か。これまで色々と苦労したが一安心と言っていいのか。」
「何を言われているのですか?」
クリスは呆れたように言った。
「ダニエル様は何か勘違いされているようてすが、まったく安心できる状況ではありません。
まずジャニアリー領の3割とジューン子爵位を頂けるのは、ダニエル様がヘブラリー家に婿入するからです。
そしてヘブラリー家への婿入は、その方向に進んでいるとはいえ決まったものではありません。例えばジーナ様がどうしてもダニエル様との結婚を厭い、それを伯爵夫妻とマーチ侯爵が認めれば、その時点でダニエル様は無位無官の一文無しになります。」
確かに色々と言われたが、全ては婿として無事に迎え入れられてからの話である。
「それはそうだ。危うく勘違いするところだった。
さて、それでは次に何をすべきだろうか?」
「何を置いても、ジーナ様に結婚を認めさせることでしょう。あれから式の打ち合わせのため、何度か侍女のイザベラさんと会いましたが、ジーナ様はまだポール様のことを想っていらっしゃるようです。早くジーナ様と親密にされることが必要でしょう。」
「それと、ヘブラリー家は対外交渉はマーチ侯爵に任せているようです。
マーチ侯爵に有用だと思われていれば直ぐに追い出されることはないと思います。
言うまでもないですが、ヘブラリー家の家臣は全然ダニエル様を知りません。どんな人が領主に来るのか不安に思っているでしょう。早めに頼りになることを示すことが必要です。」
「わかったが、ジューン家の立ち上げもやらなきゃならんのに身体がいくつあっても足りないな。
まずは、マーチ侯爵の方はオレが当たってみるが、ジーナと親密になるというのは自信がない。
お前も知っての通り、騎士団に入れられて以来、女との接点なぞ酒場と娼館ぐらいしかなかったからな。他の団員は母親や女の兄弟が友人知人を紹介していたが、オレの母親と妹は何もしてくれなかったしな。」
ダニエルは思い出して吐き捨てるように言った。
「その点は、私がイザベラさんにジーナ様のお好きなものなど聞き出しています。それらをプレゼントすることから始めましょう。また、侍女達からダニエル様のいい評判を耳に入れてもらいます。」
「流石はクリスだ。金に糸目はつけん。イザベラや侍女たちの機嫌を取り、オレへの好感度を上げるように働きかけてくれ。
オレも伯爵夫妻からジーナに上手く言ってもらうようにお願いする。」
また金がいる、最近は出る一方だ、と嘆きながらもダニエルはクリスに指示した。
次の日、帰ってきたことと朝食を共にしたいと伯爵夫妻とジーナに伝えてもらう。
直ぐに応じるとの返答が来たので、食卓に向かう。
「ジャニアリー家では何があった?」
ヘブラリー伯爵の問いかけに、ダニエルは昨晩からの空腹を満たすため、ガツガツと食べながら、ジューン子爵家を創設することになったことを伝える。
「ジューン子爵としてジャニアリー領の3割を約束通り分けてくれたのか。それは良かった。では、ジーナとの間で子供が生まれれば、両爵位を持つか、次男に子爵位をもたせるか、いずれにしてもいいことだ。」
ヘブラリー伯爵は上機嫌であったが、水を差すように冷たい声が聞こえた。
「私がポール様と結婚していればジャニアリー領全てを受け継ぐことができましたのに。」
このジーナの発言に伯爵夫妻も周囲の家臣や侍女も凍りついた。
夫妻は恐る恐るダニエルを窺う。
ダニエルは、まだ未練があると聞いていたのでさほど驚きはなかったが、公然と婚約者である自分の前でそんな言葉を言う神経を疑った。
(よほど蝶よ花よと育てられたのだらう。他人に気遣わなくていいとは羨ましい。)
言いようもなかったので、聞こえなかったふりをして、話題を変える。
「ところで、ヘブラリー家の家政の勉強をするようにとのお話でしたが、教えてくれる者は既に来ているのですか?」
ホッとしたように伯爵は答えた。
「それならば、国元から家老とベテランの従士が来ている。今日からでも始めてくれ。」
「結婚や新家の立ち上げに伴い、慌ただしいですが、勉強させてもらいます。
ところで、ジーナさんとは婚約したとはいえ、ほとんど言葉も交わしていません。これから一日一回はお話する機会を作って貰えればと思います。」
先程の発言もあり、伯爵夫妻は是非そうして欲しいと歓迎する。ジーナは嫌そうな顔つきでしばらく返事もしなかったが、最後には両親に押し切られ了承した。
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