実家での騙し合いの争奪戦

ダニエルは実家のジャニアリー家の屋敷に向かった。

父から急ぎ来るように書状が来ていたのだ。


屋敷に着くと直ぐに部屋に通された。

そこでは、父だけでなく重臣が並び何事か相談している。


「お呼びと伺いましたが。」

「呼んだのは、お前に譲渡する領地のことだ。今皆で相談していたのだが、こんなところでどうだと家老たちは言っているぞ。」


見ると、ジャニアリー領の地図に線が引かれている。


ダニエルがざっと見たところ、あまり領内に詳しくないダニエルでも分かるくらい貧しい地域や隣接領との紛争地域が集められていた。


筆頭家老が弁じはじめた。

なお、ダニエルは、幼い頃から露骨に長子と差をつけてきたこの男が大嫌いである。


「ダニエル様におかれては、この度はヘブラリー家の婿に成られ、誠に目出度い。更にジャニアリー領のうち3割を与えるように伯爵様から指示を受けました。領内に不案内なダニエル様が困らないよう、我らで領地の割振りと付いていく家臣を決めておきましたぞ。


主君は違うことになれ、同じジャニアリー家。助け合って共存共栄していくために最善の案を作っています。」


家臣のリストも渡される。

見事に無能と厄介者と反家老派が集められていた。


ダニエルは怒鳴りつけてやりたかったが、今後も付き合っていくことを考え、我慢した。


「それは有り難い。しかし、これは今後に関わる重要なこと。兄上と良く相談して決めたい。」


あの兄なら負い目もあり、組みやすいと考えたのだが、

「ポール様なら全て任せると言われていました。」との答えが返ってきた。


自分の領地をどうするかを任せるとは、開いた口が塞がらないとはこのことだとダニエルは思った。


父はどう考えているのか訝しく思い、そちらを見ると黙って瞑目している。


「父上、領地を分けるということは当主を退かれるのですか?」

父はまだ隠退する年ではない。まさかと思いつつも聞いてみた。


「いや、まだまだ隠退する気はない。しかし、何かあったら混乱するだろう。今のうちにお前に渡す分をはっきりさせておく。経営も委ねるが、税収から経費を引いたうちの2割は上納せよ。また、オレが指示したときはそれに従え。」


利益の2割は痛いが仕方あるまい。

それよりもまだやる気のある父の答えに安心する。


ジャニアリー家でダニエルの後ろ盾は父だけである。当面元気でいてもらわなければ困る。


父の言葉には続きがあった。

「お前の領地分けは家老達と話し合って決めろ。よほどのことがなければそれを認める。」


つまり自分の力量を見せろということかとダニエルは思った。

チャンスはくれてやった、あとは自分でどこまでものにするかだ。


「突然、出来上がった案を押し付けられても困る。少し考えさせてくれ。」


「伯爵様からは結婚と同時に経営を分割するよう言われています。

時間がないので明日には決めたいと考えています。」


ダニエルには、家老の言葉がお前の為に考えてやったのだから四の五の言うなというように聞こえる。


とりあえず一日は猶予を貰えたが、各村の人口や産業、税収の資料を求めると他家の方には出せませんとにべも無く断られた。


やむを得ずダニエルが与えられた部屋で地図と家臣の名簿を眺めながら考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。


ドアを開くと、クリスがフードを深く被った二人の男を連れていた。


「クリス、どこへ行っていた?色々と相談することがある。それでその二人は誰だ?」


「いまダニエル様が必要としている者です。」


部屋に入ってフードを取ると、第三家老のバレンタインと副従士長のテーラーがいた。

「お前達はなんの用だ?」


「我々をダニエル様の家臣にしてください。」


 訳を聞くと、実質的に政務は第三家老が、軍務は副従士長が仕事をしているにも関わらず、筆頭家老や従士長の指示を仰がなければならないのが嫌になったらしい。


「彼らは名門出身を誇り、雑務は下衆にやらしておくと言って仕事もせずに文句だけ言い、我々をバカにしています。」


 そういえばコイツらは下士から成り上がったんだったなとダニエルは思い出した。


「今クリスしか家臣もいないし、オレに忠誠を誓うなら家臣にしても良い。ただし、オレの下では実力主義でいくのでポストは約束できないが、それでいいか?

良ければ、早速だが、この譲渡される領地と家臣のリストを見て、意見をくれ。」


「実力主義、大いに結構。生まれだけで威張る奴に辟易としていましたからな。我らの実力を見ていただきたい。

 

 ところで、一瞥しただけですが、これは酷い。この線を引かれた領地は面積的には3割は占めますが、おそらく1割程度の人口しかいないでしょう。貧しい農地しかないところです。


 また、この辺りの肥沃な村々は隣接するメイ侯爵に侵略されています。既に一つは占有され、もう一つもしばしば劫掠され荒らされています。そして住民がいなくなったところを自領から移民させ、自分が開拓したと言い募って領地としているのです。


恐らく何も知らないダニエル様をメイ侯爵への防波堤とするつもりでしょう。」


「家臣のリストも酷い。高禄を食み、使えない家臣をまとめて押し付ける気でしょう。これでは家臣の俸禄の3割はこちらで払うことになります。とても財政的に保たないでしょう。


コイツラは残ってもらい、我々の配下を連れて行くつもりですが、ダニエル様に当てはありますか?」


「次男や三男の部屋住みで燻っている者で使えそうな奴らを雇ってやりたい。お前たちで選抜してもらいたい。


 メイ侯爵の件だが、親父は黙ってやられている男ではないと思うが、なせそんなに押し込まれているんだ。」


「メイ侯爵は我が方の数倍の領地です。兵力が違うのに加え、宮廷に訴えても奴らは宰相の縁者であるため、我らの訴えを取り上げてくれません。そのため、こちらも有力者であるマーチ侯爵の派閥に入り、対抗しているところです。」


「なるほどなぁ。国政など関心なさそうな親父が派閥に入っているのはそういう訳か。マーチ侯爵も大変だな。」


その時、何人かの酔っ払った大声が聞こえてきた。女の嬌声も混じっている。


副従士長が苦い顔で言う。

「ポール様とその取り巻きが夜遊びから帰ってきたようですな。」

「兄貴はいつもこんなのか。」


「ヘブラリー家との婚約が解消されてから激しいですな。諌めるべき乳兄弟である筆頭家老の嫡男も一緒に遊んでいます。伯爵様も奥様も叱責してますが、オレは家の犠牲になったと言われて、聞く耳を持たないようです。


正直なところ、我らがダニエル様に付くのは世子のあの様のせいもあります。」


ダニエルは8割の呆れと2割の同情を持ったが、自分にとっては都合がいいと思い直す。


「まあ、それはいい。まずは我らがもらうべき領地と人材をピックアップしよう。」


 それから4人で夜を徹して相談し、こちらからぶつける案を練り上げた。


 翌朝、徹夜明けの赤い眼をしながら、ダニエルは筆頭家老と第二家老、従士長と対面していた。今日は、ジャニアリー伯爵は合意したら来いと言って自室に籠もっている。


 ダニエルの背後から入ってきた第三家老と副従士長を見て、筆頭家老達は騒ぎ出した。

「貴様ら、裏切ったな。」


「裏切りとは聞き捨てならないな。オレを心配して来てくれたのだ。共存共栄していくのだろう。それともオレは敵だったのか?」


ダニエルの言葉に、真っ赤になって黙り込み、ひたすらこちらを睨みつける。


「さて、お前たちが折角考えてくれた案だが、いくらか思い違いもあったのか、彼らに聞くとどうも領地の1割ぐらいしか税収がなさそうだ。


 それと来てもらう家臣も彼らが希望者を募ってくれているようで、そこから連れていくこととしたい。


そのためこのように修正した。これで良いな。」


何も資料のない中、たいした修正はできまいとたかをくくっていたのか、驚愕する様子が伺える。


こちらの案は、税収は領土の3割は貰い、連れて行く家臣は厳選して俸禄の2割ぐらいに抑えた。残りは次三男から選抜する。


「こんな案は認められません!」

筆頭家老が叫んだ。


ようやく対等の土俵に上がった。ここからが勝負だ。


そこからの協議が長かった。筆頭家老達もこれまで長年政治に携わってきただけあり、実にしぶとい。ダニエル単独では到底敵わなかったが、3人の助けを得て、渡り合う。


丸ニ日の協議を経てようやく纏まる。


 結局、当初の家老案にかなりの村々を加え、農村や山間地を中心に面積で半分、税収で3割を確保する。その中にはしっかりとメイ侯爵との紛争地が含まれている。家老達は商人との繋がりや都市を重視したようだ。


 連れて行く家臣については、当初の案を元に第三家老と副従士長の部下を加えることとした。

これでは家臣の俸給の4割を受け持つことになり、財政はパンクするとバレンタインは反対したが、オレに案があるとダニエルは受けることとした。


ダニエルと筆頭家老達は揃って伯爵のところに赴くと深夜にも関わらず、伯爵は待っていた。


「もっと揉めるかと思っていたが、早く纏まったな。中身を聞かせてくれ。」

筆頭家老が説明する。


そして最後に付け加えた。

「この分割により、ジャニアリー本家はいくつもの利益を受けます。

メイ侯爵との紛争から足抜けできること、無能な家臣を一掃できること、彼らの能力以上の俸給を削減でき財政に余裕ができること。」


(コイツ、オレの目の前でヌケヌケと抜かしやがる。それはオレに全部押し付けたということだろう。)

ダニエルは後で復讐してやると心に誓う。


伯爵は顔色変えずに頷いた。

「よくやった。ダニエルもこれで合意したのだからやっていける自信があるのだろう。

だが、今回の領地の分割にはもう一つ足りないものがある。」


皆が首を傾げる中、伯爵は言った。


「ジャニアリー家が二つに分かれることになったのはポールのせいだというのは既に家中に広がっている。勿論皆不満に思っていよう。


その不満は当主や世子に向けられてはならない。では、誰の責任か?

長年領地の政治を預かり、ポールの乳母夫をして教育をしてきた筆頭家老しかいるまい。


最後の奉公と喜ぶが良い。死出の旅に一人は寂しかろう。乳兄弟の息子も一緒にしてやる。連れて行け。」


顔面蒼白となった筆頭家老が何かを叫ぶが、そのまま連れて行かれる。


おっかねえ、これを機会に領政を剪断していた筆頭家老を粛清したのか、

傍観しているのかと父を軽く見ていたダニエルは反省する。


伯爵は、ダニエルの方を向いて言った。

「お前に爵位をやらないといかん。」


「もうすぐヘブラリー伯爵になります。」


「お前に与える領地はジャニアリー家のものだ。はっきりさせるために、お前に我が家が持っているジューン子爵の称号をくれてやる。


これからお前に与えた領地はジューン子爵領と名乗れ。

決してヘブラリー家に譲渡したものではないことを心に刻め。」


「承知いたしました。」


領主貴族の土地への執着を覗き見て、ダニエルは頷いた。



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