婚家での話し合い
考えがまとまらず悶々として、ダニエルはあまり眠れなかったが、朝からやるべきことは山積している。
まずはヘブラリー家の屋敷に赴き、伯爵との面会を頼んだ。
部屋に通されると、ちょうど伯爵は夫人とジーナとで朝食をとっていた。
「どうして昨日来なかったのだ。どうなったのか心配していてのだぞ!」
伯爵は疲れと怒りで赤くなりながら大声を上げた。
「申し訳ありません。想定外に物事が進み、マーチ侯爵に相談してきました。」
「義父(お父様)に!」
伯爵と夫人が驚いたようにこちらを見る。
「お話する前に、私も朝食を頂いていいですか。起きて直ぐにこちらに来たもので。」
ダニエルは昨日マーチ侯爵と話したことで貴族への恐れが無くなっている自分に気がついた。あんな大物貴族とサシで話をしたのだ。今更伯爵を相手に臆することもない。
落ち着き払って朝食を要求するダニエルを見てどう思ったか、伯爵は、座って朝食を一緒にとろうと言った。
ひとしきり食事を終えると、皆で部屋を移り、話し合う姿勢となった。
「さて、昨日何があった教えてくれ。」
ダニエルは昨日のあちこちでのやりとりを要約しながら伝える。
マーチ侯爵の話は結婚式に限ったことだけにする。
ダニエルの話が終わると伯爵はうーんと唸った。
「義父がそう言うならそれに従おう。」
「そうね。お父様なら悪くしないわ。」
侯爵にお任せという夫妻にダニエルは少し呆れ、昨日聞いた二流の貴族とはこういうことかと思う。
「ジーナさんもそれでいいのですか?」
後で文句を言われても敵わないので、ダニエルは婚約者に確認する。
「王様も騎士団長も来てくれるなんて嬉しいわ。」
そもそもあなたの醜聞を隠すためではなかったのか、ひょっとすると彼女は醜聞と思ってないのかも知れない、ズレた返事を聞いてダニエルは頭が痛くなった。
「結婚式の招待客は義父に任せるとして、他の諸々のことを決めていく必要がある。ダニエル君とジーナは任せられる者を選びなさい。君たちにはしてもらう事がある。」
ダニエルはクリスを、ジーナはイザベラという侍女を選ぶ。
「式を早める口実にしていた国境侵犯の件だが、本当にその気配があるとの知らせが来た。よほどのことがなければ、式までは国元の家臣に対応させるが、終わり次第ダニエル君には領地に向かい、軍を指揮してもらう。
今のうちにヘブラリー軍について勉強してもらわなければならない。」
「それと、当面は私が当主を務めるつもりだったが、最近身体の調子が良くない。ジーナとダニエル君が落ち着いたら当主を譲りたい。早急に領内の政務がとれるよう勉強を始めてもらいたい。
ダニエル君がヘブラリー領のことを全く知らないのは仕方ないが、ジーナも嫁ぐ予定だったため領主教育をしていない。領地に帰ったら迂闊な言動はできないぞ。今のうちにしっかり学んでくれ。」
それを聞き、ジーナが叫んだ。
「領主の仕事なんて私はできないわ!
それに結婚式の準備もあるし、子供も生まれてくるのよ。そんな暇はないわ。」
「ジーナ。いい加減にしなさい!」
叱ったのは意外にも夫人だった。
「共同とはいえ、あなたはもう当主になるのよ。領主の仕事をするのは当然です。
ダニエルさんが戦場に行ったとき誰が領内を治めるのですか。
私も領主の仕事なんて全く知らずに嫁いで来ましたが、やってきました。
ましてあなたはヘブラリー家の嫡出、進んで執務に当たって当然です。」
叱り宥める夫人の姿を見て、ダニエルは見直した。
甘やかすだけではなかったのか、さすがにあの侯爵の娘だけある。
「ダニエルさん、すいません。この娘にはよく言い聞かせます。」
マーチ侯爵と話し込んだことを聞いてダニエルのことを見直したのか、夫人は丁寧に挨拶し、猶もグズグズ言い募るジーナを連れて別室に下がった。
伯爵は疲れたように言った。
「昔は貴族の義務もよくわかっていたのだが・・
貴族子弟の学校に入ってから、貴族にも自由があるとか、真実の愛を見つけたとか言い出した。君の兄ともそこで知り合ったのだ。」
(それは羨ましいことだ。オレはその頃、騎士団で血反吐を吐くほどしごかれていたというのに。)
ダニエルは思ったが、無論口には出さず、別のことを聞いた。
「マーチ侯爵とはどのように関係を持たれているのですか?」
「宮廷での後ろ盾になってもらっている。隣接するエープリル辺境伯との争いで味方になってもらったり、隣国の侵攻のときに援軍を出すよう働きかけたり、戦費をもらうのを助けてもらっている。
一方、こちらは侯爵の要望に応じて兵を貸し出したり、敵対する貴族を攻めたり圧力をかけている。
お互いに利がある関係だ。君が当主になっても維持してくれ。」
おかしいとダニエルは思った。
これでは単なる利害同盟である。
マーチ侯爵が語った国政の理念への賛同ということはどこにも出てこない。
遠回しに侯爵の考えについて伯爵に聞いてみると、侯爵は立派な考えをお持ちだ、宰相になってもらえば我が家にとっていいことがあるだろうという自家の観点からだけの答えであった。
兎に角、諸侯にとっては我が家、我が領地のみが眼中にあり、他はどうでもいいということか、ダニエルは領主貴族と法衣貴族の考えの違いをまざまざと感じた。
「ところで、伯爵も夫人も王都に来られて領地は大丈夫ですか?」
「領地には、軍事は将軍、政務は家老が仕切っている。また、名目上だが、娘が領主印を持ってチェックしている。」
「庶子の娘さんですか?」
「ああ、家臣の出身である第二夫人の娘だ。政務もよく手伝ってくれるいい娘だ。本当ならこの娘と結婚して家を継いで欲しかったのだが、マーチ侯爵との関係でできなかった。」
伯爵は本当に残念そうだった。
ダニエルも心の中でそうして欲しかったと思ったが黙っていた。
迂闊なことを言い、夫人やジーナの耳に入ると大変なことになる。
伯爵は気分を変えるためか別の話をした。
「さて、さっき話したようにこれから色々と忙しくなる。これからは宿を引き払い、ここの屋敷の離れを片付けたのでそこを使ってくれ。」
ダニエルとクリスの2名とはいえ、外聞もあり、宿屋も良いところに泊まっているので、ありがたかった。
「では、用意出来次第移らせてもらいます。」
「今日からでも来て、勉強してもらいたいのだが。」
「実家に呼ばれているので、それが片付き次第参ります。」
「なるほど。向こうでも色々とあるはずだな。」
伯爵は納得し、なるべく早く来るようにと言って別れた。
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