思惑渦巻く和議の成立

ダニエルは仲間を呼び、今後の方針を協議する。


そこへレイチェルとアラン達が到着したという知らせが入る。


(レイチェル達には後方支援を頼んでいたはずだが?)

ダニエルは不審に思うが会議を中断し、別室に迎え入れ、事情を問う。


レイチェルが足早にやってくると、ダニエルはまずは彼女を抱きしめる。

朴念仁だったダニエルも、久しぶりに会う妻にはこういう愛情表現が重要だと学んでいる。


ひとしきりハグとキスをした後に、

「どうした。ここは戦場だ。お前達が来るところではない」と注意する。


「何をおっしゃるの。

もう戦闘する気はないでしょう。

いえ、戦闘してはいけません。


和議交渉はどうなっているの?

この段階となればどう勝ちを固めるかが大事よ。

和平をどうするかは政治そのものよ。私も意見を述べさせてもらうわ」


やる気に満ちたレイチェルの顔を見て、ダニエルは団長やリバーとの話し合いのことを語る。


「アーサー王の執念を甘く見ないほうがいいわ。

本当はアルバートを擁立した方が都合がいいのだけど、王都を無傷で手に入れるには譲歩せざるをえないか」


うーんとレイチェルは唸りながら宮廷の政治状況を考える。


亡命貴族から聞くところでは、王の支持を後ろ盾に勢力を振るってきた新興貴族はこの敗戦で多くの貴族・官僚から白い目で見られ、名門の門閥貴族が復権しているようだ。


「騎士団長の言う通り、当面はグラッドストーン公爵と同盟してアーサー王を抑え込みましょう。


こちらも王国政治のノウハウはなく、王政府の官僚に頼るしかない。

公爵ならば伝統的な貴族政治に戻って治めるでしょう。


でも、この同盟は呉越同舟よ。

向こうは貴族政治に復帰し、私達を排除するつもりだし、こちらは新しい政治を作っていくつもり。

そこを忘れないで」


「はいはい」

この妻は頼りになるが、自分が使われているように思えるのは僻みだろうかとダニエルは内心考える。


「それとアルバートの使い方よ。

どうせ引っ込めるならもう少し役に立ってもらいましょう。

二心を持つ諸侯達を炙り出すのよ」


レイチェルはニッコリと笑った。



一方、王宮ではリバーがグラッドストーン公爵と面会していた。


「何の用だ?」


歴代宰相を輩出するなど名門を誇るグラッドストーン公爵は、底辺からの成り上がりであるリバーを能力は認めつつも、距離を置いていた。


その彼からの内密での面会申し込みを受けたのは、王家存亡に当たり、リバーの情報収集力から何かの有益な情報があるだろうと考えた為である。


「公爵様、内々にダニエルと講和条件の瀬踏みをしてきました。

その後押しをお願いしたい」


リバーの話を公爵は真剣な面持ちで耳を傾ける。


「なるほど、下賤の身にしてはよくやった。

王位は守るが王は象徴として実権は剥奪。

政治は私が執政となり、軍事はダニエルに任せる。

まずまずの落とし所だな。


いや、本来我々名門貴族がこの国を治めるべきだったのだ。

それを王の親政など馬鹿げたことを行うので世の中が混乱した。


しかし、この案では王が起用した強硬派は収まらず、また王自身も首を縦に振るまい。

何か考えはあるか」


「騎士団長に仲介役としてこの案を提示してもらいます。

そこで公爵様が高位貴族をまとめて賛意を表明し、王や反対派を圧服しましょう。


その上で、私から反対派はダニエル軍が乗り込んでくれば死罪となるぞと脅しつつ、金を渡し、城から逃亡させます。


こうやって城内を掃除して、王を孤立させダニエルと講和し、あとは公爵様が統治の実権を握るという手筈です」


リバーの策を公爵は受け入れた。


「良かろう。

それで王が呑まなければ、妹の王妃と図り甥となる王子を擁立し、王位を代わってもらおう。


重要なことが抜けているぞ。

和睦条件には、ダニエルや各地の領主が横領した貴族の荘園は返してもらうことを入れろ。

それがなければ貴族はまとまらん」


「わかりました」


リバーは恭しく答えるが、腹の中では(文書にあることと実行されるかは別のことだからな)と舌を出す。


やがて騎士団長からの書簡が両陣営に届く。


その内容はまずは停戦をし、和議交渉を行うことを求め、そして和議の条件の叩き台を示していた。


その最後には、騎士団はエーリス国の為に最善を尽くし、私利私欲で逆らう者は討伐すると結んでいる。

この提案に反対する者への脅迫である。


ダニエル陣営の中には、まだ手柄を立てていない寝返り諸侯から、急遽現れた騎士団への反発が噴出する。


それに対してダニエルは

「不満があれば領地に帰り、戦争準備をするが良かろう。オレと騎士団がお相手しよう」と言い放ち、抑えつける。


しかし、もう王になる気満々のアルバートは、アーサー王が引き続き在位するという和平案を見て真っ赤になって食ってかかった。


「このヘンリーの案はなんだ!

何故勝っている予がアーサーに譲らねばならん。


ダニエル、この和平案は認められぬ。

直ちに王都に攻め込め!」


それを聞いていた全員が、お前が勝った訳ではないだろうと内心呟く。


「アルバート様、これは叩き台です。

交渉はこれから始まりますのでご心配なく」


ダニエルはもうアルバートを相手にするのに嫌気が差し、そっぽを向いていたところ、横からアランが巧みに取り繕う。


「うむ、ならば予が王になることは何があっても譲れないことだとヘンリーに伝えよ。

それと、アルバート様ではない。王陛下と呼べ。


ジュライ家のアランと言ったか、貴様も下級とは言え貴族であろう。

こやつら貴賤の違いもわからん猟犬同様の武官ならば仕方ないが、予の宮廷に仕えるのであれば気をつけよ。


そこの女、新顔だな。

年増だがここは女不足。

我慢してやるので予の酌をしにこい。

気に入れば閨にも呼んでやる」


言いたいことを言い、最後にレイチェルに声を掛けると、取り巻きを侍らせアルバートは引き上げる。


「神輿は軽い方がいいと言いますが、バカ殿にも限度がありますな」

オーエが毒を吐く。


「だから切り捨てやすいのよ」

レイチェルが冷たくいい、ヒデヨシの方を向く。


「あなたの配下を使って、やはり王位はアーサー王に行くらしい、アルバート様は切り捨てられ、修道院に押し込められるそうだぞという噂を流しなさい。

そしてアルバートの動向を注視して」


「畏まりました」

ヒデヨシは席を立ち、直ちに手配する。


「フフッ、きっと慌てふためき、見境なく諸侯に声をかけるわよ。

それに乗るようであれば、その諸侯も潰してしまいましょう」


(戦の時間は終わり、政治と陰謀のターンか)

ダニエルと配下の武将たちは退屈そうに欠伸をしていた。



王宮では騎士団長からの書簡を前にして、御前会議で激論がかわされていた。


「陛下、ダニエルはこれを受け入れる方向と聞いています。

彼はこれまで担いでいたアルバートを打ち捨ててこちらに誠意を示しています。

王座も安泰となるこの案をよもや拒むことはなさらないですよな」


「「その通り!」」


グラッドストーン公爵の威圧的な物言いに、高位貴族もこぞって賛同の声を上げる。


「いやいや、公爵様。

この調停案ではこれまで陛下に尽くしてきた我ら廷臣の身の安全が保証されません。

それに王位にあるとは言え、陛下は何の実権もない飾り物。

これでは納得がいきませぬ」


王の寵臣、ボーモンが反対意見を述べるが、これまで王宮の意見をリードしてきた王党派はめっきりとその数を減らし、ボーモンは孤立していた。


「このような窮地に至った失態を見れば、卿ら飛び跳ねていた輩は処罰されても身から出た錆ではないのかな。


そして君は舟、臣は水と申しますが、恐れながら陛下におかれては水をわすれて一人で自由に舟を操ろうとされていたのではないですか。

舟がどこに行くかは水次第。

我ら昔から仕える貴族を信頼して政治を任されるのがよろしいかと存じます」


グラッドストーンの縁戚のピット伯爵が冷淡に述べると、ボーモンは顔色を失った。


もはや王への尊崇の念を取り繕うことすらせずに、門閥貴族は嵩にかかって攻勢に出ていた。


「余は疲れた。

今日はここまでとしよう」


議論を打ち切ろうとする王だが、門閥貴族はそれを許さない。


「もはや議論は尽くされました。

あとは明白な結論を述べるのみ。

陛下、ご決断を頂きたい」


迫るピット伯爵に対して王は沈黙する。


グラッドストーン公爵は窶れた面持ちの王に語りかける。


「陛下は酷いお疲れのようだ。

王冠の重みが耐え難いのかもしれぬ。


いっそ王子殿下に王冠を渡し、休養されればいかがか。

あとは王妃殿下を摂政とし、私が後見しよう」


「公爵、貴様!僭上なり!」

王は憤怒の顔で睨みつけるが、公爵は恐れる様子もない。


「わかった。

その条件で和議を結ぼう」


公爵の後ろに衛兵隊長を見て、このままでは押し込められ、隠居させられると遂に王が折れる。


「「陛下!」」


いくつもの叫び声が上がる。


「しかし、これまで余に忠誠を誓っていた者をダニエルの手に委ねるのは忍び難い。

彼らはダニエルが入場する前に逃がしてやることが条件だ」


王は事前にリバーに会い、どうしても和議を結ぶことになればダニエルに敵対した者を逃がしてやるのが王の仕事だと言われていた。


「よろしいでしょう。

ではさっさと逃がしてやるのが賢明ですな。


私は早速ヘンリー団長に受諾の返信を出し、ダニエルとの詰めを行います。

詳細は任せていただけますな」


グラッドストーン公爵は王の返事も聞かずに与党とともに議場を去る。


王は怒りと悔しさの余り、血が出るまで唇を噛み締めた。

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