無血開城に向けての苦心

ダニエルは日々王都の城壁に向かって威嚇行動を行わせ、時には攻城兵器の高楼やカタパルトを近づけ、降伏を迫る。


ダニエルがアーサー王に突きつけたのは無条件降伏。


まな板の鯉となれというダニエルからの提示に対して、王と廷臣の多くは表向きは激怒し継戦を叫びつつもダニエルの真意と落とし所を探る。


王の仲介の依頼に対して、騎士団長からは隣国の軍との小競り合いですぐには動けないとの返答が来た。

その返答の行間に、これまで再三勧めた和議を今になって求めてくるとはという団長の呆れと反省を促すものを見た者も多い。


慌てた貴族の一部はアルバートの側近との繋がりを求める者もいたが、早々にアルバートに近寄った者はもともと王宮を追放されたハズレ者や嫌われ者が多い。

今まで見下していた彼らにさんざん嫌味を言われ、多額の賄賂を求められるとなると二の足を踏む。


それよりも伝手がある者は、レイチェルやアラン、オーエなどの元王政府官僚のダニエル陣営に属する者を頼ろうとした。


ダニエルは故意に王都の一部の囲みを緩くして、武器は禁ずるが食糧などの移入や貴族・軍人以外の出入りを許す。

緊張感をなくさせるとともに、王都から逃げ出す者を見せつけ戦意を低下させるためだ。


ダニエル陣営に加わるため、また戦闘が始まる前に抜け出すため、王都からは逃げ出せる余裕のある貴族や金持ちから姿を消していき、王へ参内する者は日に日に減っていく。

誰が次に逃げ出すのかと王宮の中は疑心暗鬼が募り、暗い雰囲気に包まれていた。


真綿で首を絞めるように包囲を続けつつ、ある晩、ダニエルは密かにクリスだけを連れて王都の中に潜入する。

もっともクリスは護衛兵を、ヒデヨシはハチスカ党の腕利きを影につけていたが。


「思ったより寂れてないな。

もっと戦時中のピリピリした雰囲気があるかと思ったが予想外だ」


ダニエルはそう感想を漏らす。

下町を歩くと、店が開いていて客も集まり、賑わっている様子が見える。


「それはダニエルが本気で攻城戦を行う気はないだろうと庶民は信頼しているからだ」

後ろから不意に声がする。


「誰だ!」

クリスは驚いて剣を振り向けるが、ダニエルはそれを抑える。


「リバーさん、久しぶりですね」


ダニエルのよく知る王国の諜報機関の長、リバーがそこに立っていた。


「ダニエル、よくここまで勝ち残ってきたな。

もう王国の掌握も間近じゃないか。


しかし、言うまでもないがここからが大事だ。

王都は政治、経済、文化の中心地。

ここを無傷で手に入れられるかどうかで王国を握るほどの男かとお前の器量が測られるぞ」


リバーと同じ事をレイチェルからも言われている。

王都を無事に手に入れ、王国の政治経済に混乱をもたらさないようにしてほしいと。


むやみに王都に攻め掛かり戦場とすることも、王やその与党に自暴自棄になられて自ら火をかけられることも避ける必要がある。


王都を包囲して以来、ダニエルは頭を悩ませてきた。

そして、王宮を脅しつつも希望を与え、ダニエルに下るしかない、また下っても悪いようにはするまいと思わせようと苦労してきたところだ。


王や貴族たちに揺さぶりをかけるとともに、手柄に逸る味方の統制にも細心の気配りが必要だ。

寄せ集めの大軍の中で、抜け駆けして王都に突入する者が出ることなど絶対に認めてはならない。


しかし大軍に事故もなく、緊張感をもたせた包囲は長くは続けられない。

今晩、無理して王都の中に入って来たのは王都の無血開城に向けてリバーと打ち合わせをするため。


王都のスラムを故郷とするリバーも王都の無事は願っている。

しかし、王政府高官のリバーを陣営に呼ぶわけにはいかず、王都での密会となった。


「ダニエル、こっちだ」


リバーの案内する先は曲がりくねったスラムの中の一軒の家。

この辺りは衛兵の巡回もない。

周りと同じくみすぼらしいその家屋の中に入ると、明かりがついていた。


「先に始めているぞ」

大きな男が一人で酒を飲んでいた。


「団長!」

ダニエルはその髭面を見て、懐かしげに駆け寄った。


「ダニエル、久しぶりだな。

お前の戦いぶりはリバーから聞いていたぞ。

難敵に立ち向かい、よく生き残った!」


バンバンと大きな手で背中を叩かれる。

父とも兄とも慕う団長に誉められ、ダニエルの顔が綻ぶ。


「オレも一人前でしょうか」


「何をいう。

今や王国の第一人者の大諸侯が言う台詞か。

もっと自信を持て」


身内だけの親しい雰囲気の中、リバーが笑いながら横から口を出した。


「クリスもいるのか。

このメンバーが集まると、俺がまだ一介の騎士で、ダニエルが小姓に預けられてきて、盗賊をしていたリバーを捕えて家人にしたときを思い出す。


まさかそのメンバーで国を決する話し合いをするとはな」


団長の言葉に皆は昔を懐かしむ。

あの頃は何も背負うものもなく、日々を生きるだけだった。


「思えば遠くに来たものだ」

ダニエルがつぶやく。


「懐古談はそのあたりで。

時間もあまりない。早速和議の話し合いをしたい」


リバーが音頭を取った。


「王と王妃はアルバートを放逐し、我が子に王を継がせることは絶対の条件と言っている。

更に、王は王宮の不可侵の保証、王政府の権力をダニエルと分け合うこと、軍権の一部留保を要望としている」


リバーは和平交渉にあたり王から聴いてきた条件を述べる。


「欲の深いことだ。


こちらの条件は、今回の討伐がすべて王の側近の讒言によるものでありダニエルが潔白であることの声明、戦争の責任を負う者の処罰をこちらに委ねること、この戦争の賞罰と恩賞の一任、王は一切の権力を持たずに儀式のみ行う象徴となることぐらいですね。


王家の存続と王宮は保証しましょう。

一部の元凶を除けば廷臣の今の地位も認めてやってもいい。


しかし、死んでいった部下に誓ってあの王に二度と権力は与えない。

もし次に仕出かせば誰が何を言っても殺す」


死んでいった部下を思い出して語るダニエルの痛烈な言葉を、リバーも団長も静かに聞く。


「では、王位と王族の安全の保証を柱として、王に話してみるが、アルバートの扱いはどうするんだ。

あれを旗にしていたのだろう」


リバーの言葉にダニエルは酒を飲み干してから皮肉げに答えた。


「肝心な時は来ずに、勝ちが決まってから我が物顔で振る舞い、酒と女に見境がない。そんな男なのでこちらもなんの後悔もなく切れますよ。

我が妻にまで粉をかけているだから、呆れて物も言えません」


「おお、そうか」

ダニエルの剣幕にリバーも引く。


「話はまとまったか。

俺としては、エーリス国があり、王がいるというこの国体が守られれば良い。


外敵には騎士団が戦って国を守るが、内政は誰が行おうが国力を増し民を富ましてくれればいい。

ダニエルの政治、楽しみにしているぞ」


団長はそう笑いながら言うと、真面目な顔でリバーに向かう。


「王宮はこれでまとまるのか」


「いや、地位が保証される多数派は胸をなでおろすでしょうが、処罰確実な強硬派は和議に反対するでしょう。


そして彼らは王の責任を追求するはず。

そうなれば王も面子を保つためにも一部でも権力を持とうと粘るのでは無いですか」


それを聞くと団長は声を落として語る。


「俺は和平案の仲介を行う為に王都に向かう。

その前に和平案に反対する者を追放するらしいと噂を流せ。


そしてその裏で騎士団長が来る前にと、強硬派に金と兵を与えて王都から出してしまえ。

口だけならばどこかに逃げ出して終わるし、本気でやり合う気ならば王都の周辺、又はダニエルの勢力の及ばない東や北に行って抵抗するだろう。


取り巻きがいなくなり孤立すれば不満があれど王も諦めざるを得ない。

そしてこの進め方はグラッドストーン公爵と打ち合わせろ。

貴族の筆頭である公爵を表に立たせれば王も他も反対できない。


ダニエルもこれでいいな。

余計なことかもしれんが、和議後には当面公爵と協調するのが円滑に進める方策だと思うぞ」


団長の謀にダニエルもリバーも賛同し、盛大な乾杯をして三人は別れた。


帰ろうとするダニエルにリバーが囁いた。


「お前の愛人はおれが陰で保護している。

あのビールワイフという店も繁盛しているぞ。

寄っていけばどうだ」


「ありがとうございます」


ダニエルはその足でビールエルフに向かう。

その胸中は踊るようだ。


話が無事に終わり早々に帰らせたいクリスだったが、その姿にこれは止められないと諦め、早く会わせてから帰らせようと考える。


「あれ、ずいぶんと大きな店だな。間違えたか。

いや、名前はビールワイフだ」


ダニエルの記憶にあるビールエルフの何倍もある大きなビヤホールがそこに建っていた。


まだ店は営業中。

ダニエルとクリスは中に入る。


「いらっしゃい!」

女給が声を掛けるが、ダニエルの顔をまじまじと見て奥の方に案内する。


個室に通された二人は適当に注文し待っていると、エールをなみなみと持って女性が女の子を連れて、入ってきた。


「ダニエル様!

逢いたかったわ!」


イングリッドはエールを置くとダニエルに抱きついた。


そして女の子に言う。


「エマ、あなたのお父さんよ。

抱いてもらいなさい」


おそるおそる近づいてくるエマをダニエルは抱き上げた。


「いきなり来たのによくわかったな」

ひとしきりエマを抱いてからダニエルは尋ねた。


「王都の近くに来たと聞いたときから、女の子にはこういう風体の人が来たら教えてと言っておいたの。


戦の噂でダニエルは死んだと聞いた時は胸が潰れるかと思ったわ。

本当に心配してたのよ」


イングリッドは責めるように涙目でダニエルを見つめる。


「悪かった。

でももう大丈夫だ。

もうすぐ和平を結んでここにも大っぴらに来られるから」


ダニエルは汗をかきながら言い訳する。


「今日は泊まっていけるわよね」


イングリッドの言葉にダニエルはクリスを見るが、彼は黙って首を横に振る。


「悪い。今日は帰らなければならない。

今度はゆっくりと時間をとるから」


ダニエルは有り金を置いて去ろうとするが、イングリッドは静かに涙を零してその腕を捕まえて引き留める。


「もうお金は要らないの。

わたし、あなたのお金をもとに頑張ってこんなにお店も大きくしたの。

もうあなたが無一文で来ても養ってあげられるわ」


ここで居酒屋の大将をするのも良さそうだ、ダニエルは一瞬夢想する。


「ダニエル様、あなたの背中にどれほどの思いが乗っているかをお忘れなく」


背後のクリスの言葉で我に返り、ダニエルはイングリッドの手を優しく握り、そして放した。


「すまない。

今度は近いうちに来る」


後ろを見ずにダニエルは店を後にした。

イングリッドのすすり泣く声が聞こえるような気がするが、団長とリバーとの約束を果たさねばならない。


「クリス、陣に戻り次第、幹部を集めて今後の動きを命令するぞ」


ダニエルは頭を切り替えてクリスに語りかけた。

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