和議前後の貴族達の考えと動き

ダニエルは貴族との交渉事など出る気もなく、代理としてアランを指名すると、王側の責任者であるグラッドストーン公爵は自分の代理としてピット伯爵に交渉を任せることとする。


公爵はピットを呼び、今後の政権構想を話し合った。


「和平案は詰めの段階だ。勿論、少しでも有利にしてほしいが、同時に和議後にどのような政権運営をするかが問題だ。


アーサーの即位前は、我が祖父が宰相として王宮貴族をまとめ、騎士団が直属騎士を組織して武を受け持ち、それに4大守護をはじめとする諸侯が協力・牽制体制をひいて国家を支えていた。


それをあの馬鹿が王の専制体制などを夢見て、そこにグレイやマーチなどが権力を求めて踊り、ヘンリーは嫌気が差して傍観し、その挙げ句は内乱とダニエルの台頭だ。


このままではダニエル一人に武力を頼ることとなり、不安定な政情となる。

王国のあるべき姿は王は君臨し、王宮は貴族がまとめ、騎士団と多くの諸侯が並立して協力・牽制するものだ。


今の状況は逆に王宮が幾つも並立して争い、武力はダニエルに騎士団が協力して一本化している、あるべき姿とは真逆だ。


ようやく王は棚上げできた。

次は騎士団を王宮に引き寄せ、更に他の守護や諸侯を王都に呼んでダニエル一強を崩し、バランスをとらねばならん」


グラッドストーン公爵は危機感を表情に滲ませながら、ピット伯爵に考えを吐露した。


「公爵のおっしゃることはご尤もですが、今の段階で勝者たるダニエルを蔑ろにはできません。


まずは彼を尊重しているように見せながら、彼の勢力を削り、他の諸侯をうまく取り入れることが肝要です。


騎士団長とダニエルは肉親にもまさる親密な関係と聞きます。

彼らをどう仲違いさせるか、ジワジワと周りから攻めていきましょう」


「キタバタケやニッタの残党が善戦すれば牽制にもなるのだが、どれだけ戦ってくれるか。

おまけに有望そうなクスノキの遺児は出陣を渋っているそうだな。


しかしダニエルの配下も有象無象が入り膨れ上がっている。

奴の部下に官職を与えてこちらに付かせるのも手だな」


グラッドストーン公爵とピット伯爵は、和議をまとめた後の国政は、高位貴族が当然に主導するものと考えていた。


そのためにいかに諸侯を操るのかが貴族の腕の見せ所である。

ダニエルを抑え込むための策謀を二人は話し合う。



和議交渉を詰めるためにアランとピット伯爵は会談を重ねた。


交渉をまとめる必要性を感じていた二人は、少しでも有利となるようにシビアな駆け引きを繰り広げつつも、周囲の色々な干渉を乗り越え、合意に漕ぎ着けた。


「アラン・ジューン、お前はタフネゴシエーターだったが、話ができる相手だったよ。

貴様のような者が部下に居てくれると頼りになる。

和議の後には王政府を一から立て直すが、私の下に来ないか?」


和議がほぼまとまった目算がついた時、ピット伯爵はアランを邸宅に招き、二人で夕食をともにする。


その時にピット伯爵はそんな話をした。

中堅貴族のアランが自分の下にすることを当然としての善意の発言だ。


「いや伯爵こそ厳しい交渉相手でしたよ。姉の要求が高かったから板挟みになって困りました。


いやー、無事にまとまってよかったです。

ところで、和平反対派の処遇はうまくいきましたか?」


アランは仕官の誘いはスルーして、逆に問いかける。

アランはそれでも構わないが、レイチェルは門閥貴族と対等の立場でアランを押し込むつもりだ。


アランは胃が痛くなりそうだと思いながら、話題を変える。


ピットは嫌なところをついてくると思い、気持ちを落ち着かせるためグラスを飲み干してから答えた。


「和平の反対者は確かにいた。

しかし彼らはボーモン一派とキタバタケ派に分かれて、王都から逃亡していった。奴らの説得には手間取ったぞ。

不満分子は一掃し、今王都は落ち着いている」


「それだけではないでしょう。

王の庶子をキタバタケに預けたと聞いています。


その王子を旗頭に反ダニエルを呼びかけるつもりですね。

これは王が講和に反対ということではありませんか」


もの柔らかな言い方だが、アランは鋭く詰め寄る。


(その話は王宮でも一部の者しか知らないはず。内通者がいるな)


ピット伯爵は冷汗をかきながら弁明する。


「確かにそんな話を聞いたが、王の庶子は公式に王子と認められていない。

それに誘拐されたと聞くぞ」


「では、キタバタケは誘拐犯であり、逆賊として討伐の対象としてよろしいですね」


(それは王都から追い出したチカフサ卿との約束を違えることになる。

彼には出ていってもらう代わりに陰に陽に援助を続けることと約したのだ。


もっとも王の子を付けたのは王が勝手にやったこと。

いつまで政に関わろうとするのだ!)


と思いながらも、ピット伯爵はそれに反対することはできない。


「私の一存ではなんとも言えない。

その旨をグラッドストーン公爵に相談する」


「アーサー王がまだ抗戦するつもりならば、アルバート様の擁立も視野に入ります。

お互いにここまで漕ぎ着けたのですから、最後までしっかりと約束の遵守をお願いします」


アランの言葉にピット伯爵は、勿論だと頷いた。


その内心は、あの王はつまらぬ小細工をしおってという怒りに燃えていたが、練達の貴族らしく表には表さない。


和議の成立とともに、アルバートは修道院に入ることとなっている。

アランはそれを反古にすると脅す。


ピットは直ちにグラッドストーン公爵と協議し、王のもとに直談判に赴く。


「陛下の小細工のせいで和議が破綻するかもしれませんぞ!」


公爵の怒声が響く。


「お兄様、陛下は預かり知らぬと言われております。

誘拐された子供も誰の子かわからぬ者。

何か名乗っても偽王子として処分して良いとダニエルにお伝え下さい」


公爵の妹である王妃が冷たく言い放つ。

王が侍女に産ませた隠し子のことは内々耳にしていたが、王妃は認めていない。


なまじ勝たれては我が子の立場が弱まる、王妃としてはさっさと抹殺してもらうのが望ましい。


「いや、それは酷かろう。

キタバタケ達は私のために挙兵してくれるのだ。

なんの支援もしないというわけにはいくまい。


しかし、上手くいくかもわからない地方からの反攻に王子を託すわけにもいくまい。

そのため、庶子を旗印にとキタバタケに頼んだのだ」


王としては戦犯となりそうな者を逃がすとともに、日陰者であった庶子に王権復興へせめてもの希望を託したつもりであったが、何の相談もなかった公爵や王妃の怒りは収まらない。


すったもんだの末、ダニエルには、キタバタケが逃亡のついでに王の庶子を誘拐し、王は何も知らなかったとしらを切ることとする。


ピットが次の交渉でそれを伝えると、アランはわかりましたと言いつつ、次のことを伝える。


「当方も王宮の方を責める訳にもいかなくなりました。

アルバート公が逃亡されたのです。


ダニエルはアーサー王との約束を違えたことを重く受け止め、アルバート公を逆賊として討伐すると申しております」


(自分のところもしっかり討伐するので、そちらも同じ扱いだという牽制か。

しかし、アーサー王の代替要員がいなくなったのは良いこと)


ピットはその時ハッと気づいて尋ねた。


「アルバート公の眷属はいないのだな」


「ピット伯爵、鋭いですね。

実は侍女に産ませたお子がいらっしゃいまして、父に置いておかれたのを哀れに思い、姉が養育しております」


にこやかに語るアランの顔を、ピットはやはりかと睨みつける。


(アルバートの代わりができたので追い出したのか。

あいつは権力欲があり、おまけに金や女に汚い男だったからな。

修道院においても面倒なことになると思ったな。

しかし、これは引き続き王の代替は手中にしているということだな)


ピットの心中をよそにアランはにこやかに言葉を続ける。


「王都から逃げ出した誘拐犯と偽王という逆賊の討伐にダニエルは全力を尽くすつもりです。


ただ、どうやら東方や北方に逃げたようで、あちらには当家の力が及びません。


長期の遠征となる見込みで軍資金が入り用です。

そのため、お約束していた荘園の返還を彼らの討伐まで待って頂きたい」


「げっ!」


ピット伯爵から貴族が発してはならぬ下卑た音声が漏れ出る。


アーサー王とダニエルの戦争により、王党派と見倣された貴族の荘園はことごとくダニエル配下に占拠され、以来年貢が入らずに貴族は困窮している。


今回、グラッドストーン公爵が圧倒的な支持を受けたのも、メンツよりも腹が満たされないという貴族の貧困が一番の原因、それが解決できなければ公爵への怒りと怨嗟の声が王宮に満ち溢れることは確実である。


「それは困る!」


「はぁ、しかし王の庶子を取り戻すことや偽王を討つことは至急のこと。

王政府から軍費をいただけると当てもなければ、現地支配からの給付で急を凌ぐしか他はありません」


アランとピット伯爵は延々とやり取りを繰り広げる。

どちらも切実な問題であり、緊迫した交渉が行われた。

しかし今更和議をご破産にするわけにもいかない彼らは妥協せざるをえない。


『一、偽王アルバート、叛臣キタバタケやボーモン、ニッタなどを朝敵と認定し、その討伐はダニエルに一任。

ダニエルを征討大将軍及び総追捕使に任じる。


一、逆賊追討の為にエーリス国内で必要な武力を用いること、諸侯諸卿に協力を求めることを許す


一、これまでの戦争でダニエルに敵対した諸侯の所領を没官領としてダニエルに与えるとともに、討伐終了までの間、必要な諸卿や寺院の荘園の年貢を半分徴収することを認める』


通称、半済令は貴族から猛反発を受けたが、グラッドストーン公爵は押しかけてきた貴族に向かって冷ややかに言う。


「ならばダニエルに戦を挑むのか。

私だからお前たちに年貢の半分を取り返すことができたのだぞ」


そう言われた貴族はすごすごと引き下がるしかなかった。


もっともアランは義兄ダニエルに頼み、グラッドストーン公爵とピット伯爵、その他一部の有力者には年貢を全額渡すこととしてもらった。


懐柔とともに、いざとなればこのことを他の貴族にバラし仲間割れさせる算段である。


ようやく和議は成立し、ダニエル軍は王都に入った。


ダニエルは和議の内容はレイチェルやアランに任せていたが、セレモニーには参加するよう言われ、和議の調印式後に、溢れる観客の前でアーサー王に跪き、忠誠を捧げることを誓約する。


(茶番だ!)

誓約するダニエル、受けるアーサー王、見守るグラッドストーン公爵、三者の一致した思いである。


ダニエルは提示された副宰相などの官職を大将軍及び総追捕使以外は不要とし、政権と一線を画することを示す。


その一方で、王都から脱出した者のうち、キタバタケとニッタは北方のセプテンバー辺境伯を頼りに王子を旗頭に逃走する。


クスノキは彼らの共闘の誘いを断り、中立を宣言した。

ダニエルはマサシゲとの約束を思い、中立など認められない、討伐すべしという配下の意見を退け、使者を送り、新当主マサツラの器量を測る。


そしてもう一方の主戦派、ボーモンは見下していた諸侯を頼るのを良しとせず、ダニエルにより討たれ所領を没収された騎士を集め、王都周辺で武力闘争を行う。


そして修道院から逃亡したアルバートは密かに東方のオクトーバー伯爵のところに落ち延びようとしていた。


彼らの動向を伺っていたダニエルはレイチェルやアランと相談し、次の一手を放つこととする。

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