和議前後のダニエル陣営

少し時間を遡る。

和平交渉の大枠が固まると、その後の政権構想を巡ってダニエルの下、話し合いが行われた。


「国政など我らに都合の悪いことをしなければ、やりたがっているグラッドストーン公爵に任せれば良いだろう。

オレは関わるつもりはない。

所領に引きこもり、たまに王都に遊びに行ければいい」


ダニエルの言葉をレイチェルが真っ向から否定する。


「何を寝惚けたことをおっしゃられます。

ここまで来て権力を握らねば逆に今の地位も奪われるだけ。

私達の勢力は国政を握る者が見過ごすには大きすぎるのです。


騎虎の勢いと言いますが、この機に東方や北方も勢力圏に入れてしまい、誰も手が出せないところまでの勢力を確立するしかありません」


その言葉にアランも賛同する。


「義兄上、その通りです。

今のままでは中途半端と言わざるをえないです。


これまでの国政の枠組みに収まるには守護を超えたこの勢力は大きすぎ、かといって国政を牛耳るには不足している。

姉の言う通り、武力で全国に覇を建てましょう」


いつも柔和な意見を述べるアランも強硬論を述べたことからダニエルも腹を固めた。


「そこまで言うならオレも乗ろう。

しかし王宮と和を結び、戦は終結するのにこれからどんな手があるのか?」


「「おー!

ダニエル様、やりましょう!」」


周囲で聞いていた武将から歓声が上がる。

終わったと思っていた祭りの続きだ。


「策ならば我に腹案があります。

王都から追い出した残党どもとアルバート公を使いましょう。

これからのグラッドストーン公爵との交渉が肝要です」


オーエが悪い顔で前に進み出る。


「交渉か、面倒な。

アラン、お前が勧めたのだからお前がうまく調理してくれ。

テーブルに料理が乗ればオレが食べよう」


ダニエルはそう断じて、後をレイチェルと文官に任せる。


(戦場では戦えないが、政略や謀略は我々の本領よ)

オーエは心中そう思い、闘志を燃やした。


アランがピット伯爵との交渉を進める中、ヒデヨシはキタバタケの逃亡を追跡する。


「北への警備を緩やかにしておいた甲斐があり、予想通りセプテンバー辺境伯を頼りに落ちていくようです」


「それはいいこと、あとはセプテンバー辺境伯がどう出るかですね。

怜悧・冷静なハルノブ公が首にして返してくるのか、知らぬ顔を決め込むのか。

いっそこれを旗印に刃向かってくれればありがたいのですが」


ヒデヨシの報告にダニエルの横に座るレイチェルが答える。


北方のセプテンバー辺境伯と東方のオクトーバー伯爵は、いずれも王とダニエルとの争いを横目に、王政府の統制が効かなくなったことを利用して周囲の諸侯を攻め、その併合を進めていた。


セプテンバー辺境伯はオガサワラ、ムラカミを、オクトーバー伯爵はニカイドウ、オオサキを呑み込み、更に領地の拡大に邁進しているところ、侵略を受けている諸侯からの悲鳴を受けてダニエルは戦争停止令を送りつけている。


これも嫌がるダニエルを説き伏せ、次への布石としてレイチェルが出させたもの。


守護職にもなかった成り上がりのダニエルがどんな権限で命令するのか、彼らが腹を立てていることは間違いない。


今のところ反応はないが、この挑発にどう出てくるか。


「ネルソン、アルバートへの工作はどうだ?」


ダニエルの問いにネルソンは答える。


「細工は上々、仕上げをご覧あれ。

側近と側女を抱き込み、このままでは修道院行き、歓迎してくれる諸侯を頼るべしと東方への逃亡を唆かせています。


経路も確保しているので、数日後にはそのままオクトーバー伯爵へ亡命するでしょう。


しかし、匿えば討伐、殺せばこちらは汚名を負うことなく始末できるとは考えましたな。

オーエ殿は敵に回したくないですよ」


ネルソンの言葉にオーエは笑みを浮かべ、

「私よりもタフな交渉に成功したアラン殿こそ功労者です」と言う。


そしてレイチェルも珍しく弟を褒める。


「確かにアラン、よくやりました。

征討大将軍と総追捕使、おまけに半済までも認めてさせるとは、キタバタケ殿やアルバート公に感謝しなければなりませんね」


「姉さん、そのために僕がどれほど苦労したか。

ピット伯爵からは、いい加減にしろ、殺すぞ小僧といううめき声が聞こえてきたよ」


満足気なレイチェルにアランがこぼす。


彼は、妻エリーゼからもここがあなたの活躍時ですと喝を入れられ、これまで声もかけられなかった雲の上の貴族、ピット伯爵との交渉を必死になって行った。


「アランには苦労をかけたが、お陰で和議条件はいい出来だった。


あとは武官の仕事だ。


まずはボーモンらが不平騎士を集めて王都周辺で暴れているが、一気に鎮圧し、ダニエル軍の実力を見せつけろ。


次に北方と東方の出方で大きな戦争となる。兵を緩ませるな。


ターナー、お前は軍資金を作れ。

もうアースに金はない。王都の商人から出させてくれ」


ダニエルが指示をすると、緩んでいて空気が引き締まる。


「わかった」

「おうよ」

「了解です」


その中でターナーが注文をつける。


「王都の商人も既に王宮から何度も上納させられており、彼らから搾り取るにはそれなりの見返りがいります。

例えば新たなギルドの結成を認め、その商品の独占を許すようなことをお認めください」


「特定の商人に特権は与えられません!

自由競争こそが社会の発展に必要です」


自由競争の信奉者であるレイチェルが反対した。


「背に腹は変えられん。

目先の軍資金なくしては兵が飢え、戦備も用意できない。

ターナー、オレが許す。

金を出せばギルドを作り、独占しても良い」


現実主義者のダニエルは妻の反対を押し切り、ターナーに委ねる。


金がなくて現地で困るのは武将と兵であることをダニエルは嫌というほど経験していた。


ニヤリとしながら立ち去るターナーをレイチェルは睨みつける。

この二人の経綸の違いはお互いを相入れないものとしている。


その後、ダニエルはアランから和議成立に当たり、アーサー王に忠誠の誓いを行うように求められ、そんな茶番などと拒絶しようとするが、レイチェルに必要なことですと意趣返しをされる。


嫌々ながらダニエルは和議のセレモニーを終えて、王都に入城するが、屋敷跡は燃え尽きたままの荒廃地である。


「まずは本拠地を作らねばなりません。

これは私の本業、お任せください」


本業の土木工事に張り切るターナーはカーク興業を使い、旧の屋敷跡に急造で建物を作ろうとする。


ダニエルの注文でその普請には出来るだけ王都の貧民を雇うこととするが、まずは大々的な炊き出しを行い、ダニエル帰還を知らしめる。


「王都の民よ。戦は終わった。

ひもじい思いをしている者もいるだろう。


和平の祝いにダニエル様からの贈り物。

ふんだんに食べよ。

よっしゃよっしゃ!」


汗かきのターナーは、熱気に溢れる民衆を前に、扇子でバタバタと顔を扇ぎながら大声で叫ぶ。


ターナーも長引く戦で懐は豊かではないが、これからの儲けを考えればここでダニエルに恩を売り、王都に名を売る時となけなしの金を集めて、エールやパン、ワイン、干し肉などを振る舞う。


民衆が集まり、

「ダニエル様、お帰りなさい」

「これで平和か来る」

と大声で叫ぶ。


その中にエマを抱いたイングリッドが笑顔で大きく手を振っているのをダニエルはめざとく見つけ、満面の笑顔となる。


隣のレイチェルがその嬉しげな顔を怪訝そうに見ているのに気づき、慌てて話しかけた。


「ようやく戻れたな」

「そうですね。やはり生まれ故郷は落ち着きます」


ダニエルは幼少期から、レイチェルは生まれ育ちが王都であり、馴染み深い場所である。


ダニエルはそろそろ少し落ち着き、イングリッドに会いに行きたかったが、そうは問屋がおろさない。


ダニエルはついてきた諸侯を集めて言う。

「和議がなったのは皆さんのおかげだ。

感謝の意を伝えるとともに、先ずは所領を安堵するので領地に戻ってもらいたい」


大軍をいつまでも維持はできない。

王都の治安維持ぐらいならば子飼いで十分であり、制御が難しい諸侯軍など不要という判断でダニエルは述べる。


「恩賞はどうなるのか?」


返り忠組の畿内勢から次々と声が上がる。


「ケッ、勝敗が決まってから裏切りやがった奴らが何を言う」

オカダが聞えよがしに言う。


「何を!」

剣を握り締めて立ち上がる諸侯やその家臣をダニエル配下は冷たく見つめる。


いや、むしろここで爆発してくれればその方がいいとばかりに、中には「その剣は飾りか?いつでも相手になるぞ」と煽る声も聞こえる。


ダニエルは黙って見つめるばかり。


ダニエルが当然自分の家臣をたしなめるだろうと期待し、それを機に注文を付けようとしていた寝返り諸侯の目論見は外れる。


抜き差しならない膠着状況を破ったのは、ドーヨである。


「止めよ。

恩賞の注文など見苦しい。

ダニエル殿はきちんと見ていられる。

それを信用できない者は俺が相手になろう」


立ち上がり、周囲の諸侯を睥睨しながらそう脅すドーヨを見て、ダニエルは密かに溜息をつく。


(もう一押しして威圧し、逆らう者は討ち、他の者は二度と逆らわないようにするはずが、この男に持っていかれたわ)


「ドーヨ殿の言われるとおり。

恩賞などの沙汰はおって知らせる。

まずは領地に戻られよ」


ダニエルは上座に座ったまま、そう言い放つ。

その姿はまるで王である。


諸侯はその場は黙って立ち去るが、すぐに陰口をたたき始めることは確実だ。


しかしダニエル達には陰口などに構っていられない事情があった。


王党派の残党やダニエルへの不満分子が王都の周辺に集まり、テロ活動を行い始めているのだ。


特に和議成立後に王都に入った兵は、勝利したという高揚から王都で略奪暴行を行おうとする者も見られる。


ダニエルの直轄軍や古い付き合いの諸侯軍は厳しい軍紀をよく知っているが、寝返り組は勝ち戦に通例の略奪を行えないことに強い不満を持っていた。


彼らは取締りの目を盗んで市民への恐喝、盗みを行うが、それが王都市民の反発を買い、王党派残党の活動の後援につながっていた。


ダニエルは『一銭切り』と触れを出し、一銭でも盗めば死罪にすると脅したが、諸侯の家臣を直接処罰するのは色々と厄介なことだった。


一方で、悪事をしなくても物珍しく王都見物する兵も人気の少ないところで次々と襲われ、殺されることが相次ぐ上に、王都へ来る途上の荷駄隊までも襲撃に遭う。


「そんなことなら、まずは邪魔な諸侯の兵を追い返そう」


ダニエル達は当てにならない軍兵をすべて帰領させることとし、ついでに諸侯を挑発し、あわよくば味方の精査をしようとする。


不満たらたらの表情を隠すことなく、領地に帰る諸侯を尻目に、ドーヨはダニエルに呼ばれ、王都に残るリストに載る。


(こいつから目を離すと何をするかわからない。

王都において監視しておくべき)


諸侯の整理を終えたダニエルだが、まだテロ活動は収まっていない。


王都内外の知り合いや後援者を頼り、隠れ家を作って襲撃を繰り返すボーモン一派にダニエルは手を焼いていた。


「カケフ、オカダ。

奴ら残党などすぐに片付かないのか!」


少なくなったとはいえ、連日のテロの被害にダニエルは苛ついていた。


「そんな事を言っても、反乱兵どもめ、王都や周辺の山や村に隠れて、こちらの兵がいなくなると出てきやがる。

一軒ずつ調べてもきりがない上に、家探しすれば住民の見る目も厳しくなる」


オカダのボヤキにカケフも付け加える。


「こんな戦いは騎士団でも習わなかったし、これまでもやったことがない。

根気よくしらみ潰しにしていくしかないか」


「悠長なことをしている時間はない。

ダニエル軍は弱しと侮られれば、帰領させた諸侯の蜂起や逃亡した反乱者に与する奴らも出てくる上に、セプテンバーやオクトーバーも攻めてくるぞ!」


ダニエルは焦燥感を募らせるが、誰もいい考えが出てこない。

そこにバースが口を開いた。


「ダニエル様、よろしいですか」


「バース、名案があるのか」

期待したダニエルだが、バースは首を横に振り言葉を続ける。


「私の配下にいる者が自分ならば討伐できると申しております。

変り者ですが、大言壮語はせぬ頭脳明晰な男。

良ければ使ってやって頂きたい」


「いい手がなくて困っているところだ。

すぐに連れてきてくれ」


「そこに来ております。

オームラ出てこい」


呼ばれて出てきた男は、額が大きく出張った特徴的な顔をしており、まるで火吹き達磨のようだ。


ダニエルが緊張を和らげようと

「疲れているところすまんな。

喉を潤すのにエールでも飲むか」と言うのに対して、彼は無愛想に返す。


「必要あれば部下の疲れなど関係ないこと。

事は急ぐと思いますのに、エールなど悠長なことは不要。

すぐに軍議をお願いします」


愛想のかけらもない合理主義者、オームラはダニエルに強い視線を送り、自説を説き始めた。

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