ダニエル陣営の方向性と罠の張り方
オームラが話し始める。
「今厄介なのは、彼らが王都の内外で分散し、民衆の中に隠れていること。
表にでてくれば、我が軍の敵ではありません」
「そんなことはわかっている。
そのことは奴らもわかっているから隠れているのだ。
どうやって引きずり出すのかが問題なのだ」
苛立つカケフが口を挟む。
「ここは彼らが出ざるを得ない状況を作るしかありますまい」
「それは何だ?」
「彼らは王への忠義を名分にしている者達。
ならばその象徴を破壊すると言えば嫌でも出てくるでしょう」
オームラが説いたのは、歴代の王家と家臣が篤く信仰してきた初代王の巨大な銅像をターゲットとして、それを引き摺り倒し、溶かして再利用するという噂を流すこと。
それを実行しようとすれば阻止しようとして打って出るであろう、そこを包囲殲滅するという。
「しかし、王都の市民も初代王の像は親しみを持ち、その地は民衆が集う公園となっている。
それを倒すというのは噂だけにしてもいかがなものか?
ただでさえ、我々のことを地方から上京してきた田舎者が大きな顔をと反発している者は多い。
火に油を注ぐようなことは止めたほうが良いのではないか」
そう王都に住んでいたアランが言うと、同調者が出てくる。そして王家への忠誠を誓った騎士団出身のオカダやカケフ達も沈黙した。
しかし、オームラが、早く片付けたいのであればこれに勝る作戦はありませんと無愛想に言い放ったのを聞き、ダニエルは暫し考える。
「もし行うとしても、その役目は誰が指揮をしますか?
下手をせずとも王党派に狙われ、王都の嫌われ者になりますぞ」
オーエの指摘に誰もが沈黙する中、ターナーは手を挙げる。
「地方のどん百姓に初代王の威光など関係ありませんや。
むしろ、本当に潰して、農具や工具などにしたほうが下の者は喜びますよ。
そんなことならワシが喜んでやらせてもらいます」
彼の目は爛々として、初代王の像を潰すというのを楽しんでいるかのようだ。
その声に賤民出のヒデヨシも、その通りと頷く。
(なるほどな。
現在の秩序を重んじる者はその基を築いた初代王に親しみを持つが、それに反発する者、無関心な者にはただの金属か)
ダニエルは自分の配下を見回す。
そう見ると、王政府や騎士団から移って来た者、地方の領主や騎士など支配階層が多いが、下層階級からの成り上がり、外国から来た者などもずいぶん増えた。家臣団は多様な出身であり、王家を中心とする秩序についても考えは異なる。
彼らが一致するのはただ一つ、ダニエルの決定には異を唱えないということだけだ。
外国出身のネルソンは我関せずと知らん顔であり、客将格のドーヨは面白そうに眺めている。
(これまでは攻撃を受けて生き残るために団結してきたが、これからはオレの目指す道によっては離反する者も覚悟しなければならないということか。
では、このことはその最初の一歩。
ついてこられない者は早めに出ていかせるべきだな)
ダニエルは決意すると自分の意見を述べる。
「よし、劇薬だがオームラの策に乗ろう。
初代王の銅像を倒しに行く指揮官はオレがやる。
そしてあのバカでかい銅像は本当に潰すから、有用に使え。
新たな時代が来たとわからせるのだ。
あとにはこじんまりとした初代王を作り、それを奉れば良い。
初代王は民の暮らしを重んじた方と聞く。
そちらのほうが喜ばれるであろう」
ダニエルの決断に、ターナーやヒデヨシ、そしてダニエルの台頭に伴い引き上げられてきた者は歓声を上げる。
彼らにとっては王家などこれまでの敵であり、それに気を使う必要を認めなかった。
彼らの崇めるのはダニエルのみ。
一方、王家に仕えていた者達は衝撃を受けたのか、ボー然と動かない者、大声で反対を叫ぶ者など様々だ。
「叛乱軍を滅ぼすのはいいですが、あの像は残していただきたい!
あれはこのエーリス国の象徴ですぞ」
そう願う法衣貴族や官僚が多い。
(これは、オレが王家に繋がれたままか、真に独立するかの分かれ道。
王に仕えてもいつ裏切られることかびくびくすることになる。
ここで銅像を守ろうとする者はそんな時には王に付くに決まっている)
ダニエルは語気を強めて大声で言う。
「今更なことを。
すでに我々は別の王を立てようとし、しかもそれも追い出した。
アーサー王が何をしようとしたか忘れたか。
最後まで和平も拒み、我々を滅ぼそうとしたのだぞ!」
「今の王はともかく、長年続いてきた王家は国の中心。
王家を蔑ろにするようなことは許されません!
ダニエル卿は王国の柱石となることを目指すべきです」
ダニエルと配下の貴族達の口論が続く中、沈黙していたレイチェルが立ち上がった。
「我が実家ジュライ家も王家創立からの家臣であり、歴代忠誠を尽くしてきました。私も弟アランも同様です。
しかし、国のために王はいれど、その反対ではありません。
今や賊が跋扈し、王都は脅かされています。
それを放置して、初代王の銅像がなどと言っている場合ですか!
オームラの策を採用するとダニエル様は言われています。
異議のある者はこの場を去りなさい!」
レイチェルの一喝に場は収まった。
武官たちは生死をともにし、最後はダニエルについていくとの決意を持っているが、文官の多くは内戦後半からこちらになびいたもの。
アーサー王についていけない、または単に情勢を見てダニエル陣営についた者が多い。
そんな彼らは、王国のあり方は今まで通りであり、ダニエルという存在は王国にいつもいる有力者に新たになった男という認識しかない。
そんな彼らは既得権益を守りたいと考え、王国自体を変えようという試みには抵抗感が強い。
(王政府で勢力を強めるために、どれもこれも麾下に入れすぎたか。
いや、これはこれでやむを得なかったのだが…)
ダニエルは、機を見て自分についてくるのか踏み絵を踏ませねばならないと考えながら、会議の解散を命じる。
その後には腹心のみが残る。
「ダニエル、本当にやるのか?
団長もいい顔しないと思うぞ」
オカダにそう言われるとダニエルも顔を顰める。
「やむを得ん。
とにかくあの残党を早く片付けなければ、王都やアースの商人からも苦情が殺到しているし、ダニエル軍などハリボテだという噂が流れている。
ここはどんな手段をとっても舐められてはならん!」
「そう言うなら仕方ねえ。
オレはお前に従うまでだ」
オカダの言葉にカケフやバースも頷く。
「さて、ダニエル様、さっきの話はこちらからも流しますが、小細工せずとも不満顔の輩が早速相手側に触れて回りそうですな。
ダニエル様が銅像の溶解を実行するぞと言われたのはそれも見越してでしょうが、私の方でも内通者をハチスカ党に見張らせておきましょう」
ヒデヨシが囁く。
「確かに。
二重、三重に通じているのは法衣貴族の十八番。
ここで炙り出すか」
王都での付き合いが長いカケフも付け加える。
沈黙していたネルソンが口を皮肉げに歪ませながら開いた。
「ところで俺から提案がある。
俺のいた国では埋蔵金伝説というのがあって、初代王はいざという時の軍資金を埋めているという噂を信じてあちこちと掘り回った王がいた。
エーリス国は知らないが、ダニエル様は初代王の埋蔵金を見つけてそれを掘り出すつもりだという噂を流せばどうだ?
叛乱軍も金に困っているし、王家の金を取られるとなれば頭にくるだろう」
ネルソンのいたずらのような提案にダニエルは乗った。
「埋蔵金かあ。そんな都市伝説は聞いたことがある。阿呆な貴族が詐欺師に大金をはたいたとか。
しかしそれは面白い。
悪名が更に高まりそうだが、王家の金に手を付けようとオレが出ていけば、光に集まる蛾のように奴ら集まってこよう。
そうだ、ここに財務部に歴代在籍したジュライ家の当主がいるぞ。
アラン、うまくそれらしい噂を作ってくれ」
アランはこんな詐欺に加担したくないとそっぽを向くが、ダニエルは面白そうに笑った。
くだらない貴族ども相手に腹芸をやるのならこんな危機の中に行くほうがよほど心躍る。
「あなた!
まさか本気で行くわけじゃないですよね。
そう言う噂を流して代役に行かせるのでしょう!」
レイチェルが叫び、ダニエルの後ろからはクリスが、自分が参りますと出てくる。
「いや、こんな愉しいことは俺がやろう」
「王都駐在たる俺の仕事だろう」
オカダやカケフも名乗りを上げるが、ダニエルが自分の仕事だと言い張り、決着はつかなかった。
オームラはその騒ぎを怜悧な目で見つめ、一段落した後に、淡々とお願いがあると言い出した。
それは、敵兵を徹底的に狩り出すために、その道の専門家であるクスノキ党を使いたい。
ついては講和し、彼らをこの戦闘に参加させてもらいたいというのが彼の要求であった。
「旧敵であるクスノキを引き込むなど簡単に言わないで欲しい。
お互いに攻撃しないというのがやっとなのにどうやって共闘させるの?」
和議の窓口であるアランが珍しく怒った顔で言うが、オームラは意に介さない。
「これは軍事指揮官としての要望です。
どうやるかはそちらでお考えください」
ダニエルの義弟であるアランにも遠慮のかけらもない言い方に、ダニエルは声を上げて笑う。
「確かに畿内で地理に詳しく、ゲリラ戦の専門家であるクスノキがいれば心強い。それはオレが交渉しよう」
「よろしくお願いします」
オームラはそう言うと、その後の酒宴には参加せず、作戦を立てると言って部屋に戻っていく。
「ありゃあ変わり者だな。
あんな遠慮のない男、見たことがないぞ」
「しかし言っていることは理に適うことばかり。
あれが最近の指揮官なら俺達は老兵になってきたのかもしれないな」
オカダとカケフがぼやき合い、奇妙な男に皆思うところがあったのか、ダニエルやバース、ヒデヨシやネルソンも笑った。
その頃、王都の某貴族の屋敷では、ボーモンを始めとする叛乱軍の幹部が集まっていた。
「これまでの報告では、王都やその補給路を相当に荒らし回り、ダニエル軍の兵も殺したな。
こんなクスノキが行うような貧相な戦い方、したくはなかったがダニエルが困るのであればしばらくは続けるか」
そういうのは盟主ボーモン。
彼に続いて同格の貴族たちも発言する。
「左様、お陰で王都内でもダニエル頼りなしとの声も上がり、ここのご主人のように改めて忠義を尽くす方も現れている。
ところで今日のダニエルの話は何だったか」
「それが不忠もいいところのお話で、これは是非阻止せねばならないことです」
その貴族が初代王の像を倒し、溶かすという話をすると一同は烈火の如く腹を立てた。
「そこまでの不忠があっていいのものか!
ダニエルという奴は地獄にいるという悪魔か!
何としてもその行為を止め、奴の首を取らねばならん。
そうだ、懸案だった我が部隊の名前を思いついた。
誠忠組と名付け、ダニエルの悪行を高らかに世に流し、更に応募者を募ろう!」
ボーモンは自分の言葉に酔って、興奮しながら叫びだす。
その配下も一緒になって叫んだ。
「「誠忠軍!誠忠軍!素晴らしい名前だ。
これでダニエルを打倒するぞ!」」
その屋敷の下人の一人はスラム出身である。
(何が誠忠軍だ。
初代王の銅像を溶かして、鍋や鍬をくれるのか。
それこそ素晴らしいじゃないか。
さすがはダニエル様。
さて、この屋敷でのことは早速ヒデヨシ様に報告しなければ)
ボーモンはダニエルの恐るべき不忠を流して、奴を倒すため誠忠軍の下にあつまれと呼びかけ、勢力の拡大を図る。
それは功を奏し、王都の衛兵から脱走して誠忠軍に走る者が続出する一方、王党派ではあるが明らかな罠だと相手にしない反ボーモン派もいた。
しかし彼らも、初代王埋蔵金の話が流れてくると、目の色が変わる。
それも歴代財務部出身で金の在り処に精通しているジュライ家が先導しているという。
金に困ったダニエルがよりによって王家の金に手を付けるとは!
「あの巨大な銅像の中に金や銀の塊がゴロゴロ入っているらしい」
「いや、俺が聞いたのは、銅像の下に隠し部屋があってそこは金銀財宝が埋め尽くされているらしいぞ」
その噂は、旧王党派にとどまらず、潜在的な反ダニエルの領主や、王都周辺の盗賊や山賊をも誘い出す。
もはや王への不忠など誰も言わずに、金が眠っていると目の色を変えて集まってきた。
誰がその膨大な埋蔵金を手にするのか、夜な夜な初代王の銅像のある小高い山の付近はスコップを持った人がうろつく有り様となる。
「さて、エサは十分撒いたか。
あと、もう一つ仕掛ければ準備は万端」
ダニエルはクリスだけを連れてクスノキ党を訪れる。
驚くマサツラに、父マサシゲの墓参りだと告げ、墓参を終えると彼と二人きりで話をする。
話が終わり、ダニエルは帰路につこうとする。
「兄者、奴は父マサシゲの仇。
ここで取り囲んで討ち取りましょう!」
弟の言葉にマサツラはその頬を張って怒る。
「それで激怒したダニエル軍に族滅され、おまけに兵も連れずに話に来た相手を多勢で討った卑怯者と後世に名を残すのか!
父が残した名誉を汚し、家を守るという遺命も守れず、僕を貶めるのか!
ダニエル殿が一人を連れただけで来たのは、それを考えてのこと。
クスノキ党なら危害は加えないと信じてきているのだ!
よく考えろ!」
そして謝る弟だけでなく、集まってきた重臣に向かって言う。
「ダニエル殿と話をした。
ボーモン一派を殲滅するので手伝って欲しいそうだ」
馬鹿な!仇敵ダニエルなどと手を組めるか!
あちこちから拒絶する声が上がる。
「静まれ!
僕はそれを受けた。
これに加われば本領を安堵してくれるそうだ。
そして相手は父を死に追いやったボーモン。
いい話じゃないか」
マサツラは暗く笑った。
「しかし、我らは王のためにダニエル軍と死闘を繰り広げ、マサシゲ様は首を打たれました。
更にクスノキ党は王に忠義を尽くすという世評があります」
マサシゲが残した老臣が異を唱える。
「確かにそうだ。
しかし、王が遺された我らに何をしてくれた?
家の存続のためにはいつまでもダニエル殿に刃向かえないのが現実であり、かつ彼のことは父も認めていた。
そして、万が一王と戦うことになっても加わらなくて良いとの了解もとっている」
マサツラは全員を見渡す。
「納得できない者もいるかもしれないが、我らクスノキ党の家族や領民が安楽に暮らしていくのが父の一番の望みだった。
それを叶えるにはこれしかない。
嫌な者は出陣しなくても良い。
僕が一人でダニエル殿の下で働いてみせる。
ダニエル殿は僕一人の参陣でも約束は守るそうだ」
戸惑う顔の中で沈黙を破ったのは弟であった。
「兄者を一人にしない。
僕が一緒に行く!」
それを聞いた家臣は叫んだ。
「「若殿、儂らも一緒に行きます!
ダニエルの為じゃなく、大殿の仇と若殿の為に命を賭けます!」」
それを見ていた諜報員から直ちに報告を受けたヒデヨシは、やれやれと胸を撫で下ろす。
クスノキ党がダニエルを襲えば、ここに控えているハチスカ党は総力を上げてダニエルを守護しなければならなかった。
そして精強なクスノキ党相手に守りきれるか自信はない。
(これで最後のピースははまった。
オームラ、お前の腕前見せてもらうぞ!)
ここで彼が見事に殲滅すれば、新たな出世のライバルである。
ヒテヨシはその力量を見極めるつもりであった。
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