オームラの作戦と開戦の準備

「開戦に向けた準備は出来ましたか?」


オームラはダニエルの屋敷の一部屋を与えられ、そこに籠もっているか、初代王の像のある小山を通行人のふりをして見に行くかをしていた。


そして戦闘に向かうための自分の注文が出来たかだけを尋ねてくる。


噂を流して反ダニエル派を集結させ、またクスノキ党を引き込むなどダニエル以下が苦労を重ねていることなど知らぬ顔である。


オームラは他にも討伐軍の編成にも細かく注文をつける。

彼は王都に逃がすことのないようにと、諸侯の兵など使うつもりはなく、ダニエル麾下の精鋭を当てるように求めてきた。


「何だアイツは!」

ダニエルの屋敷の大広間に諸将が集まる中、オカダはオームラの元の上司であるバースに怒鳴った。


「俺達に攻城戦の演習をしろだとか、ダニエルにはクスノキの若僧のところに行かせるわ、今度は投石機の準備だと!

アイツは王城でも攻めるつもりか!」


「初代王像があるウエノには歴代王の墓所である堅牢な教会がありますからね。

おそらくはそこに立て籠もると想定し、それを攻める準備じゃないですか」


バースが穏やかに言う。


「それはわかるが、奴が総大将のように部屋にいて、指示だけ出すのはおかしかろう。

奴も自分のたてた作戦の準備に走り回るべきだ」


カケフも不満げに言う。


「まあ、ああやって帷幕の中で作戦を立てるのが彼のやり方です。

それでこれまで実績を上げていますし、かつ、アイツに実務をやらせるとあちこちで摩擦を起こしてうまくいかないのが実情。

ダニエル様も認めているし、みなさんも我慢してください」


バースは下手に出るが、しっかりとダニエルの名前を出して異論を抑える。


そう言われると、他の家臣も不承不承頷かざるをえない。


そこにダニエルとヒデヨシが入ってきた。


「クスノキは配下に入り、ウエノ攻めに加わる。

ただし、アーサー王との戦が起こった場合は加わらないそうだ。

そんな事態はないようにするがな」


ダニエルは苦笑いして話す。


「それでウエノに集まっている輩はどのくらいだ?」


ダニエルはヒデヨシに尋ねる。


「埋蔵金の噂が広まってから急激に増加しました。

およそ三千は立て籠もっているようです」


「おいおい、もとのボーモン一派は千程ではなかったか?」


カケフが驚いたように言うと、ヒデヨシは答える。


「金目当ての連中がたくさん集まってきたのですよ。

いずれにしても野盗のような治安を乱す輩や金に困った中小領主です。

一網打尽にするのが良いかと思います」


そこへオームラが来た。


「これはダニエル様、クスノキ党の調略ありがとうございました」


全然感謝しているように見えない、無愛想な顔でオームラは礼を言う。


「さて、ネズミどもが金の匂いにつられて穴蔵から出てきましたな。

いよいよ討伐の作戦を述べたいと思います。

まずはこれをご覧ください」


オームラはテーブルに大きな地図を広げた。

そこにはウエノの地形と想定される敵軍の配置が記されている。

そして、その他に細かな注意があちこちに書かれていた。


「これは私が現地を歩き、掴んでいた情報を書き入れています。

敵は烏合の衆ですが、ダニエル様を排除して埋蔵金を手に入れたいということでは固い結束を見せています。


彼らはここの教会を拠点に激しく抵抗してくるでしょう。

ここはただの教会ではありません。

堅固な小城だと想定してください」


オームラは諸将が地図に見入っているのを確認すると、その中心の教会の正門を指差し、次にその正門の向かい側に兵千、指揮ダニエルと書き入れた。


「ここは最も激戦となりますが、断じて引いてはなりません。

何としても正門を突破し、敵兵を一兵たりとも王都に入れないようにお願いします。


攻め口は狭く大軍がいても邪魔になるだけであり、相手が恐れて逃げる可能性もあります。よって兵は千。

そしてこの指揮はダニエル様にお願いいたします」


「オームラ、ふざけるな!

どこの世界に主君を少数の兵で激戦地に行かせる家臣がいる?

ダニエル様に死ねと言うのか!」


いつもダニエルの背後に黙然と控える近衛隊長クリスが激昂して怒鳴りつける。


オームラは平然と

「然り。ダニエル様も死ぬ気で戦ってもらわねば完勝は期せません」と述べた。


周囲は耳を疑う様子でオームラを見ており、元の上司バースは頭を抱えていた。


クリスは怒りのあまり何も話すこともできず、ただ剣をとってオームラに近づこうとする。


緊迫した空気の中、爆発したような笑い声が響き渡る。


「ハッハッハ、面白い。

オームラはオレを我が軍の最強の指揮官と評価するか。


よかろう。

その作戦に乗ってやろう」


ダニエルは機嫌よさそうに笑っている。


「待て待て、最強の指揮官は俺だろう。

俺が正門を受け持とう」


オカダが立ち上がって大声で喚く。

ダニエル軍随一の猛将を自負していただけに聞き捨てならないとばかりに顔を真っ赤にしている。


「いや、これまでの戦闘を分析しましたが、この戦ではダニエル様が正面を指揮するのが最も勝利に近いと考えます。

オカダ様には千を率いて搦手からの攻撃をお願いします」


オームラの冷静な声に、ダニエルはますます機嫌を良くする。


「聞いたかオカダ!

この軍で最も優れた指揮官はオレだ!」


悔しげなオカダをよそに、オームラは話を続ける。


「バース様、お頼みしていた新型の投石機は準備出来ましたか?」


「ああ、レオナルドに大金を払って作ってもらったぞ。

精度も威力も従来のものよりも遥かに改良されたと聞いている」


「それは結構。

バース様には池を挟んだところに陣を引いていただき、私の合図で敵軍に打ち込みをお願いします。


万が一敵兵が迫ってくれば、この投石機は敵の手に渡らないように破壊してください。


そしてカケフ様には決着後の追撃に待機をお願いします」


地図に書き込みながら言うオームラの言葉にカケフは疑問を呈する。


「オームラ、お前の陣立てでは、南にダニエル、北にオカダ、西にバースが兵を構えるが、東が抜けている。

俺はそちらから攻めた方が包囲殲滅できると思うが?」


「完全に包囲すれば死物狂いで抵抗し、犠牲が大きくなります。

一方を空けて、そこに逃げ道を見出すことで敗勢となれば崩れていくはず。

そこを追撃していただきたい」


「いや、奴らは王党派の残党や盗賊ども。

ここで完全に殲滅した方が後々を考えるといいのではないか」


オームラとカケフの議論を聞き、注目される王都近くでの戦に、早期の勝利を必要としているダニエルはオームラの案をとる。


「王都近くでの戦争ならば早々に勝利を見せて、ダニエル軍強しとの印象を与えて、動揺を鎮めることが一番だ。

多少敵を逃がしても構わないので、オームラの言う案で行くぞ」


そしてクスノキ党の伝令がやって来る。


「マサツラ様以下で、ウエノ周辺を取り囲み、山頂に追い立てるように狩りを始めました。

しかし、獲物は多く、追い立てるのに3日いただきたい」


それを聞いたオームラは少し考えて答える。


「本来、動き出したからには早めに決着したいが、ゲリラ戦を得手とするクスノキが言うならやむを得ない。


ては、クスノキ党が奴らを追い込み終わる4日目に各軍は配置を願います」


「待て、指示があった以外の部隊はなにをすればいいのだ?」


イチマツが聞いた。


「戦局全体を見通せば、何をすべきかは自ずとわかるでしょう。

いくら考えてもわからない方は聞きに来られよ」


オームラは馬鹿かと言わんばかりにイチマツを見た。


「何を!」


激怒し、立ち上がって掴みかかろうとするイチマツを周囲が抑え、ヒデヨシが苦り切った顔で告げる。


「叛乱軍に応じて、戦が長びいたりこちらが敗勢となれば挙兵しようとする諸侯の監視、東や北に逃れた王党派どもの追跡、王都周辺の巡回、いくらでもやることはある。


言われたことだけをやっていればいいのは端武者だぞ。

自分で考えて相談に来い」


オームラは彼らの話を聞くことなく、自部屋に引き上げている。


「あの変人、まるで抜き身の鋭利な刃物だな。

切れるが一つ間違えると陣営に亀裂を生じさせるぞ」


カケフがダニエルに言いに来る。


「それも良し。

これだけ大軍となれば多士済々よ。

奴を上手く使えなければこの国を動かす器量もないということだろう」


淡々と言うダニエルに、オカダが突っかかる。


「お前は、最強とか持ち上げられて上機嫌なだけじゃないのか。

今度の戦でどちらが戦上手か最強かを決めようじゃないか」


「良かろう。

お互いに千の兵でどれだけ相手を打ちのめせるかだな」


楽しげに笑うダニエルにクリスが再度直言する。


「ダニエル様、御身は既にこの国の最大の実力者。

軽々なことはお止めください。

どうか後方で指揮を取っていただきたい」


「クリス、オームラがあえてオレを指名したのは指揮官としての才だけじゃない。

オレを獲物として出せば奴らは出てこざるを得ないということだ。


短時間で勝負を決めるなら奴らを引き出すしかない。

そのための餌にはオレしかいないだろう」


そう言ってクリスを黙らせるが、このことを聞いたレイチェルの説得にダニエルは大汗をかくことになる。


軍議から4日後、クスノキ軍から、獲物は追い込んだとの連絡を受け、ダニエル軍は出撃する。


その先頭には見せびらかすかのように、ロープやスコップ、ツルハシを運び、銅像の引き倒しを強調する。


「ダニエルめ、本気で初代王陛下の像を破壊する気だぞ」


「やはりこの中に金銀が埋まっているというのは本当か」


強固に武装された教会とその中心にある初代王の像の周りには、数千の兵が立て籠もる。


「ここで王家への忠誠を示すぞ!

歴代王陛下の御霊が見ておられる。

勝利は間違いない!」


ボーモンがそう叫ぶ。


その一方では全く別の激が飛んでいた。


「ダニエルを何としても退けろ!

そして奴が退いた隙に銅像から金目の物を持ち出すぞ。


王家の軍資金ならば膨大な財宝が眠るはず。

ここで命を賭けろ、一世一代の大勝負だ!」


忠義心という建前と欲心という本音がブレンドされ、誠忠軍という名の叛乱兵の士気は高かった。


「見ろ、ダニエル軍は少数、せいぜい我々と互角の兵数だぞ。

不利と見て奴の配下からどんどん逃げ出しているのだろう」


「正面に来たのはダニエル自身か。

奴も埋蔵金は我が手で掴みに来たか。


ダニエルを殺せ!

奴を倒せば儂らの勝ち、埋蔵金も手に入るぞ!」


ダニエルの『D』という軍旗を見た正面にいる誠忠軍の士気は最高潮となった。 


一方のダニエル軍も、総大将ダニエルが久しぶりの大隊規模の指揮にやる気を漲らせ、配下の士気も高い。


「この1日で決着をつける。

グズグズしてるとオレが一番手柄を上げるぞ!」

と言われ、若手騎士達はダニエルの前で手柄を立てんと決死の形相であった。


ダニエル軍、オカダ軍、バース軍は朝早くに陣を配置し終わった。

それを聞いたオームラは戦闘開始の合図に火を点け煙を上げる。


「かかれ!

弓隊前進せよ!

歩兵、それを援護せよ!」


煙を見たダニエルは号令を出した。

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