誠忠軍殲滅

ダニエルの声を聞くや、前陣の弓隊は前進し、弓を構える。

敵軍は教会の塀や門に姿を隠しながら矢を放つ。


「歩兵隊、盾を持って前進!」

クリスが前に立って指揮する。


歩兵は敵の矢から弓兵を庇うために、最前線に躍り出る。


「撃て!

こちらに地の利がある。

ここでダニエルを斃せば、名誉も財宝も手に入るぞ!


こんな機会はもうない。

総力を上げろ!


後ろから初代王も見ておられる。

我らには加護があるぞ!」


敵の指揮官は兵の統率をよく知っているなとダニエルは感心する。


相手は寄せ集めもいいところ。

兵の士気を挙げるためにターゲットを明確にし、それに褒賞と精神的な優位さも示してやる。


(どこにも優秀な奴はいるものだ。

部下にできないものか。

いや、ここで奴らに加わるのだから無理か)


ダニエルはそんな事を考えていたが、事態は好転しない。


教会は王家が大金をかけて贅を凝らしたもの。

その門や塀も極めて堅固であり、たかが教会だろうと軽く見ていたダニエル軍の兵士は、その遮へい物に依って抵抗する敵軍に苦戦する。


ダニエルは特に長弓、クロスボウを多数持って来ていたが、効果は少ない。


(これは野戦というより攻城戦だな。

しかし攻城兵器を持ってくる余裕はない。


何としても1日で落とさねばますます敵が増長しよう。

強攻策で行くか)


敵の矢が激しく放たれる中、さすがに自らが先陣を切ることは許されない。


「クリス、頼むぞ」


長弓やクロスボウ、投槍、礫などを集中して、敵の頭を下げさせたところで、精鋭歩兵に突撃させる。


「先鋒が中に入れば直ちに後に続け!」


歩兵隊は門や塀を乗り越え、中に突入するが、敵陣は混乱せずにすぐに多数で取り囲む。


「ちっ、中に入っても崩れないか。思ったよりもしっかりとしている。


後続部隊、直ちに突撃。

しかし、ここで押せば被害が拡大する。

先鋒を救出してすぐに後退しろ!」


敵軍は予想よりも士気旺盛で崩れる気配がない。


こんな状況で境内に入っても待ち受ける敵に殲滅されるとダニエルは判断し、一旦入った境内から被害を出しつつも兵を引き上げ、再び矢の応酬を行うが、そうなると山頂で砦に籠もる敵軍が有利だ。


ダニエルは打開策として、一部の兵を割いて後方への迂回を試みるが、どこも敵兵の守りは堅いと報告を受ける。


もはや午後に入り、戦闘時間の長さ、そして敵陣が崩れる様子がないことから兵の疲弊の色が濃くなる。


このまま膠着して日が沈めば引き上げるのかと気の早い兵は思い始めた。


その少し前、ダニエルの屋敷では、レイチェルたちが焦りの色を濃くしていた。

そこからは戦闘を見ることができるが、ダニエル軍は膠着して攻めきれる様子もない。


「オームラ殿、どうされるのですか!

今日中に勝てると言っていたのでダニエル様は少数の兵しか率いていません。

増援部隊を送りましょう」


アランはオームラの部屋に入り込み、瞑目しているオームラにそう詰め寄る。


おそらく王宮では、王党派もグラッドストン公爵達貴族グルーブもダニエルが苦戦しているのを喜んで見ているだろう。


貴族たちは王の専制は望んでいないが、それ以上にダニエルが軍閥となって権力を振るうのを嫌い、恐れている。


ここでダニエルが敗退し、王政府の何人かの武将の一人になるのが望ましい。


既にセプテンバー辺境伯やオクトーバー伯爵、更にダニエルの同盟者ではあるがエイプリル侯爵にも王都に来るように招致の書簡が出されている。


レイチェルやアラン、オーエは貴族の動きをよく承知しており、それを抑えるため、何としてもここで鮮やかな勝利を得て欲しかった。


「不要です。

もう少しお待ちあれ」


オームラは目も開けずにそう言う。


「貴様、アラン様に無礼であろう!」


アランの従者が怒鳴りつける。


アランは王政府の高官であり、身分から言えばオームラははるか下座にいて、畏れ敬うべきである。


しかし、オームラは全く意に介さず、またアランも義兄の重用する男に身分差からの礼儀作法を強要する気もなかった。


「やめろ。

では、オームラ殿、間違いなくこのままでも勝てるのですね」


「然り」

オームラはそう言うと、瞑目したまま沈黙した。


アランはそれを見て引き上げ、姉レイチェルに報告する。


しかし、午後になったところで、レイチェルの我慢は限界となった。

彼女は切れ者に有りがちだが、気の長い性格ではない。


今度は自ら、オームラを問い詰めようと、従者を呼びに行かせる。


「オームラ様は高楼で戦況を確認されており、只今忙しいので、御用があればお越し願いたいとのことです」


そのあり得ない返答に周囲は青ざめるが、レイチェルはわかりましたと言うと直ちにオームラのところに向かった。


彼は屋敷の高楼に登り、戦況を見ていた。


「オームラ殿、戦闘のお話を伺いたい。

本当にこのままで勝てるのですか!」


下からレイチェルが声を掛ける。

かなりお怒りだと侍女は首をすくめた。


トントンと下に降りてきたオームラは、レイチェルに答える前に、大声を出す。


「伝令、バース様に投石機をお使いくださいと直ちに伝えてきてくれ。

レイチェル様、あと2時間で勝てましょう」


そう言うとオームラは再び高楼に登っていく。


「なんと失礼な!

レイチェル様、あのような男、処罰を行うべきです!」


侍女がそう怒るのに対して、レイチェルは

「礼儀など勝てば問題ないわ。

そして2時間経って勝てていなければ、そんな無能な軍師は不要ね」

と言って部屋に戻った。


戦線が膠着する中、誠忠軍幹部は優勢に戦闘を進めていると喜んでいた。


「このままであれば、ダニエル達は大きな損害を出して、日が沈む頃に引き上げるだろう。

そこを追撃し、一気に大勝に持ち込む。

狙いはダニエルの首だ!


奴の首を取ればダニエルの軍は崩壊する。

そうすればそのままの勢いで王都に進撃し、ダニエルの残党を一掃。

王陛下を擁立して、権力を掌握する」


ボーモンはそう豪語する。


「そうなればボーモン様は最大の功労者として公爵にして宰相ですか」


「グラッドストン公爵などの名門貴族は命は取らずとも蟄居させて引退だ。

私についてきた者で王宮高官を固めるぞ」


彼らの脳裏には既に王宮から追い出された屈辱への復讐と復権しかない。


一方、王宮ではグラッドストン公爵がピット伯爵と話していた。

「ダニエルは勝ちそうか?」


「苦戦しているようです。


ここでボーモン達に負けることがあれば、王都は掌握しても、かなりダニエルへの不信感は増すでしょう。


既に王都の内外ではダニエル軍への反発は強く、彼らの兵を襲う動きもあります。

負けずとも引き分けでもダニエルから離れる領主は増えるでしょう」


ピット伯爵の答えに公爵は満足げに笑う。


「今更追い出したボーモンが戻ってくることは困るが、ダニエルが快勝して威勢を高めるのも避けたい。


両者の膠着が続き、我らが講和をさせる、または苦戦の挙げ句になんとかダニエルが辛勝することが望ましい。

そういう方向に向かっているようだな」


「そして威勢を落としたダニエルに手を差し伸べつつ、他の有力諸侯を王都に呼び寄せ、複数の諸侯で武を競わせる。


そしてそれを指揮監督するのは我ら高位貴族。

いい絵柄ですな」


「ダニエルも初代王の銅像に埋蔵金などという噂を撒いてまで敵軍を集めたのは良かったが、その相手に圧倒されるのでは自分で転んだようなものだ。

所詮は騎士団程度の頭しかない男よ。


それにしても貴族ともあろうものまで埋蔵金に目の色を変えよって。

そんな金があればとうに使っているに決まっているだろう」


公爵は初代王の銅像に埋蔵金などあるわけがないと知っていて、外には黙って、その噂に右往左往する人々を嘲笑していた。


「さて、この膠着状態ならば夜にはダニエルは引き上げてくるか。

その時に勢いに乗ったボーモンに大敗しないといいがな。


念の為に衛兵に王都の警備を厳重にするように言っておいてくれ。


王陛下は復権の時来たると喜んでいるかもしれんが、ダニエルもそうやすやすと負けはしまい。

両者共倒れで最後に笑うのは我らよ」


その言葉が終わらないうちにドーンと大きな音がする。


「何事だ!」

公爵達は戦場の変化を確かめに使いを出した。



オームラの指示が来ないまま、不利な戦況を眺めるだけのバースの部隊は苛立っていた。


正門を攻めるダニエル、搦手からのオカダ、どちらも相手の抵抗線を突破できずに消耗するばかり。


「バース様、このままでは我軍の敗北。

そしてダニエル様も危なくなります。

オームラ殿の指示を待つことなく、現場の判断で攻めるべきです!」


「その通り!

後方から見ている参謀に現場の状況はわからん。

儂らで決めるべきです」


部下からの強まる突き上げをバースはなんとか抑えていた。

(俺をここに配置したのはこういう動きを抑えろということか)


オームラは出陣前にくれぐれも自分が指示するまで攻撃を控えるように頼んでいた。


バースはオームラを推挙した責任がある。

彼を支えなければいけない立場だ。


しかし午後となり、いよいよ時間も迫ってきた。


バースの部下はもはやバースの指揮を待たずに抜け駆けするかという声すら上がり始めている。


一人が駆けていけば雪崩を打つように我先にと飛び出すに違いない。


(オームラ、これ以上は抑えきれんぞ!)


バースの内心に応えるかのように伝令が来た。


「オームラ様から、直ちに投石機にて敵陣を破壊し、その上で部隊を挙げて突撃すべしとのことです」


「わかった!

みな、聞いたか。


すぐに投石機発射せよ。

石を打ち尽くせば、その後は全軍で突撃ぞ!」


「「おー!」」


その後の動きは早かった。

今や遅しと待ちわびていた砲車隊はすぐに巨石を取り付け、敵軍の籠もる教会目掛けて撃ち込む。


「あの巨大な銅像がいい目標になるぞ」


初代王の像は教会の中央にあり、絶好の目印となる。


戦況は優位にあり、このまま押し続けてダニエルの首を取ろうと前のめりになっていた誠忠軍は突然に巨石が落ちてきたことに大混乱を来たす。


「何だ!

どこから撃ち込んでいる?


投石機などどこにいくかわからないものを使うとは、奴ら、同士討ちも覚悟の上か」


しかし、レオナルドの設計した投石機の狙いは正確であった。

確実に教会を破壊していく。


「初代王の像が崩壊するぞ!

この戦、もう負けだ!」


十数発の巨石は教会をめちゃくちゃに破壊し、兵の精神的な支柱であった銅像が崩壊したことで士気は急激に落ちた。


一方、ダニエル軍は一気に形勢を挽回して門を乗り越え、境内に躍り込んでいく。


特にこれまで戦いを眺めるだけだったバースの部隊の勢いは激しく、敵の弓矢をものともせず、直ちに白兵戦を挑み、敵を突破していく。


「逃げるな!

数では互角。

教会の中に立て篭もり、ここで踏みとどまれ!」


ボーモン達、幹部は声を枯らして兵を引き留めようとするが、負け戦と見ると寄せ集めの軍は脆い。


「西に行け!

西はまだ包囲されていない。

逃げるなら今だぞ」


ハチスカ党の間諜がそう喚き立てると、敵兵は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った。


「くそっ!ここまでか。

我々も西に引き上げて再起を期そう」


ボーモン達も見切りをつけて西に向かって逃げ始めたところで、薮から伏兵が出てくる。


「これはボーモン様、珍しいところで会いますね」


兵の後ろから出てきたのはクスノキ・マサツラ。


「おお、救援に来てくれたのか。

後方にダニエルがいるぞ。

そちらに向かって迎撃してくれ」


「いや、私が来たのはあなたをお送りするためです」


「お主の本拠地に落ち延びさせてくれるのか。

それでも良い。


我は高貴の身。

傷一つなく逃がしてくれれば王陛下に頼み、昇殿させてやろう」


ボーモンはにこやかに握手しようと寄ってきたが、マサツラはその手を撥ね付ける。


「何か誤解があるようですね。

私が言っているのはあの世へお送りするということですよ。


父やクスノキ党に対するこれまでの仕打ちを思い知れ!」


マサツラは袈裟懸けに剣を振り、ボーモンを真っ二つにした。


ボーモンに付き従う幹部もすべて斬殺される。


「父の仇は取れた。

ダニエル殿へ挨拶に行くか」


マサツラは晴れ晴れとした顔で言う。


ダニエルは既に掃討戦に入っていた。

日が暮れる前にとウエノから敵兵を一掃しようとしていた。


「一人も見逃すな!

草の根を分けて探せ!」


オカダの怒鳴り声が聞こえる。


そして西に逃げ出した敵兵にはカケフが追討しているが、その使命は多くを討ち取るよりも王都周辺から遠くに追い出すことだ。


(ここで鮮やかに勝ち、そして今後の禍根を残さないようにしなければならん。

王都はもはや戦乱とは無関係にする)


ダニエルがそう考えながら、初代王の銅像付近に足を運んだ。

何発かの石が直撃し、無惨に壊れている。


その近くを兵が取り巻き、破片を漁っているようだ。


「どけどけ!

ここはカーク興業が工事する場所だ。

お前ら兵隊は敵兵を追うのが仕事だろう」


ターナーがまだ戦塵漂う中、早速人夫を連れてやってきた。


「ターナー、仕事が速いな」


「もちろんです。ここからが我々の仕事。

では、ダニエル様、手配のとおりに」


ターナーは銅像の周囲に幕を張り、外から見えないようにして人夫を追い使う。


しばらくして「出た!埋蔵金だ!」と大声が聞こえた。


幕を潜り、ターナーが走ってくる。


「ダニエル様、埋蔵金が出て参りました」


「やはりあったか。

これは初代王が正義は我らにあると認められた証だな」


「その通りです。

この巨額な金銀があればもはや財政的に問題はありません」


(猿芝居だ!)

差し出された金を両手で掲げながら、吐き捨てるようにダニエルは思う。


ダニエルが長引く戦争で窮乏しているということは知る人ぞ知ること。

そしてそれを不安に思う者達もいる。


それを打ち消し、ダニエル陣営は万全と見せるために、ターナーが考えた芝居である。


そのためにターナーは屋敷から金塊を持ち出し、地下から出たように細工した上で、ダニエルと芝居をしているのだ。


周囲の兵は感嘆するかのようにダニエルを見つめ、叫びだす。


「さすがはダニエル様だ。

こんな幸運があるなんて」


「この人に付いていけば間違いはない」


そしてダニエル万歳とお祭りのように騒ぎ出した。


「お前たちの報奨は期待しておけ。

今はまだ戦の間。敵兵を狩り出せ!」


「「おー!」」

ダニエルの声に兵は一層熱意を入れて掃討に取り掛かる。


ダニエルが埋蔵金を手に入れた話は明日には王都中に広がるであろう。


色々と疲れた、今晩はオカダやバース達とこの戦を肴に飲むか、いや、最近会っていないしイングリッドの店に行こうか、ダニエルは気分転換にそう考えると、足取りが軽くなった気がする。


しかし、何やら伝令と話していたクリスが、よろしいですかと口を開き、嫌な予感がしたダニエルが黙らせようとするが一足遅かった。


「ダニエル様、レイチェル様から、御勝利おめでとうございます、勝利の祝いに、王陛下やグラッドストン公爵を始め、多くの方がお見えですのでお早いお帰りをと、伝言が来ております」


「クリス、オレは戦で負傷して休みが必要だ、今晩は動けないので明日帰るとそうレイチェルに言っておいてくれ」


逃げ出そうとしたダニエルだが、クリスの目配せで、配下の近衛騎士が両方からダニエルの腕を掴む。


「諦めてください。

戦のあとは勝っても忙しいことは承知されているはず」


クリスが諭すように言い、ダニエルは罪人のように首をうなだれ歩き始めた。

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