進むべきか、止まって足場を固めるか

周囲に戦後の後始末を任せて、ダニエルは仕方なく屋敷に戻る。

屋敷の前にはダニエルの勝利を祝う人が溢れていた。


戦の勝敗を気にかけていたダニエルの家臣や従者はもちろん、ダニエルの御用商人や融資している商人、ダニエルシンパの賤民やスラム民などの下層民、異教徒などは、ダニエルの勝利を本心から喜び満面の笑みでダニエルを迎える。


景気づけか、屋敷には『祝ダニエル様大勝利』と垂れ幕が下げられていて、屋敷の前では集まる市民に酒や食べ物が振る舞われている。


「ダニエル様、おめでとう!」


「さすがはダニエル様。

勝つと思っていましたよ!」


群衆は口々に褒め称える。


(勝てば官軍か。

王都民の相当数は誠忠軍を応援していたはず。

負けていれば石を投げられていただろう)


ダニエルは笑顔で手を振りつつ、腹の中で冷ややかに思うが、群衆の中に子供を抱くイングリッドを見つけて、ひときわ大きく手を振る。


(早く仕事を片付けて会いに行かなければな)


屋敷に入ると、王政府の貴顕高官が一斉に出迎える。


奥からはグラッドストン公爵とピット伯爵が笑みを浮かべ出てくる。


「ダニエル、おめでとう。

1日で賊軍を一掃するとは素晴らしい」


握手を求める公爵の手を握りながら、ダニエルは

(お前たちの腹の中はわかっているぞ。今回はあてが外れて残念だったな)

と心の内で舌を出す。


それにしても出迎えが多い。

どうしたことかと思うダニエルだったが、奥の広間に行くと理由がわかった。


中央テーブルに大きな地図が置かれて前に仏頂面のオームラが立ち、その脇には笑いを押し殺した表情のレイチェルやアランが座っている。


おそらくは、押し掛けてくる客の相手に疲れたレイチェル達が、戦の参謀から説明させると言って、オームラを連れてきて話をさせたのだろう。


内容がなく虚飾に満ちた会話を常とする貴族にとってオームラとの会話はエイリアンとの不可解な交信のようだったに違いない。


オームラの態度に困惑していたところにダニエルが現れ、救いのようにこちらに来たわけかと推察する。


ダニエルはまずは上座に座るアーサー王へ挨拶に行く。


「陛下の御威光のお陰で、賊軍を壊滅させることができました。

王都の正門に賊の首魁ボーモンの首を晒しております」


王は、ダニエルの言葉に不快げに顔を歪ませて「そうか、それはでかした」とのみ言葉を吐き出す。


王がダニエルの敗北を願い、裏でボーモンと連絡をとっていたことはお互いにわかっていること。


ダニエルは更に王の心に刃を立てるべく追撃の言葉を放つ。


「王陛下に頂いた錦の御旗の賜物か、賊軍に与するかと思っていたクスノキ党も軍門に降りました。


彼らは私も苦戦を強いられるほどの兵。

早速、戦へ加わってもらったところ、当主マサツラ殿は見事に首魁ボーモンの首を挙げました。さすがは名将マサシゲ殿のお子。


後ほど褒美を取らせたいと思います」


マサシゲの策を蹴り、みすみす見殺しにした王への強烈な皮肉である。


「クスノキが…

それは誠か!」


当然王党派の中核になると信じていたクスノキ党がダニエルに与した。

そのことに王は衝撃を受けたのか問い返す。


「無論、事実であります。

陛下も引見されますか」


「いや、余は気分が悪い。

宮殿に戻る!」


クスノキ党の変心に顔色を変えて王は引き上げた。


(いい気味だ)


後ろにいて人に戦わせて、戦果だけを得ようとする王や貴族のやり口がダニエルには気に入らない。


さて、その後は待ち構えていた貴族達がダニエルを迎えて、祝の宴が始まる。

酒坏を交わしながら、言葉という武器を応酬させるのか貴族の戦いだ。


「ダニエル、これで王都も安泰だな。

長い戦も終わり、王都で楽しく暮らすと良い。


これからはお前も高位貴族の一員。貴族の遊びにも通じるといい。

歌舞音曲や詩歌にも馴染むとよかろう。

美妓や美食の店にも案内しよう」


グラッドストン公爵が返杯しながらにこやかに話しかける。


「貴族の皆様にはそれでいいですが、私は武しか知らない粗忽な騎士団出身。

皆様のような優雅な遊びには似つかわしくもありますまい。


馬を走らせ、獲物を追い、夜には獲物を喰らって酒を飲む。

そんなところが我々の愉しみです」


「そうです。

夫は身体を動かすのと牛飲馬食だけが愉しみの武辺一辺倒の方。

公爵様とご一緒するのは難しいかと思いますわ」


公爵の取り込み工作を断るダニエルの言葉にレイチェルも口を添える。


(そこまで言わなくてもいいだろう)


ダニエルは妻に貶されて思わずムッとする。


「まあそう言うな。

武人でも花鳥風月を愛で、雅な歌や詩を愛する者も多い。

近いうちにダニエルにも誘いを出そう」


公爵はそう言って他の席へと回る。


その後、続続と来る有象無象の貴顕高官の相手に、戦の後で疲弊しているダニエルは嫌気が差し、アランを呼ぶ。


「後はこの義弟がお相手いたします。

私は戦で疲れたのでこれで引き上げさせていただく」


見るからに疲れて機嫌が悪そうなダニエルだが、それでも追い縋る輩はいる。


引き上げようとするダニエルに立ちはだかり大声で怒鳴りつける、気位の高そうな老人がいた。


「ダニエル!

貴様、恐れ多くも歴代王陛下の墓所を戦で荒らし、初代王の銅像を破壊し、挙句の果てに埋蔵金を奪っただと!


その罪万死に値する。

墓所や銅像を直し、埋蔵金は陛下や貴族に献上せよ!」


そして行き過ぎようとするダニエルの腕を掴み、行かせまいとする。


やはりこんなことを言う奴がいたか、ダニエルは内心舌打ちする。

同じことを他の貴族も思っているはず、甘い態度を取れば嵩にかかってくる。ここは見せしめにするしかない。


「放せ。

武人の腕を掴むなど殺されても文句は言えんぞ」


「逃げるのか。

わしは王家にも繋がる名門貴族メサビ伯爵だぞ!


貴様、それでも王国の藩屏たる諸侯か。

こそドロのような真似をしおって。

貴様に貴族の資格はない!」


傲岸に言い募る初老の男に、ダニエルの背後からクリスが現れ腕を捻り上げる。


「放せ、下郎が!

貴様などが触れられる身分ではないわ」


「主に害為す者は誰であろうと知ったことではない」


冷たくそう言うと、クリスは両腕を縛り上げて、護衛兵に

「ダニエル様を罵った罰だ。コイツの衣服を剥いで門から放り出せ」

と命じる。


主が絶対にして、主人の上を知らない諸侯従者の振る舞いを見た貴族達は肝を冷やしたのか早々に引き上げていった。


「ようやく帰ったか。

戦を共にした仲間との祝杯ならともかく、腹に一物ある奴らに盃を勧められても少しも美味くないわ」


ぼやくダニエルに、レイチェルが宥める。


「王都から見える戦でしたからね。

彼らも望みと違う結果の戦勝祝いなど来たくは無かったでしょうが、あからさまに見える戦を見て見ぬふりというわけもいかないでしょう。


あのメサビ白爵にもやり過ぎです。

あの人は頭が固くて、貴族社会からも疎外されてはいましたが、それでも名門貴族。


今頃さぞや野蛮人がと陰口を叩かれておりましょう。

法衣貴族は陰口と噂に生きる者。


あなたももう大諸侯なのだから、大人の対応をしてください」


苦言を呈す妻に、ダニエルはやむを得ず頷くしかない。


「ところで、王都もこれで落ち着く。

ノーマと子供たちを呼び寄せよう」


ノーマはレイチェルと交代して地元に帰り、本拠地で政と子どもの面倒を見ているが、早く上京させてほしいと手紙が来ている。


「そうですね。

そして、戦の後始末が終われば次にどう動くかを皆で話し合いましょう」


レイチェルの言葉にダニエルは驚く。


「長らく戦が続いた。

暫くは休んでもいいのではないか?」


「オームラはそうは思っていないようですね」


(まだ働かされるのか)

戦は嫌いではないが、そのための準備が大変である。


ダニエルはため息をつき、とりあえず妻の手を取って寝所に歩む。


「わかったが、今日のところは休もう。

レイチェルと閨をともにするのも久しぶりだな」


さすがのレイチェルもそれ以上は言葉もなく、顔を赤くしてダニエルに腕を預けて歩いていく。


次の日から残党の追跡、被害地の復旧、賞罰の検討など戦争の後始末に追われるが、今回はオームラが理路整然と対処方法を作り、指示を出していたのでダニエルの負担は大幅に減った。


(参謀というのは有り難いものだ)


ダニエルはその暇にイングリッドの店に入り浸り、娘のエマを溺愛する。

店の客には、ダニエル軍で兵隊をしているクリスだと名乗り、イングリッドの夫だと話しておく。


「こんな美人の奥さんを置いて、あちこちに戦争に行かされていたとは気の毒に」


「こんなごつい旦那がいたんじゃ、女将を狙っていた男どもはガックリだなあ」


ダニエルは店で飲んでいたり、手が足らなければウェイターをやっていた。

屋敷にいても王政府に呼ばれるか、陳情客の相手をするばかり。

ここで働いていた方が遥かに精神衛生上良かった。


そんな楽しい日々も遂に終わる。


「ダニエル様

そろそろ遊びを止めてお帰りください」


エマを肩車して散歩にと店を出たダニエルをクリスが待ち構えていた。


「うっ、わかった。明日帰る」


「駄目です。

どうせ迎えに来なければ帰らないでしょう。

ダニエル様のお疲れを考え、ギリギリまで待ちました。

すぐに同行願います」


仕方がない、ダニエルはエマを抱きかかえて店の奥の住居に戻る。


「イングリッド、戻らねばならないようだ。

また来るからな」


「わかりました。

今度はなるべく早くおいでください」


「お父さん、また来てね!」

イングリッドの目に浮かぶ涙とエマの笑顔がダニエルの心に刺さる。


嚢中の金を置いて、ダニエルは後ろを振り返らずに店を出た。


さて、クリスに引きづられるように屋敷に戻ると、玄関にレイチェルが立っていた。


「あなた、ずいぶんお愉しみだったようですね。

国内一の大諸侯が居酒屋のマスターですか。

美人の妻と可愛い娘もいて、すっかり御機嫌だったとか」


ジト目で見るレイチェルになんと言っていいのか、ダニエルは困惑する。


(クリス、何故そんなに詳細な報告をした!)


(レイチェル様に詰められて逃げられなかったのです。

ダニエル様もわかっているでしょう)


後ろを向いてクリスを詰るが、


「あなた、こっちを向いてくださいな。

それとも古女房の顔は見飽きましたか?」

と言う声に身が震える。


そこへ救いが来た。


「そう虐めてあげるな。

ダニエルさぁも一生懸命に働いて、多少は遊ったいじゃろ。

いい女は心ば広う持つもんじゃ」


「ノーマ、会いたかったぞ」

「アタイもじゃ」


その声を聞き、ダニエルはすぐにノーマを抱擁する。


そして後ろには子ども達も揃っていた。


「「父上、戦勝おめでとうございます」」


「皆、元気にしていたか。

ちゃんと武芸も学問もしておったか」


「「はい!」」

元気な声が響く。


(男どもは次の戦では指揮を学ばせねばならんな。

さて、誰のところに付けるか)


愛娘ヴィクトリアを抱き上げながら、ダニエルは心中で思う。


ノーマとむくれた顔のレイチェルを連れて大広間に行くと、既に主要な家臣は揃っていた。


「ダニエル様が来られたので評議を開始します。

議題は、当家の次の動きです。

では、オームラ殿、説明を」


この場の最高位であるアランが司会をする。

オームラが立ち上がり、無表情に話し始める。


「皆様、ご承知の通り、当家は誠忠軍と名乗る賊軍を殲滅し、当家の本拠である南部・西部から王都まで勢力圏として固めました。


一方、王党派の残党や偽王アルバートは逃亡し、当家への敵対を明らかにしています。


私としては彼らを追ってまだ当家に従っていない北部や東部へ侵攻し、これらを平定、一気に国内に覇を唱えるべきだと考えます」


「待て。

南部や西部でも十分に我らに承服していない領主は多くいる。


ましてこの王都はアーサー王など我らに敵意を持つ者、グラッドストン公爵など我らを利用しようとする貴族達などが溢れていることはよくわかっているはず。


これらの問題を放置して、先に先にと進めば、何かあれば高転びに転ぶ恐れがある。


我々は幸運もあり、多くの犠牲を払って急速にここまで勢力を築いてきた。

一度ここで踏みとどまり、足場を固めてから出ていっても遅くはあるまい」


慎重派としては文官を代表してオーエが発言した。


文官達は圧倒的に不利な状況であえてダニエルに与し、ようやく王都に戻り、旧来の地位を回復したところである。


もし、ダニエルに何かあれば、ダニエル派は瓦解し、彼らは失脚する。

その恐れを抱いていた。


他の面々も次々と発言する。

概ね、武官はこの勢いで進むべしとの意見であり、文官は足元を固め、王政府を掌握すべしとの意見であった。


黙って意見を聞きつつダニエルは考える。


「ヒデヨシ、北部守護セプテンバーと東部守護オクトーバーの動向はどうだ?

ターナー、軍資金はあるのか?」


ダニエルの問いにヒデヨシとターナーが答える。


「セプテンバーは名門。当家に屈することはありますまい。

王子やキタバタケの亡命も受け入れ、戦争の準備を進めております。

王家や貴族が盛んに誘いの手を掛けているようです。


オクトーバーは様子見ですね。

当主のマサムネは近隣諸侯の切り取りに忙しく、アルバート公はとりあえず修道院に匿ってますが、どこまで支援する気なのか」


「軍資金は埋蔵金の噂が広まり、当家の信用はうなぎのぼり。

資金の提供者も融資の宛も豊富にあります」


「あの埋蔵金の猿芝居は効果あったのか。

ターナーの人心を見る目は大したものだ」


ダニエルは感心した。


(相手はやる気。金はある。

あとは兵の士気だな)


ダニエルは集まった家臣の中に友を見つけて、声を掛ける。


「カケフ、オカダ、バース

明日の朝、アースからついてきたベテラン兵を集合させてくれ。

彼らと話して決断する」


翌朝、王都の郊外にある演習場に本拠から歴戦をくぐり抜けてきたベテラン兵が集まった。


彼らこそがダニエルの宝であり、最も頼りにする者たちである。


「友よ、よく集まった!

勝利の後、王都での休暇は楽しかったか。

疲れは取れたか」


そう云うダニエルに兵は答える。


「ダニエル様からの報奨のお陰で楽しんできました。

王都は酒も女もいいですな」


「ダニエル様こそ休めましたか?

それとも美人の奥方達と腰が抜けるほどやりましたか!」


口々に答える彼らは、ダニエルと数え切れないほどの戦場をくぐり抜け、寝食を共にした仲、遠慮はない。


「さて、お前達に問いたい。

我らは敵を撃破し続け、王都を手にした。


ここで一息を入れ、故郷に錦を飾りたいか?

それともこのまま戦を続けて、更に手柄を立てたいか」


ダニエルの問いかけに間髪を入れずに大声が返ってくる。


「「ダニエル様とならば地の果てまでも参りましょう!


ダニエル様がこの国を手に入れるまでと言われるならば北の果てまでも、東の国境までも我らは戦い続けましょう」」


「よく言った!

お前たちとならば地獄の鬼とでも戦ができよう。

ならば、オレとともにこの国を取りに参ろうか」


「「おー!」」

兵は大声で叫んだ。


「ダニエル、聞くまでもない。

みんなやる気だ」


「皆がお前のような戦闘狂ではないんだぞ」


傍らで見守っていたオカダが話しかける。

カケフやバースも兵の士気の高さにホッとした様子だ。


兵の大歓声を浴びるダニエルを、演習場の隅からオームラは見る。


「私には戦の計算はできるが、あのような真似はできない。

兵の心を掴み、何処までもついてこさせる、あれこそがダニエル様のカリスマか」


彼の呟きがポツリとこぼれる。








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