覇業へのロードマップとある諸侯の逡巡

仕方がないとダニエルは遠征の準備に入る。


賊軍を匿ったという大義名分はある。

王は嫌な顔をするだろうが、政権を握るグラッドストン公爵と手を結べば朝敵追討の綸旨も貰えるだろう。

その点、王を握ることの意味は大きい。


軍資金と軍需物資についてはターナーに丸投げをする。

この目端の利く男ならばうまくやるだろう。


彼が途中の利ざやをポケットに入れることにダニエルは鷹揚である。


レイチェルは目くじらを立てるが、余得がなければ人は動かない、まして今は戦時、この男に余裕を与えておけば非常時に使えるだろうとダニエルは考えていた。


さて、問題は軍の編成である。


オームラに言わせると、この北部の平定戦は単なる諸侯の争いでなく、ダニエルの覇業の成就とするべき戦いだという。


「つまり、どうするのだ?」


腹心を集めた軍議でダニエルはオームラに尋ねる。


「ダニエル様は前線に出る必要はありません、いや出ないでいただきたい。

この討伐戦にエーリス国の諸侯や騎士を招集します。


彼らにダニエル様の部下だという意識を染み込ませるのが目的です。

もはや勝敗は眼中にありません」


「相手は尚武で鳴らしたセプテンバー辺境伯だぞ。

こちらが多数とはいえ、確実に勝てると言えるのか?」


「ハチスカ党の報告では、セプテンバー家中は当主のハルノブ殿は病に倒れ、世子のタロー殿は恭順を主張、強硬論を述べる弟のシロー殿と対立しているとのこと。


いくら尚武の家風でも国論がまとまらなければ、容易く倒すことができましょう」


オームラの調査分析は精緻であり、ダニエルはそれに異を唱えない。


「わかった。

諸侯の動員はどうするのだ?」


「中小諸侯や騎士は容易く集まるでしょうが、大物達はこのままダニエル様の下に入るべきか迷うはず。

期日までに集まらねば討伐し、後顧の憂いを排除してから進軍いたしましょう。

そしてその時には向背が怪しい者を先陣とし、攻め手が緩ければ処罰すれば一石二鳥かと存じます」


悪辣とも言えるオームラの策に、ダニエルは愉快ではない。

武人としての彼は、覇を唱えるにせよ、己の手により戦場で決したかった。


周囲を見ればカケフやオカダなど騎士団仲間は渋い顔をする一方、ヒデヨシやネルソンは深く頷いている。


「あなた、オームラの策は名案です。

頭首たるあなたは後方にて指揮し、前線では将軍に任せる。

これで我が家の覇権も固まりましょう。


オームラ、これに追加してほしいことがある。

子供達をここに指揮官として参加させ、後継者として世にお披露目できるようにしてもらいたい」


沈黙の中、レイチェルが声を上げる。


ダニエルは妻の発言を受けて、理性では分かっていた結論を出す。


「わかった。この案で行こう。

しかし、戦に確実なことはない。

セプテンバーが反撃に出れば、オレも出陣する」


せめて名門の武門として苛烈な反撃をしてきて欲しい、そうすれば自分にも出番があるとダニエルは願った。


「わかりました。


では、それぞれの役割をお願いします。

招集に応じなかった諸侯への鎮圧をカケフ様とオカダ様にお願いします。


セプテンバー家への調略はヒデヨシ殿に。

招集に応じた諸侯達の統率をネルソン殿にお願いします」


「オームラ、傘下に降るか迷っている家については、煽って叛かせ、討伐しても良いな」


ネルソンは皮肉げに口を歪めて、そう尋ねる。


「将来禍根を残すような家は要りませぬ。

そこはネルソン殿のご随意に。


レイチェル様、ノーマ様

御子様達についてはそれぞれ部隊を率いる将に託していただきます。

誰を選ぶかはお決めください」


オームラの終わろうとするときに、バースが聞く。

「私はどこに行けば良い?」


「バース様はダニエル様とともに王都におられて不測の事態に備え、予備軍を率いてください。


私の読みでは、軍の出陣とともに王や大貴族が何か動きを見せるのではないかと思います。

彼らの蠢動を抑えていただきたい」


軍議は終了した。

各々が退出する中、オームラはダニエルを誘い、別室に行く。


「ダニエル様、最も重要なことをお願いいたします。

騎士団長と会い、騎士団が干渉しないように念を押して来ていただけますか。


ダニエル様が気づいているかわかりませんが、ここまで我が軍が勝利したのは騎士団が内戦には中立と称して関与しなかったお陰です。


彼らが王命を受けて王党軍に与すれば既にダニエル様の命は亡かったでしょう。

かつ、内戦に乗じて侵攻しようとする隣国を牽制し、国境を保持していただきました。

おそらく王は敗勢になったとき、外国の介入を頼んでいたはず。


それを抑えて頂いたのは実質的に我が軍の後援をしているのと同じ事。

ひとえに騎士団長のご好意であり、いくら感謝してもしきれません。


ダニエル様は騎士団長とは親子同然の仲と聞いております。

これまで通りの対応をお願い申し上げてください」


騎士団への工作を頼まれたダニエルは露骨に顔を顰めた。


「確かにオレはヘンリー団長のことは父とも兄とも思っている。

しかし、その思いを政略に使ったことはないし、そうしようとも思わん。


団長は誠心誠意、祖国のために動かれる方だ。

オレのやっていることが正しければ認められるし、誤っていれば注意され、それも聞かねば容赦なく討たれるだろう。


それを我が家のために動くななど言うのも烏滸がましい。

二度と団長に物申すなどということを言うな!」


ダニエルはそう言い捨てると荒々しく席を立って部屋を出た。


残されたオームラは独り呟く。

「ダニエル様、あなた個人の思いを超えて、政治というものは動いて参ります。

義理と人情に挟まれた時、あなたはどうされるのでしょうか」



さて、ダニエルの名前で朝敵セプテンバー討伐の号令が出され、ネルソンの手により全国に招集がかけられる。


西部の有力諸侯、エイプリル家は大騒動となっていた。


「これは、アーサー王陛下の名前ではなく、大将軍ダニエル・ジューンの名前での招集となっている。


すなわち、これに応じればダニエルの命に従うということであり、その下に服するということとなるのは明らか。


初代王に仕え、西部守護として名門を誇る我がエイプリル家が、ぽっと出のダニエルに臣従するなど、これでよろしいのか!」


御前会議で名門意識の高い老臣が叫ぶ。


(もっと密かに使いが来れば、事前の根回しをしてメンツが立ちつつ臣従するという道が取れたのに)


当主のヨシタツは内心ボヤく。


今度のダニエルの使者は重臣の集まったところで正面から招集命令を突きつけ、早急の対応を求めた為、一部の家臣は主君気取りかと激昂していた。


しかし多くの家臣はダニエルの実力を考えると、臣従やむなしと考えているようだが、ヨシタツの面前ではそれを言い出し兼ねているようであった。


「一旦休止としよう」


休憩中に腹心のハンベーを呼ぶ。


「臣従するしかあるまい。

ニッタなどの王党派を撃ち破ったダニエル殿はもはや国の中心部を領有し、その実力は懸絶している。


家臣からは言いにくければ、わしからそれをいうしかあるまい。

ダニエル殿とは同盟関係を結んでいた仲。

悪くは扱わないだろう」


ヨシタツの言葉にハンベーはすぐには頷かない。


「ヨシタツ様、エイプリル家はダニエル様が王党軍と戦い、窮地に立っていた時に彼らの救援にも赴かず、西部を守るという名目でせいぜい隣国ジェミネイとの国境紛争を収めるくらいしか働きませんでした。


そんな我らをダニエル様やその周囲は未だに同盟関係にあると考えているでしょうか」


「ううーん」


ダニエルが領都アースの近くまで侵攻されて、苦しい籠城戦を戦っていた頃、エイプリル家中は激しい議論が戦わされていた。


ダニエルを救援に行くのか、逆に王と手を結び、背後から襲いかかるのか。


ヨシタツはダニエルの家中から妻を迎えていたが、ダニエルとともに心中するほどの義理はないと考えていた。


一方で、ダニエルを背後から襲い、その領地を占拠した場合、その後に来るのは第2のダニエルとして王から警戒されるという事態であり、その場合はいっそダニエルを斃した勢いで王都まで侵攻して覇を唱えるべきだとハンベーから意見されていた。


しかしヨシタツはそこまでの自信もなく、模様見を続けているとあれよあれよとダニエルが勝った為、慌てて王都への攻撃に参加し、その挙げ句には丁寧に帰国を勧められたところである。


つまりは、困った時に手を差し伸べず、勝馬に乗る家だと見られているのであろう。

それを今更同盟関係などと言えるのかとハンベーは問うていた。


「しかし、あそこからダニエル殿が逆転するなど誰もわからなかったであろう。

わしが援兵を言っても家中もまとまらなかったぞ」


「そういう窮地でこその同盟であったと思います。

私が何度もここでダニエル殿に加勢すれば戦勝後の地位は盤石と申したのはそういうことです」


ヨシタツは反論するが、ハンベーにあしらわれる。


「ヨシタツ様

今更、同盟などの古証文にこだわるのは恥をさらすというもの。


むしろ、先方の要求する倍の兵を出し、兵糧も贈り、御子を人質として差し出すなど、ダニエル殿の下に立つことを明確に示すように誠意を尽くすことが、今となっては最善の策かと思います」


ハンベーはしばらく考えてから更に続けた。


「おそらくはダニエル殿はもはや諸侯の選別に入られているのではないですか。


表立って実質的な臣従要求など、諸侯のメンツを潰すもの。

公然とそれをしてきているのは、反抗するならその方が都合がいい、つまり直ぐに追討して攻め滅ぼす気なのだと思います。

時流の読めない諸侯など不要だと言うことでしょう」


「ハンベー!

我が家はダニエル殿の世話でヘブラリーの奥方の縁者を嫁に貰っているのだぞ。我が子はダニエル殿の縁者ともなる。

そう易易と攻め滅ぼすなどとそんなことがあるわけがなかろう!」


滅ぼされると聞き、ヨシタツはそう叫ぶ、背後からその妻トモエがやってきた。


「お話は伺いました。

私もノーマ様の縁者としてダニエル様への援兵を強く勧めるべきでしたが、我が子可愛さに主家への義理を欠いてしまいました。


ダニエル様の戦勝後、ノーマ様に祝いを贈りましたが、今更白々しいと思われたのか通り一遍の礼状が来たきりです。


ヨシタツ殿、これからダニエル様に叛逆しその地位を奪うのであれば私は地獄の底までお供しましょう。


しかし、その度胸がないのであれば今度は中途半端な態度を取らずに、あなたはダニエル様のために砕心粉骨し、わたくしと世継ぎの子は人質としてダニエル様のもとに向かいましょう」


トモエの言葉でヨシタツも決心がついた。

エイプリル家はダニエルの配下となるというヨシタツの言葉に異議を唱えた者は重い者は死罪、軽い者はその地位を剥奪され、家中は統一された。


ダニエルの指示に従い、更にそれ以上に恭順の意を伝えるエイプリル家の使者に対して、この業務を担当するネルソンは残念そうに舌打ちしてから受け入れを認めた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る