エリーゼとアランの夫妻の戦い
アレンビー家の居城に突然やって来た使者は、用向きを問われると、大将軍ダニエルからの緊急の使いであり、重臣を集めての場で命令を伝えると述べ、後は何を聞かれてもだんまりを決め込んだ。
「何が大将軍ダニエルの命令だ!
ダニエルが守護とは言え、あくまで王陛下の代理、奴と俺とは同輩だ。
何を勘違いしている!
そんな輩の言うことに付き合う必要はない。
話さぬと言うなら追い出せ!」
当主アレクサンダーの大声が執務室に響く。
アレンビー家は叛旗を翻した前科があり、ダニエルと王党軍との戦いの間、アレクサンダーの妻子だけでなく重臣の家族も人質としてアースに滞在させられ、アレンビーの軍は監視のもと、戦況に関係しない地域に配置されていた。
アレクサンダーとその軍はようやく帰領を許されたが、人質はそのままアースに留め置かれており、アレンビー家の信用のなさを物語っている。
「ダニエルめ!
騎士団では俺よりも出来が悪かったのに運だけはいい奴。
家柄、器量とも俺が勝るのに、アイツが俺に命令するなどおかしいだろう!」
鬱憤のたまるアレクサンダーは酒を飲みながら、家臣に当たる。
「アレク様、現実をお認めください。
もはやダニエル様の勢威は王陛下を上回り、全国制覇を目指す勢い。
当家は、情勢が緊迫していたのと、ダニエル様の奥方の弟に妹君エリーゼ様が嫁いでいたお陰で、これまで謀反も目こぼし頂いておりました。
しかし、もはやダニエル様に匹敵する大勢力は見当たりません。
何卒エリーゼ様を縋り、ダニエル様に取りなしをお願いしましょう」
老臣の言葉に、アレクサンダーは青筋を立てて酒坏を投げつける。
「貴様!
俺は死んでもダニエルごときに頭を下げん!」
怒鳴りつける主君を見ながら、老臣は、ハァーと大きな溜息をつく。
そして、入口に向かって呼びかける。
「やむを得ん。入ってこい!」
ゾロゾロとやってきたのは家中の重臣達。
そしてダニエルからの使者も最後方からやって来た。
なんだと慌てるアレクサンダーを相手にせず、重臣達が御前会議の形式に座ると、使者は上座から口上を述べる。
「ダニエル様からのお言葉だ。
心して聞かれよ。
アレクサンダー・アレンビー
何度もの謀叛の企て、更に敵方との通謀を図りしこと、もはや見過ごすことはできない。
しかしながら、アレンビー家がこれまで領地の統治に費やしてきた労苦に配慮し、ジュライ家の子息デレクにその地位を譲ることで家の存続を認める。
なお、アレクサンダーは妹エリーゼの嘆願もあり、本来死罪とすべきところを罪一等減じ、蟄居とする」
アレクサンダーが唖然とする中、重臣は「畏まりました」と淡々と述べる。
「貴様達、謀ったな!」
アレクサンダーが剣を抜いて立とうとしたところを、近習が抑える。
「お家のためでございます。
アレンビー家はアレクサンダー様お一人の家ではございません。
御理解をお願いいたします」
言葉は丁寧であるが、剣を取り上げられ、アレクサンダーは両側から拘束される。
そこへエリーゼが少年を連れてきた。
「エリーゼ様、デレク様。
これからよろしくお願いいたします」
家臣が臣従の礼をとる中、エリーゼは当主の椅子に子供を座らせ、その後ろに立って言う。
「お兄様、アラン様に嫁がせてくれてありがとう。
我が家はダニエル様の最も近い縁者として今や飛ぶ鳥を落とす勢いなのよ。
おまけに今回はアレンビー家まで我が子に頂けるなんて!
長男はジュライ家として王都で大貴族となり、次男はアレンビー家を継いでこの地で諸侯として勢力を伸ばしていくわ。
私は両家の後見として存分に腕を振るうつもり。
女は政に口を挟むなとお兄様は言っていたけれど、女でも十分に政治ができることをよく見ていて」
エリーゼはカラカラと高笑いすると、「ではお兄様のことはよろしく」と衛兵に声を掛ける。
妹の言葉を聞き、暴れ始めたアレクサンダーは厳しく拘束され、連れて行かれたのは、罪人を入れるための座敷牢であった。
(兄ももう少し柔軟に対応すれば良かったのに。
なまじ幼い頃から容姿端麗、頭脳明晰と持て囃されて、プライドが高くなった上に家督が転がり込んできて天狗になって、今更、昔見下していた同僚のダニエル様に頭を下げられなかったのね。
おまけに兄嫁はわざわざ格上の名門法衣貴族から貰ったものだから、王都を懐かしみ家臣と馴染まず、近隣諸侯やレイチェル様を見下してお付き合いもせず、挙げ句に今の情勢でその実家は王都で震えるばかりでこの戦乱の世に役に立たない。
女は女の世界で、付き合いを行い、情報をとり夫の助けとならなくてはならないことも学ばなかったのかしら。
王家を頂点とする秩序の決まった社交界ですら貴族の付き合いは面倒なのに、ましてダニエル様の家中はまさに今、各家のランクが決まろうとしているのよ。
ここで出遅れればその家は日の目を見ることはなくなる。
レイチェル様とノーマ様の二つの派閥の中をどう上手く泳いていくか、ヒデヨシ殿の妻のネネ殿など両方に巧みに贈り物をして機嫌を取っている。
夫婦ともども世渡り上手なこと。
実質は人質でも、せっかく客人という名目でアースに呼んでもらったのであれば、レイチェル様はもちろん、重臣達の奥方に取り入り、アレンビー家への疑いを晴らして回れば良かった。
それを、人質として留め置かれているだの、王都が懐かしいだの恨み言ばかり述べて屋敷に子供と籠もり切りでは誰も味方になってはくれないわ。
お陰で実家の乗っ取りも容易くできて良かったけれど)
エリーゼは、兄嫁がアースに呼ばれた時には、屋敷や家財道具の手配をし、レイチェルや主だった家臣の妻への挨拶などの引き回しを行うつもりでいた。
しかし、最初の面会で、
「なんとみすぼらしい屋敷だこと。
レイチェル殿など中堅貴族の出の者に私が挨拶に行くなど、なんの冗談ですか。家格から考えて向こうから挨拶くるものでしょう。
あなたも義理の妹の故に会っておりますが、親族とは言え、ジュライ家など格下に嫁いだならばちゃんとそれに応じた礼をとってくださいな」
と見下されたため、以後、付き合いを絶っている。
兄嫁のことは割り切り、エリーゼはダニエル家中の密かな争いへと思いを馳せる。
大きな危機を乗り越えた後、ダニエルはこの国の第一人者になろうとしている。
それと同時に家臣団、特に女衆はダニエルが覇を唱えた後の事を考え始めるようになった。
ダニエルの二人の妻同士はそれなりに上手く付き合っているが、その下は派閥を形成しているのが実情だ。
ノーマにはその実家ヘブラリー家はもちろん西部諸侯からは絶大な支持を得、更にその出自や気質から諸侯、武官の妻は彼女に近寄ってくる。
有力家臣では、バースはヘブラリー一門から妻を迎えており、またオカダの妻は名門諸侯メイ家の娘でノーマを慕っている。
ノーマは自ら図らずとも、自然に諸侯の妻の纏め役となっていた。
それに対してレイチェルはその出自から法衣貴族や文官に親しく、自ら政務を取ることで彼らとは身近な縁を持っている。
また、カケフの妻シンシアやネルソンの妻クレアは計算高いところでレイチェルと馬が合うようであった。
しかし、ダニエルは武でのし上がってきた男であり、家中は武官が幅を利かせる。
エリーゼはレイチェルの義理の妹として、レイチェル派の代貸し的な位置づけにあり、派のテコ入れを考える必要があった。
(そういう意味からも今回、我が家が諸侯になれたことは大きい。
諸侯の間に仲間を作り、レイチェル派の勢力を培養していける。
同時に、ノーマ様にも意を通じ、どう転んでも我が家が生き抜ける道も作れる)
エリーゼはそんな事を考えつつ、ダニエルに急使を送り、アレクサンダーの隠居とジュライ家からデレクが養子となって後を継ぐことを願い出るように手配する。
ここに来るまでにネルソンと行った打ち合わせでは、ダニエルにアレンビー家への対応を確認した際には、ジュライ家が跡継ぎとなることは認めたが、騎士団時代の感傷からか、アレクの命は助けてやれと言ったと聞く。
夫アランも王都でフォローしてくれるだろうし、レイチェルにも根回ししてある。
間違いなくこの願い書は認められるであろうが、その後には、兄嫁は実家に送り返し、邪魔になる甥は修道院に送るかとエリーゼは計算した。
アレンビー家の家臣も、今をときめくダニエルを敵対視する主君に手を焼いており、エリーゼの策に抵抗なく乗ってきた。
いやそれどころか「アラン様と言えばダニエル様の腹心。これでアレンビー家も主流となれる!」と喜ぶ重臣が多い。
(お兄様、主君が右と言えば右を向く時代は終わったの。
今は乱世。流れを読み、家を繁栄に導くリーダーでなければ家臣はそっぽを向き、時には手を噛むのよ)
「ここから出せ!
主君の命が聞けないのか!
主君を牢に入れるなど不忠の極みぞ!」
大声で怒鳴り続ける兄の声を聞きながらエリーゼは思った。
アレンビー家ほどではないが、ネルソンが送り出した、ダニエルの名での居丈高な使者の申し出に各地の諸侯は戸惑いを隠せない。
ダニエルの勝ちが見えてから乗ってきた王都周辺の諸侯は、ダニエルの指揮を受けて従軍し、恩賞も与えられて彼を主とするのに抵抗は少ないようであったが、本拠の南部や西部では、ダニエルなど昔は一介の次男坊ではなかったかとの反発から、臣従など真っ平御免という諸侯も出てきていた。
期日に参集しなかった諸侯は容赦なくオカダやカケフが蹂躙していく。
それを見た諸侯の中には、王都の王やグラッドストン公爵に密かに使者を送るものもいた。
「アラン・ジュライ参議か。
私はダニエル将軍を呼んだのだが」
グラッドストン公爵は参内してきたアランを見て、顔を顰めて不機嫌そうに言う。
「大将軍は朝敵討伐の準備で忙しく、代理で参りました」
アランは国政の最高幹部である参議と財務部長を兼任し、王政府内でのダニエルの代理としての役割を勤めている。
もはや相手が公爵と言えども臆することもないし、そんな態度を取るわけにもいかない。
まして今は妻エリーゼが故郷でジュライ家の未来のために奮闘している。
アランも自分の戦場である王宮で頑張らなければと自らを鼓舞する。
「ふっ、伯父に脅されて姉の影に隠れて泣いていた小僧が偉くなったものだ」
グラッドストン公爵は以前に家督争いでアランが脅されていた一件については、庇護を頼まれてよく知っており、それを揶揄した。
「どこかの公爵様にお願いしても助けていただけなかったのですが、なんの縁もないダニエルという一介の騎士が命懸けで助けてくれました。
以来、義兄のためならば命も捨てる覚悟です」
アランは堂々と言い返す。
反撃を喰らった公爵は一瞬驚いたようにアランを見る。
「まあいい。
それで呼び付けた案件だが、ダニエルが王位にあるかのように各諸侯へ命令を下し、しかも従わない者は攻め潰してその所領を没収していると聞く。
明らかな越権行為、これは見逃せないぞ。
直ちにダニエルに謝罪させて、命令を取り消し、没収した所領は返還せよ」
公爵の命令にアランは反撃する。
「兄は総追捕使として全国の騎士に動員権があり、それを発動したまで。
違反した諸侯への処分については少し早まりましたが、いずれ朝議にもかけましょう」
諸侯の処分は王政府の議論を経て王の裁可が必要だ。
明らかな違反行為であるダニエルの行動を詫びるそぶりもないアランに公爵は立腹する。
「貴様、宰相の権限で身分やポストを剥奪して牢にぶち込んでもいいのだぞ。
法を無視する法衣貴族などその地位にいる価値がない!」
脅す公爵にアランは顔色ひとつ変えない。
「実効性なき法を守ることにどれだけの意味があるのでしょうか?
私の思う法衣貴族は力の裏付けがあり世のためになる法を実施することであり、公爵様とは意見を違えるようです。
なお、私が屋敷に戻らねば友人のバース将軍が心配して何処まででも探しにきてくれるようです。
持つべき者は友ですね」
ダニエルは実力行使を躊躇わないという言葉に、公爵はうっと言葉に詰まる。
それに追い打ちをかけるようにアランは言葉を続ける。
「エイプリル家とアレンビー家から公爵様の名での書状が送られたと報告がありました。
中身は、急ぎ軍を王都に上がり、王政府を助けよとのこと。
公爵様は義兄の力では王政府を守るのに不充分だと思われていますか?
ならばその実力をお見せした方がよろしいでしょうか?」
ダニエルに見つからないように諸侯に出した書状が見つかり、公爵は自らの預かり知らぬことと弁解するしかない。
王政府の上級貴族から犯人を探す約束をさせられ、冷や汗をかく公爵に、アランは最後のとどめを刺す。
「政はグラッドストン公爵に、軍事はダニエルにとの約束を破られ、公爵が軍事にも口を挟まれるのであれば、我らも政にも加わらざるをえないなと義兄が申しておりましたのでお伝えします」
ダニエルが一言言えば、クーデターでグラッドストン公爵らを引きずり下ろすなど簡単なこと、それを暗に言ってアランは引き上げる。
これだけ言えばしばらくは静かにすると思うが、北部征伐の間は公爵達には静かにしてもらわねば困る。
アランは公爵のグルーブからの内通者から密に情報を収集するなど監視の目を強めることにするとともに、政府役職者を自分の派閥の者に入替えをさせていくこととする。
ダニエルの覇業の促進に王政府の力も存分に使ってもらうことが必要だ。
そして同時にアランの力にもなる。
そう考えるアランの顔は青臭い若手貴族を脱し、もう一人前の宮廷政治家であった。
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