アース幕府の開設とその波紋
招集に応じた諸侯の軍が各拠点に集められてくる。
これまでのように慣れ親しんだ、手足のごとく使える地元の兵でなく、全国から集められる寄せ集めの兵を使うためには再編して運用できるようにする必要がある。
そう考えたオームラは地域ごとに軍を作り、指揮する将と兵士
を割り振った。
西部から集められた兵については、ヘブラリー家を中核としてバースの下に置いた。
南部の兵については、旧ジャニアリー家やメイ家を核としてオカダの下にし、王都周辺の畿内兵はカケフが指揮を取る。
大宗となるこの三軍の他に、そこに含まれない北部や東部などの兵はネルソンに率いさせ、諜報や遊軍にはヒデヨシを充てる。
そして、本領のジューン領の兵と古参の精鋭部隊はダニエル直轄の旗本軍とした。
オームラによる軍の新制は、エーリス国のすべての兵をダニエルの指揮下に置くという建て付けである。
実態は南部と西部が中心だが、いずれは全国のすべての諸侯や騎士にダニエル配下のどこかの軍に入るかを示している。
この、全国の武力をダニエルの下に入れるということについては、今まで全国を領域として王直轄軍であった騎士団との関係が問題となる。
これまでは山賊などの対処は当該領主が担い、領主の手に余れば、守護が地域の武力を動員し、更にそれを上回る外国からの侵略や大規模な反乱、一揆など、地域で手に負えない場合は騎士団が応援に駆けつけるという体制で臨んできた。
しかし、騎士団は内政不干渉をモットーとして、諸侯同士の所領争いや荘園の横領などには関与せず、王に従わずに、王国へ叛旗を翻した時のみに出動した。
ダニエルとアーサー王の戦争が始まってからは、中央の目が届かないのをいいことに地方では領地争いや横領、更に領民への苛政が続出していた。
しかし守護は有名無実となり、騎士団は動かず、困った中小領主や困窮した領民達は当初王政府に訴え出たが、勝訴の紙切れ一枚出すだけで実力の裏だけのない王政府に見切りをつけて、ダニエルを頼ってきた。
最初は、面倒がり、自らの預かり知らぬことと言っていたダニエルだが、アラン達による弱者を救うことは第一人者となった者の義務という説得と、ターナーが説く、裁判を行うことにより各地に恩を売れかつ手数料を徴収できるという実利に納得し、自らの屋敷に政庁を置いて裁判所を開設することを認める。
アランは自らが政庁の頭人となり、法律に通じた下級貴族を何人か引き抜いたが、文官の多くは怪しげな幕府への転職を拒んだため、脆弱な体制であった。
それでも、兎も角も裁判を行える体制を整え、それを大々的に各地に宣伝した。
王政府による裁判は縁故や賄賂が横行し、金に応じて判決が変わる上に、せっかく勝訴を勝ち取ってもそれを強制する実力もない。
ダニエルは能力のある者に金は惜しまず、またアランは役人が金で左右されることを激しく嫌った。
その政庁は清廉で、決められた手数料以外は金は不要であり、ダニエル軍という裏打ちもあった。
その後、訴人は王政府に行かずにダニエルの屋敷に向かうようになった。
世人は、ダニエルの屋敷に設置された政庁と、その後にオームラが作った武者所を合わせて、ダニエルの本拠地からアース幕府と呼ぶようになる。
政庁では、アランやオーエを筆頭とする文官が、訴人と被告から三度に渡って訴えを聴取し、判決案を作成しダニエルに上げて判決を下す。
ダニエルの名で下された下知書を持ち、勝者は現地でその実行を行うこととなっているが、敗者が従わない場合、勝者は再度幕府に訴え、ダニエルが兵を派遣し、実力行使を行う。
そしてダニエル下知書に従わない者の所領は半減され、抵抗すれば所領没収とお家お取り潰しである。
問題点として、敗者が王政府に訴え直すなど二重権力となっていることやダニエルの権力が及ばない北部や東部でその命令が実行されないということかあった。
ダニエルの全国統治を目指すためにはこれらの課題を越える必要があった。
この状況を踏まえて、オームラは北部討伐により、実効性ある全国的な武力の展開を狙っていた。
そのための下準備として、これまでの戦争ごとの成り行きでの動員をやめ、体系的な武力の準備・行使を行うため、ダニエル屋敷に政庁と並んで、武者所を作るようにダニエルに求め、自らがその頭人となる。
そのことはこれまで中央の武力を担っていた騎士団を棚上げすることにもつながる。
まずはこれまで騎士団を目指していた騎士の若者の目をダニエル軍に向けさせることとし、各地にダニエル直轄軍の募集をかける。
これまで諸侯や領主は、長男を後継ぎにして、次三男で武の才能がある者は騎士団に出していたが、今の時勢を見てダニエル軍に行かせる者が急増した。
ダニエル軍に入り、パイプを作れば近隣との所領争いでも有利になるかもしれない。
また、手柄を上げて所領をもらえるチャンスも多い。
騎士団からでさえ、団を抜けてダニエル軍に転身する者も増える。
騎士団幹部は不満を募らせていた。
「団長、騎士団から抜ける者や入団希望者が減少しております。
ダニエルめ、騎士団を潰すつもりか!」
大きな足音をさせ、退職者名簿を持って副団長のサミュエルが怒りの形相でやって来た。
騎士団は一部を国境の巡回に派遣し、後は騎士団領にて待機と訓練をしていた。
団長も王都近郊の騎士団領で書類仕事と訓練に励んでいる。
団長は読んでいた書類から目を上げて、副団長を見た。
「サミュエル、そう怒るな。
ダニエルも北部の討伐で忙しいのだ。
兵力もいるだろう」
「団長はダニエルに甘すぎます!
奴は各地から騎士を招集し、もはや諸侯軍とは言えない規模です。
しかも全国に新規の人員を募集しており、この体制を永続する意図は明らか。
このまま放置しておけば騎士団に代わって国軍となる恐れがあります!」
怒りのためか早口でがなり立てる副団長に団長は落ち着いた声で答える。
「なあサミュエル。
俺は騎士団の役割は終わりつつあるのかもしれんと思っている。
新たな国の形とともに新しい国軍が必要だろう」
「何を言われますか!
騎士団こそがエーリス国の柱石。
騎士団なくして王国はありませぬ」
副団長は驚愕して叫ぶが、応える団長の声は低く諦念が混じっている。
「お前は騎士団の財政を見ているから知っているだろう。
今や騎士団は騎士団領からの税収だけでは動けぬ。
我らはダニエルからの支援なくしては大規模な出動もままならぬ」
「昔は良かった。
馬と槍と弓矢を揃えて、兵糧だけをなんとかすれば戦に行けた。
そして騎士同士が突撃し合って直ちに勝負を決したから、金などいらなかった。
今を見ろ。
農業技術は改良され、穀物は増産して食糧は値を下げた。
そして所領からの農業収入は減少。
一方で、馬も鎧も値が上がり、暮らしも金がかかる。
近年、所領争いが増え、山賊が多数出没しているのは中小領主の暮らしが成り立たなくなっていることが大きい。
そして以前は教会や騎士階級を恐れ崇めていた庶民は豊かになり、社会的地位の向上を求めている。
王国の社会秩序の再編が求められているのだ。
アーサー王が変革しようとしたのはその動向を踏まえたものだが、残念ながら性急に過ぎ、やり方も拙かった。
ダニエルが台頭してきたのは、改革の機運があの男の器の大きさに流れ込んできたものだと思っている。
戦の形態も変わった。
騎士同士の決戦で決まるものはなく、歩兵や弓兵と組み合わせて騎兵という1兵科として使われるのみ。
更に籠城戦になれば物を言うのは歩兵の数だ。
この間のウエノ戦争の詳細を見たか?
王党派の伝統ある騎士たちは教会に籠もって籠城した挙げ句、投石機で吹き飛ばされ、勝負がついた。
我らが目指してきた、平野で馬を駆っての決戦などありはしない。
世の中も戦のやり方も変わった中、騎士団だけが伝統にしがみついても時代の遺物となるだけだ」
「そんな事をおっしゃらないでください。
我らは栄光ある騎士団とヘンリー団長に命を捧げる為にここにいるのです!
騎士が滅びるときは我らも滅びるときです」
副団長の悲痛な叫びに団長は言う。
「心配するな。
俺がいる限り、騎士の精神と騎士団は存在する。
たとえ老兵と言われようと、この生き方は変えられん。
しかし、時代の流れには逆らえない。
ダニエルは時代に乗っているのだ。
俺の子弟同然であり、弟子であるアイツがどんな世を作るのかを俺は見てみたい」
その言葉に副団長はキッと顔を上げる。
「だから、団長はアーサー王陛下の願いを聞かれずに、対ダニエル戦に騎士団を動かさなかったのですか?
王の直属たる騎士団が静観していたことには不審の声も上がっていますが…」
団長はそれを聞いて苦笑した。
「多少は私情も入っていたが、それは小さなものだ。
騎士団の懐具合は騎士を揃えて戦闘するのが精一杯の領地のみ。
戦闘員の騎士しか養えない財政状況のため、戦死者の家族や負傷者などの扶養はダニエルに頼んでいる。
そして歩兵などの支援部隊や輜重隊は、お前も知っての通り、王政府の給付と戦地の領主に依存している。
従って、国内諸侯と戦争するときは、どこがそのための金を出し、支援をしてくれるのかという補給の問題が出てくる。
人はもちろん、馬の食べる飼料や水の補給も莫大な労力を要する。
騎士団長が歴代、内戦に関わらないと言っていたのは、そのことを綺麗事で言い繕ってきたところが大きい。
数日ならともかく数ヶ月となれば、戦闘どころか生存すらどうなるか」
「それがわかっているなら王に訴えて、十分な領地を騎士団領に給付してもらえば良かったのでは?」
サミュエルの言葉を団長は淋しげに笑う。
「国一番の戦力とそれを発揮出来る環境を貰った騎士団長はいつでも王に成り代われるな。
補給できない体制は我らへの枷だ。
王は騎士団を強力だが、王から補給が来なければ動けない軍としたのだ。
そして、今回のダニエル戦だが、ニッタ軍などでも補給は既に困難な状況であり、王政府は騎士団まで補給する能力はなかった。
しかも、ダニエルには負傷者や戦死者の遺児の受け入れなど騎士団のサポートで世話になっている。
無理に出動しようとすれば、下の方の騎士に多い親ダニエル派との間で騎士団は分裂するぞ」
「そのような中、騎士団のバックアップをすべき王政府は半身不随。
最強の戦力を有しながら動くに動けないという我々騎士団はどうなりますか」
「ダニエルから北部征伐への誘いがあった。
北部討伐は、朝敵という名目もあり、騎士団が出動すればダニエルが補給をしてくれるらしい。
久しぶりに暴れてみてもいいかもしれんな。
その後のことは後で考えよう」
ヘンリー団長はそう言うと立ち上がって、若手の騎士の訓練場へと向かった。
サミュエル副団長は、その背中に騎士団の終わりを予言する寂しさを見出すとともに、自分は団長に殉ずることを決意する。
その頃、王都の王宮ではグラッドストン公爵がピット伯爵と密談を行っていた。
「ダニエルめ。
幕府開設だと何を考えている!王政府を乗っ取る気か?」
「大将軍には幕府を開き、政庁を置く資格がありますが、それは王政府からの判断に時間を要する長期の遠征を想定したもの。
今回のケースは明らかに逸脱しております」
怒りを露わにする公爵に、ピット伯爵は淡々と答える。
「王都で幕府を開き、裁判を行うなど言語道断。
王政府の存在を無視しているとしか思えない。
奴の非を鳴らし、貴族院で訴えるか」
公爵の考えにピット伯爵は異を唱える。
「公爵様、それは如何かと愚考いたします。
むしろこれは奴の勇み足。
貴族や教会の荘園を周辺の騎士共が押領し、返還を申し渡しても一向に言うことを聞かない件をダニエルに任せましょう。
正当な持ち主に与すれば騎士たちの反感を買い、横領した者に加担すればその理屈が成り立たず、貴族や教会からは侮蔑を受ける。
いずれにしてもやつの立場は悪くなり、その対抗馬として公爵様の株は上がる訳です」
それを聞いた公爵は明るい顔で上機嫌になる。
「なるほどな。
あれには裁きに関わる者が参っている。
法理に従い、貴族や教会の訴えを認めても横領した奴らは退こうともせず、金を払ったのに空証文とはどういうことかと王政府の評判が下がるばかり。
この苦労をダニエルに味あわせて、奴の評判を下げてやるのが良いだろう」
公爵達はそう言って、アース幕府の成立を見逃した。
確かにアラン達は持ち込まれる押領案件に頭を痛めていた。
「法理は元の持ち主にある。
しかしそれに従って判決を下しても、騎士どもは言うことを聞くまい。
ダニエル様、勝訴した貴族や教会側に立って押領者を処罰していただけますか?」
アランが義兄に尋ねたところ、ダニエルは鼻で笑う
「はっ!
オレは自らの身一つで頼ってくる弱者は守ってやる。
しかし、自分は偉いとふんぞり返り、金も名誉も持っている奴らは自力で守ればよかろう。
それができなければそれなりの代償を払って、頭を下げて守ってくださいと言うべきだ。
裁判の紙切れ一枚で財産を守ってやらねばならないほど、権門貴族や教会にオレは恩を受けていない」
いかにも実力主義のダニエルらしい言葉だ。
アランとオーエはその言葉を受けてどうするかを思案する。
そのまま判決とすれば王政府の法衣貴族から嘲笑されよう、かと言ってダニエルが頷かないままに法理通りの判決とすれば実効性のない、王政府と同じ轍を踏むこととなる。
(これは法理の問題ではないな。
実利重視の人間に聞いてみよう)
アランはターナーを捕まえて、意見を聞く。
迷惑そうなターナーだったが、話の概要を聞くとたちどころに言った。
「それは裁判でなく、双方納得した和解で行くしかないでしょう。
足して2で割るというのが商売人のやり方です。
分割して互いのテリトリーに手を出さないか、一定の金を払わせて手を引かせるか、そんなところではないですか」
「なるほどな。
その方向で判決はくださずに和議を勧めよう。
ターナー、助かったぞ」
「いえいえ、お安い御用です」
慌ただしく扇子を扇ぎながら立ち去るターナーを見ながら、アランは腹案を作る。
それから、アランの下僚は『荘園請』『中分』『補償金』を方針として訴訟中の当事者に和議を勧めた。
それは荘園を押領者に譲渡し、一定の税収を毎年納めさせる約束を締結させるか、荘園自体を分割し後は互いに不可侵とするか、どちらかが金銭を払って相手に手を引かせるかいずれかであり、それにダニエルの署名で裏打ちした保証を行うもの。
和議に納得せず、強硬に判決を求める者には長時間を要することを告げ、実質的に裁判は中止であることを悟らせる。
勿論、貴族や教会などの元の所有者から多大な不満が溢れ出したが、兎にも角にも幕府は最初の難関を乗り切り、秩序を取り戻した。
これにより、問題に対処できなかった王政府は頼りなしとの評価を受け、対照的にアース幕府は実質的な政府としての立場を確立する。
同時に王政府から気鋭の若手文官がアランの下に殺到し、幕府はその体制も王政府を凌駕してきた。
___________________________________色々と歴史から引っ張ってきましたが、新体制を書くのはなかなか難しいです。
おかしいところあればご指摘ください。
まあ、鎌倉殿の13人のような草創期だということでなるべく大目に見てください。
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