戦か和平か王の迷い

戦勝の勢いで王都に攻め込むか、一旦ここで立ち止まり勢力圏をしっかり固めるか、軍議は二分される。


その中では、勝利の興奮も冷めやらず、議論は親衛隊恐るに足らず、一気に王都を落とし敵を排除すべしという意見が有力となる。


ダニエルは領地の経営や家臣・庶民の暮らしを考えれば戦いの長期化や自領での戦闘は避けたかった。

(短期決戦の姿勢を示し、王に和平を結ばせるか)

ダニエルは決心する。

「よし、一気に王都を攻めて、戦を終わらせるぞ!」

「「おー!」」

歓声が起こる。


先鋒は、戦闘で活躍できなかったカケフの部隊が務める。

そこに王都近辺のアカマツやササキ隊が続き、その後ろにダニエルの本隊とオカダ隊、近隣諸侯、最後方にバース隊が付く。


動員した平民やターナーの人夫は賃金を与えて帰らせる。

その際、ヨシタツはエイプリルの部隊の帰還を願う。


「うん?

皆王都で手柄を立てると意気込んでいるが、いいのか?」

ダニエルは不審な顔を向ける。


「ダニエル殿の兵が出ていけば南部と西部はガラガラ。

どこから襲われるかわかりません。

私は後方を守備して、みなさんが安心して暴れられるようにしておきます」


ヨシタツの隣ではトモエが射殺さんばかりの目つきで睨んでいる。

ヨシタツは冷や汗を垂らしながらも、必死で説明する。

これは謀臣ハンベーからきつく言われていたのだ。

「ヨシタツ様、王都への攻勢は上手くいくか私は疑問です。

親衛隊も主力も残ってますし、王が呼び掛ければまだまだその力は侮れません。

いかなる場合もエイプリル家が残れるよう、ここは領地で静観しましょう」

このハンベーの言葉をもっともだと感じたヨシタツは粘った。


しばらく考えていたダニエルはそれを認めた。

「わかった。ヨシタツ殿の意見も一理ある。

後方をしっかり守ってくれ」


退出したヨシタツはすぐにトモエに首を絞められる。

「アンタ、何を言っとるのか!

ダニエル様を先頭に国を取ろうと言う時に後ろで控えている?

馬鹿も休み休み言え!

すぐにダニエル様に詫びを入れ、王都攻めに加わるよ!」


恐妻家のヨシタツも家の存続がかかるだけに譲れない。

そこへハンベーが迎えにやってきて主君夫妻の様子を見て発言する。


「トモエ様は大きな獲物を狙う時に矢を一本しか用意しませんか?」


「何を言っとる!

とどめを刺すまでに何本か持っておらねば逆襲されてしまうではないか。

当然何本も予備を持っておる」


「王都攻略もそれと同じ。

いくらダニエル様の軍が強力でも一度で落とせるかわかりません。

我らはその予備の矢となるもの。

今の兵も急遽動員したもので、時間をかければよりたくさんの強兵が準備できます。

闇雲についていくばかりが良策ではありません」


ハンベーの説得にトモエはうなずく。

「なるほど。

ハンベーは知恵者じゃな。

ヨシタツ殿、それならば早速帰国し、兵を整えようぞ!」


意気揚々と去っていくトモエを見ながらヨシタツはホッとしたように話す。

「助かってぞ。

しかしさっきの言葉はどこまで本気だ?」


ハンベーはいつもの薄笑いを浮かべた。

「はてさて、今後どうなるのかは神のみぞ知る。

いずれにしても実力が無ければ生き残れません。

兵を整え、いずれの事態にも備えましょう」


ダニエルは兵糧等の準備を整える為と称して兵の進撃を抑え気味にする。

これはレイチェルやアラン達文官の意見を入れて、王との交渉を平行して進めようとしたためである。


ダニエルも騎士団とぶつかる可能性があるため、できれば戦う前に有利な立場で和平をまとめたい。

こういう時の為に飼っていたチョウギを王都に急行させて、和平を持ちかける。


和平の内容は、①ダニエルの所領・官位は従前のままとする、②ダニエル派の文官を王政府の元の地位に戻す、③以後の政治については王はダニエルの意見を十分に聞くことというものである。


ノーマは戦勝したのだからと、領土の拡大、親衛隊の処罰を主張したが、レイチェルはまずは和平をまとめることを優先するように強く迫り、ダニエルもそれに同意した。


その頃の王宮は、親衛隊のまさかの大敗の知らせに大騒ぎとなっていた。

「兵数では遥かに勝っているのに何故負けるのだ!」

王は激怒していたが、戦場にいなかった重臣にはそれに答える術はない。


「親衛隊の幹部は全滅し、ダニエルは復讐に根切りだと叫んでいるらしいぞ」

「ダニエルに許してもらうにはジュライ家に話をしなければ。誰か伝手はないか」

貴族達は慌ただしく走り回る。


そこへダニエルからの使者が来たという知らせが来る。

持参した書簡を読むと思った以上に寛大な条件である。


隣で見ていた王妃は、「これならば呑めますね」と安堵する。


チョウギという使者は、ダニエルが王家を尊重する意志を持っており、今後は王陛下と仲良くやっていきたいと考えていることを滔々と述べる。


処罰もないようだし、以前に戻るだけであれば良いではないかという雰囲気になった重臣達の中で、一人立ち上がる男がいた。


宰相代理を務める王の寵臣トム・プレザンスである。

「陛下、よろしいのですか?

この条件を呑めば、二度と陛下の念願である君主独裁制はできませぬぞ。

先代のように単に王の座を守るだけでいいのですか!」


王は考える。

(確かにダニエルは勝者であり、こちらは敗者。王であり続けても権力を持てるかは疑問だ)


「何を言う、無礼者!

先代陛下は臣下に慕われ、王の権威を立派に守られた方。

そのような言い方は失礼に過ぎる!」

王妃が顔を真っ赤にして叱りつける。


先代は君臨するとも統治せずをモットーに、政治は臣下に任せ、象徴として家臣や国民に君臨し、親愛されていた。


先代は王に譲位する時に当たり、王夫妻に「政治は波があるが、王家はそれと浮沈を共にすることなく永続することを心掛けよ」と言い残していた。


王妃は当初、夫の権力掌握を見守り、手助けもしてきたが、王の失権や今回の敗戦で義父の言うことが見に染みてわかった。

我が子の王子が王位を継承するために、これ以上の危険な行為をやめてほしいというのが本音である。


しかし、王は、無為無策で王位にいるだけでは何のために自分がいるのかと思う。


長い沈黙が王宮の大広間を覆う。

王が沈黙を破る。


「ニッタ、クスノキ、ダニエルに勝つ術はあるのか?」


「「陛下!」」

戦に向けて心が動く王に王妃とプレザンスが正反対の意味で叫ぶ。


「奴の詐欺に引っかかり一度は敗戦しましたが、真正面からの戦であれば必ず勝って見せましょう。

兵も王の名を持って募集してすればまだまだ集まってきます。

このニッタにお任せあれ!」

ニッタ将軍は自信満々に言い切る。


「クスノキはどうだ?」

王は黙って瞑目する彼を促す。


「陛下、ダニエル殿と和睦することをお勧めいたします。

その和平案を見ても、かの人にさほど権力欲は見られますまい。

しかし、本気で争えば死ぬ気でかかってこられますぞ。

そこで苦しむのは庶民達。

陛下、国のことを考えれば、ダニエル殿の提案に応えましょう」


クスノキの言葉に王妃を始めとする和平派の貴族が頷くが、プレザンスとニッタは罵倒する。

「この臆病者!

負け戦でダニエルが怖くなったか!」


「いやしくも親衛隊幹部の高官に就かせていただきながら、陛下の命に背くなど言語道断。貴様から処刑すべきか」


二人の言葉を聞き、王は顔を顰めて止める。

「やめろ!

クスノキは衷心から言ってくれているのだ。


しかし、クスノキよ、戦うか否かは余が決める。

今は勝つ術があるのかを教えてくれ」


苦渋の表情を浮かべながらクスノキは重い口を開く。

「ダニエル殿は野戦の名手。戦勝の勢いもあり、真っ向からの決戦は避けた方がよろしかと思います。

必勝を期すならば、まずこの王都を放棄し、ダニエル軍が王都に入ったところをニッタ殿と私で補給路を断ち、シンセングミなどに王都での嫌がらせの襲撃を続けさせて、弱体化を図ります。

その上で、北東から軍を率いてくるキタバタケ殿と示し合わせて、包囲攻撃すれば勝つ見込みは高いと考えます」


「馬鹿な!

王都を放棄するだと。

王陛下に逃げ出せというのか!

ここを守ってこそ貴様らの存在意義があるのだろう」

貴族からブーイングが起こる。


「王都は攻めるに易く、守るに難い地。

陛下の言われる勝つ術をということであれば、愚かな臣にはこれしか思い付きませぬ」

クスノキは言い終わったとばかりに黙り込む。


「陛下、王都の放棄などなりませぬぞ!」

重臣の言葉も耳に入っていないのか、王は尋ねる。


「その策であれば勝てるのだな?」

「戦は天の運に左右されます。

しかし勝利の確率は高いと思います」

クスノキの言葉に満足がない頷き、断を下す。


「その策を採用せよ。

余と王族はヨシノに移る。

文官も供をせよ」


ヨシノと言えば、堅固な地形だが王都から距離があり、盛り場も文化も何もないところだ。


貴族達はそんな僻地にと真っ青になる。


そこに足音も荒々しく騎士団長がやってくる。

「陛下、ダニエルが和平を呼びかけておりますな。

条件を見ましたが良い落とし所。

応じなされ」


「ヘンリー、何を言う!

臣下に条件を示されて応じるなど降参人のすること。

王がすべきことではないわ」


子供扱いのような団長の言い草に王は怒りをを覚え言い返す。


「陛下、ダニエルから手を差し伸べているのです。王家の伝統である君臨するとも統治せずに戻り、政は臣下にお任せください」


それを聞き、ますます王の怒りは増す。

「黙れヘンリー!

ダニエルが貴様の愛弟子だからと口出しをするな!

政は騎士団長の仕事ではあるまい。

誰が助言を求めた!」


そこまで言われれば団長は黙るしかない。

王はさらに追撃をかける。

「安心しろ。

貴様にダニエルと戦えとは言わん。

さっさと騎士団に戻り、国境で外敵に備えていろ」


もはや団長は何も言わずに立ち上がり、王と周辺の者を睨みつけると無言で立ち去った。


「陛下・・・」

心配そうな王妃に王は囁く。


「後でフォローする。

この満座の前で弱腰は見せられぬ。

大丈夫。ヘンリーは余のことをよくわかっている。

ダニエルに一撃を与えたら、ヘンリーに仲介させて余に有利な条件で和平する。

戦は長引かさん」


王と王妃の密談に割り込む者がいた。

「陛下、クスノキの案より更に名案があります」

王都近辺の有力領主にして、主人を裏切る下剋上によりのし上がってきたマツナガが得意げに立ち上がる。


「何だ、言ってみろ」

話を邪魔された王は不機嫌に言う。


「ダニエルは和平に乗り気。ならば話し合いをしようと王都に誘き寄せましょう。

そして少数で来させたところを囲んで討つ。

ダニエルがいなければ首魁はなくなり、残るは烏合の衆。さすれば犠牲者もなく勝利を確実にできるというもの」


得意顔のマツナガに、ニッタもクスノキも心ある貴族も嫌悪の目を向ける。

そして王の言葉を待つ。


ガシャーン!

王は側にあったグラスを地面に叩きつける。

「耳が腐るわ!

これは余の新しい政治の基礎固めとなるもの。世人に胸を張れる勝利でなければ意味がないのがわからんか!

マツナガ、貴様は当分余の前に顔を見せるな!」


一同の嘲笑を受けて、マツナガは恥ずかしさのあまり顔を伏せて退出する。

クスノキはその暗い後ろ姿に不気味なものを感じながら見送る。


そして、王は待たせていたチョウギにダニエルの和平案の拒否を告げ、臣下を集めて遷都と戦支度を命じる。


「「戦だ!」」

すぐに噂は王都に広がる。

王都民は大騒動となった。




















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