貴族達との対決の準備
王都は各地の兵士があちこちでたむろし、街なかの雰囲気は騒然としている。
兵士達は与えられた給金を持って酒や女を買いにうろつき、小競り合いやケンカも頻発する。
兵士の中で勢いのあるものはダニエル軍である。ジェミナイとの大戦に勝ったことから肩で風を切って歩いているが、カケフからは諍いを起こすな、市民に迷惑をかけるなと徹底されており、むしろ各地の領主の兵や傭兵の起こすトラブルを制止する側に回り民衆からは好感を持たれている。
一方、その人気を見て衛兵や親衛隊は愉快ではなかった。
衛兵は王政府の指示のもと、貴族の警護、民衆の取り締まりを行っているため、貴族の犬と見られている。
親衛隊は、王による直轄の軍として創設されたが、間もなく王が失権したため、貴族からはその解散も議論された。
しかし、騎士団が団長の下、必ずしも王政府の言う通りに動かないため、都合よく使える兵として残すこととなった。
しかし貴族が隊長であるキタバタケ隊を除き、その待遇は低く、貴族に便利使いをされている。
今は衛兵に組み入れられたシンセングミの組長コンドーは副長ヒジカタに愚痴をこぼす。
「街に遊びに行くと、どこに行ってもダニエル軍の兵がモテていて、衛兵なんて言うとソッポを向かれる。
俺だって好きで貴族の使いパシリをしているわけじゃない。
くそ、ダニエル軍め。少し前まで同じように貴族の足元に跪く境遇だったのが、ちょっと勝ったからとデカい顔をしやがって」
「愚痴を言っても仕方ないだろう。
奴らは実績を上げているが、俺たちは王政府の言うがままに貴族の犬として民衆を抑圧しているだけだ。
しかし、大貴族どもが捕らえられ、流れは変わりそうだ。機会をとらえて成り上がれるかもしれん。牙を研ぎチャンスをうかがおう。」
ヒジカタは怜悧な表情でそう返し、隊員の訓練に励む。
親衛隊でもキタバタケ隊を覗くニッタ隊、クスノキ隊で同じような議論が交わされる。
番犬のような扱いをする貴族への憤懣、従順でなく面従腹背の民衆への怒り、そして急速に勢力を伸ばして差をつけていくダニエルへの嫉妬、これらが絡み合って現状への不満、その打開を待ち望む。
一方、これまで差別に甘んじていた賎民やスラムの貧民達は、そこを出てダニエル軍で戦ってきた兵士が戻ってきて話す武勇談を聞き、貴族やその配下の兵への恐れがなくなっていく。
「あの衛兵ども、威張ってやがるがろくに戦争したこともないんだろう。アイツらが無茶言ってきたらオレたちが庇ってやるからな」
「雲の上の偉い人と思っていた副宰相だってダニエル様にかかればすぐに牢獄行きよ。
ダニエル様は無敵の英雄。怖いもの無しだ」
ダニエル軍の兵になった先輩達のそんな話を聞いた若者はダニエルに憧れ、貴族や衛兵に反抗的な態度で向かう。
兵がうろつき、下層民が勢いづく、そんな騒然とする王都において、大半の貴族たちが難を避けるために屋敷に籠もる中で、若い貴族の中には逆に今こそ下層民を押さえつけ、貴族の怖さを思い知らせるべきと思う者もいた。
「どけどけ!ホルト伯爵様達のお通りだ。
ボヤボヤしていると轢き殺すぞ!」
門閥貴族の一門の若い貴族達が馬に乗って、庶民の集まる商業地区を私兵を連れ威嚇しつつ巡回する。
人混みの中を護衛が鞭を振り回して怒鳴り散らしながら、道を開けさせ、そこを貴族が横柄に進んでいく。
「コイツら平民は言葉を話す家畜よ。税を納め、若いやつを兵に出せばいいのだ。
それを民の暮らしを考えねばなどと、ジュライ家のアランなど甘ちょろいことをいうからつけあがらせる」
一人の貴族が言うと、他の貴族が頷き
「その通り。言うことを聞かない馬と同じように鞭で教育しなければならん。
ババア、目障りだ」
と逃げ遅れた老婆に鞭を当てようとする。
「キャー」
老婆の孫娘らしき若い女が老婆を庇って鞭を避けようと倒れ込む。
「貴様、平民にしては美しいな。俺が可愛がってやろう」
その娘を連れて行こうとする貴族を見て、これまでなら同情しながらも目を伏せていた民衆だが、今日は違っていた。
「このクソ貴族が!」
「俺たちはお前達の奴隷じゃないぞ」
「町のアイドルのキャシーを連れて行かせるな」
悪罵を投げつけられるとともに次々と投石され、貴族と私兵は身動きが取れない。
「この平民どもが!」
怒った貴族は抜剣し、群衆の方へ駆け寄るとむやみやたらと剣を振るい、数人に斬りつけ血を流させる。それを見た群衆は激昂した。
いつの間にか石だけでなく棍棒や丸太が持ち出され、貴族達は四方から叩かれる。
たまらず落馬したところを群衆に呑み込まれ、若手貴族達は撲殺された。
それでも収まらない群衆は、隊列を組んで「貴族の暴政反対」「ダニエル様我らを救ってくだされ」などと喚きながら、貴族屋敷や衛兵の屯所を襲撃する。
貴族達は民衆の自分たちへの反抗に驚き、王政府を動かして衛兵や親衛隊を動員し、商業地区や平民達の居住地に派遣、治安の維持と貴族への反抗者を捕らえようとするが、ダニエル軍がこれらの地区を守備し、中に入れさせない。
王政府とダニエルは軍を対峙してお互いに睨み合う事態となった。
グレイ副宰相らがマーチ宰相に嘲笑されながら這々の体で自宅に帰り着くと、このように事態は急を告げているという報告を受ける。
グレイは自派をはじめ広範に貴族に使いを出して今後の検討を行おうとするが、思ったよりも少人数しか集まらない。
「貴族ともあろうものが、マーチやダニエルを恐れているのか。
なんとだらしがない!」
グレイは苛つくが、何度も招集してなんとか人数を集める。
会議ではグレイの勢いに押されて来てはみたもののソワソワと早く帰りたそうな中立派が多い中、グレイ派の貴族からは威勢のいい意見が飛び出す。
「貴族会議にダニエルは出席すると返事が来たようだ。
そこで弁の立つ貴族に追求させれば弁論ができるわけがないダニエルは言葉に窮する。そこで多数決で有罪に持っていき、そのまま衛兵に処刑させればどうだ。
我らが多数派なのは明らか。最後は押し切れる」
「ダニエルの軍は王都だけでなくあちこちにいるぞ。彼らが反乱すれば一大事。処刑は難しいとしても領地の削減や官位の剥奪などの処罰はできるだろう。
それにも反抗すれば王命で反逆者として大義名分を得て、王政府の軍はおろか、各諸侯の軍を集めて攻め滅ぼす」
「日和っているマーチもこの際ダニエルに連座させて失脚させれば良い。
そもそもダニエルが増長したのはマーチの責任。マーチには宰相を降りさせて隠居させるか」
「そうしてマーチの派閥とダニエルの息のかかった輩は王政府から追い出す。そうすれば我らの思うがまま」
意気軒昂な彼らは次に貴族会議での弾劾者を選定する。
「ここは貴族の中でも雄弁で名の通っているキケロに任せよう。
彼ならば鋭くダニエルを追い詰めるに違いない」
そこにいたキケロは、お任せあれと力強く答え、盛大な拍手を浴びる。
意見は纏まった。
後は前祝いだと酒宴になる。
帰りたそうな中立派の貴族も取り込まねばならないグレイは彼らに話しかける。
「卿らはダニエルの武力を恐れているのか?
恐れることはない。ダニエルが我らを解放したのは貴族の権威に怯えたため。
奴め、自らの暴挙にようやく気付いたのだろう。田舎者の次男なので物事がわかっていなかったのだ。貴族の猛抗議で目が覚めて、今頃冷や汗を流しておる。
奴の教育をしていなかったマーチも同罪。
アイツらを処罰して貴族の権威を諸侯領主に再認識させる良い機会だ」
中立派の貴族はなるほどと頷き、調子を合わせる。
酒宴の場では民衆の反抗が話題になる。
「身の程を思い知らさねばならん。ダニエル派のアランなどが民を甘やかすのがいかんのだ。この機会に徹底的に弾圧し反抗など考えもしないようにしてやる」
彼らの宴は深夜まで続いた。
グレイらを解放したダニエルは貴族会議での作戦を練っていた。
「どうしても追い詰められれば仕方なく王の綸旨を出し奴らを捕らえるが、王への借りが大きくなるので使わずに済ませたい。
そのための知恵を出して欲しい」
ダニエルの言葉にアラン達は考える。
「貴族会議では保守派からはおそらくキケロが弾劾を行うでしょう。頭の回転が早く、弁論に長けた男。この男に対抗するのは容易ではありません」
オーエの言葉にダニエルは唸る。
ダニエルはもともと弁論は得意ではなく、騎士団での議を言うなという教育で、不言実行タイプである。
「オーエ、お前が代理で話してくれないか」と頼むが、彼は、「私ではキケロに太刀打ちできますまい」と難色を示す。
困り顔の一同を見て、タヌマが案を出す。
「私の知人に縦横家のソシンとチョウギという者がおります。鞭打ちの刑にされても舌があれば巻き返せると嘯く男です。何かの時に役立つかとパイプを作っておきました。彼らを使いましょう」
「よし、連れてきてくれ」
ダニエルはその怪しげな男たちに会ってみることとする。
やってきたのは堂々たる押し出しの壮年の男たち。
二人とも話し始めると立て板に水のように流れるように話していき、内容も筋道が立っている。
ダニエルはこれならばと見込み、今の窮状と貴族会議での弁論を頼むと、待ってましたとばかりに胸を叩いて引き受ける。
その時、アランが疑問を呈する。
「しかし、貴族会議で発言できるのは貴族だけではなかったですか?
この者たちでは資格がないのではないかと思いますが」
それは盲点だった。
気づいたのは貴族会議に出たことのあるのはアランのみ。
しかしオーエは、貴族会議の規則を詳細に読み、こんな規則を発見する。
『議長が認めるときは、本人に代わり代理を立てることができる』
「しかし、それは病気などで出席できない場合に世子などが代わりを務めるもの。こんな貴族でない他人に自己の弁護をさせるなど聞いたことがありません」
アランの懐疑的な発言に被せるようにダニエルが言う。
「アラン、心配するな。一応の根拠があればいいんだよ。
幸い議長はマーチ宰相。事前に話を通しておけばなんとでもなる。
会議での弾劾を切り抜ければ後は実力が物を言う。
よし、これなら王に大きな借りを作らずに行けそうだ。
頼むぞ、お前たち」
武力なら自信のあるダニエルも口舌の戦いにはからっきし無力だ。
だからといって、言論を無視軽視することが政治を行う上で後々響いてくることはレイチェルからも言われている。
この助っ人の縦横家に期待するしかなかった。
マーチ宰相との話はすぐに済んだ。
彼も貴族の動向を探っており、グレイがキケロを使ってダニエルとともにマーチをも引きずり落とそうとしていることを掴んでいる。
そして王に復権の手がかりを与えたくないのも同じ気持ちである。
マーチはダニエルと約を結び、ダニエルの代理人を認めることとする一方、縦横家の片割れのソシンを自らの弁護に借り受ける。
さて、準備を整えいよいよマーチは貴族会議を招集する。
同時にダニエルは密かにタヌマとターナーを呼び、クリスを同席させる。
「裏工作はどうなっている?」
「金を欲しがる者には金を、弱みを握れた者には脅し、地位が欲しい者には官位をとかなり切り崩しは進んでいます。
キーマンで頑なな者にはクリス殿率いる闇部隊を使って夜間に屋敷を襲撃し、家族の命がかかっていると脅迫しており、少なくとも中立にはなろうかと」
タヌマの答えにダニエルは溜息をつく。
「こんな薄汚れたことまでしなきゃならんとはな。普通に訴えれば道理はこちらにあると思うのだが」
「それはダニエル様が正道を歩まれているから思うこと。政治はどんな手段でも勝たねばなりません。さもなければ全てを失うというもの。
ダニエル様は今や国政の台風の目。政治家としての心構えをお持ちください。
金、女、スキャンダルなども政治の世界での兵法です。我らが武器を用意するので存分にお使いください」
ターナーも口添えする。
「やれやれ。いつになっても楽にならん。
それどころか汚い泥に塗れていくような気がする。
クリスもやりたくない仕事をさせてすまん」
「いえ、私の仕事はダニエル様を支えること。ダニエル様が表に立てない仕事をこなすのは当然です。気になさらずにお使いください」
乳兄弟の言葉に、こんな苦労を部下に強いる以上、徹底的に勝つしかあるまいとダニエルは決意した。
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