弁論戦プラス場外戦

貴族会議の当日、グレイ副宰相は堂々たる服装で自派の貴族を多数引き連れ周囲に勢力を誇示しつつ会議室に現れた。

(もともと貴族の主流派はワシの傘下。ダニエルやマーチが必死で切り崩しをしているようだが昨日の票読みでは固く見ても6割以上はこちら側。

そもそも貴族の特権を犯す奴に付くはずがない。ダニエルとマーチの泣きっ面が楽しみだ)


時間になると議長席にマーチ宰相が姿を表す。

そして驚いたことに、いつもは空席の議長席の後ろの貴賓席に王が来ていた。


(何故王が来ている?

失権以来、発言権を失い座っているだけの貴族会議に姿を現したことはなかったのだが)

そして王の表情を見ると上機嫌のように見える。

グレイは、ダニエルの失墜を王が同病相憐れむものとして見物に来たのかと推測する。

(権力を失うとは惨めなものだ。誇り高かった王も人の不幸を見て喜ぶようになるとはな)


そしてダニエルはまだかと彼の席の方向を見る。

すると、ダニエルの席に見知らぬ男が威風を払って座っていた。

「あやつ何者だ?」

何人もの貴族が不思議そうに声を上げる。

そこでマーチ議長が開会を宣言し、静粛にと発言する。


グレイは挙手して立ち上がり、発言する。

「そこのダニエル卿の席に座る者は何者か。まさかダニエル卿がそのように顔かたちを変えたわけではあるまい。

それとも貴族の権威を犯した罪の重さをようやく理解して顔まで変わったか」

その揶揄する言葉に自派の貴族は一斉に手を叩き、嘲笑する。


その嘲る声を聞きながらチョウギは昨晩のソシンとの話しを思い出す。

「チョウギ、明日の貴族会議は大丈夫か?

相手はこれまで弁論で負けたことがないと有名なキケロだぞ」

「相手が有名なだけ勝てばこちらの名も上がるというもの。一生を賭けた大勝負よ。それにな…」


言いかけてそこから言葉を濁すチョウギに代わり、ソシンが苦笑いをして言う。

「それに、負ければダニエル卿が生かしておくわけがないだろうと言うのだろう。

ダニエル様自体は噂ほど恐ろしい方とは思わなかったが、しくじれば配下の猛獣のような騎士達は許してはくれまい。

チョウギ、ここが正念場。キコク先生のところで学んだ全てを吐き出せ」

「おうよ。言われるまでもないわ」


チョウギはそのやり取りを思い出して、丹田に力を込め、気合を入れてから立ち上がる。

「私はダニエル卿の代理を務めるチョウギと申します。本日はよろしくお願いします」


「代理だと!それも貴族でも親族でもない男に!

許されん。直ちに退出せよ」

貴族達の声が議場に響く中、議長席のマーチが机を叩き、静粛にと声を張り上げる。


「議長。会議を始める前に議員の資格を持たない者が入り込んでいる。

衛士に命じて排出してもらいたい」


「ああ、それはダニエル卿が代理を立てたいと言ってきたので認めたまで。

これは議長の権限だ」

グレイの要求にマーチ議長は淡々と答える。


「更に言えば、儂の議員席にも代理を座らせておる。まさかとは思うが、儂に難癖をつけようという輩がいるという噂が聞こえてきた。

この神聖な議長席からそんなことに反論するわけにもいかん。議長は中立であるべきだからな。やむを得ず、代理を立てた訳だ。

わかったか」


マーチの長広舌にグレイとその子分の貴族は真っ赤になって怒るが、規則を読む限り議長の権限である。

前例がないと粘るグレイに、キケロが言う。

「何、あの代理人を論破すればいいのでしょう。お任せあれ」

その自信に満ちた表情にグレイは安堵し、では頼むと後を任せる。


「グレイ卿、つまらんイチャモンはもう気が済んだか。

着の身着のままの哀れな姿で放り出された時は貴族とは見えなかったが、今日は立派なお姿で見違えるようだな」

マーチ議長の揶揄にグレイは立ち上がろうとするが、キケロに小声で囁かれ、ぐっと堪える。

「卿を怒らせて、議場を混乱させこのまま会議を解散に持ち込むつもりです。

ここは我慢を」


「議長、議事の進行をお願いする」

グレイは努めて冷静に発言する。


怒らなかったか、チッと舌打ちしつつ、マーチはやむを得ず議事を進める。

今日の議題は、ダニエルによる貴族の不当な拘束をグレイが訴え、その一方で、一部貴族のジェミナイ国への内通をダニエルが訴えている。


まずはグレイ側からの弁論である。

キケロが立ち上がる。

「ダニエル卿による貴族の邸宅への乱入、貴族の拘束・連行はすべて法に違反し、許されざるもの。

これまで我が国でこのような重大な違法行為を白昼に行われることはなかった。今後の再発を防ぐためにもダニエル卿を厳罰に処すべし。

これは貴族の名誉と権利を守るために必要不可欠なことだ!」


そうだ、その通り、ダニエルは死罪だと背後から多くの声が上がる。

そこでキケロは一息を入れ、周りの貴族を見渡し、自らの言葉が浸透していることを確認すると、言葉を続ける。


「更に、ダニエル卿がこの暴挙に出たのは後見人とも言うべきマーチ宰相の責任も大きい。

地方諸侯の次男で騎士団員上がりのダニエル卿に貴族の世界のルールが理解できないのは仕方ないとしても、孫婿に迎えた彼に最低限の教育をするのは、有数の大貴族であるマーチ宰相の務めであることは言うまでもないこと。

これほどの重大な事件への責任、ただの辞任ではすみませんぞ」


「済まなければどうするのかね」

マーチは議長席であくびをしながら、バカにした表情でそう言った。

その背後では王が面白そうに見ている。


キケロはその挑発に乗らずに、冷静に貴族に訴える。

「マーチ議長が貴族の権利を尊重していないことは今の態度でよくおわかりになったでしょう。議長即ち宰相の解任、更に降爵や所領の半減ぐらいの厳罰が必要でしょう」


「もう時間だ。言いたいことは終わったな」

マーチの言葉にキケロは最後に一言付け加える。


「私からはダニエル卿への処罰として、子爵への降格、所領をジャニアリー領のみとし残る所領は没収、更にその軍の規模を2割まで削減することを提案します。

そして、マーチ宰相については先程申した通りの処罰を提出します。

以上の2点を貴族会議で審議願いたい」


議場を降りると、満場の拍手が出迎えた。

(勝ったな)

キケロは確信する。


「さて、では私の弁論を開始いたします」

チョウギは立ち上がり議場に話を始めるが、キケロの演説を聞きガヤガヤと私語をする貴族たちはろくに聞いていない。

バーンと机を叩く音、そして「ダニエル様が」というチョウギの大声。

何事かと全員が議場を見る。


そして注目を集めたチョウギは言う。

「このように人々の注目を集めるときは大きな音と刺激的な言葉を発する訳です。では始めましょう」

毒気を抜かれた一同はチョウギの弁論に耳を傾けることとなった。


「先程のキケロ様の見事な演説、思わず聞き惚れました」

まずは相手を持ち上げるところから始める。


「しかしお忘れなのか、大事なことが抜けていました。

ダニエル様がわざわざ法を犯して貴族様たちを拘束した理由。

それは敵国の侵略と戦っている最中の内通、その証拠をいち早く押さえるためです。その一例がここにあります」


そしてチョウギは紙を取り上げ、読み上げる。

『ジェミナイ国王様

最前よりお約束しているとおり、ダニエルの軍を打ち破っていただければ、敗走したダニエルに対してこちらからも兵を出し、挟撃いたしたいと思います。

そしてダニエルとその一党を鏖殺し、後顧の憂いをなくした後にジェミナイに西部地域を割譲しそこを新たな国境といたします。

その後、我らの王都サターンにおいて王を退位させ、私が新たな王となり、正式にジェミナイ国を宗主国とする両国の盟約を結びたいと存じます。


あなたの忠実な下僕 グレイ』


「なんだと!

グレイ卿が王になり、我らがジェミナイに従属するなど聞いていないぞ!」

立ち上がって叫ぶ貴族が出てきて、グレイの陣営で騒ぎが起こる。


「おやおや、ではどんな約束をすると聞かれていたのですか?

これは内通の自白。

議長、私はグレイ卿以下の謀議に加わった方への内通罪を提起します」

チョウギはにこやかに問いかけ、罠にかかったことを知った貴族は蒼白に、グレイは苦虫を噛み潰したような顔となる。


(おかしいな。明らかな内通の暴露が出ても思ったほどこちらにつくという雰囲気がない)

チョウギは内通を白状させれば貴族はこちらにつき有利になると踏んでいたが、彼らからは、内通、それがどうしたという空気を感じる。


(クックック、素人が!

貴族の関心は国よりも自分のこと。

すでに終わった内通よりも貴族特権が奪われることのほうが心配なのだ)

キケロは内心そう思う。


(こいつら貴族は腐っているな)

心の中で思いながらチョウギは言葉を続ける。

「さて、これほど明白な内通の証拠を確保するためには軽微な違法行為はやむを得ないものであることは明らか。

そのことは国政を担う賢明な皆様にはよくおわかりでしょう」

しかしチョウギの言葉は貴族の心には響かないようで、再び議場は騒然とし、早く決を採れという声も聞こえる。


中立派という名の日和見のグループをまとめるアスキス伯爵はその様を見ながら考える。

(両派から秋波を受け、金やポストの約束などを受けてきたが、これではグレイの勝ちだな。

名を馳せたダニエルも所詮は武人。血を流さぬ戦いは不得手か。

もう一波乱あれば更に懐を温められたのだが、見切りが大事。

そろそろグレイに乗り、俺が勝ちを決めたことを印象付けていいポストを貰うか)


アスキスが立ち上がり、採決を求めると発言しようとしたとき、黙っていたチョウギが再度話し出す。

「なるほど。

国政よりも自己の利益という方も多いようですな。

ならば、もはや皆さんは国政を担うに値しないということ。

外の声が聞こえませんか。

民衆もそう思っているようです」


そう言われると確かに外が騒がしい。

「貴族を打倒しろ!

奴らの暴虐を許すな!」

「ダニエル様、奴らを倒し、我らをお助けください!」


議場は王政府深くにあり、衛兵が厳重に警護し、民衆が入ってこれるはずはない。

慌てて若手貴族が外に出ると、議場は民衆と兵に囲まれていた。

「守備している衛兵はどうした?」


貴族達の狼狽した声に王が面白そうに言う。

「軍権は一応余が持っている。

衛兵が休暇が欲しいというので許可をしてやったぞ」

そう言えば軍務大臣はマーチの子飼い。


(やられた。弁論で勝てないことを考えて実力行使の脅しに来たか。

おまけにその為にダニエルとマーチは王と組むとは。

奴ら、そこまでやるか)

王を徹底的に干すというのは貴族の総意のはず。

それを破る行為にグレイは青ざめた。


外の声に気圧され、静かになった貴族を見ながらもキケロは諦めなかった。

立ち上がり弁舌を振るう。


「ここで挫けてどうするのだ!

ダニエルの思いのままとなれば貴族の地位はなくなるぞ。

我らの父祖の誇りをかけて奮起せよ。

団結して貴族の威厳を示せば民などひれ伏すに決まっている!」


「さてさて、皆さんの一挙手一投足は見られています。

ここで国賊である内通者に味方するのか、国のために働くのか、真の貴族として取るべき道は一つでしょう」


チョウギに続き、ソシンも発言する。

「そこの拘束されていたグレイ卿たちを解放するために骨を折ったのは他ならぬマーチ議長。そのお陰でここに出席できたのに、舌の根も乾かぬうちに恩人を糾弾するとは人の道を外れた行い。

高潔な道義を求められる貴族の皆様にはどうすべきかはおわかりでしょう」


その言葉を聞き、アスキス伯爵は血の気が引いていくのを感じる。

(ダニエル、野蛮な武人め!

神聖な議場近くに民衆を入れて威嚇するとは、許せん!

しかし、もはや貴族のルールを守るつもりはないということ。

奴に逆らえば何をされるかわからん)

彼の傘下の貴族はみな恐ろしげにアスキスの顔を伺っている。

ここで命を賭けても貴族の誇りを守るか、ダニエルに従い安穏に生きるか二者択一を迫られる。


静まった議場を見渡し、マーチ議長は発言する。

「他に発言もなさそうだ。これより採決する。

ダニエルを有罪とする者は挙手を」

キケロは勢いよく、そして後はグレイのグループから手が挙がる。


「少数であり否決。

次にマーチを有罪とする者は挙手を」

こちらは更に少ない。グレイグループからも脱落者が出る。

ダニエルという猛獣にはそれを操れるマーチが欠かせないと貴族たちは思ったようだ。


「これも否決。

ではグレイ卿を有罪とする者は挙手を」

勢いよく挙手するマーチグループと周りを見ながら恐る恐る手を挙げる者。

しかしせいぜい3割ぐらいか。

中立派の大勢はアスキスを中心に黙って座り続ける。


そこにドーンと扉が開いてダニエルと側近が十数名完全武装で入り込み、議場の貴族のうち挙手しない者、特にアスキスを睨め回す。


ダニエルがタヌマから聞いたところでは、アスキスは金を受け取りダニエルに付くと約束した筈だ。にもかかわらず、この場でダニエルに賛成しないとは戦場で言えば裏切り者である。

「裏切れば殺す」

ダニエルはアスキスの側に来て囁く。

震え上がったアスキスとその一味は慌てて手を挙げる。


他の者も過半数に行きそうなその勢いを見て、一斉に挙手が増える。

(もうグレイは終わりだ)

そんな声が密かに聞こえる。


挙手する者が8割にもなろうとするのを見てグレイは瞑目し、キケロは絶望の言葉を吐く。


そして最上部で見ていた王は残念な形相で思う。

(ダニエルめ。最後は窮して余の渡した勅語を使い、グレイを捕らえると思ったが、なんとか多数を確保し、会議の名目は立てよったか。

余への借りは作りたくないという意思表示だな。

まぁいい。まずは復権への足がかりはできた。ここから巻き返してやるわ)

















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