政治音痴ダニエルと三頭政治の成立

グレイ一党を有罪と決定して貴族会議は解散した。グレイ達はそのまま衛士に拘束されて帰宅を許されずに罪人塔に幽閉される。


それを見届けて、マーチは王とダニエルを議長室に誘う。

政敵を失脚させ、マーチは自分が全貴族の代表となったことを喜ぶ一方、王の復権を招いたことを憂いていた。

(ダニエルを懐柔して味方につけ、王を抑え込むしかあるまい)


王もマーチを警戒し、既得権益層である貴族からどこまで権力を取り戻せるかを考慮しダニエルを味方につけられないかと考えていた。


そのダニエルは、内通者を処罰できたことでひとまず安堵し、後は領地に帰る気満々であった。

ヨシカゲ解放の身代金交渉などのジェミナイ戦の処理がまだ残っている。家臣への恩賞もまだだ。オカダやバースに後を任せてきたが、戦時体制で疲弊した領地も気になり、妻子にも会いたい。

それにダニエルの育った地だが、陰謀渦巻く王都には嫌気が差していた。


各々がその思いを胸にして、三者会談が始まった。

開口一番、ダニエルは言う。

「私が求めるのは裏切り者の処罰のみ。

奴らのために死んだ部下の供養のため、本来なら死罪にするところですが、お二人が反対されるので、彼らの流罪で手を打ちましょう」


「どのくらいの範囲を考えているのか」

貴族の支持を得たいマーチ宰相は、最小限としたい。


「グレイの党派の者はみんなです。あの場で挙手しなかった者はすべて有罪。

ああ、陛下や宰相のお手を煩わすことはありません。

私の手の者が実行いたしますので、ではよろしいですね」

あっさりと言ってのけるダニエルに王とマーチは驚く。

それでは3割もの貴族が罪に問われる。

貴族社会は縁戚で繋がる互助世界だ。

そんなことをしたら全貴族は敵に回るだろうし、いずれにしても大審院で裁判して量刑を決める必要がある。


「ダニエル、貴族を裁くのは即決する軍法会議ではないんだ。

貴族会議で有罪となっても量刑の審理を行う必要がある」

王は宥めるように言う。


「有罪にすべき者はこちらで選ばせてくれ。

悪いようにはしない」

マーチ宰相も口添えする。

敵対した者を幅広く厳罰とすることを約束させてダニエルは渋々引き下がる。


そして話は終わったとそのまま帰ろうとするダニエルを、二人は慌てて呼び止め「待て、今後の国政のあり方を話し合う必要がある」と言う。


「そんなことはお任せします。

私は所領の面倒を見たいので、罰すべき者を罰することがはっきりすれば帰らせてください」


王とマーチ宰相は顔を見合わせる。

二人の顔にあるのは、コイツは何もわかっていないということ。

権力の中心にいる二人にとって、もはや国内最大の実力者であるダニエルが権力構造に入らないなどあり得なかった。

今回の件で、貴族主流派を弁論と武力で打ち倒したことを国中に見せつけたダニエルが無官のフリーとなれば、権力に与りたい野心家が近寄ることは必至。

ダニエルはその思いや行動とは別に、もはやその存在だけで脅威になるのだ。


あれこれと王政府に入るよう言い募る二人に、ダニエルはとにかく疲れたので後日にしてくれと頼む。

王と宰相もそれを了解し、後ほど三者会談が予定される。


ダニエルはやれやれとエールを引っ掛けに行こうとするが、クリスに皆さんがお待ちですと館に連れて帰る。


「ダニエル様、成果はいかに?」

そこにはアランやオーエ、タヌマなどの派閥の大物文官が揃っていた。

彼らは、勝ちに終わった貴族会議は既に関心なく、それよりも王や宰相との話し合いの内容を聞きたがった。


「成果も何も、グレイ達を厳罰にするという約束をもらった。

後は王政府に入れと言われたが、疲れたので帰ってきた」

そう言うダニエルを彼らは愕然とした顔で見つめる。


「何か問題だったのか。

オレはもう王都の政治なんかに関与しないので、引き上げさせてくれと言っておいたぞ」


顔を見つめあわせていた3人だったが、やがてアランが口を開く。

「義兄さん、グレイ達貴族の主流派が政争に敗北したことで一斉にそのポストが空きます。我々ダニエル派としてはその中で良いポジションを得ていきたいのです。関与しないなどと言わずに、王政府に入りポスト争いに頑張って下さい」


(めんどくせえ!)

ダニエルもそういう争いがあることは知っていたが、猟官運動などしたことがないので実感が湧かない。

「お前たちにいいポストを取ってくればいいのだろう。

どこに就きたいのか言え。獲ってきてやる」


獲物を獲りに行くかのようなダニエルの言葉に3人は頭を抱える。

ダニエル派は官界・中下級の貴族社会にそれなりに食い込んできており、今回の政争での勝利を見て上級貴族でも駆け込んでくる者が増えている。


アランたちは協議して、今後の勢力争いを見据えて彼らを受け入れることとするが、派閥の拡大のためには利権とポストが必要だ。

それを得手とするタヌマとターナーが懸命に働いているが、肝心のところはボスであるダニエルに動いて貰わねばならない。


そしてもう一つ、グレイ派にこれまで属していた者も蒼くなって伝手をたどりダニエル派に赦免を求めてきている者が多数出てきている。

そのうちの一部は恩を着せて取り込みたいが、ダニエルが許してくれるかが問題である。


3人は口々に王政府を抑えておくことの重要性を説く。

「つまりオレに王政府の重臣に就き、マーチの爺がやっているような陰湿な争いをやれと言うのか。そんなことはできっこないし、やる気もない。


おまけにグレイに付いていた者を許してやれだと、ふざけているのか!

武人ならば裏切って負ければ即死罪だ。

それをのうのうと生きているばかりか、官位も財産も保証してくれだと。

舐めているのか!」

激怒するダニエルをオーエが説得する。


「お腹立ちはわかりますが、昨日の敵は今日の友というのは政治の世界の基本。我らも全部許そうというのではありません。

内通はしておらず、立場上やむを得ずグレイに付き、かつ誠実・有能な者に限定しています。

どうか寛大なお心でお許しを」

王政府での政治を任せている3人に頼まれるとダニエルも折れるしかない。


ダニエルと3人が話をする中、カケフが武官を引き連れてダニエルを飲みに誘いにやってくる。


カケフは話を聞くと、「王政府の争いに口を突っ込むなどやめておけ。俺たちは所領をしっかりと経営し、強い軍を作ればいいんだ」と放言する。


「そもそも俺たちはこの国の半分近くを握り、ジェミナイにも侵攻している。なんだったら独立してダニエル国を作るか?あの嫌らしい貴族どもは一掃できるぞ」

すでに飲んでいるようで、普段の沈思黙考するカケフと違い、言いたい放題である。それだけ王都での仕事に苦労しているのかとダニエルは同情する。


カケフの大声に様々な家臣達が寄ってきて、大会議の有様を呈してきた。

王政府での権力を求める文官に対して、武官は王政府と距離を置く独立路線を唱える。

どちらも熱弁を振るう。それを聞き、ダニエルは独立もいいなあと思っていたが、これまで付いてきてくれたアラン達を見捨てるわけにもいかない。


そこで後ろからクリスが発言を求める。

「クリス、なんだ?」

「実はレイチェル様からイザベラを通じて王政府との関わりについて文が来ています」


それを読んでみると、長期の戦争で疲弊した領内経済にとって王都の経済圏に売り込むことは必須だというレイチェルの意見であった。


金がなければ首は回らない。

現実主義者のダニエルはすぐにその重要性を理解して、そこに来ていたターナーに聞く。

「ターナーはどう思う」


「私には金勘定しかわかりませんが、王都の購買力は大人口や、貴族・大商人の居住もあり、エーリス国で断然に大きなものがあります。それを逃す手はないかと。

そして、できればダニエル様には国の予算からカーク興業に有利な事業をもぎ取ってきたもらいたいものです」


彼は、これまで与られた利権以上にダニエルに貢献してきた自負から臆面もなくそう言い、ダニエルは苦笑する。


更に王都におけるダニエルの御用商人、グラバーが発言する。

「実はダニエル様がジェミナイ戦に傾注している間にジューン領の産物の王都での販売を近郊や北部、東部の商人に奪われております。

ここはダニエル様に王政府の権力を握っていただき、商売敵を追い出していただきたい」


(おいおい、商人なら商品で勝負しろよ)

ダニエルは内心思うが、グラバーには多額の献金をさせている以上、うなずくしかない。


「良かろう。金は大事だ。金を稼ぐために王政府に入ろう」

このダニエルの一言で会議は収束する。

文官と武官の懸命な議論は何だったのか、皆、金の威力に憮然としながら解散する。

ダニエルは鬱憤払いにそのままカケフ達と飲みに行き、妻のいない気楽さから散々に酔っ払って帰る。


次の日には二日酔いのダニエルを文官が急襲し、三者会談への戦術を綿密に打ち合わせる。

「ポイントは2点です。

グレイ一党の持っていた荘園を没収し、その中から交通の要衝や産業先進地を得てください。

もう一つは経済を握ること。財政は離さないでしょうが経済政策には関心ないでしょう。そこを抑えてください」

オーエがダニエルに説く。


「わかった、わかった」

ダニエルは水を飲みながらうるさげに言う。


「本当ならば事務的な話は部下に任せてもらえれば良いのですが、ダニエル様を組みやすしと見て、三人の会談にしているのでしょう。

ダニエル様に頑張ってもらわねばなりません」

しつこく言い募る3人の言葉を聞きながら、ダニエルは頭痛と吐き気でそれどころではなかった。

(こんな状態のオレに執拗に迫ってくるとは、コイツラは戦場の敵より恐ろしいな)


数日後、王宮に呼ばれる。

王は既に権力を取り戻した証なのか離宮から王宮に戻っていた。


「早速話を始めよう。今後の構想だが、儂が案を作った」

マーチ宰相が紙を回す。


グレイ一党の占めていたポストや荘園、利権はすべて没収され、マーチ派の貴族に7割、王に2割、ダニエルに1割の配分である。

ダニエルには副宰相兼大将軍という実のない虚名の名誉職が与えられている。


「これは酷い。余に半分は寄越せ」

マーチの案に対して、王が怒りながら言うが、マーチは元々が貴族のもの、一部でも渡すことは大きな譲歩だと譲らない。


ダニエルは黙っていた。

アランたちにもらったカンペでは、王とマーチ宰相の争いが一段落したところから発言せよとある。


王とマーチは3割と6割で話がまとまった。

「ダニエルはこの案でいいな」

疲れた顔でマーチが尋ねる。


「私からも少々注文があります。

そもそもグレイたちの処罰はどうなりますか」


それを聞かれた王とマーチは動揺する。

あちこちの貴族が縁を辿って泣きつきに来ており、それぞれ派閥に引き込むために赦免の約束を連発していた。


「コホン、あれから考えたが、グレイに心ならずも与した者もおり、厳罰は厳しすぎないか」

マーチの言葉に王も賛同する。

「余もそう思う。

罪を憎んで人を憎まず。首謀者を罰すれば追随者は寛大に対応して、国のために働いてもらうのが良かろう」


そう言われたダニエルは渋々という顔でそれを認める。

「お二人がそう言われるのであれば認めましょう。

では私のお願いとしては…」

そしてアランたちに持たされた要求を告げる。


グレイ達を全員流刑にしろと声高に言っていたダニエルが折れたこと、その上その要求を蹴れば、怒ってそのまま領地に帰ってしまうおそれがあることから王とマーチは丸呑みする。


結果として、最高決定機関の十人委員会はマーチ派5、王派3、ダニエル派2となり、ポストもそのくらいで配分される。

三者の合意を持って新たな政権が始まる。

世人は、これを三頭政治又はトロイカと呼んだ。


ダニエルは副宰相兼大将軍の虚名の官職を得たが、それよりも少数だが要衝の荘園を得たこと、アランとオーエを参議として十人委員会に送り込んで王政府の動向をチェックすること、そしてタヌマを経済担当顧問として経済政策を握れたことが大きい。


タヌマはターナーと相談して、積極財政と貨幣の増徴を行い、インフレ政策を打ち出す。

そのことは産業や通商の活発化と相まって、旧来の貴族や商家の凋落と新興商家の勃興を促し、ダニエルの勢力圏の富裕化につながることとなる。








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