王都の騒乱と収拾への密談
有力貴族をダニエルが引っ立てていくと王都は大騒動となった。
王政府には貴族が集まり、貴族会議の許可のない貴族の拘束を止めるべしと気炎を上げ、マーチ宰相に迫り貴族会議への召喚状をダニエルに出す。
同時に王政府を動かして衛兵や親衛隊を動員し、ダニエルの兵に対抗しようとする。
そこに一戦あるかもと踏んだ諸侯や領主が続々と兵を連れて王都にやってきた。どちらが優勢かを窺い、勝ち馬に乗り恩賞を狙おうとする狙いだ。王都は一触即発の状況である。
王都中がその挙動を注目するダニエルは、通称ダニエル城と言われる堅固な王都屋敷に籠もり、自派の貴族や官僚を呼び集める。
「これだけの内通した証拠がある。
貴族会議にかけても勝てるだろう」
ダニエルは証拠書類を手で示しながら言う。
この中には、内通した貴族の邸宅に踏み込んだ時に押収した証拠が多数含まれている。
「それは早計です。
貴族は利害がかかればカラスを見ても白と言うもの。
そんな手紙は作り物だと言い張り、逆に不当な拘束をしたとダニエル様を捕えようとするでしょう」
貴族の政治に精通するオーエが言うと、アランとタヌマも頷く。
「ではこの召喚状はどうする?
無視すれば王政府への反逆者として攻めてくるかもしれないぞ。
それほど王都に兵は連れてきていない。衛兵や親衛隊に攻められて勝てるか?」
ダニエルの問いにカケフが反応する。
「攻めてくるとしても敵味方の数が読めん。
幸い騎士団は中立だ。団長に会いに行ったらコップの中の嵐だなと笑っていたぞ。
団長は手を貸さずともダニエルがこのくらいは勝つだろうと見ているのだろうが、問題は勝ち馬に乗ろうとしている有象無象だ。
奴らは形勢と大義名分と恩賞次第でどうにでも動く。いったん流れができると雪崩となるからな」
「うーん、捕らえてきた貴族どもを拷問にかけて内通したと白状させればどうだ?
こちらの目的は反ダニエル派の排除。内通したということがわかれば中立派もこちらに付いて多数派とならないか」
「恐れながらその考えは浅い。
貴族は特権を侵されるのを激しく嫌います。拷問など平民に行うもので貴族に行うなど余程のこと。初手に貴族の容疑者を捕らえたのは悪手でした。あれで中立派がパニックとなり、貴族全体がアンチダニエルの雰囲気になりました」
オーエは歯に衣着せずにズケズケとダニエルの失策を指摘した。
善後策を講じようとマーチ宰相と連絡をとっても曖昧な返事しか返ってこない。おそらく貴族社会の世論を見て情勢不利と様子見をしているのだろう。
窮したダニエルは王政府の内情に通じたアランたちに今後の出方を相談すると2つの案が提案された。ダニエルは悩んだ挙げ句にそのうちの一つを選ぶ。
翌日、ダニエルは今や象徴となって実権を有していない王に面会を申し込み、王のいる離宮に乗り込む。
今の王家は権力の所在地である王政府から距離のある離宮に滞在する。
「ダニエル、久しぶりだな。
ジェミナイへの戦勝を聞いたぞ。少数の兵で大軍を破り、国主も捕らえたそうだな。お前を取り立てた余としても誇らしいぞ」
王は玉座に座り、突然現れたダニエルを訝しがることもなく、王妃と並んで明るい声で出迎える。
「そして今や飾りものになっている余に時流に乗るお前が何の用だ?」
(この王め!
オレの窮状を知っているはずなのに惚けやがる!)
国内外の情報を握る検非違使長リバーからは、王と宰相に定期的に情勢報告が入っているはずであり、王は正確な情勢を把握していることは間違いない。
ここで惚けるのは、ダニエルに泣きつかせて自分の政治的復権を果たすため。
できるだけ高く売ろうとしていることは政治的センスに乏しいダニエルにもよくわかった。
しかし、ここは辞を低くして、王に縋るふりをしなければならない。
「陛下にお願いがございます。
我が国の貴族の中にジェミナイに通じる内通者がおります。
その証拠がここに。
処罰の許可をお願い致します」
そして、内通の証拠を出して王に見せる。
王はそれを読むと、深く頷き、瞑目して嘆くように言う。
「我が国の貴族から裏切り者が出るなど嘆かわしい。
しかし、これが本物かどうかという疑問はでるだろうな」
「おっしゃるとおりです。
貴族どもは内通者を問題とせず、些細な違反で私を責めております。
ここは国政を正道に戻すために王のお力に縋るしかありませぬ」
ダニエルの訴えを王は面白そうに聞く。
「お前の窮地は助けてやりたい。
しかし、現在の余は形式的な力しか持たない飾りの存在。
そのような国政を動かすようなことはできないのだ」
(人の足元を見やがって!
オレに復権のために動けと言ってやがる。
ムカつくが背に腹は代えられぬ)
ダニエルは仕方なく王の意に沿った返事をする。
「陛下のような英明な方がいつまでも飾りで居ていただいては困ります。
以前の国を揺るがすような大失敗から学ばれたと思いますので、再び国政に少しずつ段階的に参画できるよう私の方から働きかけをいたしたいと思います」
「ああ。大いに学ばせてもらった。
二度とあのような無様は晒さぬ。
だから、少しでなく国政の中心に戻らせろ!
それがお前を助ける条件だ」
過去の失敗に言及して牽制するダニエルに、苛立った王は正面から要求を述べる。
(国政の中心だと!冗談言うな。
野心を捨てていないこの王に権力を持たせれば何をするかわかったものでない。絶対に監視が必要だ)
「陛下、何か考え違いをされているようです。
私は王都を焼け野原にし民を苦しめたくないために陛下に助け舟を求めているのです。
あまりに呑めないことを言われるのであれば、全軍を動員して貴族を皆殺しにし、王都を焼失させましょうか?」
ダニエルは王を激しく牽制し、二人は睨み合う。
そこに王妃とアランが割って入る。
「陛下、ダニエルは困り果てて陛下を頼ってきているのです。
寛大な心で受け止めて頂けませんか。頼ってきた家臣とそのようにケンカをするものではありませぬ」
「義兄さん、陛下にお願いに来ているのですから、そう喧嘩腰にならずに陛下のお話をよく吟味しましょう」
そして王妃やアラン達を含めて話し合いをし、王を国政の主要なプレーヤーとして復帰させることと引き換えにダニエルの望む綸旨を出すことで同意する。
それを受けて王は内通者を処罰する綸旨を発行する。
現在の政治体制では政治の実質的な決定は貴族による国務会議で行われて、その後の王による綸旨で物事が正式に決定となる。
ならばいきなり王に綸旨を出してもらい、それをダニエルが実力で実行しても形式的には王命であり瑕疵はない。
ダニエルはこれで錦の御旗を得たと安堵する。
本来なら内通者は死罪にしたかったが、貴族の反発を恐れた王は解官と流罪に留めるように求め、ダニエルはそれを呑んだ。
王の離宮を出て、ダニエルはアランに言う。
「どのタイミングでこの高く買った綸旨を使い、糞貴族どもを一掃するかな」
「闇雲に使わずに、この後の体制をどうするか固めてからにすべきでしょう。
もはや勝ちは確定したのですから、後はいかにより良い勝ち方をするかです。
この後も国政の継続には歴代仕事に従事して熟練した貴族を使わざるを得ません。
ならば彼らをどう選抜して使っていくか、そして王陛下をいかに掣肘するかをマーチ宰相と相談してはいかがですか」
アランのアドバイスに、こいつも政府高官として政争に慣れてきたなとダニエルは頼もしく思う。
オーエやタヌマは鋭い嗅覚を持つ政治家だが、ダニエルが一番頼りにするのはこの誠実な義弟だった。
「そうだな。マーチ宰相をうまく使って有利なポジションを築こう」
ダニエルがマーチ宰相に面会を申し込むと、裏口から私室に通される。
貴族達にダニエルとの密談を知られたくないマーチの配慮である。
話し合いの始めにダニエルが王と約束してきたことを話すとマーチは激怒した。
「ダニエル貴様、何を勝手に王と手を結んでいる。
王の禊はまだ済んでおらん。
貴族は王を象徴に棚上げすることで満足しているのだ。それを勝手なことをしおって、馬鹿者が!」
マーチはマーチでこの紛争を自らに有利なように、ダニエルと貴族の間でどう収めるかを考えていた。
内通者としてグレイを旗頭とする反宰相派を潰すとともに、ダニエルを抑え込んで貴族社会からは感謝され、国政を牛耳ることを目論んでいたのが、王を担ぎ出されてはこの構想は水泡と帰す。
ダニエルと王との密約にマーチが怒るはずである。
「そう言われましてもこっちが命懸けで戦っているのに背後から裏切りにあっては勝てるものも勝てないですからね。
宰相にお願しても内通者を処罰する確約は頂けない以上、陛下を頼るしかなかったのです」
そう言いながらダニエルは内心やはりマーチはこちらを利用しようとしていたかと考えていた。
アランたちから出されたもう一案はマーチ宰相と結び、反対派を排除するというものであったが、困っていないマーチを頼れば足元を見られるだけと、権力の座から転落した王を選んだのだが、それは正解だったと思う。
「儂は貴様も貴族達も納得できる案を練っていたのだ。
それを無にしよって、貴族社会でどれほどお前の評判が悪いか知っているのか。
このままでは、お前やその一党は貴族社会から排除されるぞ!」
マーチは怒りが収まらずに真っ赤な顔で怒鳴り続ける。
ダニエルはイライラしてきた。
これまで貴族社会に受け入れられ、優遇されたと思ったことなどない。
「わかりました。
ならば陛下に頂いた綸旨に加えて、全ての貴族からその身分を剥奪する綸旨も加えて頂き、今の貴族を一掃して、陛下と私で新たな貴族を任命しましょう」
まだ喚き続けるマーチの言葉を遮り、ダニエルはドアに歩き出して冷たく言い放つ。
それを聞いたマーチは老練な政治家らしく瞬時に冷静さを取り戻し、そこに座れと椅子を指差す。
ようやく話ができそうだとダニエルは一安心する。
「まあ、お前の怒る気持ちもわかる。命懸けの戦いに背後から敵と通じていたのだからな。
しかし、結果としては大勝利。広い心で軽い刑で妥協してくれ。
貴様も法を無視していきなり拘束するなどの違法行為があるのだからな。それも考慮してくれ」
妥協を求めるマーチの言葉にダニエルはこう返す。
「いいでしょう。死罪は求めません。
平民落ちさせて流罪としましょう」
「バカを言え!
せいぜい役職を解き一級下への降爵ぐらいだ。それでも彼らには驚くほどの厳罰だ。
まさかとは思うが、拘束した貴族を拷問などしていないだろうな。庇いようがなくなるぞ」
慎重に訊ねるマーチにダニエルは即答する。
「彼らは美食を食わせて暖かいベットに寝てもらって大事に保護していますよ。
武人ならばとっくに斬首してますが、お貴族様というのは気楽でいいものですなあ。
裏切っても身の保証どころかろくな処罰もされないとは」
ここで言葉を切ったダニエルはマーチを睨みつけて言う。
「でも、これからは違いますよ。
オレには敗走の中、オレのために残って死んだ奴らの姿や声が焼きついている。奴らが裏切り者は殺せと言っている。
いいでしょう。政治のためと言うなら、このひりつく痛みを我慢して妥協しましょう。
しかし奴らが生きてオレの目の前に出てくれば殺す!誰が何を言おうが殺す!
庇う奴らも殺す!
それでも良ければ王都に置いてください」
ダニエルの狂気のような目を見て、マーチは諦めた。
「わかった。奴らはお前の目の届かないところに流罪としよう。
しかし条件が二つある。
一つは拘束した貴族を解放しろ。これで儂のメンツが立つ。
もう一つは、貴族社会の暗黙のルールを犯す以上、後腐れなく徹底的にやらねばならん。
この際、内通と関係なくとも儂の意に背く奴らは纏めて追放する」
マーチはダニエルの決意を知り、貴族社会の世論に反しても王政府の権力を維持する方策を考えた。
その日は夜を徹して、ダニエルとマーチは家臣を交えて今後の政権をどうしていくかを話し合う。
数日後、ダニエルの屋敷からグレイ副宰相ほかの貴族達が解放される。
突然の出来事で、着のみ着のままであり、馬も供もいないままでの姿は貴族と思えない。
無言のまま、軟禁されていた部屋から連れ出され、門の外に押し出された貴族達は一瞬呆然とし、やがて解放されたことが分かると門に向かって怒鳴り散らす。
「ダニエル、よくも我らを連行、監禁したな。必ずや貴族会議で罪に問うてやる!
その時になって赦しを乞う姿が目に浮かぶわ」
「我ら有力貴族を拘束して、貴族社会の怒りに触れ、慌てて解放したか。貴族の力を思い知れ。
貴様などは我らの飼い犬として言われた通りに噛みつけばいいのだ」
「馬車を用意して屋敷に送り届けよ!
どこまで礼儀を知らない奴だ。
さすがは田舎豪族の冷や飯食いよ」
いくら揶揄しても悪口を並べても門は開かず、何の反応も返ってこない。
喚いて、疲れ果てた貴族達だが、連行された時の部屋着姿で王都の中を歩くなど恥を晒すことは貴族の面子にかけてできないので困り果てる。
そこへ馬車がやってきた。
「卿達、釈放されたか。
儂がダニエルを叱りつけて解放するように命じたのだ。良かったのう。
それにしてもそんな姿で彷徨うとは貴族の身だしなみを忘れたか。
この馬車で自宅まで送ってしんぜようか?」
マーチ宰相が顔を覗かせて笑いながら言う。
政敵に笑い者にされていることはわかっているが、グレイ達に選択の余地はない。
ダニエルへの働きかけと併せて礼を言い、馬車に乗り込む。
このことをマーチは面白く貴族社会に流布するであろう。
グレイ達の心中は如何にしてダニエルとマーチに復讐するかで頭がいっぱいであった。
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