戦いの後始末

ダニエルは直ちに三つに分けた軍の一つを率いて南に下りようとしたが、その前にエイプリルの新領主となったヨシタツが会いたいと言ってきていた。

今後は隣接する諸侯、その申し出を無下にする訳にはいかない。


「オカダ、兵を連れてジャニアリー領へ向かってくれ。

僅かな守備兵しかいないヴィーナスはおそらく陥落しているだろう。あそこを取られて籠城されていれば、兵の消耗を避けるため囲んでおいてくれ」


「わかった。

ダニエルが来るまでに片しておくからな」

「ふざけるなよ!

お前は散々暴れただろう。今度はオレの番だ。お前は牽制だけだからな」

目を怒らせるダニエルを揶揄うようにオカダは畏まって言う。


「ご主君の命、承りました。

しかし戦は流れがあるもの。いざという時は現場で判断いたしまする」


(コイツ、オレを待つつもりないな!)

「オカダ待て。もういい。ガモーと代われ」


「いやー、聞こえんな。戦の叫び声を聞きすぎて耳がおかしくなったわ」

そう嘯きオカダは急ぎ去っていく。

待て!と追いかけようとするダニエルに、ヨシタツが来たと連絡が来る。


(くそっ。またアイツに持っていかれる。

諸侯なんていいもんじゃねえ。

しかしいくらオカダでも籠城されれば囲むしかないはず。

そこで指揮権を奪ってやる!)

ダニエルは内心の憤懣を隠しつつ、ヨシタツとの会談に臨む。


「ダニエル殿、この度は軟禁からの脱出から父との戦への支援まで感謝いたします。

これまで色々と諍いがありましたが、私が後を継いだからにはダニエル殿と同盟を結び、手を取り合って参りたい。

ついては迷惑料に領土を一部を割譲するとともに、私の妻にダニエル殿の縁戚を頂き、縁を結びたいと思っています。

よろしくお願いいたす」


ダニエルは正直そんなことより討伐戦に行きたかったが、辞を低くして言うヨシタツにそっけなくもできない。早く会談を終わらせようと考えずに返事をする。


「領土の割譲など不要。これからはお互いに背後を守る盟友ではないか。

縁を結ぶことについては適当な娘を養女として嫁ぐことにすればどうか。

ヨシタツ殿はどのような女子がお好みか」

「ダニエル殿のお眼鏡に叶うおなごであれば不満はありませぬ」


その後は酒肴も出されて、ダニエルの柔らかい対応に安心したのか酔ったヨシタツはジェミナイ戦の話をする。

「総大将ヨシカゲ殿をダニエル殿の奥方が捕らえたとか。天下一の武勇の女傑ですな。羨ましい限り」


そんなことを言われたダニエルは閃くものがあった。

「ノーマ、女騎の中で、ずば抜けた手柄を立てた女、お前の従姉妹ではなかったか」

「そうじゃ。トモエと言って妹同然の間柄じゃ」


「よし、トモエを養女としてヨシタツ殿に嫁がせるか。武勇の女がお好みのようだ」

「それならアイツはピッタリ。今度も騎士キルスコアを2つ伸ばし、そろそろ10に届く頃じゃ」


「えっ!」

ヨシタツが唸る。

10人の騎士を討ち取るなど並の騎士では太刀打ちできない実績である。


「アタイの側近として手放すのは惜しいが諸侯の妻に請われるのであれば仕方ない。喜んで送り出そう」

ノーマが嬉しげにトモエを呼んでくると席を立つ。


ヨシタツは冷や汗をかきながらダニエルに尋ねる。

「先程の奥方の話は本当ですか?」

「ノーマは嘘は言わない女だ。

ご要望の武勇の女がいて良かった。良縁となろう」


「やはり普通の令嬢にしていただけませんか?」

「何を申される。本陣で座っていても敵将を捕えて持ってきてくれる頼もしい妻ですぞ。はっはっは」

ダニエルの、恐妻組合の組合員が増えたと言わんばかりの嬉しげな笑いと対照的にヨシタツの顔色は悪い。

寵愛している側女のことが見つかれば、側女はもちろん自分も首を刎ねられそうで恐ろしい。


「まあ、ノーマもそうですがよく話をすればわかってくれるものです」

震えるヨシタツの肩に手を置き、ダニエルは先輩面してにこやかに話しかけた。


やってきたトモエをヨシタツと引き合わせる。

ではお手並み拝見とヨシタツに対して、いきなり立ち会いましょうと言うトモエを抑えて、婚礼と同盟を決める。

どうやらノーマが、「アタイの旦那は不意をついて襲いかかったけどビクともせんで逆に乗り掛かってきおった。こんな立派な亭主ば見つけ」と常々配下の女騎にいっているらしく、「不意打ちでもないのに、立ち会いぐらいもせんとは、アタイが嫁げば鍛えねばならん」とトモエはブツブツ言う。


不満げなトモエに、ダニエルは「以後は女騎でなく、諸侯の奥方としてしっかりヨシタツ殿を立てろ。名乗りもトモエ御前となるのだから、身を慎め」と説教するが、「ノーマ様を見倣い、敵の大将首を取れるよう精進いたします」と返され、天を仰ぐ。

やむを得ず、蒼い顔のヨシタツに対して「返品は不可です。危険物なので大切に取り扱いされよ」と笑いかけた。


ヨシタツをいじめて少し気が晴れたダニエルはようやく出立する。

ジャニアリーに行く途中、アースに寄ってレイチェルと我が子たちに会う。

ノーマはレイチェルに礼を言ってエドワードを受け取り、「母はお前に誇れるよう大将を捕まえて、一番の手柄を立てたぞ」と誇らしげに言う。


レイチェルはニコニコして、「ノーマさん、ありがとうございます。首を欲しいところを抑えて生捕りにしてもらったので身代金ががっぽりと取れそうです」と言う。


そしてダニエルに抱きつき「フラントの王が捕虜となった先例では国の年間収入の2年分と国土の三分の一の割譲を受けてます。

最低でもこのくらいは貰いたいですね。

そうすれば膨大な戦費を補って余りあります!」と嬉しげに話す。


(家族で会って早々にうちの奥方は一人は戦功、一人は身代金の話か。ここは軍議の場か?ヨシタツも思い知れ!)

ダニエルはそんな思いを出さずに、「そうだな。これも金を惜しまずに後方から的確に支援してくれたレイチェルのおかげだ」と妻を持ち上げる。

ダニエルもさすがに妻の扱い方を学んでいた。


楽しい家族団欒を終えると、ダニエルはジャニアリー領に進軍する。

そこでは思いがけず、既に反乱軍は殲滅されて、ニヤニヤするオカダが待っていた。

「いやー、すまん。

来たら野戦を挑んできてな。やむを得ず応戦したら殲滅してしまったよ」


オカダとは長い付き合いだ。

この戦場を見ればコイツが急襲して叩きのめしたことはすぐにわかる。

それより不思議なのはヴィーナスが落ちなかったことだ。

敵軍の1割程度の兵で守っていたので放棄することを覚悟していた。


「ああ、それならば守城の指揮官が粘り強く守り通したと聞いた。名をタダミチ・クリバヤシと言ったか」

ダニエルはクリバヤシと会い、その功績を讃え、手ずから褒美を与えた。

話してみると、落ちぶれた騎士の出だが、頭脳明晰で人柄もよく兵に慕われている。

(うちの指揮官は攻撃色が強くて地味な守りを託すのに苦慮していたが、ちょうどいい人材が見つかった)

ダニエルは、クリバヤシを昇格させて領都アースの防衛拠点ムーンの守備隊長とした。


しかし、戦えない憤懣は拭えない。

次にリオに向かおうとするが、バースからの急使が来て、包囲するまでもなく、ダニエルの勝利を聞き、背いた豪商たちは逃げ去り無血開城したとのこと。


ダニエルはやむを得ずアースに戻り、今度の戦いの恩賞と内政の再編をレイチェル達と相談する。

「今回の戦争は良かったです。

一番手柄がノーマさんで褒美は不要。主役で活躍したのがあなたの騎士団仲間なのでこれもそれほど要らないでしょう。

ネルソンとヒデヨシは計算外でしたが、これなら収支は黒字もいいところです」

これほどエビス顔のレイチェルは見たことがない。

道理で主力は騎士団仲間にしろと言ってきた筈だとダニエルは納得した。

ダニエルとしてはもっと若手を起用したかったが、レイチェルも確実な勝利を求めているのかと自重したのだが、その理由が褒美を惜しむことだったとは。


「リオの豪商の一部が背いてくれたこともラッキーでした。彼らの財産を没収して褒美に当てましょう」

レイチェルの計算は止まるところを知らないが、ダニエルもそれには同意した。

応援に来てくれた領主や傭兵への支払いに窮していたのだ。

(騎士団には待ってもらって後でドーンと渡すとして、金にうるさい傭兵どもにはとっとと支払って追い払おう)

傭兵は仕事がなければ野盗となるので、早々に領地からは追い出したい。

その算段ができたことには、ホッとする。


ダニエルは暫くアースで子供と過ごすなど静養しつつ各地の動静を伺う。

領内が落ち着いた今気がかりなのはネルソンに任せたジェミナイ侵攻軍の行方とカケフに託した王都の状況である。


ジェミナイ国内は王の捕虜という事態に国内が混乱し、ソーテキに抑えつけられていた領主が反乱を起こす事態となっていた。

その中でネルソンやヒデヨシは着実に勢力を伸ばす一方、アサクラ氏との間でヨシカゲ解放の交渉を行っていた。


「そちらは想定通りだな。多少譲歩しても早めに交渉をまとめよう」

王都からはカケフの使者が来て、状況を述べる。

ダニエルの敗北もしくは長期戦を予想していた貴族は狼狽し、マーチ宰相のところに駆け込んでいて、それを受けた宰相は貴族社会に波風を立てない穏便な処置を図っているという。


(オレは死物狂いで全てを賭けて戦ったのに、奴らは賭けに負けてものうのうと暮らしていくだと!ふざけるな!)

ダニエルは激怒して、護衛隊のみを率いて王都に出撃することとする。

その荷物の中にはヨシカゲから奪った内通の手紙がある。


馬を飛ばして2日後に王都に到着するとカケフの軍と合流して直ちに内通の手紙を書いたいくつかの貴族邸に向かう。

そこでは門を破り中に入ると、抵抗する家僕を排除して貴族を力づくで自らの屋敷に連行する。

その中には副宰相のグレイも含まれており、ダニエルの兵と王政府の衛兵が睨み合う事態になるなど王都は騒然とする。


ダニエルがどう収めるつもりなのか、王都の貴族や各地の諸侯は固唾をのんで次の一手に注目する。


その頃、エイプリル領ではヨシタツが腹心のハンベーと話していた。

「私の読みどおりに、領土の割譲は不要となりましたね。

こちらから先に申し出れば情に厚いダニエル様なら遠慮するだろうと思いました」

「確かにそうだが、その後奥方のレイチェル殿からは、父に付いたか日和った領主の領地は没収すると言われたぞ。もはや西部でもエイプリル家の勢力を凌駕されてしまった。無念だ」

ヨシタツは心底悔しそうに言う。


「ヘブラリー家との婚姻も反対する家臣が多い。

エイプリル家は侯爵であり、格下からそれも養女を貰うなど以ての外と言われている。

俺もあんな武勇の妻は遠慮したい。

ハンベー、断る知恵を出せ」


「ならば、全軍を戦闘の準備をさせ、王都の反ダニエル派と誼を通じ、他の諸侯やジェミナイにも呼びかけて対ダニエル戦をやりますか」

無表情に言うハンベーにヨシタツは怒鳴る。


「親父の戦争で軍は疲弊し、領地での戦争のため民は貧の極み。

これで戦争ができるわけがないことはお前が一番知っているだろう」


「ならばダニエル様のお勧めのおなごを娶るしかありますまい。そもそもこれまでのエイプリルとヘブラリーの因縁から何か首輪をつけると思っていましたが、それがその奥方でしょう。

もしダニエル様に反すればその武勇で殿の首を刎ねろと言われて嫁ぐのだと思います。

私もまさかそのような奇策があるとは思いつきませんでした」

ハンベーの言葉にヨシタツはガックリと項垂れ、側女と別れるか、なんとか許しを貰う手段を講じるかを考え始めた。









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