クレインの戦い(終結)
ヨシカゲは両翼への攻撃が順調に進んでいるという報告を受けて上機嫌であったが、急転直下、麾下の領主の裏切りから一気に敗勢に傾いていることを知らされると使者にグラスを投げつけ、「なんとか立て直せ!ダニエルの首を持ってこい!」と怒鳴りつける。
ヨシカゲの狂乱をよそに、実質的な指揮を預かる最後の老将シンプソンは、残る第七陣と第八陣の指揮官を呼び、本国への引き揚げの指示を出す。
「引き揚げと言われましても兵糧もなく、途中には敵が待ち構えております」
困惑した顔で各陣の指揮官が反論すると、シンプソンは恐ろしい形相で怒鳴りつけた。
「兵糧など道すがら探し出し、何でも食べるのだ。
途中の敵は揉み潰していくに決まっておろう!
馬鹿げた事を聞いている間に用意しろ。
わしが敗走兵を収容しつつ
貴様らは何があろうとヨシカゲ様を本国に生還させよ」
指揮官が去るとシンプソンは溜息をつく。
(ソーテキ様の下で戦っていた時はこんなことは聞かれたことがなかった。
楽な戦が続き、若手が育っておらん。
先に逝った同輩が羨ましいわ)
感慨に耽る間もなく、ダニエルの陣営から戦にけりを付けるべく騎兵が出撃してきた。
「やはり奥の手を持っていたか。
者ども、行くぞ!」
ジェミナイ軍の待ち望んでいた騎兵同士の戦闘がようやく始まる。
しかし、ダニエル軍が勝ちに乗じて士気は最高潮なのに対して、シンプソンの麾下は味方の退却を稼ぐための戦い。勢いの差は明らかだった。
「耐えろ!誇りあるジェミナイ騎兵の意地を見せてやれ!」
シンプソンは喉が枯れてもまだ声を出し、兵を鼓舞する。
そこへ派手な甲冑をつけた騎士が駆けてくる。
「そこの騎士殿。名のある方とお見受けする。
私はマニエル。一騎打ちを所望いたす」
「名高い古強者マニエルか。最後に願ってもない相手。
いざ勝負せん」
馬上から互いに駆け寄り剣で打ち合うこと十数回。
どちらが勝つか分からなかった勝負は最後にマニエルがシンプソンの肩から斬りつけ、馬から落とすとそのまま上に乗りかかることで決着する。
「降参すればどうだ」とマニエルは尋ねる。
貴族ならば捕虜になり身代金を支払って解放されるのが常道である。
「いや、同輩がヴァルハラで待っているからな。
さっさと殺してくれ。
最後が同輩のように卑しき平民の矢で死ぬのでなく、高名な騎士の手にかかり良かった」
シンプソンの言葉を聞き、マニエルは首を斬ってとどめを刺すが、こんな感想を抱く。
(全くだ。ダニエル様は苦し紛れだろうが、この戦で平民が騎士を倒せることがわかった。騎士の時代は終わりに向かうぞ。ワシも時代遅れの遺物になりそうだ)
その頃、ダニエルの別命を受けた部隊は殿を務めるシンプソン隊を避けて、直接ヨシカゲを護衛する部隊を襲っていたが少数のために崩しきれない。
逃げ切ろうとするジェミナイ軍にちょうど占拠した補給基地から出撃してきた騎士団がぶつかり、挟撃する形となる。
「ダニエルめ。オレたちに活躍場所を与えると言いながら、主戦は自分でやってやがる。独り占めはさせねえぞ!」
騎士団一番隊のレズリー隊長は喚きながら先頭を切って駆けてくる。
ジェミナイ軍は騎士団の強襲に大きく崩されながらも、忠誠心の高い側近達は兵の犠牲のもとにヨシカゲを守りつつ撤退しようと懸命の努力を続けていた。
そこへ後ろから女の声がかかる。
「そこに見えるは国主ヨシカゲ・アサクラ様ではありませんか。
武名高いジェミナイ国の王がまさか女に背中を向けて逃げはしますまい。
そんなことをすればナーロッパ中に広がる恥さらし。
先祖に顔向けできますまい」
顧みると馬に乗った女騎士が追ってきている。
すでに兵の多くは騎士団達と戦っており、彼女達の追撃は不意打ちとなった。
「女相手に何をやっている!さっさと討ち取れ」
ヨシカゲのその言葉に2名の護衛の騎士が踵を返し、女騎士に向かっていく。
「トモエ、ハンガク!
なかなかの騎士のようじゃ。お前達が相手をせよ。
アタイは獲物を追う」
「承った」
2名の女騎士が疾走する馬列を離れ、騎士にかかっていく。
そちらで起こる撃剣の音を後ろにして、ノーマは逃げるヨシカゲに追いすがるが、駿馬に乗るヨシカゲとの差は広がっていく。
「レイチェルは後方支援で大いに貢献しちょる。
アタイも少しは活躍ばせんと我が子ウィリアムに会わす顔がなかと」
ノーマが念じながら放った矢はヨシカゲの馬の尻に当たり、驚いて暴れる馬からヨシカゲは振り落とされる。
そこに駆け寄ったノーマはヨシカゲの首に剣を当てて、「動くんじゃなか。
大事な捕虜じゃ。大切に身柄を確保させてもらおう」ともはや動く気力もないジェミナイ国主を捕える。
ジェミナイ軍の本陣が戦場から撤退し、ようやく勝ち戦という喜びが出てきたダニエル軍であったが、その中にあってダニエルは不機嫌であった。
自陣を守りきり、いよいよ騎兵で敵本陣を強襲し、戦いを決めるというとき、ダニエルは自らが率いるつもりだったが、出撃直前にジェミナイの敗兵が彷徨く中、司令官が前線に出ることにクリスが強く反対した。
「勝ちが見えてきたのに何故危険な前線に出られますか?
万一ダニエル様が討たれれば負けとなることをお分かりか。
ご自分の楽しみの為ならおやめください」
強い口調のクリスにダニエルは言い返すことができない。
口籠っている間に、クリスはマニエルに騎兵の指揮を頼む。
マニエルは気の毒そうな顔をしながらも「ダニエル様、総大将というのは不自由なものです。ワシがその分も働いてきましょう」と言い、待ちきれない顔の騎兵を従え馬を駆け出させる。
歯噛みするダニエルの横を、いつのまにか姿を消していたノーマが馬に乗り女騎を従えて現れた。
「ダニエルさぁ、亭主の代わりに女房が一稼ぎしてくるんでそこで見とってくれ。みな行くぞ!」
クリスが「ノーマ様、おやめください」と止めるが、ノーマは聞こえぬふりして馬に鞭を当てる。
「くそっ」
それを見たダニエルが立ち上がるもクリスは近衛隊の兵を動員して彼を力ずくで引き止めた。
結局本営で指揮をとるだけだったダニエルは不機嫌そのものであったが、戦い終わった諸将が戦勝の祝いを言いに来るため、笑顔で対応せざるを得ない。
「カケフ、バースよくやってくれた。
お前達の弓兵が今回の戦の主役。
訓練を重ね、金に糸目をつけずに弓矢を注文した甲斐があった
オカダは歩兵を指揮してまだ戦っているのか。
あ!アカマツ殿。敵襲からの守り、見事でした」
続々と諸将が本陣にやって来る中、ひとりの大柄の騎士が首を持って近づいてきた。
「ダニエル様は何処か?
大将首を獲り申した。ダニエル様にお見せしたい」
あちこちの兵に聞きながら本陣に近づいてくる。
ダニエルが見えるところまで来た男はニヤリとしながら、首を見せびらかすように手を上げ、
「ジェミナイ第四陣の指揮官を討ち果たした。
ダニエル様にご覧いただくので道を開けよ!」と大声で叫ぶ。
鎧甲で顔が見えない騎士だが、今日は混成部隊であり、どこかの応援部隊か傭兵かと思い、兵達は堂々とした男の態度にそのまま通らせる。
ダニエルはその時、ネルソンと彼が連れてきた降伏したジェミナイ領主と引見していた。
「ネルソン、よくやった。助かったぞ。
各領主殿には大変なお働き。お陰で勝利を決められました」
(この裏切り者どもが!)
マガラは思わず伏せていた顔を上げて彼らをにらみつける。
ダニエルの横に立っていたネルソンはその表情を見て叫ぶ。
「そいつはジェミナイの騎士マガラだ!
その男を討ち取れ!」
その言葉を聞いたマガラは剣を抜き走り出す。
「ダニエル、死ね!」
しかしダニエルにたどり着く前にネルソンが前に出てその剣を受け止める。
「貴様、邪魔立てするな!容赦せんぞ!」
「それはこちらのセリフ。
この男を殺されては俺の楽しみがなくなるからな。
ましてジェミナイのためになど許さん」
そう言われたマガラはその顔をまじまじと見て叫ぶ。
「貴様は!」
「そうだ。思い出したか。
昔何度か稽古をつけてもらったな。
ジェミナイを追い出され、戦いを重ねた俺の腕前を見てくれ」
ネルソンはそう言うと鋭い突きを放つ。
それを受け止めたマガラとの攻防は息詰まるものであったが、ダニエルは後ろから「ネルソン、そいつはオレを狙いにきたのだ。オレが相手をしてやるから代れ」と叫ぶ。
「今はネルソンと言うのか。
主君が代われと言っているぞ」
マガラが剣を振るいながら言うが、ネルソンは剣を返して斬りつけて言う。
「これは俺の獲物だ。
主君であろうが譲れるか!」
「チッ」
ダニエルは諦めてクリスに守られながら後方に下がる。
マガラはダニエルが去っていくのを見て愕然とし、ずっと戦いづめの身体が疲れ切っていることに気がついた。
ネルソンはまだまだ元気なようだ。
「昔教えてくれたことの返礼に楽にヴァルハラに行かせてやる!」
疲労の極地で膝をつくマガラに対してネルソンの剣が首を貫こうとする時、マガラの剣はネルソンの冑を弾き飛ばし、その顔を斬る。
「俺からの餞別だ。ジェミナイ兵の恨みの一端を知れ!」
血まみれの顔のまま、改めて斬りつけたネルソンの剣で絶命する前にマガラは言い残す。
「ジェミナイとの手切れ金か。
これで綺麗さっぱり故郷と縁が切れた気がする」
ネルソンはマガラの遺体を葬るように命じて、ダニエルの所に向かう。
その時に戦場から女の声が響く。
「ダニエルの妃ノーマ・ヘブラリーがジェミナイ国主ヨシカゲ・アサクラを捕えたぞ!」
全軍から大きな歓びの声が聞こえた。
戦は終わった。
ジェミナイ敗残兵は降伏するかバラバラに故郷を目指し山中を逃亡していく。
ダニエルは集まってきた諸将と軍議を行う。
議題は一つ。
ジェミナイまで侵攻するかどうか。
「国主を捕え、軍も壊滅させた。
一気に攻め込みジェミナイをこの手に収めるチャンスは今しかない!」
侵攻派の威勢の良い意見に待ったをかける意見もある。
「ジェミナイに対峙するために領内の全てのリソースをこの戦いに注ぎ込んだ。
後はガラ空きだし、王都も他の諸侯も油断できない。
背後を突かれればどうするのだ?」
両論とも理はあるが、武官が多い今、景気が良い積極論が圧倒的に多い。
ダニエルは考え込むが、自ら戦えなかった不満もあり、攻め込むかという判断に傾きかける。
そこへ使者が飛び込んできた。
「レイチェル様からの知らせです。
リオで反対派がクーデターを起こし、都市が奪われたと。
また、旧ジャニアリー領でも反乱。ダニエル様を追放し他家に婿入りしたポール様を呼び戻して当主にすると言っております」
(これは誰かが仕組んだな。
ジェミナイと王都の貴族どもか)
先程ジェミナイ本陣の遺棄された荷物から王都貴族との手紙が発見された。
それを読んだダニエルはそう考える。
「リオにいた妻のブレアと子は大丈夫か!」
珍しく感情を露わにネルソンが大声で聞く。
「ブレア様はお子を連れて逃れ、アースに入られていると聞いております」
ネルソンはホッと一息つき、その興奮を恥じたようにソッポを向く。
「ネルソン、安心したところを悪いが、降伏した領主方を連れてジェミナイに侵入し、できるだけ勢力を拡大しろ。
ヒデヨシもともに赴きそれを手伝え。
クロトワと言ったか。貴様は領主たちへの寝返り工作を行え」
ジェミナイに全面侵攻は諦めたが、寝返った領主を手がかりに橋頭堡を作り、ヨシカゲの身代金の交渉を優位に進めねばならない。
「オカダ、オレとともにジャニアリーの反乱分子を速攻で叩き潰すぞ。
バースはリオを包囲しろ。ターナーが内情を知っているので使え。
カケフは兵を連れて王都に行き、マーチ宰相と協力して反対派の貴族を抑え込め」
ダニエルの矢継ぎ早の指示のもと、各将は動き出す。
クリスはダニエルに対して、ジャニアリーの鎮圧をオカダに任せて領都アースに戻ることを進言するが、ダニエルは「ここまで我慢したんだ。そのくらいいいだろう」と一蹴する。
出陣の用意をするダニエルに寄って来る男がいた。
「クロトワ、何か用か。今は忙しい。
お前からの借りは覚えているから安心しろ」
「それを聞いて安心しました。一言だけ。
ダニエル様の目となり、ネルソン殿の行動をよく監視しておきますよ」
クワトロは誰にも聞かれぬようダニエルの近くで囁いた。
「オレはネルソンを信頼している。
いらぬお世話だ」
「もちろんです。
私が勝手にやることですが、ダニエル様に知っておいて貰えば結構です」
ダニエルのにべもない言葉を気にせず、そう言い残すとクワトロは去っていく。
(また癖のある奴が来た)
ダニエルはため息をつきながら、このストレスを解消するためにも今度は先頭を切って戦うことを決意した。
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