クレインの戦い4(凌ぎきる)

この戦場は右手の川、左手の山に挟まれた平原が戦うのに適地であるが、川や山を通ることは可能だ。


ジェミナイ軍は両端に軍勢を派遣してダニエル軍の陣を迂回しようとする。その間、第四陣は中央をゆっくりと前進し、カケフ隊、バース隊の弓兵の気を引きつける。そのため弓兵は彼らが直前に来るまで気が付かなかった。


右手の凸部を迂回した第五陣は川を渡河してダニエル軍の背後に回りこもうとする。そこにも柵は建てられているが、中央に比べれば遥かに簡易な作りとなっていた。


「やはりここまでは手が回らなかったか」

ほくそ笑む第五陣の指揮官たちだが、そこに矢が飛んできた。

柵の向こう側にダニエル軍らしき兵が弓を構えている。

(くそっ。ダニエル軍は小勢と聞いていたが思いのほか兵がいる)

しかし、ここで引く訳にはいかない、なんとしてもここを抜かなければと、指揮官は突撃を命じた。

矢にかかって次々と倒れるが、柵まで走りよってそこで白兵戦を繰り広げる兵も出てきた。


(この陣は意外に脆い)

決死のジェミナイ兵が向かっていくと、意外にもダニエル軍は崩れ始める。


「押せー!ここを崩せば敵軍の背後を取れるぞ。

そうすればこの戦、勝てる!」

指揮官の言葉に勢いを増すジェミナイ軍を見て、この陣地の防衛責任者を命じられたネルソンは顔をしかめた。

(やはり報酬目当ての傭兵では死に物狂いの相手には太刀打ちできないか)


ダニエルは布陣の時に激戦が予想される中央に信頼できる麾下の将兵を配置して、援軍や傭兵はその端に置いた。

多少の牽制の攻撃ならば凌げると考えたのだが、まさか3000もの規模で攻めるとは予想しておらず、そのツケが最悪の形で現れている。


そう思いながらもネルソンの顔からは笑みがこぼれる。

(くっくっく。

こんな端の方ではろくな戦にもならないと思ったが、こんなに攻め寄せて来てくれるとは嬉しいね。

ブレアからも武功を上げてこいと尻を叩かれているし、ここで俺の実力を見せてやるか)


崩れかかる自陣を見ていたネルソンだが、ダニエルに予備軍の派遣を頼むつもりはない。

ダニエルからは万一の時には援軍を早めに寄越すと言われたが、予備隊は最後の決め手に使うべき、俺やヒデヨシが信用できないのかと大見得を切った手前、ここで応援を頼むなどネルソンの自尊心が許さなかった。


後方で指揮を取るネルソンは、いよいよ正面にいた傭兵が柵を捨てて敗走し、こちらに向かってくるのを見ると、太鼓を大きくリズミカルに叩かせ、旗を立てる。

それを合図に、勢いに乗って進むジェミナイ軍の横腹をネルソンが伏せておいた子飼いの兵が突いた。

同時にネルソンの護衛兵が敗走してくる傭兵に矢を打ち込み、「敗走して来たやつは斬る。後ろを見ろ、敵は崩れているぞ」と叫ぶ。


歴戦の傭兵隊長であるドーケンは命あっての物種とばかりに逃走しつつあったが、崩れるジェミナイ軍を見て、ネルソン軍に勝ち目があるとみてとると、「いまだ、逆襲しろ。この危機を救えば褒美がもらえるぞ」と言いながら先頭に立って反転・反撃する。


それによりいったんは崩れたジェミナイ軍だが、逆襲してきた兵が少数であることから、まだ行けると判断した指揮官は大声で指示する。

「敵は少数。怯むな、押せば勝てるぞ!

ここで勝たねば後はない。故郷に帰りたければ攻めろ!」


劣勢から立て直すジェミナイ指揮官の手腕にネルソンは感心したが、ならばいよいよこれを使うかとつぶやく。

「用意した薪を燃やし、煙を出せ」

白い煙を3つ上げてしばらく経つと、後方から「寝返りだ!」と言う声がする。


ネルソンは密かにクロトワとの連絡を続け、領主になるためにはダニエルの勝利が必要であり、戦場で寝返るように執拗に勧誘した。

クロトワは領主になりたいという欲とダニエルの勝ち目を天秤にかけ、戦場での状況で決めることとした。


そして、自ら願い出て領主の代理としてクツキ領の兵士をまとめて従軍していたが、ダニエルの策略により兵糧を失い窮地に陥るジェミナイ軍を見て、ダニエルの勝利に賭けることを決める。

しかし、預かった兵はクロトワのものではない。

彼は仕えるクツキ領主に密使を出し、敗北しそうなときはジェミナイ軍を裏切ることの了承を得る。クツキ領主もジェミナイ国に属するとはいえ、国主アサクラ氏のために兵を潰すつもりはさらさらなかった。


クロトワは同じ立場の領主たちにも話を持ちかけると、兵糧の支給を大きく減らされた領主達は、渡りに船とばかりにダニエル軍へのつなぎを依頼する。

ジェミナイ軍を構成する領主達はソーテキに負け、又はその勢威に屈した者であり、アサクラ氏への忠誠心などない。今度の戦争はアサクラ氏が勝つと見込み、その動員に応じただけのこと、敗勢濃ければ裏切ることなど当たり前と考えている。


ヨシカゲの不幸は、領主達の兵がちょうど第四陣から六陣に入れられていたことである。

ソーテキ時代から戦闘を切り開く先鋒と本陣には直轄兵を置き、信用できない領主達はその間に入れて監視して戦わせる。それがジェミナイ軍の戦法であったが、今回は裏目に出た。


第五陣に属していたクロトワと彼が根回しした領主達は煙を見ると麾下の兵に退却を命じ、戦闘から離脱する。その場で他のジェミナイ軍を攻撃することは混乱を避けるためと流石に気が咎めたため行わなかったが、それでも激闘しているジェミナイ軍に与えた影響は大きい。

「味方が引くぞ!どうしたんだ!」

抜けた穴からは敵兵がここぞとばかりに攻め込んできた。

こうなれば崩れるのは早い。


「待て!ここで引くな!

あと一息で勝てるのに、なぜだ?」

ジェミナイ軍の指揮官は少数の敵を捉えたと思ったところで突如起こった離脱と崩壊に呆然とした。

「こうなれば自ら先頭に立って切り崩すのみ。

騎士の誇りがある者はついてこい!」


回りの100に満たない兵を連れて、指揮官は突撃する。

その勢いを見て、逃げ出した兵の一部も加わり300ほどの数となって、傭兵を踏み躙り、将旗が立つネルソンのもとに突っ込む。


「来たな!

こうじゃなきゃいかん。このままじゃ不完全燃焼だったぞ」

ネルソンは長年付き従う子飼いの精兵を率いて迎え撃つ。

激しい戦闘となるが、ジリジリと長時間の戦闘に疲弊しているジェミナイ兵が討たれていく。

ネルソンは自ら敵将と刃を交わし、押し倒すと兜の中から老いたその顔が見えた。それはネルソンがジェミナイの若き領主だった頃に何かと面倒を見てもらった重臣であった。


「あなたは!

降伏してください。悪いようにはしません」

というネルソンに敵将は答える。


「死んだと聞いていたが、このようなところで会うとはな。

その言葉はありがたいが、今更生き延びてどうする?

さっさと首を取って功名とせよ。さもなくばわしの手柄になるか?」

まだ躊躇うネルソンにそう言うと下から刃で刺そうとする。

「御免!」

ネルソンは短剣で首を刺し命を断った。

そして見渡すと周囲の戦いも終わっていた。


「勝どきを挙げよ!」

そしてクワトロ他の降将達がやってくると、ネルソンに降伏を申し出た。

そこでネルソンの戦いは終わる。


一方、左方の山地を守備するヒデヨシは苦闘していた。

彼に預けられたのは援軍の領主の軍と子飼いのハチスカ衆。

(援軍で頼りになるのはアカマツ殿のみ。ドーヨ殿や他の中小領主は義理だけで来たようで敗勢になれば逃げ出すつもりだ。

アレンビーも使い物にはなるまい。せいぜい後ろで旗を持たせてこけ威しに使うぐらいか)


アレンビー家はダニエルに屈した後、家臣の裏切りを疑うアレクサンダーから重臣が死罪に処せられるなど家中は混乱して秩序だった動きができない。

期待できない兵を激戦地に出せないダニエルの考えはわかるが、弱兵の多いここが狙われるとヒデヨシは困る。


しかしこの楽天的な男は危機を前向きに捉え配下に言う。

「見よや。手柄が来てくれおる。

この端では戦に加われんかと思うたがありがたい。

皆、ここが漢の見せ所よ!」


そしてエンシン・アカマツのところに自ら足を運び、「敵が大軍でやってきました。エンシン殿が頼りです。お頼み申します」と頭を下げる。

そう言われれば、エンシンも張り切らざるを得ない。

「任せておけ!」と上機嫌で応える。


山地に構えた陣にたちまちジェミナイ第六陣が突っ込んでくるのが見える。

弓隊は中央に回されてほとんどなく、ヒデヨシはハチスカ衆に命じて集めておいた石を投げさせる。

石といっても高いところから思い切り投げるので相当の威力があり、負傷者が続出する。


「たかが石ころだろう。そのくらい耐えて早く敵陣を突破しろ!」

指揮官が怒鳴り号令をかけるが、山から岩や丸太を落とされて、混乱したところをアカマツ勢が一撃を入れて先鋒を壊乱させる。

ダニエル軍の士気は一気に上がった。


後方で見ていた第六陣を指揮する老将は周囲を落ち着かせるために笑って、「小知恵を使いおって。なかなかやりおる」と余裕を見せるが、内心は焦っていた。

(早く突破しなければならん。

時間をかけて予備軍を送られれば抑え込まれる)

そうして次陣、三陣に攻撃を命じる。

次々と現れる新手に対して、ヒデヨシはハチスカ衆による山からの奇襲や牽制とアカマツ隊を中心とした強襲を組み合わせて撃退を続けるが、将兵は疲弊し始め、ドーヨやアレンビーの部隊はすでに逃げる気配を見せている。


(こりゃいかんわー。といってもどうするか)

悩むヒデヨシの前に、ここが攻め時と総攻撃をかけるジェミナイ軍と、少数ながら奮戦するアカマツ勢の激闘が見えるが、このままでは長くは持つまい。


ヒデヨシの脳裏にダニエルの言葉が思い浮かぶ。

「ヒデヨシよ。どうしても敵を食い止めたい時は大将自らが何も考えずに捨て身で突っ込むんだ。大将を死なすまいと部下もついて来て死にものぐるいで働くから暫くは持つはずだ。

大将がどのくらい慕われているかにもよるがな」


(今こそそれを実践するとき!)

「こなくそ!お前らついてこい!」

ヒデヨシは愛妻ネネに貰ったケガよけのお守りである彼女の下の毛を握りしめて、矮躯を躍らせ、山を下りジェミナイ軍の横腹に突っ込む。

周囲は驚くが、すぐに「儂らの大将を死なせるな!」と後に続く。

そこにはハチスカ衆の頭コロク、弟コタケの身内に、ダニエルが付けた若手のトラ、イチ、ジブ、ギョウブ達がいる。


「くそっ、いつまでたっても命懸けじゃ。

ネルソンめ、ダニエル様に援軍などいらんって言いおって。

あのスリルジャンキーには付き合えんわ!

あの男、いつになったら裏切りの合図を出すんじゃ」

ヒデヨシは勢いのまま敵兵を突き殺しながら大声で愚痴を言う。


他の面々も敵陣に突っ込み、敵兵をなぎ倒しながら口々に文句を言う。

「ヒデヨシ(兄者)の功名狙いの無理に苦労させられる。

そろそろ落ち着いてくれ。いつ死ぬかとハラハラするぞ!」


「儂らを生き恥晒しなどと陰口を叩きよって!

ケイジ・マエダがカッコつけてダニエル様達の前で死ぬからだ。

こうなりゃここで死んで意地を見せてやるわ!」


「戦場を知らん文官風情などと馬鹿にしやがって!

ダニエル様にいつも戦で働かせてくれと頼んでいるわ。

ここで手柄を立てて陰口を叩けないようにしてやる!」


横から喚きながら突っ込む一団に驚き、ジェミナイ軍の勢いが止まる。

それを見たアレクサンダー・アレンビーやドーヨも、ここで逃げ出しヒデヨシを見殺しにしては後々立場が悪くなると計算して兵を励まし、敵に向かわせる。


態勢を立て直したヒデヨシ軍を、なんとか追い詰めるべくジェミナイ老将は太鼓を叩かせて犠牲を問わない猛攻を命じる。

しかし、そこにネルソンから煙が上げられる。


それを見た第六陣の後方では、率いる領主が号令し、いきなり前で戦う味方に刃を突き立てる兵が現れた。

前線の兵は「裏切りだ!後ろから寝返る奴が現れたぞ!」と大混乱に陥る。


同時に中央でおとりとなっていたジェミナイ第四陣でも随伴していた領主から寝返る者が現れて混乱する。更にそこをオカダが歩兵を率いて前方から攻撃し、陣の体を為さなくなるほど崩れる。

第四陣を率いる老将が少しでも兵を逃がすために立て直しに躍起になっているところに、先頭で奮迅の働きを見せていた侍大将マガラが退いてきた。

マガラはジェミナイ一の武勇を誇り、先鋒を任されたが刀槍を振るうまもなく陣は崩壊・逃走し、第四陣で再び戦場に向かっていた。


「マガラ、いいところに来た。

この戦はもう終わりじゃ。残念ながらダニエルの知恵が儂らを上回ったようじゃ。

しかし一矢も報いずこのまま死んではソーテキ様に顔向けできん。

わしはジェミナイの重臣として名を知られておる。この首を持ってダニエルに会え。そして奴を仕留めてこい。

よいな」

逃げられそうな兵を逃したことを確認して、老将が首を垂れたところをマガラが斬る。

その遺体に手を合わし、首を手に持ってマガラは誓う。

(この命に代えてダニエルを殺す!)









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