クレインの戦い3(戦闘始まる)

エイプリル侯爵の敗死は後方で観戦していたジェミナイ軍により直ちに本陣に伝えられ、首脳陣に衝撃を与えた。


「エイプリル領の兵糧がなければ数日の食糧しかない。

その間に目の前の堅陣を崩す目処も立たない以上、直ちに撤退すべきである」

老臣たちからは撤退論が出始めた。


「馬鹿な!

ここまで軍を動かし何も得ずに逃げ帰るなど近隣諸国の物笑い。

しかもこれは国主ヨシカゲ様主導の初の遠征。

何か勝ったと言えるものが必要だ」

ヨシカゲの側近からは強攻論が吐かれる。

もちろんその背後にはヨシカゲの意向がある。


「兵糧はジェミナイ本国から運ばせて途中の補給基地に蓄えてあるはず。

そこから運べばまだ当面は持つ。その間にマーズを攻めて兵糧を奪うか、付近から略奪するか、目前の陣を打ち破りヘブラリーに乱入するかすれば良い。

今の段階で撤退など以ての外」

両論の主張を聞き、ヨシカゲが断を下す。


長期戦から短期戦へと方針を転換し、どこを攻めるべきか議論が闘わされる。

しかし付近の村々はぎりぎりまで収奪されていくら漁っても何も出てこない。住民は既にあるだけの財産を持って逃げ出していた。

マーズを攻めるには攻城兵器もなく、背後からダニエル軍が襲ってくることも考える必要がある。

議論は行き詰まる。


議論のさなか、そこに馬に乗った満身創痍の騎士がたどり着いた。

「申し上げます。

途中の補給基地が敵に襲撃され、守備隊は壊乱し、基地は占領されました!」

息も絶え絶えにそれだけを言い終わると気を失った。気力だけでここまで辿り着いたようだ。


「なんと!

補給基地には本国からの兵糧を蓄えておいたはず。

それを奪われてはここに滞在することもままならないぞ」

「いや、それよりも本国への退路を断たれたということ。

直ちに取り返さねばならない」


その後、補給基地の守備隊長が負傷兵をまとめて退却してきた。

「何があったのだ!」

隊長は負傷の手当もそこそこに疲弊したまま、ヨシカゲの前に連れてこられてジェミナイ軍の首脳陣から厳しい詰問にあう。


「いつものように巡回し、警備を固めておりましたところ、我が軍の軍装をした一団がやってきて、エイプリルからの兵糧が絶たれたためこちらから食糧を輸送するようにとの指示を伝えました。

その指示は納得がいくものの、彼らが見知らぬ者だったので用心し、数名だけを砦の中に入れたのですが、それらが突如暴れだし、同時に外からも敵兵が乱入。抵抗する間もなく砦を奪われました」


「では、敵は少数か」

そう問われて守備隊長は考え込んで言う。

「数は少数ですが、これまでに見たことがないほどの強さでした。

そういえばエーリス国騎士団襲来との名乗りがあった気がします」


「騎士団だと!

奴らは動かないと内通させた貴族どもは保証していたはず。

どういうことだ!」

ヨシカゲは驚くが、どうすべきか考えが追いつかない。


ソーテキに薫陶を受けた老臣たちが進み出て呆然とするヨシカゲに言う。

「精鋭の騎士団が立てこもる砦を数日で落とすことは難しく、逆に急に転換すれば前方のダニエル軍に背後を突かれる恐れもあります。

事ここに至れば目の前のダニエル軍を打ち破り、敵の兵糧を奪う以外に手立てはありませぬ。

ご下知くだされ」


ヨシカゲは言われるがままに総攻撃を指示する。

「では私が先鋒を」「第二陣を率いましょう」

ヨシカゲの側近がここが手柄を立てるところばかりに指揮を名乗り出て、ヨシカゲは「ダニエルを討果した者には爵位を与えるぞ」と気炎を上げる。


それをよそ目に老臣たちはヨシカゲの前を下がり、出撃の用意で追われる陣の隅で酒を酌み交わす。

「ソーテキ様に殉死すればよかったわ。

まさかこの目で常勝と言われた我が軍の敗北を見ることになるとは」

「戦う前からそんなことを言うな。

万が一、あの堅陣を破れるかもしれん」

言った本人も信じていない様子であったが、他に人はいないとはいえ不吉なことを口にしないよう釘を指す。


「そうだな。

それはそうとヨシカゲ様には無事に帰ってもらわねばならん。

誰か貧乏籤を引いてくれ。

今飲んでいるグラスにコインが入っていた奴だ」


「どうやらオレのようだ」

一人の男が手を上げる。

ハッハッハと男たちは笑う。


「ではシンプソンに後は任せて、我らは最後の突撃に赴こう。

ヴァルハラでソーテキ様に会った時に誇りを持って話せるように」

グラスが一斉に投げ割られて、老いた諸将は自陣に赴く。

思い残すことはない。後は恥ずかしくない死に方をするだけだ。


ダニエルはジェミナイ軍が急遽陣を整え始めたことを見て取った。

その前に騎士団から補給基地の制圧とジェミナイ軍の退路を断ったとの連絡が来ていたので、予想通りである。


「後ろから火で炙られた猛獣が突っ込んで来るぞ。

全軍訓練どおりにやれ!」

諸将に号令をかけて、ダニエルは後方の小高い位置で戦況を見つつ、予備兵を握る。

(考えられるだけは考えたが、戦は予想通りにならないからな)

冷静に見えるダニエルの掌は気づかぬうちに汗まみれとなっており、ノーマがその手をそっとハンカチで拭いてやる。


ジェミナイ軍は隊列を整えてまず傭兵のクロスボウ兵に先行させる。

飛び出たUの2つの凸部を射撃で崩すためだ。

クロスボウ兵は盾を持ちながら徐々に前進するが、草原にいくつかの溝が掘られ、そこに目立つ岩が置かれていることに気づく。


「なんだこれは?」

疑問に思いながらもその溝を越えて前進したところで長弓が降ってきた。

クロスボウの射程にはまだ遠いが長弓なら届くようだ。

おまけに相手は丘や土塁という頭上から撃ってくるため射程が長い。

たちまち何人も倒れる中、「走れ!」と指揮官が号令を下す。

次の溝を越えたところでクロスボウが飛んできた。

どうやら溝は射線の距離を測るもののようだ。

「こちらからも撃て!」

指揮に従い、クロスボウを発射するが、相手の矢が飛んでくる混乱の中で、更に上に向かって撃つため効果はほとんどない。


「もうダメだ」

仲間が次々と倒れる中、傭兵らしく兵は見切りをつけ始める。

指揮官も斃れたのか指揮の声も聞こえない。

クロスボウ兵はなんの損害も与えられずに算を乱して後退を始める。


それを見たジェミナイ重装騎兵はいきりたつ。

「傭兵では役に立たん。

我らがあのような木端細工を崩してくれよう!」


第一陣3000の中で、抜け駆けする者が続出し始める。

指揮官は矢で崩してからの突撃を意図していたが、もう統制が取れないと見て全騎に突撃を命じる。狙うのは中央の凹んだ敵陣だ。

「左右から矢が飛んでくるぞ。馬を走らせろ。

一気に突破するぞ!」


疾走する騎兵達だが、まず退却してくるクロスボウ兵とぶつかる。

「邪魔だ、退け!」と、前で逃げ惑う傭兵を踏み潰して進むが、次に泥沼と化した平原に足を取られ、そこを力づくで進むと落とし穴で転倒する者が次々と出てくる。

そこを上から長弓が降り注ぐ。その矢は精巧な鉄の矢じりが使われ、当たりどころによっては騎士たちの鎧をも貫く。

「おい、この矢は鎧を貫くぞ!」

これまでの戦いでは歩兵や弓兵はともかく、ちゃんとした騎士の鎧を貫く矢など経験したことがなかったジェミナイ騎士は驚愕する。


そこを突き進んだ騎士は、足元に杭に繋がれた縄が待ち構え、馬が昏倒し動けなくなったところをクロスボウが突き刺さる。

「罠だ!ここは罠が張り巡らされているぞ!一旦退け」

先鋒の指揮官が大声で指示を出すが、右手の弓兵を指揮するカケフの「アイツを狙え」という指示により集中射撃されてハリネズミと化して斃れる。


もはや3000の兵は頭上からの矢を受けて血みどろとなってうごめいていた。

矢の雨をかいくぐり、ようやく敵歩兵の待つ中央の陣までたどり着いた兵にはオカダが指揮する重装歩兵が待ち構えていた。


「よくぞここまでたどり着いた。

その武勇を賞してすぐにヴァルハラへ送ってやろう」

矢が突き刺さり、体力もなくなっているジェミナイ兵は次々とダニエル軍の精鋭歩兵に殺されていく。

そうして第一陣は全滅した。


ジェミナイ軍本営からは土煙で戦闘の様子が見えにくい。

帰ってこない第一陣は粘って戦い続けているものと考え、第二陣、第三陣に敵陣に突入して戦果を拡大するように命じる。


出撃した彼らがダニエル軍の陣に近づき見たものは、矢に射殺された多数の人馬の死骸。先程まで言葉を交わした第一陣の騎士たちが死屍累々となっている有様であった。


「おのれダニエル!

戦友をこのような嬲り殺しにしおって。許さん!」

頭に血が上った騎士は次々と突撃し、先程と同じ罠に陥る。

ダニエル軍は二つの凸部の司令官にカケフとバースを、その下の指揮官に若手を配置する。その配下には、長弓隊、クロスボウ隊、短弓隊を置き、相手との距離を図り土塁の高さを変えながら、射手は次々と矢を射る。


補助部隊は矢の運搬やクロスボウの準備など、射手が射ることだけに専念できるように走り回る。矢は騎士の甲冑をも射抜ける特注品を武器製造職人に作らせて大量に運んできた。

このような何重にも手当てされた砦に対して、無策で向かっていくジェミナイ軍は血の海に沈んでいく。

ようやく通り抜けられたところにはオカダが麾下の歩兵と待ち受ける。

第二、第三陣も壊滅するが、少数の兵が逃走し、本営にその状況を伝えた。

「なんと!第三陣まで崩壊したのか!」

「あの堅陣を攻めたのだ。損害は覚悟の上。

それより敵陣を突破できるかが問題だ。どのくらい崩せたのか。あとひと押しなのか?」


その答えは思ってもいないものだった。

「相手の陣まで乗り込めてもいないと!

ならば弓の遠戦だけでそれだけの被害を受けたと言うのか。

すでに9000の兵を投じているのだぞ!」


ジェミナイ軍24000の全軍を各3000、8陣に分けている。

第三陣までが崩れた今、残るは5陣。


ジェミナイ首脳陣はUの敵陣の両横に目を向ける。

そこは右手が川と左手が山地となっているが決して攻められない場所ではない。


「次は第四陣が目晦ましに中央を攻めるとともに、第五、第六陣は両横を抜けてなんとか敵の背後に出よ。

本来ならば小当りで様子を見たいが時間がない。生き残るため、必ず敵陣を突破してもらいたい。して、誰が指揮を取る?」

もはや言葉を発しないヨシカゲに代わり、後を託された老臣のシンプソンがそう言って周りを見渡す。


後方の諜報員からは、エイプリル軍がヨシタツに率いられてジェミナイ軍の後方に回りこもうとしているとの知らせが来ていた。

敵となったエイプリル軍に後方から攻撃されればジェミナイ軍の壊滅は明らかであり、彼らに残された道は何が何でも前方のダニエル軍を突破するしかない。


さすがのヨシカゲも窮状を理解し、青褪めた表情で本営に座っている。

自ら各陣を指揮すると名乗り出た若手の将が立ちすくむ中、老臣たちが立ち上がり、「我らが参りましょう」と進み出た。


「ヨシカゲ様、お言葉を」

死を覚悟した老臣の出陣を呆然と見送る当主にシンプソンは言葉をかける。

「皆大儀じゃ。よろしく頼む」

日頃冷遇してきたソーテキの薫陶を受けた老臣に死地からの脱出を託すことになり、ヨシカゲは後ろめたい思いを隠せず、おどおどと頼む。


「ヨシカゲ様、胸を張りなされ。

御前が決められた出兵でござろう。

最後まで精一杯国主としての誇りをお持ちくだされ」

そう言い残すと、彼らはそれぞれの陣に行き、直ちに出撃を命じる。


第四陣はこれまでと同じように中央に向かっていき、敵軍の目を引きつける。ダニエル軍の兵士が、何度壊滅させれば学ぶのかと嘲笑う中、第五陣と第六陣は目立たぬように左右を迂回してダニエル軍の背後に潜り込むことを企てる。


第七陣、第八陣はヨシカゲの本隊。

彼らが出てくる時は勝利を決めるときか、退却の殿軍。

したがって第六陣までで戦の行方を決めねばならない。

(己の命は捨てている。

部下にも死んでもらう。

しかし、ダニエル、お前も道連れになってもらうぞ)

老臣たちは決死の顔つきで馬を走らせる


ジェミナイ軍がこれまでと異なる攻め方をしてきたことを、ようやくダニエル軍は気づいた。


一方、丘から戦況を見下ろすダニエルはいち早くジェミナイ軍の動きに気づき、赤い煙と黒い煙を上げさせる。

それを見たネルソンとヒデヨシは打ち合わせどおりに動き始めた。




















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