クレインの戦い2(梟雄の死)

ジェミナイ軍の先鋒はいくつもの山を越えてエイプリル領に入ってきた。細い山道を長々と行軍するため、後続はまだジェミナイ領に残っている状態である。


行軍の横腹を襲われるかもしれないとの緊張の中、ようやく山道を抜けて平野に出て一息つくジェミナイ軍に対して、待ち伏せしていたガモーの指揮する兵が一斉に矢を放つ。

「伏兵だ!」

思わぬ攻撃に算を乱して逃げ惑うジェミナイ軍だが、先鋒を任された精鋭部隊だけあり敵を少数と見てとると逆襲に転じる。

「敵は少ない。

緒戦に勝ってヨシカゲ様から手柄をもらうぞ!」

まもなく到着する当主ヨシカゲに、早々に勝利したことを伝えれば上機嫌になることは間違いない。

先鋒の指揮官は、逃げる敵を追撃するよう指示する。


ジェミナイ軍は態勢を整えることもせず敗走する敵を追撃するが、しばらく追ったところで左右から矢が射掛けられ、逃げ出したはずの兵が反転して襲ってきた。


「罠だ!

ダニエル軍が伏兵を置いて包囲してきたぞ!」

長い行軍の疲れもあり、ジェミナイ軍は一気に崩れ元の場所に敗走する。

逃げだした兵はようやく到着した本軍に収容され、ダニエル軍はジェミナイ軍と距離を置いて追撃を停止する。

ヨシカゲの本陣を前にして、ダニエル軍は勝ちどきを挙げるとともに、一人の騎士が馬を進ませて叫ぶ。


「そこにおられるのは当主ヨシカゲ殿とお見受けする。

私はダニエル。よくぞ遠路来られた。

まずはダニエル軍の腕前を見ていただこうと、小さなものであるが馳走つかまつった。いかがでしたかな。

次は本番。腕によりをかけてお待ちしております。

まさか大国ジェミナイの当主がこの負けに怖気づいて逃げはしませんよな。

ソーテキ殿健在であればこんな戯言は言うまでもありませんが。」

そう挑発するとダニエルは兵とともに去っていく。


「追え!

このように愚弄されて黙っているのか!」

怒鳴るヨシカゲに、老臣達は「ダニエル自ら出てくるなど罠に決まっています。奴らは小勢。策を弄しておるのです。それに乗ってはなりません」と止める。

結局ジェミナイ軍はその場所にとどまり、厳重に守備を固めつつ軍が勢揃いするのを待つ。


ダニエルは緒戦の勝利を喜ぶ兵を他所に、淡々とこの勝利をすぐにレイチェルに伝える。

ダニエルとしては万全の態勢で待ち構えるため、このような牽制の攻撃など行いたくなかったが、資金繰りや援軍・領民の士気、王都への影響のために小さくてもまず勝利を上げてほしいというレイチェルからの強い要請を受けてやむを得ず行ったものである。


「政治が絡むと戦も面倒なものだ。純粋に勝つだけを目指すのではすまん」

ダニエルの愚痴にノーマもうなずく。


「ダニエル様ももう大諸侯。騎士団の隊長ではないことをご理解ください。

レイチェル様が居なければ政略や財務もご自身で行わねばならないのですよ。

レイチェル様に感謝してください」

クリスは諫言する。


「わかっている。

ただ条件をつけられた戦は面倒だと思っただけだ」

ダニエルはそう言うとヒデヨシを呼ぶ。

ジェミナイ軍が来襲した今、手順を間違えずに策を打っていかねばならない。

次の策はこの戦争の行方にかかわる重要な一手である。


ダニエルは、エイプリル領都サターンを囲んでいたバースが率いる軍団を呼び返し、全軍をクレインに集める。

包囲が解けたサターンではエイプリル侯爵ドーサンが早速3000の兵を率いて、1000の抑えをサターンに置いて、ジェミナイ軍に急ぎ馳せ参じた。


「ヨシカゲ様、出兵頂いたお陰でダニエルも尻尾を巻いて逃げ出しました。

ありがとうございます」


「礼を言うのはダニエルの首を挙げてからだ。

エイプリル侯爵、お前には先手となって存分に働いてもらうぞ」


「戦働きもさることながら食糧を持ってきただろうな。

貴殿の要請に応じて兵を出すのだ。

約束通りに兵糧を出してもらわねば困る」


ヨシカゲの言葉に老臣が付け加える。

本国からも兵糧の輸送の手配はしているが、延々と続く山道を使って大軍に必要な量を供給するのは到底無理であり、大半はエイプリル侯爵から出させることを予定している。


「もちろんです。

城の倉庫には大量に兵糧を用意してあります」

エイプリル侯爵はそのために領民から食糧をギリギリまで収奪し、それをサターンに貯蔵していた。

エイプリル領民は経済封鎖やダニエル軍の襲撃に加え、この収奪により疲弊・窮乏の極地に立たされており、その上に立つ各地の領主もすべてを奪い去るエイプリル侯爵に強い不満を抱いていた。

領内の不満は、わずかでもその捌け口が見いだされれば一気に氾濫するところまで水位は上がっていた。


ヒデヨシはその情勢を見てハンベーと相談し、サターンから逃亡して隠れていたヨシタツを担ぎ出す時は今だと判断した。


ドーサンが出立して暫くすると、エイプリルの旗を立てた兵がサターンを囲み、門の前に騎士が現れる。

「俺はヨシタツだ。

もう親父のやり方にはついていけない。

このままではエイプリルは戦う前に崩壊するぞ。

賛同する者は門を開き、俺を迎え入れよ!」


世子ヨシタツの言葉に留守を預かる将兵は動揺する。

ドーサンにはついていけないが、逆らえばどんな目にあわされるかという恐怖心で縛られてきた。しかし、世子が先頭に立って反対しているのだ。

顔を見合わせる中、一人の兵が叫ぶ。

「オレはヨシタツ様に味方するぞ!」

その声は次々に広がり、止めようとした指揮官は兵に殴り殺される。

「他にドーサンに付くやつはいないか?」

「マムシにつく奴は皆殺しだ!いいな!」

反乱兵の怒号が響く中、城門は開けられる。


ヨシタツは無血で城に入ると、すぐにダニエルに連絡するとともにドーサンに率いられて従軍している領主達の中でヨシタツに近い者にこちらに寝返るように密使を送る。

また、ヨシタツはハンベーの献策に従い、城の乗っ取りを外に出さず、ドーサンの支配下にあるように装い、求められるがままに兵糧を送る。


「何故、敵に兵糧を送るのだ?」

ヨシタツの問いかけにハンベーは白い顔色を変えることなく茶をすすりながら答える。

「ようやく巣から頭を出した穴熊を餌でおびき寄せて逃げられないところまで連れ出すためです。そこで餌を絶てば穴熊は新たな餌を求めて罠に飛び込むしかなくなるでしょう」


ジェミナイ軍は地理をよく知るエイプリル軍に先導させて、ダニエルを追いかけクレインという盆地に入る。

そこで敵陣を見たジェミナイ軍の老臣達はその堅牢な構えに言葉を失った。

突き出した2つの陣は丘の上に土塁が築かれ、その前には堅く丸太が組まれ、逆茂木も立てられている。

その2つの陣の間の幅広い平地の陣は緩やかな坂で簡易な柵のみ。ここを攻撃しろと誘っている。

確かにそこを突破すれば敵陣は真っ二つになるが、その攻撃中に両方の凸陣から集中射撃を受けることは必至。見るからに罠である


「これを崩すのは容易ではありませぬ。

大軍の利を活かして、包囲して揺さぶりをかけるか、内応させて敵を崩すか。いずれにしても時間をかけて戦いましょう」


「幸い兵糧は十分用意されています。

敵方には態度の怪しい領主や傭兵もいるようであり、徐々に圧力をかければ寝返りもありえるでしょう。

まずは相手と対抗するためのしっかりした陣を築きましょう」

早く鮮やかに勝ちたいヨシカゲは不満そうであったが、ソーテキの薫陶を受けた老臣は確実に勝てる策を主張し、ジェミナイ軍の軍議では長期戦との方向が出た。

が、数日後にエイプリル侯爵が青ざめた顔で駆け込んできた。


「儂の居城サターンが乗取られました!」


「何を言っているのだ?」

ドーサンの叫びにヨシカゲ以下のジェミナイ軍幹部は首をひねる。

ダニエル軍にそのような動きはないことは十分に確認している。


「息子のヨシタツが叛旗を翻してサターンを占領し、兵糧を止めています」

「それは一大事、放置しては我が軍は飢えるぞ。

直ちに奪還せよ!ジェミナイからも援軍を出そう」

ヨシカゲも事の大きさに気がつき、ドーサンに強く命じる。


「ありがたいですが、ヨシタツの兵は1000余りと報告を受けています。

それに対して儂の兵は3000。

また、儂が出向けば長年仕えていた家臣たちのこと、こちらに寝返る者も出てくるはず。

ここで援軍を頂いては家臣や領民に示しがつきませぬ。

実力で打倒し、誰が主人かわからせてやります」


ドーサンは自信たっぷりに出陣する。

それを見送るヨシカゲに老臣は「我が軍の兵糧がかかっております。エイプリル侯爵のメンツよりも確実に勝てるように援軍を送りましょう」と言うが、ヨシカゲは応じない。


「あれだけの自信があればやらせてみよう。兵も惜しい。

それに奴に臍を曲げられて敵に寝返ればどうする。

マムシと言われる油断できない男。ダニエルについた方が得と見ればすぐに裏切るであろう。

しかし、アイツの動向はよく見ておき、いざとなれば介入して敵軍ともども消してサターンを我が手に収めよ」

その指示を受けてジェミナイ軍はサターンに隠密理に兵を送る。


ドーサンがサターン郊外に軍を進めたときに、ヨシタツも兵を率いて城を出る。

川を挟んで両軍は睨み合う。

ドーサンが驚いたことに、ヨシタツの兵はドーサンを凌駕するほどに増えていた。

(領主どもめ。あれほど募兵したのに兵がないと言いおって、儂を謀ったか。それをヨシタツには出すだと。戦に勝てば皆殺しにしてやる!)


ドーサンは敵兵を見て速戦は止めて、一旦後退してその日は陣を張り様子を見つつ、敵軍の将に寝返りを呼びかける。

その夜、ドーサンは行軍の疲れもあり熟睡するが、人の動く物音に目を覚ます。

「何事か起こっているのか?」

その問いかけに近習が答える。

「敵に夜襲の動きがあるかもしれないと各将が陣替えしており、多少うるさくなっておりますが、問題ありません。」

それを聞いたドーサンは、何かあれば起こせと言ってそのまま寝る。


翌朝、ドーサンが起きると驚くことに、味方の兵は激減していた。

3000いた兵が1000もいないようだ。

ヨシタツ軍は膨れ上がりこちらの数倍はいよう。

「裏切ったな!」

見ると昨晩の近習も姿を消している。


ヨシタツ軍は陣を構えて、川向うで盛んに声を上げている。

そこからは今にも攻めようという戦気が漂っている。


「くそっ!」

この期に及んでドーサンはここが死に場所と決意した。

そして、自分の麾下に残った兵を集めて告げる。

「よくぞ儂について残ってくれた。

心から礼を言う」

そして頭を下げた後、言葉を続ける。

「どうやらここが死に場所のようだ。

あの世までついてきてもいいという奴はついてこい!」


そこにジェミナイ軍の使者が来る。

「エイプリル侯爵、劣勢のようだな。

一度兵を引け。我が軍が支援をしてやるから、それを待って息子と戦え。

そしてその後はジェミナイの指示のままに動け」


ドーサンは居丈高に言う使者をろくに見もせずに甲冑を着ながら、側近に「こいつを斬り捨てよ」と言う。

彼の欲するのは己の意思による支配であり、ジェミナイの傀儡になることではない。

「貴様らの機嫌を取ってたのは儂のためよ。

傀儡になるくらいならここで息子の手にかかって死ぬ方がマシじゃ」

ジェミナイの使者の首を蹴りつけ、ドーサンは出陣した。


守りを固めるドーサン軍にヨシタツ軍は数を頼みに川を渡り、襲いかかる。

先陣はティム・ライアン。ドーサンが可愛がって領主にしてやった男である。

「ドーサン様、お世話になりました。

最後に首を頂きに参りました」


そう宣うライアンにドーサンは言う。

「儂には人を見る目がなかったな。

首が欲しければ実力を見せろ」


ライアンの猛攻をドーサンは巧みな指揮で躱し、徐々に敵軍をバラバラにすると、最後は孤立させたライアンを馬廻りに突撃させて討ち取らせる。

「ドーサン様、お見事です」

側近の追従に顔色も変えずに「さあ、次が来るぞ」と言う。


第二陣、第三陣と津波のように押し寄せるヨシタツ軍にドーサンの兵は削られる。ついに残るは数十名、それを敵軍数千名が取り囲む。


(いよいよか。これまで何人もの主君を裏切り、同輩を罠にかけ、領民を虐げてきた。破戒修道僧から大諸侯まで成り上がり、好き放題やった。

いい人生だった。最後が息子に討たれるのも儂らしい。さて締めくくろうか)

ドーサンの顔には知らずに笑みがこぼれる。


「ヨシタツ来い!

父に会うのが恐ろしいか!」

敵の大軍に向かって叫ぶドーサンの言葉にりっぱな甲冑の男が出てくる。

「父上、お久しぶりです。

もはや勝負はつきました。命まではとりません。

降伏して隠居してください」


「クックック、そんなに父殺しの汚名が恐ろしいか。

そんなことでこの乱世を生きていけるか!

ダニエルを見ろ。父や兄を放逐して当主の座を奪い、妻を殺し義父を追放して婚家を乗っ取る。おまけに同盟していたリオも見事に盗んだ。

それで後ろ指も刺されない。あれこそ大悪党だろう。

ヨシタツ、そんなことではダニエルの下風に立つだけだぞ!」


「うるさい!

私はダニエル殿と手を組んでこのエイプリル家を守っていく。

自分のことしか考えないアンタのやり方では誰もついてこないことはよくわかっただろう。

劣勢になっても家臣も仲間も離れていかないダニエル殿との違いだ」


もはやドーサンは口を開かず、槍をかざしてヨシタツに向かっていく。

ドーサンは槍の名手。

「殿、危ない!」

ヨシタツを庇った近習が胸を刺される。

「おのれ!」

ヨシタツが振るった剣をドーサンは避けることもなく身体に受ける。

「ヨシタツ、いい剣だったぞ。これでお前も父殺しだ。

汚名に負けずダニエルに立ち向かえ」

ドーサンはそう言い残して倒れる。


「くそっ。父にうまく乗せられたか」

ヨシタツは無念そうにそう言うと、ドーサンの遺骸を丁寧に葬るように言いつけ、残るドーサン残党を捕えるとそのままマーズに帰還する。

ダニエルと連絡してジェミナイ軍にどう対処するかを決めねばならず、疲弊しきっている家臣や領民への対応も急務だ。

ヨシタツには父の死の感慨に浸る暇もなかった。



























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