王都の混乱―ニッタの苦悩

急ピッチで作業する2つの支城を間に合わせるため、クリバヤシは王都付近でゲリラ戦を挑むカケフに連絡を取る。


『防御陣地の構築のため、何とかあと1か月、親衛隊の出征を止めてもらいたい』


その書簡を読むカケフは、「うーん」と唸るが、何とかやってみようと使者に言う。


ニッタは王に促され、アカマツの籠もるシロハタ城攻めを中止し、ダニエルを攻めるための出陣の準備を進めている。


カケフはそれまで損害を避けるため、山道で少数の荷駄を襲うなど補給路を締め上げる戦略を取っていたが、それを捨て大胆に王都に潜入し、王宮に悲鳴を上げさせることとする。


まず王都の民衆を扇動する。

王が以前に王都を捨てる際に取った行動、即ち食糧の強奪を民衆は忘れていない。


王は帰還後、あれは余の本意ではなかったと声明を出したが、あの時には赤子や妊婦、老人など弱い者が多く亡くなった。


機会あれば恨みを晴らさんと考えている者は多い。

カケフは娼館を経営する妻シンシアと相談し、裏世界の者を通じて密かに民衆に呼びかける。


何日も続いた快晴の後、すっかりと乾燥した夜間、王宮や貴族屋敷街などあちこちで火の手が上がる。

消防が出動するが、通行路には大きな岩、丸太、壊れた馬車などが置かれ、火の元に辿り着けない。


風も強く、見る間に火の手は回り始める。

特に政権の高官の屋敷にはまるで油が撒かれていたかのように盛んに火が燃え上がった。


一方、その日の風は平民街の方には吹かず、また被害のありそうなところは手回し良く避難が終わっており、被害は王宮、貴族や官僚の屋敷に限られた。


火事と連動し、カケフ配下の兵が王都に潜り込み、消防を装い各地で破壊工作を行う。

衛士の拠点は次々と破壊され、防衛態勢が弱体化したところを貴族や官僚の邸宅は襲撃された。


王宮さえも敵兵の侵入を許し、王も庭師に扮した刺客に襲われたところを護衛の奮戦で命拾いする。


夜間に誰か味方かも分からず、流言が飛び回る。

曰く、ダニエルが攻めてきた、

曰く、クスノキとキタバタケが裏切った、

曰く、王は刺客に殺されたなどなど。


混乱の中、衛士の同士討ちや貴族の私兵との争いが発生し、王都の貴族にとっては恐怖の夜となる。


一晩が明けて、情報の真偽も明らかとなり、落ちつきを取り戻すが、これまで安全圏と信じていた王都が攻められた影響は大きい。


この有様で本当にダニエルに勝てるのか?という人心の動揺を抑えるために、王はニッタ軍を王都に呼び、行進させることで武威を示そうとする。


しかし、ニッタは王からの王都への帰還を命じる使者を受けて、嫌な顔をした。

もはやダニエル領への侵攻の準備は整い、まもなく出陣の予定である。


間諜からの知らせでは、ダニエルは後背のジョンや教団との戦いに手こずっており、一方で領都アースまでにはムーンという要塞が一つあるだけと聞く。


ダニエルが叛乱を平定し、迎撃に来るまでにアースを落としてしまえば、根拠地を失ったダニエル軍の士気は地に落ち、勝ちは見えるというのがニッタの考えである。


しかし、王の使者にそのことをいくら説いても耳を傾けるそぶりも見せず、王命ですぞというばかり。


「王陛下は将軍の早期のお戻りと、パレードの実施を命じられてます。明日にでも帰還願いたい!」


高位貴族のその使者はついには苛立ち、居丈高に命じる。

武官など貴族の飼い犬だと信じている輩であろう。


その使者をニッタ軍の幹部は殺さんばかりに睨みつける。


最上位席を王の名代の使者に譲り、ニッタはその下の席から恭倹に答える。


「臣一人ならばともかく軍を連れて行くならそれなりの準備が必要。お時間をいただきたい」


「不敬なり!

王陛下は即刻戻れと言われているぞ!」


怒鳴りつける使者に対して、剣に手をかける部下もいる中、ニッタはあくまでも恭しく時間が必要と繰り返す。


根負けした使者が、「では3日の猶予を与えよう」と言って宿舎に引き上げた後、ニッタ軍の軍議が始まった。


「王陛下も馬鹿なことを言われる。

ダニエルに仕掛けた謀略も次々と鎮圧される中、最後に残っている教団に手を焼いている今こそがアース攻略のチャンス。


それが王都で惰眠を貪る貴族どもにはわからないのでしょう」


「その通り。

あの使者の一行を皆殺しにし、誰も来なかった体を装って、さっさと出陣しましょう。

勝ってしまえば王陛下も何も言われますまい」


部下からは過激な意見が次々と出される。


しかしニッタは首を横に振った。


「我らの軍の大部分は王陛下の威光により各地の諸侯達が寄り集まっている。

陛下の意向を無視して動けば、この総司令官の地位を取って代わろうとする輩はたくさん出てくる。


軍事的にはお前たちの意見は尤もだが、陛下の後ろ盾なければこの軍は崩壊することを忘れるな」


そう言われると誰もそれ以上文句は言えない。


しかし、兵の間には、『ニッタ将軍は下賜された美女に逢いたいために王都に戻りたいのではないか』という噂が広まっていることをニッタは知らない。


確かに王都に打ち合わせに行く時にニッタは屋敷で愛妾コウトウに会っている。

そのことは長引く滞陣に家族に会えない兵に広がっており、やっかみとなる。


噂を知る軍幹部は、兵が滞陣で暇をもつ故にそんな不満を持つ、早期に敵に向かわせ、緊張感を持たせることが必要と考える。


兵の士気を気にかける軍幹部と、王命に従い王都に戻ると言う総司令官のニッタの間には隙間風が吹いていた。


結局長い議論の末に、ニッタは一旦王都に向かい、人心の安定と周辺のダニエル残党の掃討を早急に済ませ、残る軍は出陣の準備を整えて、ニッタが戻り次第、アースに向かうことを決める。


幸い、教団は堅城に籠もっていてその鎮圧にはダニエルはまだ時間がかかりそうだ。


もう一つ気になっていたのがアースを守る要塞ムーンに補強工事が行われる兆候があるという知らせであった。


しかし、その後の続報では、周囲に土を掘り上げ子供騙しの城もどきを作ったとのことであり、目眩しに過ぎないという情報にニッタは安心した。


(ダニエルも東奔西走して軍費も苦しかろう。

守城を強化する金もなく、子供騙しの脅しで時間稼ぎを考えたか)


ニッタはこれならば多少時間をかけても大丈夫かと思いながら王都に戻る。


王宮の勢力争いは激しく、王の気持ちを繋ぎ止める必要がある。

同時に愛するコウトウに早く会いたい。


兵は、いそいそと喜んで帰るように見える総司令官に冷淡であったが、王都で一時帰宅を認めるという指示を聞き、歓声を上げる。


「一時帰宅を認めれば士気も上がる。

そこで気分を良くした兵を率いて再度アースに押し出し、領都攻略とダニエル軍撃滅を図る」


ニッタは軍議でそう説明した。


そして休暇気分で王都に向かった親衛隊は、途中の宿泊地で夜襲を受ける。帰宅のことで頭がいっぱいであり軍紀が緩んでいた兵は、輜重隊を中心に大きな損害を受ける。


更にその後の行軍でも、伏兵に射撃を浴びながら、ようやく王都に戻る。


ようやく着いたその王都は貴族屋敷の多くが焼け落ちた残骸となり、雰囲気も殺伐としていた。


テロを恐れて、貴族が雇った私兵があちこちにたむろし、平民に誰何を繰り返し、女子供に嫌がらせをし、抵抗する若い男をぶちのめした。


貴族はあの火事や襲撃は平民の手引きがあったと信じており、それは事実であった。


「奴らは敵に通じている!

平民を信用するな!」


敵対心に満ちた貴族の対応に平民が反発し、暗躍するカケフ軍を匿い情報を提供し、テロを助けるという悪循環となる。


それは毎日、昼間の平民の悲鳴、夜間の貴族とその配下への襲撃という半ば戦場のような街となって姿を表す。


ニッタが王宮に祗候したところ、貴族高官からは直ちに王都で厳しい巡回や警邏を敷き、その後に軍事パレードで平民を威圧するように求められる。


ダニエルを撃ち破るということなど忘れたかのように、彼らは王都の安定こそ最優先だと喚き立てる。


王は苦い顔をして沈黙している。

どうやらニッタが来るまでに相当な激論があり、何度も犠牲を出した王は厳しい批判に晒されたようだ。


(ここは占領した敵地のようだ!)


王宮を出て、もはや王政府の本拠地とは思えないほどの荒んだ王都を眺めてニッタや配下は嘆く。


しかし、王政府の命には逆らえない。

指示に従い、貴族の飼い犬のように平民を威圧するニッタ軍に対して、民衆の視線は冷たく、士気は低下し脱走兵も相次ぐ。


ニッタの考えは完全に裏目に出た。


「こんなことなら王都に戻らずに出陣すべきであった」

コウトウを相手に嘆くニッタに深夜、王からの密使が来る。


何事かと王宮の裏口から入ると王と王妃、それに王の腹心プレザンスが小部屋に待っていた。


「ニッタ、すまぬな。

大元のダニエルを滅ぼせば王都での騒ぎなど雲散霧消するものを。


貴族どもは家屋敷を焼かれて復讐しか見えておらぬ。

いくら理を尽くして話しても余の言葉を聞かぬのだ」


そう言うと疲れたように王は椅子の背に身体を預けた。


「心中お察しいたします。

しかし、一刻も早くアースを陥さねば、ダニエルが叛乱を鎮圧して引き返してくることは確実。

出陣の許可をいただきたい」


ニッタはここぞとばかりに王に許可を求める。


「うーむ」

悩む王にプレザンスが献策する。


「陛下、私に妙案があります。

平民街を焼き払い、カケフの兵を隠れているところから追い立てましょう。

そして平民街を包囲して怪しい奴らを皆殺しにすれば一気に片付き、ダニエルに早々に向き合えるでしょう」


「それはならぬ!」

王妃が叫ぶ。


「ただでさえ、民の心が離れているのに家を焼き払うだと。

何を考えている!」


「しかし、短期に王都の治安を回復するにはこれしかありません。

叛乱兵の隠れ家を無くせば、巣を追い立てられた獣のように正体を表す。

そこを討てば一網打尽にできます。


民衆など目先のことしか考えないもの。

ダニエルを滅ぼしたあと、大盤振る舞いをすれば民の支持などすぐに得られます」


プレザンスの熱弁を聞き、短期に決着をさせるためと王も決断する。


「やむを得ん。

しかし、無辜の民に迷惑をかけぬよう、火をかけるのはやめ、兵で包囲し尋問せよ。被害はできるだけ少なくせよ」


「陛下!」

なおも反対する王妃を抑えて、王は言う。


「ニッタ、早々に王都を掃除しダニエルを撃滅せよ!」


王と王妃が部屋を出たあと、ニッタとプレザンスは相談する。

明後日にスラム街を中心とした敵兵が隠れていそうなところを、地理に詳しい衛士と親衛隊が組んで包囲し、しらみつぶしに家探しすることとする。


そして怪しい者を一斉に検挙し、治安を回復する。


2日後の包囲捜索は何ら実りがなかった。

大がかりな動員は兵から民衆に漏れ、またスラム出身の検非違使長リバーはスラム街に情報を流していた。


空振りに焦ったプレザンスは遂に平民街に火を放つ。


「キャー、私の家に子供がいるのよ!」

「オレの両親が残っているんだ!」


大勢の避難民と悲鳴の声が湧き上がる。


その中をかき分けて衛士は、避難民から若い屈強そうな男を次々と連行していく。


「オレは何もしていない!

どこに連れて行くんだ!」


「うちの人をどうするの!

離してよ!」


「とにかく来い!

話は番所で聞く」


「横暴だ!

衛士どもと戦え!」


あちこちで暴動が起こる。

もはや警察の手には負えないとプレザンスはニッタに兵の出動を求めた。


ニッタ軍は抵抗する民衆を馬蹄にかけ、矢を放ち、刀槍を振るった。

数時間後、王都は血の海と死人の山を築き、残る民は逃げ去った。


「やれやれ、これで平民どももいなくなり、叛乱兵の隠れ場所もなくなりました。

ゴミのようなスラム街も消え、もう一度美しい街並みを計画的に作れそうですな」

プレザンスは笑顔でニッタに話し掛ける。


(コイツは確信犯だな。

俺の兵はこんな民を虐殺するためにいるんじゃない!)


ニッタは武人の誇りを汚された思いで、一刻も早く立ち去りたかった。


「では、兵糧が整い次第、出立いたします。

陛下には貴殿からよろしくお伝えください」


王の寵臣であるプレザンスの機嫌を損ねないように配慮しつつ、ニッタは早々に出陣することを伝える。


この時間の浪費は、クリバヤシにとって旱天の慈雨となる。

この間に彼の防衛体制は整い、敵を待ち受けていた。






























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