土の城–クリバヤシの戦い1

(さて、ここをどうやって守るのが最善なのか?)

クリバヤシはダニエルからムーン城の守備隊長を命じられた後、出来上がったムーン城を、その前にある小山に腰掛けて、眺めながら考えていた。


野戦の得意なダニエルが籠城に頼るというのはよくよくのこと。

今や国内でも有数の諸侯であるダニエルがそこまで窮地に陥る場合とは、とクリバヤシは考える。


外国から大侵略を受けて王国内全てで押し込まれ敗戦寸前な場合か、王と戦となり、王国内で孤軍となっている場合か、いずれにしてもダニエルが各地を奔走していて、その間の本拠地アースを守り抜くことが絶対に必要な時だろう。


そういう目で見ると、レオナルドの自信作であるこの堅城も不安に思えてくる。


「何じゃ。

儂の作った城を不満そうに見おって」

突如として背後から声をかけられる。


「レオナルド殿

何故ここに?」


「守備隊長にこの城をレクチャーしてやろうと思って来たのだが、その姿を見ると物足りなさそうだな」

レオナルドは少し不機嫌そうに言う。


「いや、いい城だと思いますよ。

最新式の様々な工夫が取り入れられていて、並の敵なら寄せ付けないでしょう」


「並みでない敵ならどうじゃというのかな」

褒め言葉の揚げ足を取るレオナルドに、クリバヤシは正直に思うところを言った。


「なるほど。

ダニエル殿が窮地に陥るほどの敵にどこまで耐えられるのかか。

それは難しい問題だ。


この城は所詮は平地に築かれたもの。大軍に損害をものともせずに攻めてこられれば、相当な犠牲は強いてもどれほどの時間は稼げるか自信はない。


しかし城の拡張となると石材も鉄も木材もなかなか手に入りにくく、レイチェル様からはこれ以上の予算は出せないと釘を差されておるしな」


レオナルドは唸った。


「そうじゃ

少し前に怪しげな東洋人が訪ねてきて、土の城というものを売り込んできた。

その時は相手にしなかったが、土ならば材料もいらずに作れる。

一度話を聞いてみるか」


レオナルドの連れてきた男は隻眼びっこの小男。

名をカンベーと言った。


聞くと、遥か東から船に乗り継ぎやってきたという。


「お前の故国はどんな国だ?」

クリバヤシの問いにカンベーは答える。


「修羅の国ですよ。

もう百年もサムライという名の殺戮者が殺し合いをしている。

私もその一員でしたが、主家を滅ぼされて流れてきました」


「土の城というのはどんなものだ?」

カンベーの説明はクリバヤシがこれまで聞いたことのないものであった。


ここナーロッパでは、城とは堀と城門・城壁で外部と画されて、外からの侵攻をそこで止めるもの。

その城は石や木材、鉄で堅固に作るものである。


しかし、その東洋のシャポネとかいう島国では、土を掘って堀とし、土塁や郭を土で盛り上げ、そこに竪堀や堀切などというもので守るとともに、巧みに敵兵を誘導して打撃を与えようというのだ。


(それならば配下の兵に土木作業をさせれば良いし、うまくすれば相当に時間を稼げるかもしれん)


クリバヤシは現在の城を中心としてその周りに土の城を築いて支城とし、全体として要塞化することを思いついた。

ダニエルに許可を求めると、任せるとのこと。


クリバヤシはカンベーの描く縄張りに従い、まずは小さな土の城を作らせてみた。


「なんと不格好な。

こんな砂の城、子供の玩具のようなもの。

ものの役には立ちますまい」


部下のバロン・ニシが嘲笑う。

彼は祖父の代まで男爵であったが、父の失態のために平民に落とされ、爵位回復のために戦功を欲し、馬術に磨きをかけていた。

そして付いたあだ名がバロンである。


「では、お前の隊で攻めてみよ」

クリバヤシはニシに攻めさせての模擬戦を見てみることにする。

彼もこの見慣れぬ砦の効果に疑問を持っていた。


「では参ります!」

ニシが歩兵100で攻めかかるのを、カンベーは30の兵で守る。


「なんだここは道がついているぞ」

攻める兵が塀や土塁の下にある道のようなところに沿って進んでいくと、くねくねと曲がっている。

前が曲がりくねり、クランク状となった狭い道に兵が密集したところに声がかかる。


「横矢掛りの威力を見よ。今じゃ!」


側面と後方の土塁に弓兵が数人ずつ上がり、立ち往生する兵に上から十字に弓を浴びせる。


無論矢尻は傷を負わないように覆われているが、当たった者は動けなくなるルールだ。


弓兵の中でも一際狙いが鋭く、立て続けに矢を放つ若者がいる。

その男だけでも5,6名、全部では十数名が戦闘不能の判定を受ける。


「貴様、名を名乗れ!」

矢を逃れながらニシが若者の名を尋ねると、男は整った顔をにっこりとして言う。


「ヨイチと申す。ここで終わっては面白くない。

私はこの後でお待ちしましょう」

そして土塁の向こうに去っていく。


(あれが全軍きっての弓矢の名手にして、クリバヤシ様が特に乞われた男か。

しかし、俺を馬鹿にしたことは許せん。

あの女みたいなきれいな顔に後で吠え面をかかせてやる)


バカにされたと思ったニシは気を取り直し、再攻撃の指示をする。


「この塀を乗り越えろ!走れば矢も狙いがつけられまい。

たかが土でできたものだ。越えられるぞ!」


二十名ほどの兵が塀に取り付くが、土はむき出しで滑りやすい。

なんとか半ばまで達したところで上から木や水が落とされる。


「本番ならば丸太や熱湯をかけるところだ」

カンベーが上から揶揄する。


「おのれ!」


ニシは塀を越えることを諦めて、そのまま先頭を切って道を進む。

木と鉄で作っだ簡素な城門に辿り着くと、上から矢を浴びせる守備兵に門を乗り越えて躍りかかり、兵を倒して門を開ける。


「進め!」

ニシがそのまま進んでいくと、半円形の土の壁があり、その中から数人の守備兵が矢を放つ。


「小癪な!

こんな塀などものの役にもたたんわ!」


ニシは後続の兵をつれて強襲すると、すぐに彼らは退却する。

その退却先は塀の一部をくり抜いたような狭い入口となっていて、その先が見通せない。


(なんだ、これは?)

ニシは疑問に思うが、そのまま進んでいく。


入口を突破すると広場に入ったが、そこからは道がなく行き止まり。

さほど広くもない場所に、後ろから兵が押し寄せる。

前方の見通しが効かないため、次々と入ってくるのだ。


敵兵でいっぱいの郭を取り巻く土塁に一斉に守備兵が立つ。


「ここは枡形虎口という。おまえ達は袋のネズミじゃな。

一斉に矢を放て!」

カンベーが号令をかける。


すぐに土塁の一角から鋭い矢が次々と飛んできた。

そこにはヨイチが嬉しげに矢を放つ姿が見える。


更に周囲の土塁からも一斉に矢の雨が降る。

ニシは歯噛みをするが、上から降ってくる矢に対抗することは難しく、兵は戦闘不能となっていく。


「退け!

一度立て直すぞ!」


なんとか少数の兵と逃れようとしたニシだが、狭い出口と土の壁が邪魔となってすぐには逃れられない。


ようやく逃れて一息ついたところで、土の壁の後ろで整列した相手の兵が追撃してきた。


「これは馬出という。こうやって逆襲にも使えるぞ。

どうだ!」

カンベーがドヤ顔で言う。


ニシは必死で逃げていたが、僅かに開いた兜と鎧の隙間のうなじに衝撃を受ける。


「首に矢が突き刺さったよ。

アンタは死んだ」

ヨイチの声が聞こえた。


「クソっ」

何やら狐につつまれ騙されたような気がするが、周りを見ると自分の麾下はみんな動いていない。


「なるほど、守備をしつつ、攻めてくればあの土の迷路のようなもので誘導して殲滅、更に逆襲のための構えもあると。


使えるかもしれんな。

しかもこれならそれほど金もかからない」


クリバヤシは目を輝かして、レオナルドとカンベーを呼び寄せて、新たな城造りを行うこととする。


数日後に三人で見ている縄張り図には、ムーン城の周りの丘や湿地を利用した支城が2つ描かれていた。


ムーン城を落とすにはまずこの2つの土の城を無力化しなければならない。

クリバヤシはこの図と必要な予算を持ってレイチェルに会いに行く。


ダニエルからは金に糸目をつけないと言われたが、実際に予算を握っているのはレイチェルだ。


財布の紐の堅い彼女だが、必要なことには惜しまない。

クリバヤシは自信があった。


レイチェルはクリバヤシの話を聞き、土の城というものを視察に来た。

他にもアランやターナーなどの重臣が随行する。


クリバヤシが先日のものをもとにした簡単な模擬戦を見せると、「おー、これは効果がある!」と歓声が起こる。


アースに残る家臣や市民が、ダニエルが各地の叛乱の平定に奔走するのを見て、アースの防衛に不安を抱いていることをレイチェルは知っていた。


(これは良い安心材料になる。

しかも予算も安上がりとは、この男よくわかっているわ)


レイチェルの内心でクリバヤシの評価が上がる。


「クリバヤシ、あなたの言う土の城の効果はよくわかったわ。

この提案書はすべて認めます。

そして兵だけでなく、ターナーのもとにある作業員も使っていいわ」


「レイチェル様、

作業員はそれぞれ定められた工区に行く予定です。

ここを手伝っても金は出ないんでしょう」

ターナーが苦情を言うが、レイチェルは意に介さない。


「今、火急の現場は無かったはず。

一番急ぐのはここアースの防衛よ。

四の五の言わずに出しなさい!

払いはツケよ」


ターナーはため息をつき、これは貸しですよとブツブツ言う。

彼もアースの防衛の重要性はわかっているが、汚職を嫌いかつ管理主義を強めるレイチェルとは折り合いが悪く、一言釘を指しておきたかった。


そんな暗闘はともかくレイチェルの許可を貰い、クリバヤシはホッとした。


早速、兵を使って作業を行うように部下に命じようとするが、その時にレイチェルが呼んでいることに気づく。


近づいてきたクリバヤシにレイチェルは小声で言う。


「さっきの模擬戦をもっと派手にしてもう一度やりなさい。

今度はアースの市民に見てもらいます。

敵軍をコテンパンにやっつけるような内容にして、みんなを安心させなさい」


軍事的にはそんな時間は惜しかったが、アースは大丈夫かと心配する声が街に流れているという。


おそらくは王政府の流言もあろうが、放っておけば士気も下がり、内通者や逃亡者も出かねないというレイチェルの懸念もわかる。

何よりスポンサーの指示に従わねば予算をもらえない。


クリバヤシは、市民が喜び安心するとともに敵の間諜から見れば子供騙しと思えるような模擬戦を考えなければならなくなった。


翌日から築城が始まる。

支城は丘陵に築くものをアポロ、湿地に築くものをアームストロングと名付ける。


「とにかく急いでくれ。

敵はいつ来るかわからない。

築城途上に来ればなんの役にも立たない」


クリバヤシはレオナルドとカンベーに命じる。


レオナルドは土の城という新たな構造物をいち早く学び、アポロを担当している。技術者らしい変人同士、気があったようでカンベーと日々情報交換をしている。


「わかっておるわ。

うるさく言われるとやる気が失せる。

兵の監督をしていてくれ」


レオナルドに追い払われ、クリバヤシは兵のところに行くと、縄張り図を見ながらスコップを担がせて、穴を掘らせて、その土を盛り上げさせる。


兵達は、俺たちは戦争に来たのか穴掘りに来たのかと不満たらたらであったが、クリバヤシは有無を言わせず働かせて言う。


「ここで一掘りすれば一人の命が助かる。

この穴や堀が自分の命を助けてくれるのだ!

妻や子の顔を見たければ必死で土を掘れ!」


クリバヤシの叱咤激励で働く兵士だが、彼が思うほどはかばかしくは進捗しない。

それにはレオナルド達が何度も図面を書き直すせいもある。

イライラするが、より防御力を高めるためと言われると仕方がない。


そこにカーク興業の土木部門がやってきた。

流石に専門家は仕事が速い。


最初は見知らぬ構造物に戸惑いを見せていたが、レオナルドやカンベーと技術的なやりとりを行うと納得したようだった。


彼らは作業員と兵士を使い、これまでよりも格段にスピードアップして築城を進めていく。


やっと築城の目処がついたところで、クリバヤシはレイチェルの宿題を思い出す。

アース市民からも、あれは何だと巨大な土の構造物を騒ぎ立てる声が起こっているという。


(ダニエル様、出来上がったムーン城を守るという私に与えられた仕事を既に大幅に超過しています)


クリバヤシはこの超過分をダニエルに請求することを決意しつつ、茶番劇のシナリオを書く。


アースの市民広場に大きな掲示板が立てられる。


『偽王軍が愚かにも攻めてきた場合に備えて模擬演習を行う。

希望する市民の見学を許す。

ムーン城守備隊長 クリバヤシ』


それを見て、いつ王都から侵攻軍が来るのか不安に思っていた市民はこぞって見物に行くこととする。


その当日、アースの城門を出たところでは馬車が列を連ねて待っていた。


「いらっしゃい!

カーク馬車組合だよ。

演習場までは遠い。馬車がお勧めだ!」


確かに道もないところを何時間も歩きたくはない。

見物人が馬車に乗ると、中には見物席の販売があった。


「いい場所はもう押さえられているからね。

わざわざ遠いところに行って見えないと仕方ないだろう」

御者に勧められて、チケットを買う。


演習場近くに着くと、弁当やエールも売っている。

その賑やかさは何処の祭りだと思わせる。


これは、人夫を動員しながらタダ働きを強要されたターナーのせめてもの金稼ぎであった。


本来ならばギルド員ならば誰でも商売できるが、流石にレイチェルもこの独占には目を瞑った。


「こんな小銭稼ぎ、今のわしには相応しくないが、金を落ちているのを見過ごすわけにはいかんからな」


ターナーは唖然とするクリバヤシに話し掛ける。

「はぁ」


根っからの軍人であるクリバヤシには国難でも金儲けに勤しむ神経は理解し難いが、貴重なスポンサーの言うことには逆らわない。


さて、観客も増えてきた。

クリバヤシは演習を開始するための鐘を鳴らさせる。


中央には土で作った円形の建物。

レオナルドの話では、コロセウムという過去の有名な建物を模したものらしい。


攻撃隊300が周りを囲む。

まずは城門を目掛けて一斉に攻めていくが、周りの土壁にいる守備兵が妨害してなかなか崩せない。


やがて攻城側は門に拘らずにあちこちに梯子をかけて登りだすが、守備兵の抵抗も激しい。

やや膠着状態となった時に、背後のムーン城からの応援がやって来て、攻城側を挟み撃ちにする。


背後を取られると途端に敗走する攻撃隊を、ニシが率いる騎馬兵が追撃して殲滅する。


市民達は迫力ある演習に大満足だ。

「なるほど土の城なんて無駄なものを思っていたが、あれは囮か」


「あそこに敵の目を向けさせて、この堅固なムーン城から挟み撃ちにするなんてクリバヤシ様は智将だな」


ワイワイ言いながら帰り始める市民に、カーク興業社員がお土産のムーンクッキーやムーン城の玩具を売りつけると、飛ぶように売れる。


「流石はクリバヤシ殿。

市民も満足、わしも儲けさせて貰った。レイチェル様もお喜びだろう。

三方よしだな」


ターナーがなにか言っているが、クリバヤシは聞いていない。


彼は敵の間諜らしき男が人混みに紛れて演習場に入り、コロセウムもどきを調べているのを見ていた。

その男が薄い土の壁を見て薄く嗤ったのをクリバヤシは見逃さない。


(この茶番劇で土の城が脆い囮だと報告してくれるといいと思っていたが、どうやら引っかかってくれそうだ)


おそらくは予算もなくなり、苦渋の措置で土で砦もどきを作ったと考えてくれるだろう。


すぐに潰せると襲いかかってきた敵に逆捩じを喰らわせる姿を思い浮かべて、クリバヤシはニヤリとした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

土の城の説明が難しいです。

わかりにくければすいません。


ドリフターズの新刊記念で、ヨイチさん出しました。

籠城戦で頑張ってもらうつもりです。

しかし、せめて1年、いや2年に一冊は出して欲しい。














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